Cher Lamperouge
21.close-up magic
散々泣いた瞼が腫れぼったい。必死に冷たいタオルで冷やしたけれども、やはり不恰好になっている気がする。手鏡を鞄に収め、カレンは溜息を吐き出した。本当は学校など休んでしまいたかった。けれど、来ないわけにはいかなかった。自分は圧倒的に情報が足りない。ルルーシュ・ランペルージという男に関して。社交界に出ていないので、家で大したことを知ることは出来なかった。後は学校しかない。だからこそカレンは気だるい身体を引きずって、久しぶりの教室に足を運んだ。今更病弱設定を利用するのも屈辱だが、仕方ないのでお嬢様の振りをする。
「ランペルージ君?」
「そう。どんな人なのかなって思って」
比較的会話を交わす女生徒たちに問いかければ、一様に好意的な言葉が返ってくる。
「格好いいよね! すっごい綺麗だし、うちの学校で一番かっこいいよ!」
「頭もいいしね。中等部の頃からずっと学年主席じゃない? 運動神経は普通だけど、それも何か可愛いし」
「生徒会の副会長をやってるよ。三年のアッシュフォード先輩と仲がいいみたい」
三年のアッシュフォード。それはきっとミレイ・アッシュフォードのことだろう。理事長の孫娘。それならカレンがハーフだということを聞いているのかもしれない。だが、それでは他の事情を知っている理由にならない。本当に見定めるためだけに、情報を集めたのだろうか。カレンを処刑台に送れるだけの情報を。
「・・・・・・ひょっとして、カレンさん」
「え?」
己の思考に入り込んでいたため、反応が一瞬遅れる。女生徒たちはいつの間にか話を止めて自分を見つめており、カレンは小首を傾げた。
「カレンさん、ランペルージ君のこと好きなの?」
「え」
「うそっ! カレンさんがライバルじゃ絶対に敵わないよ!」
「あーでもお似合いかもしれない! 美男美女でお似合いだよ、うん!」
「あ、あの、待って、私は別にそんな」
慌てて否定するが、女生徒たちは勝手に盛り上がっていく。酷い誤解だ。それこそ謹んで遠慮どころではない、机を叩いて全力で否定したいような誤解を受けて、カレンは密やかに拳を握り締める。教室の後ろのドアを開けて、登校してきたルルーシュ・ランペルージが現れる。カレンと目が合うと嫌味なほど整った笑みを向けるものだから、さらに女生徒たちの誤解は募った。自分以上の猫被りだとシャープペンをぎりぎり握り締めながら、カレンは午前の授業をこなした。
「シュタットフェルト、ルルーシュのことを調べてるんだって?」
声をかけられたのは、病弱の振りにも疲れて抜け出した昼休みのことだった。誰も来ないと思っていた裏庭の木陰で後ろから声をかけられる。特別教室の並ぶ人気のない廊下から顔を出しているのは、同じクラスの男子生徒だった。午前の観察で知った、ルルーシュ・ランペルージに一番近い人間。リヴァル・カルデモンド。
「学園の美少女アイドルにスキャンダル発覚、ってシュタットフェルトのファンは大騒ぎだぜ」
「だから、私はランペルージ君のことなんて別に何とも」
「じゃあ何でルルーシュのこと調べてんの? 俺、ルルーシュの親友だし、大概のことには答えられると思うけど」
にかっと笑った顔は茶目っ気を含んでいるけれども、それだけではないように見える。カレンとて、テロリストとして活動していたのだ。人を見抜く目はあると少なからず自負している。だから、問うた。
「・・・・・・あなた、ランペルージ君のことをどう思う?」
「頭脳派で皮肉屋。でもって極上の美人、傾国の」
やはり。誰もが「穏やかで優しい」と評したルルーシュ・ランペルージを、リヴァルは「皮肉屋」と表した。窓枠に肘を預け、快活に笑って言う。
「ルルーシュは性格悪いけどさぁ、本当は意外なほど素直だよ。どうでもいい相手には嘘もつくし煙に巻くけど、近づけた相手には遠慮ないし命令形だし扱き使うけど、でも絶対に自分の目的だけは投げ捨てない。そのためならどんなことでもする。そういう奴」
「・・・・・・まるで誇るみたいに言うのね、彼のこと」
「まぁね。だって俺、ルルーシュに惚れちゃってるし。人生で『こいつだ!』って決めた相手を自慢したくなるのは当然じゃん?」
あっさりと言われた内容にカレンは目を瞬く。リヴァルの表情に嘘がないからこそ驚いた。それだけの人間なのだろうか、ルルーシュ・ランペルージは。―――確かに、間近で臨んだ紫玉の瞳には、吸い込まれそうだと思ったけれども。
「後、ルルーシュは暴力が嫌い。深く聞いたことはないけど、妹の足が動かなくなったのはテロリストの襲撃を受けてらしいし」
「―――え?」
「暴力が一瞬で全て奪っていくことをルルーシュは知ってる。だからルルーシュは最後の最後まで暴力を用いない。最悪最強の手段だと知ってるから」
あのさ、とリヴァルは肩を竦めた。カレンはただ目を瞠ることしか出来ない。
「ルルーシュはああ見えて、手駒を簡単に切り捨てないよ。これ、五年付き合ってきた俺の保障付き」
昼休み終了を告げる鐘が鳴る。じゃあお先、とリヴァルは窓枠から離れ、人気のない廊下を進んでいった。制服の背中が見えなくなる。暴力を嫌うルルーシュ・ランペルージ。一瞬で奪われた大切なもの。燃えていくゲットーを思い出した。
初めて人を撃った日のことを思い出した。あの、泣いて吐いて、それでも求めた大切な笑顔と幸福を。
願いと犠牲と幸福と。この世の中はすべて繋がっている。
2007年6月3日