Cher Lamperouge
33.ありとあらゆる愛情の歌





日常は変わらず穏やかだった。少なくともリヴァルにとっては変わらない日常である。生徒会のメンバーがホテルジャック事件に巻き込まれ、その所為で同級生たちから追求を受けようとも、行っていないリヴァルにとっては所詮人事でしかない。尋ねられる度に「俺はバイトだったからさぁ」と答えれば、ほとんどの相手が興味を無くして去っていく。事実、リヴァルはバイトがあって今回の小旅行には参加しなかった。付け加えるならば、別件で少々気になることがあったため重ねて遠慮したのだが。
すべてのメディアをチェックしたが、テロリストが公開した人質たちの姿の中に悪友は映っていなかった。おそらく計算して映らない角度にいたのだろう。ユーフェミアが人質になっていたことを広めないために報道管制も布かれたらしく、悪友とカレンの行動も公になっていない。とりあえず予定通り、とリヴァルは確認して一人頷く。ただひとつ、生まれたイレギュラーは。
「ほらスザク、土産」
悪友が小瓶を差し出すと、スザクはただでさえ大きな目を更に見開く。翡翠の色だよなぁ、とリヴァルは感心しながら様子を眺める。
「え・・・まさか、買ってきてくれたの?」
「まさかって何だ。買ってきてやるって言っただろう?」
「そりゃ言ってくれたけど。・・・でも、あんなことがあったから」
「まさかのんきに土産なんか買うとは思わなかった?」
「う、ん」
「感謝しろよ。おまえのリクエスト通り色物だ。猿が作ったブラックバスのジャム」
「うげ」
そのセレクトにリヴァルは思わず呻いてしまったが、スザクは何故か感極まったように瞳に涙を浮かべている。制服の袖口でぐいっと目元を擦る所作に、それぞれ小旅行のお土産を広げていた他のメンバーたちもぎょっして振り返る。しかし悪友は苦笑しながら手を伸ばすと、その茶色の髪をやわやわとかき混ぜて引き寄せた。
「みんなが・・・無事でよかった・・・・・・っ」
悪友の肩に額を押し付け、涙声で発されたスザクの言葉に、シャーリーやニーナが眉を下げて少しだけ笑う。ちらりと見てみればミレイは綺麗な無表情で、カレンは視線を逸らすどころか眉間に皺を寄せていた。ブラックバスジャムを握っているのとは別の手が、悪友の制服の裾を握り締める。ぽんぽんと肩を撫でる手は優しい。
「おまえのおかげだよ」
悪友の声は面白いほどに温かい。目的が何なのかは知らないが、リヴァルがいっそ見事だと感嘆してしまうほどに。女ならばきっと囁かれただけで腰が砕けてしまうだろう。
「おまえがいてくれたから、今俺たちはここにいることが出来ている」
「ルルーシュ・・・・・・」
「おまえのおかげだよ、スザク」
言葉を尽くし、体温を分け与え、抱擁を施して、悪友はスザクを取り込もうとしている。転入してきたとき、スザクは頑固だろうという印象を受けた。それが間違いではないとリヴァルは付き合っていくうちに理解した。悪友はその殻にひびを入れようとしている。違う。もともと入っていたひびに、綻びに、水を注いで、その口を広げようとしているのだ。
つくづく見事だとリヴァルは感嘆する。悪友は人を見抜く目が鋭い。欲しいものを察知するのが怖ろしいほどに上手い。
「リヴァルにはそっち」
スザクに肩を貸しながら、悪友は机の上の平たい箱を指差す。それは色物ではなく、普通の観光地でよく見られるようなクッキーだった。可もなく不可もなく。けれど色物好みではないリヴァルは礼を言って受け取る。
「サンキュー、ルルーシュ」
「リヴァル、私からはこれよ」
「会長、ありがとうございます!」
ミレイから、カレンから、シャーリーからニーナから、それぞれ一つずつ土産を受け取る。キャラクターのご当地ストラップやら絵葉書やら様々。スザクもどうやら落ち着いたらしく、そっと悪友から身を離している。照れくさそうに笑みを浮かべて制服の裾から手を引こうとしているが、悪友がそれを遮った。自らの指を添えて解き、代わりというように緩く握り込んでやる。ルルーシュ、とスザクが泣きそうに笑った。悪友は相変わらずの美しい微笑。なるほど、とリヴァルは得心する。
枢木スザクには、過不足なき愛情と抱擁、そして存在を許す甘い甘い言葉が必要なのだ。やっぱり頑固な奴、とリヴァルは内心で肩を竦めた。



「ゲットーに中華連邦の人間?」
軍に行かなくてはならないためスザクがブラックバスジャムを抱えながら去り、ニーナは所用で帰宅し、シャーリーが水泳部に向かった後、リヴァルは小旅行に行かなかった原因を明かす。悪友は形の良い眉を僅かに顰めた。
「そう。ルルーシュがいない間に裏を取っとこうと思ったんだけど、これがなかなか捕まらなくてさぁ。人探しをしてるみたいなのは確かなんだけど」
「・・・・・・中華連邦か」
細い指が唇に当てられる。開封したクッキーは大量生産の土産物にしては美味しくて、リヴァルは紅茶の御代わりを自ら注ぎ、端から平らげていく。
「何て言うか、こっちの行動を読まれてるみたいなんだよ。会ったっていう奴らはみんな口を噤んでるし」
「口を噤む?」
「そう。そいつに何か後ろ暗いとこを突かれたみたいでさ」
ふぅん、と悪友は少しの興味を乗せて呟く。ミレイはコーヒーを淹れており、カレンは生徒会の書類を整理している。話は聞いているだろうが、口は出してこない。これはリヴァルの領分だからだ。
「どうする? ルルーシュ」
「・・・・・・そうだな。その中華人には安易に近づかない方がいいかもしれない。探している人間の特徴だけ調べられるか?」
「やってみる」
「ミレイ、入国管理局にチェックを入れろ。中華連邦はエリア11にとって敵だ。数も絞られるだろう」
「分かりました」
ミレイが頷いて席を立つ。カレンの書類整理も終わったらしく、今日の生徒会はこれで解散。荷物を纏めてクラブハウスを後にし、アッシュフォードの屋敷に向かうミレイをバイクのサイドカーに乗せ、リヴァルは悪友を振り向いた。
「ルルーシュ」
「何だ?」
「スザクじゃないけど、無事でよかった」
ウインクを投げてみれば、明るい笑い声が返された。スザクに向けるのとは違う、悪友の顔。満足してリヴァルも歯を見せて笑った。





スザク、おまえの欲しがる「優しさ」ってさ、実は結構身勝手な代物なんだぜ?
2009年2月26日