Cher Lamperouge
20.ギャラルホルンは鳴った
紅茶を差し出したメイドの笑みは、ついさっきカレンにサバイバルナイフを振りかざした相手と同一人物とは思えないほど穏やかなものだった。けれど一歩下がって控える手には、今度は銃が握られる。カレンがルルーシュ・ランペルージを害するよりも先に、きっとカレンを害することが出来るだろう。それだけ先ほどの牽制は見事だった。カレンが避けることを読んだ上で首の皮を一枚切る、計算されつくした行動だった。
そんなメイドを当然のように侍らせているルルーシュ・ランペルージは一体何者。本来ならばブリタニア人が日本人の使用人を持つことさえ多くないというのに。
「さて、話といっても何から始めようか」
高慢に唇を吊り上げる。墓場での初対面や、学校で数度見かけた穏やかな貴公子然とした態度はそこにない。純粋な皮肉と挑発だけが向けられ、カレンはぎりと奥歯を噛んだ。
「そのわざとらしい物言い、止めてくれる? 不愉快だわ」
「病弱なカレンさんは面白かったよ」
「・・・・・・そりゃ良かったわ。あんたは私の二面性を知りながら面白がってたわけね。いい性格してるじゃない」
「自覚している。だが、面白がっていたわけじゃないさ。見定めていただけだ。おまえの覚悟がどの程度のものなのか」
どうぞ、と示された紅茶を飲む気にもならない。脇に寄せれば、仕方がないとでも言うかのように肩を竦められる。
「どういうこと?」
「カレン・シュタットフェルト・・・・・・ではないな。紅月花蓮の反ブリタニアへの意志がどの程度のものなのか。運動神経、判断能力、ナイトメアフレームの操縦技術、口の堅さ、忠誠、そして反逆の理由たる存在への執着」
「何・・・?」
「合格だ。だから俺は、ブリタニア軍に捕縛される前におまえを助けた」
眉を顰めて聞いていたが、カレンはそこではっとした。自分はここにいるが、他の仲間たちはどうなったのだろう。ただでさえ戦況は厳しかったのに、あの白いナイトメアフレームの参入で完全に覆された。逃げることが出来ただろうか。クロヴィスの総督府から奪った、あの毒ガスはどうなったのか。
「白いナイトメアフレームによってすべてのナイトメアは破壊された。生きて捕縛されたのは扇、玉城、井上のみ。その中でも扇はすでに死に、残る二者どちらかの自白によってシンジュクゲットーに捜査の手が入り、すでにテロリストの本拠地は潰された」
「そんな・・・っ!」
「嘘だと思うなら見ればいい」
リモコンの電源ボタンを押すと、壁際のテレビがぱっと点灯する。リアルタイムで放送されている夕方のニュースは、どのチャンネルも同じ映像を映していた。ヘリコプターから、炎を上げているシンジュクゲットーが見下ろされる。見慣れた廃屋。崩れる屋根の下、何があるか知ってる。いつも集会はそこでやった。時折食べ物を持ち込んで、勉強道具を持ち込んで、笑い声も上げたりした。何も反逆の計画ばかりを立てていたわけじゃない。怒りながら、嘆きながら、それでも時に笑いながら、自分たちは生きていた。望む未来のために手を血に染めて、兄の仇を、母の苦しみを。取り除きたかった。それだけだった。幸せに、大切な人が笑ってくれれば、それで。
それだけが、欲しかったのに。
燃え上がるゲットーを背に、アナウンサーが甲高い声でテロリストの殲滅を告げる。死の覚悟がなかったわけじゃない。殺している分、殺される覚悟はしていた。それでもこんなにあっけなく失うとは思っていなかった。兄も、母も、仲間も。
笑顔が欲しかった。ただそれだけなのに。
「なん、で・・・・・・」
「武力には武力。それがブリタニアの遣り方だからだ」
「だったら! だったら他にどうすればよかったのよ!? ブリタニアはイレブンの話なんか聞いちゃくれない! 力で訴える以外にどんな方法があった!」
「為り上がればいいのさ。財を成し、権を増し、頭を使えばいい」
え、とカレンは振り向く。ぼろりと涙が零れて頬を伝う。伸びてきた指先をぼんやりと見つめていると、それはカレンの眦に触れ、柔らかに雫を拭い取った。気づけば顔が目の前にある。前髪が触れる位置。近い。だけど、離れようとは考えもしなかった。紫玉の瞳に自分が映る。
「俺は正攻法でブリタニアを手に入れる。その手伝いをしてくれ・・・・・・カレン」
指が頬を辿り、髪をかき上げて耳に触れる。熱を帯びていくくすぐったさの中、カレンは目の前のルルーシュ・ランペルージを見つめ続けた。誓いの口付けはない。テレビの中、カレンの希望が燃えていく。
悪魔が美しく微笑んだ。
さ ぁ 、 こ の 手 を 取 れ 。
2007年5月30日