対面、花主従





ルルーシュが目を覚ますと、目の前に広がっていたのはC.Cの緑色の髪ではなく、ベッドの横で幸せそうに笑っているロイドの顔だった。反射的に固まりかけ、あぁそういえば、なんて昨日のことを思い出していると、ロイドはもそもそと布団からルルーシュの手を引っ張り出し、その指先に口づける。
「おはようございます、主」
やっぱり夢じゃなかったのか、と思いつつ、ルルーシュはとりあえずロイドの頬を引っ張ってみた。いひゃいれすありゅじ、と騎士は笑った。

制服に着替えてダイニングに顔を出すと、すでにナナリーは席についており、咲世子も紅茶の用意をしていた。二人はルルーシュに気がつくと、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。
「おはようございます、お兄様」
「おはようございます、ルルーシュ様」
「おはよう、ナナリー、咲世子さん。・・・・・・二人に紹介したい人がいるんだけど、少しいいかな」
あら、と咲世子が目を瞬く。ナナリーは小さく首を傾げ、ふわりと揺れた茶色の髪を、ルルーシュは近づいて優しく撫でる。
「ナナリー、ロイドという人物を覚えてるかい? ロイド・アスブルンド。昔、アリエスの離宮で一緒にお茶を飲んだりした男だ」
「ロイドさん、ですか? シュナイゼルお兄様のお友達の?」
「そう、そのロイドだ。昨日偶然再会したのだけど、行くところがないらしくて、しばらくクラブハウスにいたらいいと誘ったんだ」
ロイドは伯爵だけど、俺たちのことは黙っていてくれるから心配はいらない。ルルーシュはそう付け加えて、ちらりと開けたままの扉を見やる。静かに入ってきたロイドは咲世子ににこりと笑顔を向けて会釈をし、そしてナナリーの前に膝をついた。
「御久し振りです、ナナリー様。ロイド・アスブルンドにございます」
ナナリーの手が宙に持ち上げられる。ルルーシュがそれを取り、もう片方の手でロイドのそれと触れさせる。体温で感じる相手に、ナナリーも笑顔を浮かべた。
「お久し振りです、ロイドさん。お元気でしたか?」
「はい、おかげさまで。それにしても御美しくなられましたねぇ」
「ふふ、ありがとうございます。ねぇ、お兄様。もしかしてロイドさんは、お兄様の騎士になられたのですか?」
まだ言っていない、というかルルーシュとしては言うつもりのなかったことを指摘され、思わず目を見開く。そんな兄の動揺を悟ったのか、ナナリーはくすくすと笑った。
「私も今思い出したのですけれど、そういえば昔、お母様が言ってました。ロイドさんはきっと、お兄様の騎士になりたがっているんじゃないかって」
「・・・・・・母上が?」
「はい。私は、ロイドさんはシュナイゼルお兄様の騎士だとばかり思っていたんですけれど」
「あんな性悪、僕の主じゃありませんよぉ。おっしゃる通り、僕はルルーシュ様の騎士です。認めてもらえます? ナナリー様」
「もちろんです。だってお母様が認めていましたから」
「・・・・・・僕、今、ものすごくマリアンヌ皇妃を崇め奉りたい気分です。お墓に薔薇の花束を具えたいです」
「まぁ」
しみじみとマリアンヌの偉大さを実感しているロイドに、ナナリーは明るく笑う。ルルーシュにとっては寝耳に水のロイドの騎士発言だったが、亡き母はどうやら分かっていたらしい。そんなにあからさまに示されていたのかと過去を振り返るけれども、やはりルルーシュに思い当たる節はなかった。まぁ、ナナリーがロイドを気に入ったのならそれで十分だとルルーシュは思う。後はロイドにナナリーを守ってもらえれば良いのだが、それはロイド本人から否の答えが発された。
「主、ナナリー様の護衛の件ですけど、僕はどうやら必要ないと思いますよぉ?」
「・・・・・・何でだ?」
「だって、ナナリー様はすでに騎士をお持ちじゃないですか。咲世子さん、そうですよねぇ?」
え、とルルーシュが振り向けば、咲世子は指先を口に添え、「あら」と呟いている。けれどすぐにいつも通りの穏やかな笑顔に戻り、次にナナリーを振り向けば、妹はぺろっと小さな赤い舌を垣間見せた。
「バレちゃいましたね、咲世子さん」
「・・・・・・ナナリー?」
「ばれちゃいましたね、ナナリー様」
「・・・・・・咲世子さん?」
ぽかんと二人を見つめるルルーシュに、ナナリーは微笑む。
「ごめんなさい、お兄様。実はロイドさんのおっしゃる通りなんです」
くるりとルルーシュはロイドを仰ぐ。にこーっと嬉しそうな笑顔を向けられるけれどもそれだけなので、ルルーシュは再びナナリーに向き直った。
「・・・・・・ナナリーの騎士が、咲世子さん?」
「はい。私が是非にってお願いしたんです。咲世子さんも誓いを立てて下さって」
「お断りもせずに申し訳ありません、ルルーシュ様」
「あぁ・・・いや・・・・・・一分、いや、三十秒でいい。ちょっと待ってくれ」
まるで昨夜のロイドのようなことを言い、ルルーシュは右手を前に出し、左手を額に当てる。苦悩しているというよりは、突然知らされて困惑しているらしく、微妙にこめかみをぐりぐりと押さえている。ちらりとまなざしを寄越され、ロイドはひとつ頷きを返した。これはロイドから見て咲世子の実力は騎士に値するに十分であるということの頷きである。それを適確に読み取り、ルルーシュは息を一つ吐き出して妹とその騎士に微笑みかけた。
「分かった。ナナリーをお願いします、咲世子さん」
「ありがとうございます、ルルーシュ様。この身に代えましてもお守りさせて頂きます」
咲世子がふかぶかと頭を下げる。兄に騎士を認めてもらえて嬉しいのか、ナナリーの頬もぱぁっと赤らんだ。ルルーシュはゆるやかに指の背でそれを撫でる。
「ひどいな、ナナリー。一言言ってくれれば良かったのに」
「ごめんなさい、お兄様。お兄様が騎士をもっていないのに、私だけなんてと思って」
「そんなことはないよ。ナナリーが選んで決めたのなら、それが最良の騎士なんだから」
自分がいろいろと考える必要はなかったのだと、ルルーシュは心中で苦笑する。こうなると逆にスザクをナナリーの騎士にしないで良かったと思う。意識してみれば咲世子は常にナナリーに尽くしてくれているし、ロイドも認めるくらいだから腕も立つのだろう。抱えていた不安が一つ消え、ルルーシュは無意識のうちに頬を緩めた。
「それじゃ、ロイドは咲世子さんと協力してナナリーを守ってくれ」
「了解しましたぁ。咲世子さんと協力して、ナナリー様と主を必ずお守りします」
自分だけでなくルルーシュを含んでいるその返答が気に入ったのか、ナナリーがロイドに微笑みかける。
「ありがとうございます、ロイドさん。お兄様のことをお願いします」
「はい、お願いされました。任せて下さい、ナナリー様。主にはこのロイド・アスブルンドが全身全霊で尽くしますから」
「ふふ、よかった。ロイドさんがお兄様の騎士で」
ナナリーは咲世子と顔を見合わせて、花のように笑い合う。
「だって、騎士は主を一番に愛してくれる人にしか務まりませんから」
「これで安心ですね、ナナリー様」
「はい、本当によかったです。お兄様の選んだ騎士がロイドさんで」
他の人だったら認められませんでした、とナナリーは穏やかに告げる。あははーよかったですーとロイドは笑顔で頷いているけれども、ルルーシュはどこか微妙に遠くを見つめた。七歳までしか皇室にいなかったとはいえ、さすが元皇女。ブリタニアの血は伊達じゃない。
右にロイド、左にナナリー、そして給仕してくれる咲世子と共に朝食を迎えつつ、ルルーシュは密やかに溜息を吐き出すのだった。





後日キッチンを漁ってみたら、フライパンと一緒にロケットランチャーが並んでいた。
2007年3月12日