【「今よりきっと、優しい世界」を読むにあたって】
この話は「枢木さん真綿計画」の一環です。
今回は割合と直接的に意地悪で、アニメ21話のネタバレを含みます。
ですので、そういった話が許せない方、好みでない方は決してご覧にならないで下さい。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
今よりきっと、優しい世界
学園祭にて発表された、ユーフェミアによる行政特区日本。好意からの行動とはいえ、それはランペルージ兄妹を搾取の脅威に怯えさせた。互いの手を握り合い、離れないことを誓い合うルルーシュとナナリーに、彼らの騎士であるロイドと咲世子は胸を痛め、どんな相手からも主たちを守ることを確認しあう。そして彼らは作成した。
ルルーシュとナナリーに優しい者だけが入ることを許される、いわゆる「ランペルージ特区」を。
学園祭が終了しても、生徒会は事後処理に追われて忙しい。しかし三日経っても実行委員長のルルーシュは姿を見せず、いい加減にミレイたちは彼を引っ張り出すべく、クラブハウスの居住区へと向かった。もちろんルルーシュがいるとは思わないが、彼が不在でも妹のナナリーはいるだろう。だったら彼女に言付ければ、妹を大切にしているルルーシュも聞かないわけにはいかない。そう考え、ミレイたち生徒会一行は一度クラブハウスを出て、反対側の棟、居住区となっている玄関に向かい、そして扉の前に立っているものに目を瞬いた。可愛い、と呟いたのはニーナである。
「何だこれ」
リヴァルが近づいてちょんちょんとつついたそれは、全長七十センチメートルほどのぬいぐるみだった。扉の左に立っているのはグレーのうさぎ、右に立っているのはオレンジ色の猫。どちらも二本足で立っており、うさぎは黒い騎士服を、猫はメイド服を着ている。グレーの毛と黒い騎士服から連想される人物にスザクが眉を顰めていると、突如サイレンのようなものが鳴り響いた。
『ピーピーピー! 侵入者発見! 侵入者発見! 直ちに特区許可証を提示して下さい』
「きょ、きょかしょう!?」
『十秒以内に提示されない場合は、力ずくで排除致します。カウントダウン開始。10・9・8・7・6・5・4・3・2・1』
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょっと待ったぁ! 特区って何だよ! そんなの知らないっての!」
どうも剣呑な空気にリヴァルが慌てて手を振ると、サイレンのような警報はぴたりと止まる。反射的にミレイとニーナとカレンを背に庇おうと前に出たスザクは、いつでも動けるように足を意識する。しかし、次の声は意外なところから聞こえてきた。え、と思わず目を丸くしてしまうほどに。
『いらっしゃい! ランペルージ特区へようこそぉ!』
うさぎが喋った、とリヴァルがぽかんと口と目を丸くする。
『こちらはルルーシュ・ランペルージ様とナナリー・ランペルージ様に優しくして下さる方だけが入ることを許される「ランペルージ特区」です』
猫が喋った、とニーナは嬉しそうに笑う。しかもうさぎのぬいぐるみが大袈裟な動作で両腕を動かしたものだから、リヴァルは驚いて玄関から飛び退いた。猫も両手をエプロンの前で構えている。七十センチ大のぬいぐるみが動き、喋っている。三日前までは無かった光景に、生徒会メンバーは唖然としたが、その間にも説明は続いていく。
『初めてのご来訪の方には、適正審査を受けて頂きます。わたくしたちが相応しいと認めた方のみ、特区へお入りになることが出来ます』
「審査?」
『はい。特区の中でのルールは一つです。ルルーシュ様とナナリー様を決して傷つけないこと。もちろん身体は言うまでもなく、心もです』
「なるほど、だからランペルージ特区ね」
ミレイは納得がいったように頷くが、カレンは眉を顰めずにはいられない。特区と言われて彼女が思い出すのは、今一番話題となっている行政特区日本だ。張りぼての綺麗な檻。どう考えても破滅しかもたらさないだろうそこに、ユーフェミアはゼロを手招きしている。いまいましい、とカレンは拳を握りしめた。
『では最初の方、お名前をどうぞ』
猫の言葉に、生徒会メンバーは顔を見合わせる。しかしミレイがすぐに前に出てきて、ぬいぐるみと視線を合わせるように腰を屈めた。
「ミレイよ。ミレイ・アッシュ」
『おーめーでーとーぉ! 君は合格! はいどうそぉ!』
うさぎはぽてぽてと両手を叩く。名字すら最後まで言わされなかったミレイは眉を顰めたけれども、うさぎはご機嫌にハイテンションだ。
『君はランペルージ特区に入るべき一番の人だね! 今まで守ってくれてありがとぉ! アッシュフォード、箱庭の番人にばんざーい!』
『ばんざーい』
うさぎが両腕を上げ、猫も同じように万歳のポーズを取る。他のメンバーは気づかなかったようだが、ミレイはすっと目を細めた。このぬいぐるみたちは知っている。少なくとも、これらを作った人間は知っている。ミレイが、アッシュフォード家が、二人の皇子皇女を大切に守り隠してきたことを。特区を作るほどの人間なら、おそらくルルーシュとナナリーに危害は与えまい。逆にミレイは感心すらした。確かにここ最近、彼ら兄妹は身近な脅威に晒されている。ランペルージ特区は必要かもしれない、とミレイは思った。
『次の方、お名前をどうぞ』
ミレイが立ち上がり、振り向いて視線でリヴァルを促す。リヴァルは「俺ぇ?」と顔を歪めたが、おそるおそる前に出てきた。
「えーと・・・・・・リヴァル・カルデモント」
名を告げれば、今度はうさぎと猫はリヴァルに背を向けてひそひそと話し出す。ミレイのときとは違ったけれども、それでも十秒も経たずにぬいぐるみは振り返り、ぽてぽてと手を叩いた。
『歓迎致します、リヴァル・カルデモント様』
「え、俺セーフ?」
『バイクのサイドシートをルルーシュ様のために磨いてるのを認めましたぁ! あは、いいねぇ、ルルーシュ様を乗せて走るのって気持ちいいでしょ?』
「あ、分かる? ルルーシュって美人だからさぁ、こう何て言うの? 優越感?」
『でぇも事故とか起こしたら死んだ方がマシな目に遭わせちゃうから忘れないでよ? とりあえず慰謝料で一生働き漬けだからぁ』
「・・・・・・き、気をつけます」
リヴァルは両手を降参するように挙げ、一歩後ろに引く。残る三人の中でカレンはニーナをちらりと見て、自らが先に前に出た。
「カレン・シュタットフェルト」
名前を告げると、うさぎが笑った。
『その名前は駄目でーす!』
『もう一度お願いします』
何で、とカレンは目を見開く。確かにカレンは名を二つ持っている。ブリタニアのものと、イレブン―――日本人のもの。しかしこの場でそれを知っているのはミレイと不覚だがスザクだけで、目の前のうさぎと猫が、しいてはルルーシュやナナリーが知っているはずがない。どうして、とカレンは唇をかみしめる。だが、本名は綴れない。
「・・・・・・カレン、よ」
『うーん仕方ない。まぁいいかなぁ』
『そうですね、仕方ありませんし』
『いいよ、入って。でも裏切ったら殺すからねぇ』
裏切る。一体何を? カレンはルルーシュとナナリーに対して裏切るような関係や秘密を共有したつもりはない。ぬいぐるみたちを問いただしたかったが、猫はすでにニーナに向かって腕を差し出している。
『次の方、どうぞ』
「二・・・・・・ニーナ、アインシュタイン、です」
『残念、君はユーフェミア副総督のファンだから駄目ぇ。その頭脳は惜しいんだけどなぁ』
『申し訳ありません。これはせめてものお詫びです』
「ユ、ユーフェミア様の写真!」
しかも幼い頃の、と珍しく大きな声を上げてニーナは頬を染める。猫から写真を受け取った彼女は、自分がランペルージ特区に入れなかったことはどうでも良いらしい。むしろユーフェミアの写真をもらえるのなら喜んで入らないとさえ言い出しそうな雰囲気で、ニーナは恍惚と写真に見入っている。
残るはスザク一人。ルルーシュの親友でありナナリーとも親しい彼なら簡単に通るだろうと、リヴァルは楽観視している。カレンもおそらくは同様で、ニーナはすでに写真にしか興味がない。しかし結果はミレイが思った通りだった。
「枢木スザクです」
名乗った彼に、うさぎと猫は揃って笑い声を上げた。
『君は駄目! 絶対に駄目! 入れないよぉ、入れない入れない入れてあげない!』
『枢木首相の息子、ブリタニア軍人、ランスロットのパイロット、ユーフェミア皇女の騎士。これで入れる方がおかしいですね』
『あは、その通りぃ!』
ぽてぽてと手を叩き、うさぎはアイスブルーの、猫は焦げ茶のガラスの目を輝かせて謳った。
『『我らが主にとって、枢木スザクはもはや傷つけるだけの存在! さようなら枢木スザク、特区は君を拒みます! そう、それこそ永遠に!』』
あははうふふと笑い、伸びてきたうさぎと猫の腕がスザクを押す。ぬいぐるみとは思えない力に衝撃を受け、スザクが尻餅をついてしまうと、ドアが開きミレイとリヴァル、カレンだけを中に迎え入れる。ニーナは自ら手を振り、「先に帰るね」と言って軽い足取りで去っていった。閉まっていく扉から、うさぎの長い耳と、猫の長い尻尾が覗く。
『僕たちが望むのは主の幸せ』
『そのためにあなたは邪魔なんです』
『バイバイ、枢木スザク』
『さようなら、どうか永久に』
「待っ・・・・・・!」
手を伸ばしたスザクを、扉は音を立てて閉まり拒んだ。うさぎはまた左側に、猫は右側にそそと立つ。スピーカーから声だけが、無感情にスザクに降った。
『君は太陽の下、張りぼての花園でも守ればいい。その輝きがいずれ、君たちの行為と好意がどれだけ愚かか、白日の下に照らしてくれるよ』
それ以降、スザクがどんなにぬいぐるみに話し掛けても、その肩を揺すっても、反応は何一つ得られなかった。本当にただのぬいぐるみに戻ってしまったかのように、うさぎと猫は立ち続ける。ただずっと、小さな特区を守り続けるために。
「僕がルルーシュとナナリーを傷つける・・・・・・? どうして」
分からないよ、と漏らされた呟きにうさぎと猫は笑った。扉の向こうから聞こえる笑い声を守るためだけに、彼らは存在し続けている。どうして、と囁くだけのスザクに、特区の許可証は与えられることがなかった。
ランペルージ特区は場所を選ばずに発生します。主の視界に入る範囲が基本です。
2007年3月20日