Cher Lamperouge
14.悦びは人の形をしている





『もっと面白いものを見せてあげようか』
薄汚れた子供は自分を見上げてそう言った。埃で灰と斑になっている黒髪の下、紫の瞳だけが異様な輝きを放っていた。吸い寄せられるよう、膝をついた。小さな手に頬を撫でられ、背に走ったのは劣情ではない。歓喜だった。
『僕と来い、ディートハルト・リート』
その瞬間、子供はディートハルトの主となった。生涯を懸けるべき存在との邂逅に、神を信じずにはいられなかった。



朝食の席には出来る限り顔を出すようにしている。ランペルージ家の執事が本職だけれども、主の命によりテレビ局のプロデューサーも続けていることで、時間はどうしても不規則になってしまうが、主の顔をみないと一日が始まらない。三時間の睡眠から目覚めて着替え、ダイニングに顔を出せば、すでにディートハルトの主は上座の席に腰かけていた。
「おはようございます、ルルーシュ様」
「おはよう、ディート」
すでに食べ終えたのか、フォークとナイフが揃えて皿の上に並べられている。主はコーヒーを飲みながら新聞をめくり、ゆっくりと目を走らせている。
「何か気になる記事でもありましたか?」
ランペルージ家唯一のメイドである咲世子が、控えめに朝の挨拶を告げてくる。朝食を共にとることは主への礼節としてディートハルトが良しとしていなかったので、コーヒーだけを受け取り、最も下座の席につく。
「特にはない。情勢も変わらず、テロも頻繁。株は膠着したまま動かないが、芸術関係はもう売った方がいいだろうな。クロヴィスはあまりに無能すぎた」
「さすがです。軍ではコーネリア第二皇女が新総督として派遣されてくるのではと専らの噂のようですよ」
「武力には武力を、か。ブリタニアらしくて反吐が出る」
子供から少年へ、少年から青年へと変化しつつある顔は見惚れるほどに美しい。あの薄汚れた姿からは想像出来ない美貌だが、ディートハルトが追従したのはそんな移ろいゆくものではない。
「おはよう、ナナリー」
「おはようございます、お兄様。ディートハルトさん、咲世子さん」
「おはようございます、ナナリー様」
「おはようございます、ナナリー様。本日の朝食はパンケーキをご用意しておりますが、トッピングが何がよろしいですか?」
車椅子を動かし、現れた妹に向ける声の柔らかさ。慈しみと愛情に満ちあふれ、聞いた誰もが妹思いの兄だろうと思うだろう。それは否定しない。否定しないが肯定もしない。そんなものはこの兄妹の本質ではないと、ディートハルトは知っている。
「バナナに生クリームにチョコレートソース? ナナリー、二の腕がぷにぷにーってなっても知らないぞ?」
「お兄様の意地悪。お兄様こそぷにぷにーってなればいいんです。咲世子さん、お兄様に蜂蜜たっぷりのパンケーキを焼いてあげて下さい」
「俺はもう十分食べたよ。レタスにハムとチーズでサラダパンケーキを」
「駄目です。お兄様もぷにぷにーってなるんです」
「やれやれ、やぶへびだったな」
笑いあう姿。爽やかな朝。平和と安穏と幸福を絵に描いたらこのようになるのかもしれない。しかしディートハルトは知っている。この現状は主が求めて手に入れ、そして維持に力を尽くしているからこそ存在するのだ。奪われる苦痛を知っている。だからこそ主は力を求める。

「ナナリー、今日は義父様と義母様の命日だから、御二人に会いに行こう」
「はい、お兄様」

笑いあう主、そしてその妹は知っている。弱者は奪われるしかないのだと。奪われたくないのなら強者になるしかないのだと。知っているからこそ、ディートハルトはここにいる。
主の描く、混沌の未来を最も近い場所で見るために。そのためにまるごとすべてを捧げているのだ。





さぁ連れて行って下さい、あなたの創る新しい世界へ!
2007年5月23日