ブリタニアとの和平を保つため、スザクは日本から送り出された。それは婚約者という名の生贄でしかなかった。
10歳の彼は運命の波に身を投げる。
and I love you
1.捧げられた英雄
初めて訪れたブリタニア帝国の本土は、驚くほどにスザクの母国とは違った景観をしていた。四角いビルが立ち並ぶどこか一辺倒な街並みは、固有形態を奨励する日本ではありえない光景だ。無駄がないと言えばそうなのかもしれない。だけどどこか冷たい印象をスザクは感じた。
連れて行かれた王宮は、広いけれども寂しかった。建物は立派かつ絢爛で、整えられた庭では噴水が絶え間なく流れているのに、それでもどこか違和感を覚えて仕方がない。自然ではないのだと、スザクは思う。どれも人の手が入っていて、すべてが人工的なのだ。乗せられた車は走り続け、どんどんと本殿から離れていく。その先に、将来スザクの妻となる少女の離宮があるらしかった。
スザクがブリタニア第三皇女の婚約者になったのは、ひとえにブリタニアと日本の和平のためだった。正確に言えば、日本がブリタニアとの和平を存続させるためだった。
サクラダイトという重要資源を多く有している日本は小国ということもあり、前々からブリタニアとの国交で多くの不条理を強いられてきた。強大な軍事力を背景ににじませ、無理な条約や輸出入の値などを多く約束させられ、名は日本であれど実態はブリタニアの属国に近い。けれどナンバーズと呼ばれる植民地とはまだ違い、日本はブリタニア軍の本土への侵略を許していなかった。けれど二足歩行兵器ナイトメアが開発され、もはやそれも時間の問題となろうとしている。だからこそ少しでも和平を長引かせるために、スザクはよこされたのだった。日本首相の嫡子をブリタニア皇女に捧げることにより、逆らう意思はないということを示すために。人質として、スザクは捧げられた。
それらすべての事情を、スザクは父親であるゲンブから伝えられていた。ブリタニアでは婚約者となる第三皇女のいうことを聞き、おとなしく静かに過ごすこと。日本のために不利となる言動は決してしないこと。肩をきつく握りしめられ、スザクは何度も言い含められた。最後に一言すまないと告げた父親に、スザクは首を振った。日本首相の息子として、出来ることがあるのならそれを全うするだけだ。その志だけを胸に、スザクはブリタニアへとやってきた。
しばらく走り続けた車は、小ぢんまりとした離宮の前で止まった。日本人であるスザクのために運転手が扉を開けてくれるわけがなく、自分で外へと降り立つ。さっさと来た道を戻っていく車を眺め、スザクは小さく肩を落とした。ブリタニア人は選民意識が強いと聞いていたが、これは想像していたよりも酷い。外国人は迫害して当然と言わんばかりの態度に憤慨を覚えるが、それに堪えねばならないのだろう。日本のため。そう唱えたスザクは、これから会う第三皇女もそんな人だったらどうしよう、と不安を抱いた。皇族なのだから、そのプライドの高さは先ほどの運転手などとは比べものにならないだろう。それなのに自分のような日本人の婚約者を与えられ、さぞ不愉快に思っているに違いない。これからの生活が厳しいものになるだろうことを、スザクは自分に言い聞かせた。それでも耐えるしかない。自分は、日本のために来たのだから。
覚悟を決めて、目の前の離宮へと足を向ける。今まで通りすがりに見てきた建物よりも、格段に小さなそれは白い大理石に包まれながらも何故かスザクには優しく感じられた。首を傾げて、すぐに思い当たる。周囲に植えられている花や木が自然なのだ。調整はいらぬ枝葉を切る程度で、人工的な美に形づくられていない。どこか故郷の庭を思い出し、スザクは現金にもほっとした。こんな庭を有しているのなら、第三皇女は優しい人なのかもしれない。そう思って厚みのある扉を叩く。すぐに現れたメイドは優しい笑顔をたたえていて、スザクは少し首を傾げた。
「お待ちしておりました、枢木スザク様」
「これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ何かございましたらいつでもお申しつけ下さいませ」
どうぞ、こちらへ。そう告げて先を歩き始めるメイドは、やはりスザクに好意的だ。容姿はどこから見てもブリタニア人なのにどうしてだろう。そんなことを考えながら、彼女の後をついていく。
小さいと感じた離宮も、やはり皇女のためのものだけあって、それなりの広さを有していた。応接室や食堂、図書室らしい部屋は天井まで本棚で埋まっていて、第三皇女は本が好きなのかな、とスザクは思う。だとしたら運動を好む自分とは合わないかもしれない。一喜一憂しながら歩いていると、不意に一つの扉の前でメイドが足を止めて振り向いた。ここが、とスザクは思う。メイドが一礼して扉を開け、スザクを先へと進ませる。緊張から逸る胸を必死に抑えて、スザクは室内へと足を踏み入れた。大きな窓から差し込んでくる光がまぶしく、吹き抜けの高い天井もあって、部屋全体が白く感じる。その中に第三皇女はいた。長い黒髪と、黒いドレスの裾をわずかに揺らせて振り返る。小さな身体とは裏腹に、藤色の瞳が鋭くスザクを貫いた。跳ねた心臓が痛いくらいで、訳も分からず顔が熱くなって、相手が完全にこちら向いたことで我に返り、スザクは慌てて頭を下げた。一層顔が赤くなっていく気がする。
「は、はじめまして! 枢木スザクです!」
「・・・・・・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
「どうぞよろしくお願いしますっ!」
声は年相応に若く、まだ幼い。綺麗な響きを帯びているそれは皇女らしくない乱暴な言葉遣いで、けれどそんなことは全然気にならなかった。恐る恐る顔を上げればやはり相手は自分を見ていて、どうしていいのか分からなくなる。それなのに何か言わなくてはいけない気がして、スザクはとっさに口を開いた。
「黒い髪、すごく綺麗ですねっ!」
きょとんと、藤色の瞳が瞬く。間の抜けた沈黙が二人の間に広がった。
それが枢木スザクと、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの邂逅だった。
僕らの出会いは、そう、とても作為的なものだったね。
2007年1月7日(2007年1月12日mixiより再録)