Cher Lamperouge
15.青い薔薇をあなたに
車を走らせて着いたのは、国営ではなく私営の墓地だ。手入れされている芝生の中を、車椅子がゆっくりと進んでいく。妹の手の中には大きな花束。色は紅。椅子を押す主の手にそれはなく、代わりにディートハルトが抱えていた。どちらも匂い立つような薔薇で、深い赤は血と生命を連想させる。
「お久しぶりです、義父様、義母様」
並ぶ石碑に薔薇を供え、主はゆっくりと話し掛ける。
「無沙汰をしてしまい申し訳ありません。私もナナリーも元気でやっています」
「お兄様はもう高等部の一年生になられました」
「ナナリーは中等部の一年に。とても大きくなりました。お見せすることが出来ないのは残念ですが、きっと見守って下さっていますよね」
主はにこやかに微笑みかける。
「ランペルージ家は私が立派に継いでみせます。ですからどうか、安らかにお眠り下さい」
風が吹き、花束を揺らす。けれど薔薇は崩れない。鮮やかな美しい姿を保ち続け、それは故人を嘲笑っているかのようだった。
「そちらにいらっしゃるのは、もしやランペルージ男爵のお身内の方であられますか?」
墓石に他愛ない日常を話していると、そんな声をかけられる。ディートハルトが振り向けば、丈の低い植木の向こうに一人の女性が立っていた。服装は豪華で墓地に相応しくない雰囲気を放っている。連れている少女は主と似たような年らしく、赤い髪をしていた。立ち上がり、相手を見やる。
「父をご存知なのですか? 失礼ですがお名前は・・・・・・」
「まぁ、名乗りもせず失礼を致しました! わたくしはアルシア・シュタットフェルトと申します。これは娘のカレン。夫の仕事の都合でエリア11に参りましたの。ランペルージ男爵のお噂はかねがね伺っておりますわ。素晴らしいご夫妻であられたと」
滝のように流れる挨拶と紹介と賛美、笑みの下の媚。それは実にあからさまなもので、女の娘さえも眉を顰めているのがディートハルトには面白かった。母娘では考え方が違うらしい。主は美しく微笑み、女に対して礼をとる。
「シュタットフェルト様がエリア11にいらしているとはお聞きしていましたが、こうしてお会いすることが出来て光栄です。私はルルーシュ、こちらは妹のナナリーです」
「お初にお目にかかります、アルシア様、カレン様」
「・・・・・・お初にお目にかかります」
優雅に向けられた会釈とは逆に、娘は無礼にならない程度の仕草で頭を下げる。女はちらりと娘を見やり、それとは打って変わった笑顔で主に猫撫で声を出す。
「ルルーシュ様とナナリー様はどちらの学校にお通いなのですか?」
「私たちはアッシュフォード学園です」
「まぁ、アッシュフォード家の! この子も来週からアッシュフォード学園に通わせようと思ってますの。令嬢らしくない子ですが、どうぞよくしてやって下さいませ」
その「よくして」がどんな意味を持つのか悟り、ディートハルトは内心で薄く笑う。シュタットフェルト家はそこそこの家柄ではあるが、貴族ではない。一見して富と権力を重視していると判る当主の妻が、男爵という地位を持っている主を前に何を考えたかなど明白だ。しかも程よく同じ年頃の娘を持っている。
優雅に会釈しながらも欲望をちらつかせて去っていった女と娘の姿が見えなくなった頃、主はディートハルトを見上げた。
「あの娘を調べろ」
「娘の方、ですか?」
「あれは純粋なブリタニア人じゃない。大方イレブンの愛人が産んだんだろうが、それにしては凶暴な眼をしていたからな。きっと裏があるだろう」
「分かりました。お任せ下さい」
赤い髪や顔立ちは完全なブリタニア人だったが、主が言うのならそうなのだろう。人を観察することに関して、ディートハルトの主はずば抜けている。悪意を察知し身を守るために、好意を察知し利用するために。
「ナナリー、ケーキでも食べに行こうか。この前美味しい店をリヴァルに教えてもらったんだ」
「はい、嬉しいです。その後にお買い物にも行きたいのですけれど・・・駄目ですか?」
「いいよ。今日は学校に欠席届も出してある。ゆっくり休みを満喫しよう」
緩やかな風が吹き、芝生を揺らす。並ぶ墓石の中を主たちはゆっくりと進んでいく。ディートハルトは一歩下がった位置で、そんな兄妹を見つめた。和やかな笑顔と声音の中、確かな計算が構築されている。経験してきた過去が、主たちを堅くする。
「ディート」
前を行く主に声をかけられ、振り向かれ、微笑まれ、これ以上の悦びがあるだろうか。涼やかな声は冷徹でもあり、振り向く際にも隙はなく、微笑の裏にある闇を知っていて、これ以上の感嘆があるだろうか。ぞくぞくとする歓喜に身を震わせ、ディートハルトは付き従う。
己の欲しいものは主の行く先にあるのだと、確たる自信を抱きながら。
カレンの義母の名はタチアオイより。花言葉は高貴、野心。
2007年5月23日