Cher Lamperouge
17.タクトは笑う
目を伏せる暇があるのなら前を見据えろ。隙なく左右と背後を気にし、欠片でも異変を感じたのなら防衛のための布陣を敷け。そして手にした牙を研げ。気を抜いた一瞬に相手の喉を貫けるように。殺す練習を怠るな。
さぁ前を向け。人生は待っちゃくれない。
「スザクがブリタニア軍に?」
主の言葉に、ミレイは首を縦に振った。放課後の生徒会室、人気はない。ニーナとシャーリーはすでに帰宅しているし、リヴァルは主の視線を受けてバイクで待っていると言って出て行った。リヴァルと自分では主に対しての分野が違うとミレイは思っていた。表を担うのがリヴァルなら、裏を担うのが自分の役目。
「報告によれば、17歳の誕生日を向かえた直後に本家を出奔し、名誉ブリタニア人制度を利用して軍に入ったと」
「理由は?」
「不明です。枢木本家は彼を絶縁したらしく」
「ふうん。いくら枢木玄武の息子とはいえ、ブリタニア軍に入ったとなれば流石の枢木家でも庇いきれないか」
テーブルに腰を預け、指で前髪を軽く払う。七年前は友人だったらしい存在の報告にも、主は表情を崩さない。けれどもう一度ふうんと呟き、長い腕を組んだ。
「スザクの考えることは俺には分からない。昔は直情型だったが、この七年でどう変わったんだか。ブリタニア軍に入るだなんて、昔のあいつからじゃ想像もつかない」
「現在は一等兵として歩兵部隊に属しているようです」
「ブリタニア軍は名誉に武器は持たせない。だが、あいつの運動神経ならそのうち無視できない存在になるだろう。それでもスザクはイレブンだ。クロヴィスの腹心は純血派ばかりだから、すぐにどうこうということはないな」
「では」
「放っておく。特別会いたいとも思わないし、縁があればどこかで交差するだろう」
「そうね。会いたいのなら、何をおいても会いに来るべきだもの」
私のように、とは言わなかったけれど、主は適確に読み取ったのだろう。うっすらと笑みを浮かべて小首を傾げた。黒髪が揺れる。幼い頃は愛らしさを体現していたそれも、今では艶に変わりつつある。白い肌に吸い込まれそうになる。紫玉の瞳は遠慮なく光を放ち、未来への道を敷いていく。
「ミレイ」
「なぁに、ルルちゃん」
「近々、生徒会に新しい人間を入れてもらうことになるかもしれない。それと今後は枢木よりもキョウトの動きに注意しておけ」
「判ったわ。誰かは聞いてもいい?」
「カレン・シュタットフェルト」
ぱちりと目を瞬く。ミレイも件の女生徒については、理事長である祖父より多少の情報を得ている。表向きはシュタットフェルト家の令嬢だが、実際はイレブンとの間に生まれたハーフ。転入してきてから数えるほどしか学校に出てきていないカレンを、どうして主が気にするのか。疑問はある。だが、それを問うのは許されていない。許されているのは先を読み、そのための手助けをすることだけだ。主の不利にならぬよう、細心の注意と敬意を払って。
「歓迎パーティーは派手にやるから、決まったら連絡ちょうだい」
「シンジュクゲットーと総督府付近にはしばらく近づくな」
「了解。ルルちゃんも気をつけて」
主はふっと笑い、生徒会室を出て行く。返事が返されなかったということは、主はシンジュクゲットーと総督府付近に近づくということだ。万全を期して動く主のことだから大丈夫だろうとは思うが、やはり心配は否めない。けれどガードをつける権利は与えられておらず、ミレイは溜息を吐き出しながら携帯電話を取り出し、手早くメールを打った。こんなときに男だったなら、もう少し肉体的に主を守れたかもしれないのに。
「・・・・・・悔しいけど頼んだわよ、リヴァル」
了解、と頷くかのように携帯が短く震えて着信を知らせた。
男だったら。嘆いてももう遅い。私は私に出来ることを全力でやるだけよ。
2007年5月27日