Cher Lamperouge
19.踊りましょう、お嬢さん





目覚めは驚くほどに気持ちがよく、カレンは一瞬自分が分からなかった。何もかもが夢だったように、幸せな朝を迎えた気がする。すぐに兄がドアを開けて「おはよう」と笑ってくれて、階下から母親が「遅刻するわよ」と呼んでくれる。そんな朝がやってきたのかと思った。だけど、違った。
見知らぬ天井に飛び起きる。白いシーツに敵の機体を思い出す。両腕をもがれた。完璧な負けだった。いや、機体さえ互角なら負けなかった。捕獲される前にコクピットを射出して逃げたが、それからどうなったか。記憶が、ない。
「お目覚めになられましたか」
びくりと肩を震わせれば、ベッドから少し離れたテーブルの脇に一人の女が立っていることに気づく。気配など微塵も感じなかった。そのことに愕然としながらも睨みつければ、女がブリタニア人ではないことが判る。黒髪に肌の色、顔立ち。日本人。そのことにカレンは安堵した。けれど、それも一瞬のことだった。
コンコンとドアを叩く音がして、女が内から開く。現れた相手はカレンの知っている人物だった。
「具合はどう? カレンさん」
美貌としか言えない顔で、優雅に笑う。最悪だとカレンはきつく拳を握った。殺さなくては。殺さなくては。相手はブリタニア人だ。しかも貴族。ルルーシュ・ランペルージ。

アッシュフォード学園の制服ではなく、黒のタートルネックにカジュアルなジャケット、細身のパンツ。男爵にしては質素な装いで、けれど穏やかに笑みを浮かべる。カレンを窺うようにしてから、彼は女の、メイドの引いた椅子に座った。
「気分はどうかな。頭を打っていたみたいだけど、まだ痛む?」
差し出された紅茶に礼を言い、受け取る。日本人のメイドに感謝するブリタニア人の主。可笑しな光景だった。けれど、今のカレンにはそんなことを考える余裕もない。
「ご家族に連絡差し上げようかと思ったんだけれど、目が覚めてからの方がいいかと思って」
手元に武器はない。服はパジャマに着替えさせられている。武器はない。相手は二人。貴族らしくひ弱そうな男と、メイドのおっとりしてそうな女。やれないことはない。そう、やれないことはない。一撃で片方をのしてしまえば、後はどうとでもなる。狙うなら、先に男。
「喉は渇いていない? よければ、こっちで紅茶でも」
テーブルの方へ誘われる。カレンはそっとベッドから足を降ろした。距離は三メートルもない。スリッパは履かない。一瞬で間合いを詰める。ジャケットの襟首を力の限り引きずり落として、その頭を床へ。
踏み出そうと爪先に力を込めた刹那、何かがカレンの視界の端を掠め、反射的に身を引いた。テーブルの脇にルルーシュ・ランペルージがいる。ふわりと白いエプロンが舞い、サバイバルナイフを握るメイドの手が目に入った。ちり、とカレンの首が僅かな痛みを訴える。触ればぬるりと血の感触がする。
「警戒しなくても」
ルルーシュ・ランペルージが笑う。メイドは色のない瞳でカレンを見下ろす。
「何かするつもりなら、君が気を失っているうちにしていた。だけど何もしていない。それで殺すのは勘弁してくれないか」
「・・・・・・何が目的だ」
「目的? おかしなことを言うね。俺はただ、怪我していたクラスメイトを保護しただけのつもりだけれど」
「ふざけるなっ! 私を保護したのなら知ってるんだろう! 私が・・・・・・っ」
「反ブリタニアのテロリストだということを? ブリタニアとイレブンのハーフだということを? それとも兄を亡くし、母親も先日、麻薬のやりすぎで廃人になったことを?」
カレンは息を飲んだ。それは喉を引き攣らせるような音を出し、身体を動揺に震わせる。向かいの椅子を指し示し、ルルーシュ・ランペルージは穏やかに微笑んだ。

「座れ、紅月花蓮。おまえとは話したいことが山ほどある」





紅茶が湯気を立てている。その向こう、笑う男。
2007年5月30日