Cher Lamperouge
24.化け物と魔女





お兄様が生徒会で良かった。ナナリーはそんなことを考えながら、開かない瞼で室内であるはずの眼前を見つめる。すぐ前にある気配は、自分を守るように立っている咲世子。その向こう、おそらく窓に近い位置に何かがいる。いや、「ある」かもしれない。人ではない。では何と称しようか。物でいいのか、生物だろうか。それとも化け物と呼ぶのがぴったりだろうか。
「どなたでしょうか?」
尋ねれば、化け物が笑った気配がする。音からするに、長くまっすぐな髪を持つのだろう。布擦れは僅か。年齢は不明。あぁ、やはり化け物だとナナリーは薄く笑む。
「どこから屋敷に入られたのですか? ご招待した覚えはないのですけれど」
「あぁ、すまないな。窓が開いていたものだから」
「では不法侵入ですね。軍に通報してもよろしいですか?」
「出来るのか? おまえが―――いや、おまえたちが」
「何のお話でしょう? 仰っていらっしゃることの意味が良く分かりません」
「ほう? 白を切るつもりか。ブリタニアの皇女様ともあろう御方が」
「まぁ」
ころころとナナリーは声に出して笑った。化け物は若い女の声をしている。いささか低いアルトのそれは、ナナリーの過去をひとつ暴く。けれどそんなもの、弱みでも何でもない。
「どなたかと勘違いされていらっしゃるのでは? 私はナナリー・ランペルージです。ブリタニアの皇女ではありません」
「ふん、まぁいい。用があるのはおまえではない。兄が帰るまで待たせてもらうぞ」
「それは認められません。身元のはっきりしない方を、お兄様に会わせることなど出来ませんから」
名乗りもしない相手。侵入者への対策は十分に備えられているランペルージの屋敷に入ってきた化け物。過去をひとつ知っている。兄に用がある。ああ、とても始末したい。ほんの少し高揚する気持ちを、ナナリーは息を吐き出すことで押さえ込んだ。
「いいのか? 屋敷を出たら軍に駆け込むかもしれないぞ?」
「そう出来るのなら、なさって下さっても結構ですよ。名も名乗れない方の言葉を軍が聞いてくれるとお思いなら。それに、あなたこそ軍に知れては不味いのではないですか?」
かまをかけた言葉は事実だったのか、僅かに化け物は沈黙を広げる。視力を失ってから、ナナリーは聴力で相手の機微を察してきた。見えないからこそ分かることも、この世には数多くある。
「お名前を、お聞かせ願えますか?」
込み上げる笑みをそのままに、ナナリーは問うた。
「・・・・・・C.Cだ」
「C.Cさん。はじめまして、私はナナリー・ランペルージです」
見えない分、声が聞こえる。気配から発される感情の声。そんなことは知っていると、苛立ちを含んで心が揺れる。化け物は意外と短気。
「せっかくいらして下さったのですが、お兄様はまだ帰ってきていないのです。申し訳ありませんが、機会を改めて頂けないでしょうか? 今度は前もって約束を入れた上で、身元を明らかにされてからいらして下さい」
あぁ、それと。続けてナナリーは微笑んだ。
「C.Cさんがお兄様にどんな商談を持ち込まれるのかは分かりませんが、あなたがあなたである限り、お兄様は決してお受けしないでしょう」
「どうかな? 私の提案はあいつにとって損の無い話だと思うが」
「いいえ、お兄様は決してお受けしません。ランペルージは清く正しいブリタニア貴族ですから」
目の前のような怪しい化け物と、何より軍に追われている存在と手を組むようなことは決してしない。そう、それは未来のために。弱みなど無い「ランペルージ」を作り上げるため。
ナナリーは瞼の裏に兄の姿を思い描く。きっと美しく成長しているだろう。うっとりと、その想像に酔いしれた。

「お兄様に害をなす人は許しません。次は殺される覚悟でいらして下さいね。防衛だったと誰もが信じる手段で、あなたを殺して差し上げますから」

さようなら、C.Cさん。ナナリーは手を振った。窓枠の軋む音がして、カーテンの舞う気配が風と共に伝わる。化け物は銃で死ぬのだろうか、そんなことをナナリーは思った。





ランペルージは清く正しく。誰にも付け入られることのないように。
2007年6月8日