Cher Lamperouge
25.親愛なる別れに晩餐





「化け物?」
「はい」
夕方になって帰宅した兄に、ナナリーはにこりと頷いた。食事の席では兄がホスト、右角隣に自分が、そして左角隣にはカレンが座る。兄の騎士として紹介されたカレンを、ナナリーはあっさりと受け入れていた。足や目のことから自分には咲世子が付き合ってくれることが多いので良いのだが、兄にも必要だと思っていたのだ。身を守ってくれる盾が、相手を貫いてくれる矛が。観察してみればカレンは徐々に兄に心酔する様子を見せてきているし、さすがお兄様、とナナリーは誇らしく思う。
「あの気配は化け物でした。ねぇ、咲世子さん?」
「確かに人間らしくない印象を受けました。緑の長い髪に金色の瞳をした女性で、腕の方もそれなりに立つかと」
「化け物、ね。私のナイフで殺せるかしら」
カレンの言葉はナナリーの疑問そのままで、是非試してみて下さい、と唇だけで微笑む。もちろんその後の処理は任せてくれていい。ランペルージは清く正しく。未来のために弱みなど抱え込むわけにはいかないのだから。綺麗に綺麗に消し去ってみせる。
「化け物、か」
兄を囲んでいた空気がうっすらと色を変える。現れたのは喜色であり、悲哀の色など微塵も無い。
「なるほどな。探索隊がいくら探しても見つからないわけだ。毒ガスに足があったとは」
「え?」
ナナリーは顔を上げ、兄を見た。今日の夕食は鮭のクリームチーズソースだ。こんがりとした鮭の焼き具合に、とろとろのクリームソース。付け合せのしめじとクレソンが美味しさを引き立てる。
「カレンは総督府の研究所から毒ガスを盗んだ」
「ええ。調べではクロヴィスが秘密裏に研究している毒ガスと言われていたわ」
「だが、実際に中身は見ていない」
「ええ」
「クロヴィスは殺戮兵器を開発させるような器ではない。命令を下しはするが、実際に目の前で行われる殺戮からは顔を背けるような男だ。芸術家肌で、政治家や軍人ではない。それを証明するかのように、研究所に出入りしている人間は、化学と同じくらい生物学を専門にしている者が多かった」
「つまり私たちの盗んだ毒ガスの中身は、その『化け物』だったと?」
「おそらくな」
ナイフとフォークを置いて、指先でグラスを探す。縁に手を添えながら口に寄せれば、冷たいレモンウォーターが喉を潤した。
「でも、何でそんな化け物があなたに会いに来たのかしら」
「さぁな。だが、ナナリーが『化け物』だと言うのなら、それはどんなに人間の形をしていようと『化け物』に違いない。人の状態を見抜く目は俺よりもナナリーの方が鋭い」
気配で笑みを向けられたのが分かったから、ナナリーも兄に向けて微笑んだ。見抜くのは自分の役目。そして見抜いたものを利用するのが兄の役目。
「俺に用があるのなら、そのうちまた出向いてくるだろう。相手が軍に追われている以上手を組むことはないが、その存在をクロヴィスが調査していたのなら会ってみる価値もある」
「カレンさん、お兄様のことを守って下さいね」
「ええ、ナナリー。ルルーシュには傷一つつけさせないって約束するわ」
「お兄様、カレンさんにしっかり守られて下さいね」
「分かってるよ、ナナリー。咲世子さん、ナナリーのことを頼む」
「はい、ルルーシュ様。必ずやお守り致します」
朗らかに夕食を終え、兄はまだ帰宅していないディートハルトに一本の電話を入れた。ちりんと可愛らしい音が鳴る。
「とにかく、これでクロヴィスの退陣は決定だな」
可哀想に、と兄が笑う。ナナリーも頷いて笑った。可哀想に、クロヴィス・ラ・ブリタニア。可哀想に、クロヴィスお兄様。





さよなら、さよなら、どうかお元気で。いつか絵を描いて下さいね。私とルルーシュお兄様、ランペルージの絵を。
2007年6月8日