Cher Lamperouge
13.有刺鉄線の憧憬
「ニーナ、今年度の予算概要は?」
「緑のロムに入ってるよ。去年のはオレンジのに」
「ありがとう。リヴァル、会議の進行表」
「後レタリング。コピー何部だっけ?」
「提出と保管用も含めて50。会議室は抑えてある。全部活に参加強制の旨も伝えた。部費の使用用途への詰問も準備オーケー」
一つずつ折られていく細い指先を、ニーナはパソコンモニターの横から垣間見る。
「支度は終了。今日はこれで解散だ」
「おつかれー」
「お疲れ様でした」
リヴァルも書き終わったのかペンを放り出して椅子に背中をもたれさせる。ニーナもぺこりと頭を下げた。窓から差し込む光はまだ鮮やかで、空は青を保っている。部活予算会議という生徒会にとっては重要な仕事を明日に控えているにしては、準備はとても早く終了した。それは間違いなく会長の、ルルーシュ・ランペルージの手腕だとニーナは思う。
「貰い物のクッキーを持ってきたんだ。紅茶でも入れるか」
「よっしゃ! 後はコピー!」
「あ、じゃあ私は・・・・・・」
「ニーナはそのファイルを戻しておいてくれ。ミルクとレモン、どっちにする?」
「えっと、ミルクでお願い」
「分かった」
リヴァルの好みは把握しているのか、ルルーシュ・ランペルージは生徒会室に備え付けられている給湯室へと姿を消す。隅のコピー機に駆け寄るリヴァルは鼻歌を奏でていて、ニーナは机の上に散らばっているファイルを揃えて重ねた。
アッシュフォード学園中等部生徒会。三年生になるニーナは科学部と兼部して生徒会の会計を務めていた。リヴァルは新聞部と兼ねて書記を、そしてルルーシュ・ランペルージは生徒会長を務めている。二人はニーナにとってクラスメイトというよりも、どこか仲間に近い存在だった。
ニーナが生徒会に誘われたのは、三年のクラス替えを迎えた直後だった。ルルーシュ・ランペルージとリヴァル・カルデモンドのことは知っていた。ニーナにとっては幼馴染にあたる一つ年上の前生徒会長、ミレイ・アッシュフォードが指名した後任。そのルルーシュ・ランペルージが引きずり込んだのが親友らしいリヴァル。二人は二年の後半から生徒会を運営していた。そして三年で同じクラスになり、ニーナは声をかけられた。計算のエキスパートが欲しいんだ。親しくない自分にどうして、と驚きで恐れ多くなりながら尋ねれば、ルルーシュ・ランペルージは当然のようにそう言った。俺が理系で勝てないなんて大したものだよ、と続けられた言葉は穏やかと有名な性格には少しだけ不釣り合いだった。だからニーナは生徒会に入った。
「あ、これヴェルダンディーのクッキー。うまいって評判だよな」
滑らされた缶を開け、リヴァルが歓声を上げる。新聞部も兼ねていて、交友関係の広さはいっそ学校中と言ってもいいくらいだろう。リヴァルを知らない生徒はいないだろうし、リヴァルの知らない生徒もいない。明るく少しだけ調子の良いリヴァル、きっとクラスの中心にだって立てるだろう。成績だって運動神経だって悪くない。けれどそれを選ばず、一歩引いた地位を確保している。
「二缶貰ったんだ。俺は家でナナリーと食べたからいい」
紅茶を振る舞い、ルルーシュ・ランペルージはストレートでそれを飲む。成長につれて幼さが削られ、美貌だけが強調されてきている。成績は学年主席、運動神経は平均、穏やかで人当たりが良く、教師からの信望も厚い。非の打ち所のない人間かと思いきや、同じ生徒会に属することで知った口の悪さ。喋るなと言われたわけではないけれど、ニーナはそれを誰かに言おうとは思わない。生徒会だけの秘密だと、密やかに思っていた。
「ルルーシュ、今度バイク見に行こうぜ。知り合いが安くしてくれるって言うからさ」
「それより免許が先だろう? 教習所は申し込んだんだろうな」
「誕生日の半年前から通えるよう手配したって。やっぱスクーターじゃなくてバイクだよな。馬力のすごいの」
「サイドカー分の代金は払ってやるよ」
「さっすがルルーシュ!」
人気のある二人に選ばれたということで、女子に恨まれもした。けれどいじめに発展しなかったのは、裏から手を回されたからだと知っている。回したのは目の前の二人。すごいと思った。ルルーシュ・ランペルージもリヴァルも、ニーナに無いものを持っている。憧れた。傍にいたかった。そんな二人を見るのが好きだった。そんな二人に選ばれた自分が誇らしかった。
「明日、公民のテストだっけ?」
「うん。先生、97ページの一覧を出すって言ってたよ」
「マジで!? サンキュ、ニーナ! あーこれで赤点は免れる」
「リヴァル君って社会系苦手だよね。ルルーシュ君は得意だけど」
「理系は相変わらずニーナに勝てないけどな。リヴァル、レポート提出にならないくらいの点は取っておけよ」
「イエス、マイロード」
冗談の敬礼をしたリヴァルの椅子が揺れる。蹴られたのだろう。落ちないようにバランスを取る姿に笑ってしまった。
「ニーナ、残りのクッキーは良ければ貰ってくれ」
「いいの?」
「あぁ。夜食にするにはカロリーが高い。リヴァルをこれ以上太らせるわけにはいかないしな」
「俺は標準値だと思うんですけどー。むしろルルーシュは痩せすぎ」
「っていうか、二人とも痩せすぎ・・・・・・」
ずるい、と思わず本音を漏らしてしまえば、男子二人はきょとんと目を瞬いて片方は笑い、もう片方は肩を竦めた。和やかな空間。ニーナはそれが愛しかった。
憧れている。自分に無いものを持っている。そんな人が自分を認めてくれている。この温かな場所をニーナは失いたくなかった。自分を、失いたくなかった。
だからお願い。邪魔をしないで。
2007年5月21日