自分の主になってほしい少年、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの好物が苺なのだということにロイドが気がついたのは、シュナイゼルの手を借りずに茶会に参加することが出来るようになって三回目の頃だった。思い起こせば最初の茶会のときも、その次のときも、また次も、必ず振る舞われたデザートの中には苺を扱ったものがあった。アリエスの離宮の主は当然ながらマリアンヌなので、彼女の好みなのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。マリアンヌが自身の苺ムースを半分に切って、ルルーシュへと分けていたのだ。そのときの彼の笑顔といったら、もう、ロイドが喜んで一晩語れると断言出来るくらいに愛らしいものだったらしい。
そういう経緯により、ルルーシュの騎士になるために鋭意努力中のロイドは、自らも苺シェフになろうと決意した。自分の作った食事でルルーシュが笑ってくれるなら、それはロイドにとってデザートよりも甘美なご褒美だ。屋敷に帰宅するなり山ほどの苺と一通りの調理器具、そして苺を扱うレシピを片っ端から集めるよう執事に指示を出し、そしてロイドは毎日キッチンに立つようになった。
しかし、苺シェフへの道のりは険しかった。





ストロベリー・ア・ラ・カルト





「甘すぎる」
声だけ聞いていれば柔和な響きを帯びているかもしれないが、言葉には容赦のかけらもない。苺タルトを咀嚼しているシュナイゼルの紅茶に、思わず毒を盛ってやろうかとロイドは思う。
「タルト生地が固い。さくさくしていない。カスタードクリームにだまが残っている。生クリームが柔らかすぎる」
酷評はまだまだ続く。
「バターの質が悪い。リキュールの香りも下品だな。ルルーシュの口に入れる価値もない。総合31点」
「・・・・・・皇室専属御用達のバターなんか手に入るわけないじゃない」
「牛から育てろ」
「そうしようかなぁ」
がっくりとロイドはうなだれる。文句を言いながらも一切れ食べ切ったシュナイゼルは優雅に紅茶を飲んでいる。やっぱり毒を入れておけば良かったとロイドは少しだけ思ったが、知人の中で一番舌が肥えているのは紛れもなくシュナイゼルなのだ。ブリタニア第二皇子の看板は伊達じゃなく、さすが良いものばかりを食べて育ってきているだけはある。だからこそ毒味の白羽の矢を立てたのだが、それはどうやら諸刃の剣でもあったらしい。ロイドはシュナイゼルの駄目出しを頭に刻みつつ、深い溜息を吐き出した。
「苺栽培から始めるんだな」
高らかに笑うシュナイゼルに、次は紅茶に小麦粉を入れてやるとロイドは思った。

結局シュナイゼルの一切れと自分の一切れしか減らなかった苺タルトを持って、ロイドはとぼとぼと帰路についた。しかしブリタニア宮殿を出る前にロイドのレーダーが反応し、近くにルルーシュの存在があることを捕らえる。よく分からないけれども、空気が変わるのだ。ロイドにとってはそれだけで確信を得るには十分で、彼はいそいそと向かう足を門から左へと向けた。少し進んだ小さな花畑にルルーシュの姿を見つけ、自然と笑顔になる。
「ルルーシュ様」
声をかけると、ルルーシュはぱっと顔を挙げた。相手がロイドだと分かるとすぐに表情は笑みに変わり、こんにちは、と幼い声が挨拶を告げてくる。どうやらルルーシュは花冠を作っているらしく、頭にはすでに一つ完成したものが載っていた。
「ナナリー殿下にですか?」
「はい。それと母様に」
「きっと喜ぶと思いますよぉ」
そう言うと、ルルーシュはそれこそ嬉しそうに喜んだ。しかし何かに気がついたのか、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「ロイドさん、苺の匂いがします」
ぎくりと、ロイドは思わず手に持っていた紙袋を背に隠した。けれどルルーシュはその行動をじっと見ていて、視線は紙袋に注がれたままである。苺が好物である彼の前に苺を持ったまま現れるのは自殺行為なのだとロイドは今更ながらに気がついた。数ヶ月後ならいい。だけど、今日の苺タルトはシュナイゼルから31点しかもらえなかった不出来の作なのだ。
「生クリームとカスタードクリームの匂いがします。それと・・・リキュール? もしかして、苺タルトですか?」
やはりブリタニア皇族の味覚と嗅覚は伊達じゃない。ずばり指摘したルルーシュに、ロイドはどんよりと心中で沈んだ。
「・・・・・・はい。でも美味しくないので、ルルーシュ様の御口には合わないと思います」
「そうなのですか? でも一口食べてみたいです」
「・・・・・・後悔しません?」
「はい」
苺という言葉に目をきらきらと光らせているルルーシュの期待を裏切ることがロイドには出来なかった。それにルルーシュによる直接的な評価がもらえれば、今後に大いに役立てることが出来る。そう、それはシュナイゼルの高笑いの批評なんかよりも。
紙袋からケーキボックスを取り出して開けば、ルルーシュが歓声を上げた。一切れずつ切ってありはするけれどもフォークと皿がなくロイドが考えていると、ルルーシュはあっけなく「手で食べてもいいですか?」と聞いてくる。しかし草花を触っている手で食べ物を持つのは好ましくなかったので、結局ロイドがタルトを持ち、それにルルーシュがかじりつくという格好になった。まるで雛に餌を与えている親鳥のような気分になって、ロイドの心を倒錯と歓喜が入り混じる。
「・・・・・・どうですかぁ、お味は」
恐る恐る尋ねれば、もぐもぐと咀嚼していたのを飲み込んで、ルルーシュは口を開いた。
「タルト生地が、少し固いです」
シュナイゼルと同じ感想だった。さすがブリタニア皇室、とロイドは凹むと同時に感心した。
「カスタードクリームが少しぶつぶつしていて、生クリームがとろけてます。後、リキュールの香りが強いかもしれません」
「・・・・・・バターはどう思います?」
「ええと・・・・・・」
正直に言っちゃっていいですよ、と言えば、ルルーシュは少し迷った後で素直に告げる。
「いつも食べてるバターの方が、美味しいかなって思います」
決定だ。素晴らしい。もしかしなくてもブリタニア皇族、少なくともルルーシュとシュナイゼルは同じ味覚を持っているらしい。いまいましいとは思うけれども、これはロイドにとって喜ぶべき事実だ。つまりシュナイゼルを納得させられる品が作れれば、それすなわちルルーシュが満足してくれるということなのだから。
今後も毒味は継続してもらおう。やっぱり紅茶に小麦粉は勘弁してやるとロイドが考えていると、二口目を食べていたルルーシュが顔を上げる。目が合うと、彼は幼い美貌でロイドに笑いかけた。
「でも僕は、このケーキ好きです。誰かのために一生懸命作ったっていう、優しい味がしますから」
三口目をかじりつく。手の中のケーキはどんどんと減っていくけれども、ロイドはそれどころではなかった。喜びと、感謝と、そして決意で胸が一杯になる。結局ルルーシュは一切れ全部を食べ尽くし、そんな彼の口元についている生クリームを拭ってやりながら、ロイドは誓いを新たにした。

騎士と共に完璧なる苺シェフを目指そう。
こうして彼の料理人への道は始まったのだった。





シュナ様とルルーシュの味覚は一緒だと良い。
2007年3月8日