1.貴方という存在が私の誇り



ロイドが生涯の主だと仰ぐ人物と出会ったのは、彼がまだ12歳の子供と言える年齢のときだった。
ブリタニア本国の中でも伝統と格式において右に出るものはいないとされている由緒正しき初等学校で、ロイドは第二皇子シュナイゼルと学友になった。幼いながらに皇子としての頭角を現し始めていたシュナイゼルと、伯爵であるとはいえ貴族としての身分は決して高いとは言えないロイド。そんな二人が悪友とも言える仲になったのは、ひとえに両者の性格故だった。ロイドは初めてシュナイゼルと顔を合わせたとき「外面は良いけど性悪っぽいなぁ」と思ったし、後に聞いてみたところシュナイゼルはロイドを「ネジが簡単に外れるマッドタイプだな」と思ったらしい。しかも相手がろくなことを思っていないと二人同時に察したものだから、彼らの間には見事な友情が築かれることになってしまった。周囲には仲の良い親友だと思わせつつも、その内実は互いを笑って貶しあう紛れもない悪友になったのだ。
そのシュナイゼルに自宅、つまりはブリタニア宮殿に招かれ、遊びに行った日のことだった。チェスを打ったりするのにも飽き、散歩をしてきますと定評のある外面笑顔を二人で浮かべて、彼らはシュナイゼルの母の宮を出た。そして無駄に広いと愚痴を零しながら適当に歩いていると、シュナイゼルは何かを閃いたのか拳で手を叩いた。ロイドは「古いねぇ。君、老人?」と遠慮なくツッコミを入れた。パンチを食らった。
そして連れて行かれたのは、本殿から遠く離れた、若木と花に囲まれた小ぢんまりとした離宮だった。
テラスの白い椅子に腰掛け、一人の女性が大切そうに何かを抱えている。シュナイゼルが指示するまま、ロイドは茂みの影からじっとそれを見つめた。けれど死角になって見えていないはずなのに、女性がシュナイゼルの名を呼ぶ。目を瞬いて隣の悪友を見れば彼は苦笑していて、「あなたには敵いません、マリアンヌ様」と言って立ち上がった。爪先で脇腹を蹴られ、ロイドも渋々立ち上がる。覗き見していた小さな客人たちにマリアンヌと呼ばれた女性は微笑み、彼らをテラスへと招き入れた。近づいてようやく、ロイドは彼女が何を抱えていたのかに気がついた。白い布に包まれているそれは、漆黒の髪が美しい赤子だった。小さな手、短い腕、丸い身体。それでもぱっちりと開かれている紫玉の瞳と目が合った瞬間、ロイドは自分に雷が落ちたのかと思った。語彙力が乏しいと彼自身後に反省したが、それくらいの衝撃だったのだ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという名の赤ん坊は、その瞬間からロイドの至上の主となった。

(運命だよぉ!)





2.背中



シュナイゼルは目の前の背中を蹴り倒したかった。最近では剣だけでなく直接攻撃による武道も収めているため、自分の足にはそれなりの威力があることを彼は知っている。しかし持ち上げようと五センチ動いたそれに気づいたのか、目の前の背中は一転して距離を保った。射程距離外から自分を睨み付けるアイスブルーの目に、シュナイゼルは不満そうに眉を顰める。
シュナイゼルが今蹴り飛ばそうとした背中は、ロイド・アスブルンドという少年のものだった。シュナイゼルの学友であり、他は気づいていないけれども本性を互いに一瞬で見抜きあった悪友でもある。最近では学校での成績を競い合っている仲でもあり、彼らはいわゆる「良いライバル」だと周囲には認識されていた。成長期に突入してシュナイゼルは柔らかな美を、ロイドは涼やかな美を備え始めているからこそ、少女たちからの人気も鰻昇りで、気の早い者たちの中には彼ら二人が未来のブリタニアを支えるのだと囁く輩さえいた。
しかし、シュナイゼルは知っていた。この目の前の悪友が、決して自分の右腕にはならないのだということを。
「ロイド、今のうちに言っておく」
どちらかが一歩踏み出せば戦闘に突入してしまうからこそ、彼らは互いに動かない。その距離を保ちながら、シュナイゼルは言い放った。
「ルルーシュは私の可愛い弟だ。おまえみたいな変態は絶対にルルーシュの騎士にはしてやらない。それを覚えておけ」
「・・・・・・つまり君は、僕とルルーシュ様の麗しい主従愛の邪魔をすると?」
「そんなこと言ってるのはおまえだけだろう? ちなみに私は先日、ルルーシュに名前を呼んでもらったぞ。『しゅなあにうえ』と舌足らずに呼ぶルルーシュは本当に可愛かった」
ふふん、と顎を反らせばロイドが女子に人気のクールらしい顔を歪ませる。悪友だろうが、悪友だからこそ、こんなマッドな奴をルルーシュの騎士なんかにしてはいけない。珍しく可愛いと思えた弟のためだ。そしてやる気なく表面だけを取り繕っていたロイドが本気で騎士になるため努力し始めたのが見ている分には楽しく、それを貶めるのが更に楽しいと最近のシュナイゼルは気づき始めていた。
ロイドが右足を引き、シュナイゼルは左足を開く。一歩で戦闘範囲内。背中に一撃を食らわせてやると、彼らは同じことを思って地を蹴った。

(シュナ様は弟と楽しいことが好き)





3.貴方にだけ跪く



伯爵家の嫡男であるロイドは、皇族への謁見を望むと、相手が了承してくれさえすればそれを許可してもらえる立場にある。しかし問題は誰に謁見を望み出るかだ。一番簡単なのは周囲にも友達関係なのだと知れているシュナイゼルなのだが、最近の彼は宮殿にロイドを呼べどチェスや体術の手合わせばかりで、宮から外に出してはくれない。見事なロイヤルスマイルで「何か言ったか?」と訴えをすべて退ける。ロイドとて悪友に安易に情けない姿を晒すのはプライドが許さないし、つけいる隙を作りたくもない。しかしシュナイゼルをも虜にする己の主―――今のところは予定という文字がつくが―――は本当に素晴らしい。どうすればアリエスの離宮に行けるのか考える端でロイドは感動に耽っていた。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは今年で四歳になる。以前に会ったのはシュナイゼルに彼好みの少女を紹介した礼のときで、もはや半年以上前だ。ルルーシュくらいの年の子供は成長も目ざましく、一日会わないだけでどんどん変わっていくだろう。せめて一目だけでも、とロイドはシュナイゼルの宮からの帰り、往生際悪く宮殿の中を遠回りしていた。しかしアリエスの離宮までは距離があるため、「迷いました」の言い訳はとてもじゃないが衛兵に通用しない。
しかし、奇跡は訪れた。これは彼に相応しい騎士になるため日夜努力している自分へのご褒美なのだと、ロイドは欠片も信じていない神に感謝したという。
しかし次の瞬間、ロイドは髪を振り乱して走った。学校の100メートル走でも、シュナイゼルとの手合わせでも出したことのない、出せたことのない限界を超えてるかもしれないスピードで走り、彼は木から落ちてくる物体をキャッチした。腕の中できょとんと自分を見上げる姿は可愛らしいし、最後に会ったときより格段に大きくなり、そして美人になっていたけれども、会えたことを喜ぶよりも先に安堵と心配から来る怒りが湧き上がってしまい、ロイドは無礼にも腕の中の身体を抱きしめる。
「もー・・・・・・ほんと、目が離せないんですから」
聞けばルルーシュは木に咲いている小さな花が欲しかったらしく、母と妹に見せてやりたいという彼の望みを受け、ロイドはすぐに木登りに取り掛かった。騎士としてどんな相手からも主を守れるよう鍛えているため、今更この程度は何でもない。花を二つ摘んで地面に降り立ち、ロイドはルルーシュに向かって跪き、それを差し出した。嬉しそうに笑った顔をロイドは一生忘れないと思う。
そして彼は、シュナイゼルを介さずともアリエスの離宮に出入りする権利を得たのだった。

(王子様は騎士でした!)





4.信頼



ロイドはルルーシュの、そしてマリアンヌの招待を受け、月に一度のペースでアリエスの離宮を訪れる日々を送っていた。しかしどこからそれを聞きつけてくるのか、むしろ自分がどんなに観察されているのか不可思議に思いポーカーフェイスに磨きをかけることを誓わせるくらい、その日は必ずシュナイゼルもアリエスの離宮に顔を出した。最近では第二皇女のコーネリアや、彼女の妹のユーフェミアもお茶会に出席し、ナナリーやマリアンヌと楽しげなおしゃべりを繰り広げている。特にコーネリアは学校を卒業したら従軍したいらしく、ナイトメアフレームのパイロットであったマリアンヌの話を多く聞きたがっていた。そこには純粋な憧敬を感じさせ、まぁマリアンヌ皇妃だもんなぁ、とロイドは簡単に納得する。そんな彼は、シュナイゼルと並んで紅茶を飲みながら、ルルーシュと第三皇子クロヴィスのチェスの対戦を見るのが常だった。七歳のルルーシュと、14歳のクロヴィス。しかし戦勝は年齢に反比例しており、ルルーシュの方が圧倒的に強かった。しかしそのルルーシュも、まだロイドやシュナイゼルには敵わない。それでもシュナイゼルは出来の良い弟に目を細めて微笑んでいた。
「ロイドさんは、シュナイゼル兄上の騎士なのでしょう?」
ある日の茶会で、幼い声にそう言われ、ロイドはテーブルに額を打ちつけた。ルークの駒を握っていたクロヴィスが驚いたように振り向いたが、対戦者のシュナイゼルは気にするなと手を振る。しかしその口元は楽しそうに吊り上げられており、耳はしっかり自分たちのやり取りを聞いているだろうことがロイドには分かった。テーブルの向かいでは、ルルーシュが紫の瞳をきょとんとさせている。
「・・・・・・ルルーシュ様ぁ、それ、誰から聞いたんですか?」
「コーネリア姉上からです。ロイドさんが伯爵家の方でありながらも軍籍に身を置いているのは、おそらくシュナイゼル兄上の騎士になるためだろうって」
違うんですか、と首を傾げて尋ねられ、ロイドははっきりと「違います」と否定した。打ちつけた額が赤くなっている気がして、手のひらでさする。
「確かに僕が軍人をやっているのは、いつか一人の主に忠誠を誓い、その方のお役に立つためです。ですが、それはシュナイゼル殿下ではありません」
「そうなのですか? どなたかお聞きしてもいいですか?」
幼い声が尋ねてきた瞬間、ロイドはビショップを握るシュナイゼルの耳がおっきくなっちゃったような気がした。うんうん唸るクロヴィスの相手をしているように見えながらも、間違いなく自分たちの会話を楽しんでいる。相変わらず性悪だ、と心中でロイドは舌打ちをした。
今ここでルルーシュに、「あなたの騎士になりたいのです」と誓いを捧げることは簡単だ。けれどそうするにはルルーシュはまだ幼すぎるし、ロイドも自分に自信があるわけではない。せめてもう少し戦場を経験し、ルルーシュをしっかり守れるようになってからにしよう。そう考えて、にこりと笑みを浮かべる。
「ルルーシュ様がもう少し大きくなられたらお教えしますよ」
「・・・・・・ロイドさんは、シュナイゼル兄上と一緒で意地悪ですね」
ぷくっと頬を膨らませての台詞にロイドは実はかなり傷ついたが、シュナイゼルは堪え切れなかったのか噴出して肩を揺らしている。「兄上?」とクロヴィスが心配そうに声をかけた。
「えー・・・・・・ちなみに、ルルーシュ様は騎士を持つとしたら、一体どんな人がご希望ですか?」
「僕ですか?」
「はい、ルルーシュ様です」
可愛らしい顔が眉を顰めて考え始める。七歳の今でさえマリアンヌの生き写しだと言われているのに、これが大きくなったらどんな美人さんになってしまうのか想像しようとして、ロイドは自分の能力の限界を知った。とりあえずマリアンヌの髪を短くし、少年の身体にしてみたけれど、それだけで世紀の美少年が出来上がってしまう。そこからさらにルルーシュの魅力を加えようとしたけれども、どうも駄目だった。己の想像力の乏しさをロイドが嘆いていると、ルルーシュは結論が出たのか、ぽんっと手のひらを叩いた。シュナイゼルがさらに噴き出す。これは血筋なのかなぁ、とロイドは思わず遠くを見てしまった。
「信頼出来る関係がいいです」
「・・・・・・信用ではなく?」
「はい。信じて頼って、そして頼ってもらえるような、そんな騎士と主になりたいです」
照れたように笑うルルーシュからはシュナイゼルのような性悪はかけらも感じられなくて、ロイドは安心して微笑み返した。もちろん今のルルーシュの台詞を己の魂に刻み込むことは忘れない。
「では、僕も信頼してもらえるよう頑張りますね」
目を瞬かせるルルーシュの手のひらを取って今すぐにも誓いを立ててしまいたかったけれど、それも出来ない。それは断じてテーブルの下で「させてたまるか」と言うかのように、シュナイゼルの足がロイドの足を踏みつけているからではない筈だった。

(しんらい、しんらい。帰ったらもう一度辞書引こう)





5.忠誠のキス



マリアンヌがテロを装って殺害され、ルルーシュとナナリーが日本に追いやられ、彼らがその地で命を落としたとき、ロイドはエリア10で長期の軍務に就かされていた。ロイドはその年で22歳になる。ルルーシュはもう10歳だ。軍人として多くの場数も踏んだし、今は若いながらも投入されている最新のナイトメアフレームに乗り、一個小隊を任されて大尉の位にもついている。この任務が終わって本国に戻ったら、ルルーシュに騎士にしてほしいと願い出てみよう。突然のことにあの子は驚くかもしれないが、ロイドにとっては10年前から決まっていたことなのだ。これ以上は待てないし、誰かにルルーシュを取られるのも嫌だ。次にアリエスの離宮に行ったときが勝負だと、柄にもなく緊張と不安を抱きながら、ロイドは軍務をこなしていた。同じ頃、シュナイゼルとコーネリアもそれぞれエリアを任され、不在にしていた。その間に行われた凶行。それは、明らかにマリアンヌとルルーシュとナナリーを亡き者にしようという算段だった。
ようやく本国に戻り、嬉々として足を運んだ宮殿で、荒れ果てたアリエスの離宮に愕然とした後、ロイドはその足で軍に除隊届を叩きつけた。その後、彼は一年間自らの屋敷に篭り、外に出てこなかった。

シュナイゼルがドアを開けると、昼間だというのにカーテンを締め切った薄暗い部屋の隅で、膝を抱えてうずくまっている塊が見えた。綺麗なブルーグレーだとルルーシュが褒めて以来、決して手入れを欠かすことのなかった髪の毛も今は乱れてぱさぱさになっており、ルルーシュに合わせて白を多くまとっていた身体も、今は漆黒に包まれている。それが喪服だということは一目瞭然であり、伏せられたまま上げられることのない顔の憔悴ぶりを思い、シュナイゼルは呆れたように溜息を吐き出した。
「いつまでそうしているつもりだ? 死んでもおまえが行くのは地獄だから、天国のルルーシュには会えないぞ」
軽口にうずくまっている肩がぴくりと震える。
「万が一会えたとしても追い返されるのが関の山だろうな。ルルーシュは自分のために誰かが死ぬなんて決して許しはしないだろう」
「・・・・・・分かってるよ。だからこうして、死んでないじゃないか」
「だったらそろそろ外へ出ろ。おまえはこの私の悪友なんだ。その無駄に高い能力を放り投げるな」
久しぶりに発したらしい声は完全にかすれていて、それこそルルーシュが聞いたら目を丸くしてロイドの体調を心配しただろう。その様があまりに鮮明に思い描けてしまって、尽きたはずの涙が再びロイドの目に浮かびかけた。
「騎士としての僕は、死んだよ」
「だったら研究者にでもなれ。ちょうどよくナイトメアフレームの開発者を探している」
「一からまた勉強しろって?」
「完成した機体にはルルーシュと名付けてもいいぞ」
「やだよぉ。だって君が乗るんでしょ」
からからと上がる笑い声にも力はない。それでも塊はゆっくりと形を変え、ロイドは両足で立ち上がった。細いけれども鍛え上げていた身体も今は随分と肉が落ち、うなだれる猫背も手伝って彼を優男に見せている。案の定深い隈とこけている頬に、シュナイゼルは笑った。ロイドも、諦めきったかのように唇を吊り上げ、そしてぽつりと呟いた。
「・・・・・・忠誠のキスも、出来なかったよ」
「していたら殴り飛ばしただろうけどな」
シュナイゼルは肩をすくめる。
「だが、今は悔やんでいる。さっさとおまえをルルーシュの騎士にしておけば良かった」
そうすれば少なくともルルーシュとナナリーは守れただろう。言葉にはされなかったけれども、シュナイゼルの言いたかったことはロイドにしっかりと伝わった。死ぬほど泣いたというのに涙が溢れ、漆黒の袖でそれを拭う。ありがとう、とロイドは笑い、すまなかった、とシュナイゼルは謝った。

(仲良し悪友)





6.傷だらけの体を抱きしめて



躊躇いは一切なかった。テロリストに与することも、ブリタニアに敵対することも、すべては主に纏わる些事でしかない。そんなことは意味がないのだとロイドは知っている。そう、ルルーシュに騎士として仕えるためだけにロイドは生まれ、生きてきた。七年遅れた、それだけのことだ。初めて誂えた騎士服は漆黒。シャツからタイ、マントや靴に至るまですべてを黒で揃えた。かつては白がこの上なく似合っていたというのに、今は黒しか相応しいと思わせない主を瞼に描き、そっと笑う。この衣装をまとってゼロの隣に立つ自分に、きっとシュナイゼルは笑うだろう。そしておそらく安堵を見せる。彼はロイドのルルーシュへの忠誠と執着を知っている。だからこそロイドがいる限り、ゼロが、ルルーシュが死ぬことはないと知り、笑うだろう。シュナイゼルは愛しい弟がテロリストになっていたとしても、それ以前に生きていたことを喜ぶような男だ。その点で自分たちはこの上なく同じだとロイドは思う。
「・・・・・・ロイド、さん?」
かけられた声に振り向くと、茶の軍服を着ているセシルが眉を顰めて自分を見ている。ああ、見つかってしまったか、とロイドは心中で少しだけ面倒くさく思った。本当はこのまま誰にも知られないうちに、ランスロットと共に出て行くはずだったのだけれど。セシルが抱えているファイルを握り締める。それは今までと一変したロイドの気配を感じたからかもしれない。だけどこれが素なんだよねぇ、とロイドは笑う。
「今までご苦労様、セシル君」
「ロイドさん?」
「後は適当によろしく。まぁ何も残らないと思うけどね」
何を、と動きかけた唇が声をつむぐ前に、ロイドは彼女の背後に回り手刀をその首に落とした。崩れ落ちた身体はそのままに、ファイルを拾い上げて何の案件かを確認する。それは今までの実験データだったが、ランスロットに関することはすべてロイドの頭の中に入っている。ファイルも適当に放り投げ、ロイドはまだ着けていなかった手袋を手に取った。気分が高鳴り、興奮している。29年待ち望んだ瞬間がもうすぐやってくるのかと思うと、逸る気持ちを覚えずにはいられない。
仮面を被り、戦場に立つ姿。どんなに傷ついているだろう。どんなに力を欲しているだろう。剣を、盾を、彼は望んでいるに違いない。そのための存在に、自分はなれる。なることがずっと夢だった。アリエスの離宮からは随分と離れ、時も経ってしまったけれど、傷だらけの体を抱きしめるために、今。
「あなたの騎士が、参りますから」
だから泣かないで下さいね、ルルーシュ様。歓喜に溢れた声でそう囁き、ロイドは休憩室のドアを開ける。ランスロットの向こう、先日ユーフェミアの騎士となった己の部下の姿が見える。馬鹿だねぇ、とロイドは笑った。彼の存在すらも、今は些事でしかない。
ルルーシュから騎士を拝命したら、ランスロットは黒に塗りなおそう。そんなことを考えながら、ロイドはスザクの名を呼んだ。

(待っていて下さいね、僕の主)





皇子と騎士、その6つの関係 by ひつじ丸工房
2007年2月23日