Cher Lamperouge
5.葬送など歌わない
平屋という建物を、ミレイは初めて見た。ブリタニアにも一階建ての建物はあったが、それとは雰囲気どころか材質から違う。木造だということを主張する柱、横にスライドするガラス戸、屋根の上に載っている平らな石のようなものが瓦だろうか。付け焼刃の知識ではそれくらいしか認識出来ない。廊下は広くないし床は板張り、壁に触れれば砂のような感触がするし、すべてがミレイの常識外のものであり、文化の違いを目の当たりにさせた。通された部屋は床が緑の草のようなもので出来ており、机も低く、椅子もない。向かい合って座ると、祖父がミレイへと声をかけた。
「ミレイ、しばらくお庭でも見せて頂きなさい」
「はい、おじい様」
「広いから迷子にならないようにな」
「もう、そんな子供じゃありません」
ぷくっと頬を膨らましてみせれば、祖父は目許を緩める。けれど向かいの日本人、イレブンと呼ぶべき男は険しい表情のまま反応しない。ミレイは女中に案内されるまま庭へ向かった。始まる会話を笑顔の下で侮蔑しながら。
庭に出たところで女中の案内を断ると、これ幸いといったように相手はそそくさと平屋の奥へ消えていった。戦争で自分たちを負かした国の人間、しかも年端もいかない少女に礼を尽くすことに矜持が限界を迎えていたのだろう。
「とんだ家人だこと」
仕事に対するプライドがない。ミレイは唇を歪めて笑い、石庭の奥へと足を向けた。枢木本家の見取り図はすでに頭に叩き込んである。祖父が本家の人間と話しこんでいる間に「彼」を見つけること。それがミレイに課せられた責務だった。
喪われた紫玉の宝石。守れなかった、美しい女性。せめて彼女の遺した漆黒と琥珀の宝石だけは。
唯一無二の主たちだけは、どうか、どうか。
いくつもの垣根を越え、池を遠回りして、突き当たりと思われるほど奥にたどり着けば、ようやくその建物は姿を現した。灰色の石で出来た、小さな窓が一つしかないそれは土蔵というのだと聞いた。使わない物をしまっておくためのコンテナ。自分たちの主たちが住むことを強制されたのもそこだったと聞いたとき、腸が煮え繰り返った。殺してやりたいとさえ思った。世界はどうしてこんなにも、彼らに悲しい。
高い位置にある小さな窓に近い木に登る。このためにわざわざ練習もしてきた。スカートの下、作った傷など数知れない。けれどこんなもの、彼らの受けた苦痛に比べれば。ミレイはきつく奥歯をかみしめ、格子窓に向かって声を投げた。
「あなたが、枢木スザク?」
暗い土蔵の中、翡翠の瞳が見張られる。主たちはいない。
どこですかどこですかどこですか、どこですか主!
2007年5月8日