Cher Lamperouge
30.叙事詩よ、謳え!
スカートのポケットに押し込んでいた携帯電話が一度揺れて静まり、そしてすぐに二度揺れる。合図にカレンは立ち上がった。
「止めてっ!」
「止めろ!」
予定通り声は重なり、テロリストたちの視線が分散される。半分はカレンに、そしてもう半分は少し離れた位置で立ち上がった主に。イレブンと呟いたことで次の生贄にされようとしていたニーナが、ぼろぼろと涙を溢れさせながら期待に満ちた目で二人を見つめる。カレンはそれを複雑な気持ちで受け止めた。イレブン。それが本音か。ニーナの、日本人への認識。
「何だ、おまえたちは。おとなしく座っていろ」
向けられる銃に脅えた表情を作る。ここではまだ、病弱でお嬢様なカレン・シュタットフェルトでいなければならない。スカートの裾を引くシャーリーが煩わしい。
「そ、その子は友達なんです・・・。お願いします、放して下さい」
主が女優だからだろうか。カレンは自分の演技が以前よりも上達しているんじゃないかと思う。猫を被っていた頃よりも明確な、そして自然な演技。
「連れて行くなら、私を連れて行け」
主の声が凛と響き、シャーリーが息を呑む。
「私はブリタニア貴族、ランペルージ男爵家が当主、ルルーシュ・ランペルージだ」
日本をエリア11に変え、日本人をイレブンに変えたブリタニア帝国でも上流に位置する人間。高貴に相応しい風格をまといながら、主は言葉の裏で密やかに毒を吐く。おまえたちを足蹴にして富を蓄えているのだと、テロリストたちを見下してせせら笑う。間髪入れずにカレンも続けた。
「私はシュタットフェルト家の娘です」
爵位こそないが、シュタットフェルトは精力的に事業を展開していることで、ランペルージよりもずっと名を知られている。向けられる銃口が不特定多数から明確な意思を持ち、ニーナを拘束していた手が解かれた。すぐにシャーリーが引き寄せて抱きしめる。
「いいだろう。来い」
顎で示され、一歩を踏み出す。ニーナとシャーリーに大丈夫だと安心させるように微笑むのは、カレンではなく隣に立った主の役目だ。いざ行かん楽園の地へ。楽園へ到るまでの険しい道へ。さん、にい、いち。
―――ゼロ!
前と後ろに一人ずついたテロリストを、カレンが素手で、主が麻酔銃で昏倒させる。別の場所にいるリーダーに連絡するため取り出されたトランシーバーが、役目を果たさずに床を転がった。手近な部屋に押し込んで、武器を取り上げた上でもう一度麻酔銃を打ち込んでおく。カレンがマシンガンの使用法を確認している傍らで、主は携帯電話を耳に装着させている。
「ここまで予定通りだと張り合いがないな」
主がくすりと笑ったものだから、カレンも同じように笑みを浮かべて肩を竦める。本当に、見事なまでに予定通りだ。このサクラダイト生産国会議にユーフェミアが来ていたのも、ホテルが日本解放戦線にジャックされたのも、その隙を見て主がユーフェミアに接触したのも、カレンたち二人がこうしてテロリストを昏倒させて自由を得ているのも、すべてが主の予定通り。手に入れた情報からすべてを推測し計画していく様には感嘆しか覚えない。まるで折り紙を折るかのように、きちんと形を成していく。
「外はどうなの?」
「ディートハルトの中継車から逐一情報が入ってきている。軍は陸橋の向こうで停止しているが、やはり基礎支柱を壊し、ホテルが沈みきる前に人質を救出することにしたようだな。貨物搬入のトンネルにランスロットが投下されていったらしい」
「・・・・・・ランスロット」
「そう憎んでやるな。今は俺たちを助けてくれる白馬の騎士様さ」
主の駒となる前、ゲットーで相対した白いナイトメアフレーム。すべてが現在あるものを超越していた、イレギュラーの塊。負けたわけではない。カレンはがしゃんとマシンガンを揺らす。扱う機体が、条件が同じなら負けはしなかった。
「さて。ユーフェミアの気を引くために出て来はしたけれども、どうするかな」
テーブル脇の椅子を引き、主は腰掛けて足を組む。
「そう待たずとも、ランスロットならさっさと支柱を破壊するだろう。ホテルが瓦解するのに五分かかるか否か」
「相手は20人以上。私だけじゃ倒せないものね」
「カレンのところは奴らと繋がりはなかっただろう?」
「ええ。日本解放戦線といえば、反ブリタニアの最大手。シンジュクゲットーで活動していた私たちからすれば次元の違う存在よ」
「藤堂には興味があったんだがな。数学のレポート、もうやったか?」
「半分だけ。問10の計算、しつこくてむかつかなかった?」
「悪いが電卓を使ったんでね。カレンのことだから、カチンと来て筆算で答えを出してやろうとか意地になったんだろ?」
「日常生活まで予測しないでよ」
「これはもう癖に近い。振動を感じたらさっきの部屋に戻る必要があるな」
「でないと救出してもらえないものね。ブリタニアからしてみればテロリストは死んで当然だから、探しもしないでしょうし」
「五分は実に素敵な言い訳になる。―――時間だ」
足元をぐらつかせるような揺れ、そして斜めになり崩れ始める。窓の外の景色が徐々に上へせり上がっていく。ばたばたと廊下を駆けていく足音は、何事かと慌てているテロリストのものだろう。横から加わった揺れは、人質の救出に来たブリタニア軍のナイトメアか。
「さて、俺たちも戻るか」
主の言葉にカレンはマシンガンを構えて、人の気配がないのを確認して廊下に出るはずだった。
「―――それは困るな。私はおまえに用がある」
崩壊の音の中、第三者のアルトの声がはっきりと響いた。カレンは振り向き、そしてすぐさま腕を引いて主を自身の背に隠す。傾いている窓枠の前に一人の少女が立っていた。緑色の髪が流れ、唇がうっすらと弧を描いている。黄金の瞳が爆発を従えて輝いた。
はじめまして、ルルーシュ。私の契約者。
2007年8月25日