スザクが意識を浮上させると、すでに空は漆黒に染まっていた。何故星が見えるのか分からなくて眉を顰めるが、ぴりっと走った痛みに呻き声を漏らしてしまう。そこでようやく現状を思い出した。周囲は寒いくらいに静寂が広がっていて、トレーラーは無残に破壊されている。ランスロットも、ロイドの姿もどこにもない。
「・・・・・・セシルさん」
身体を起こそうとすると咳き込んでしまい、激痛に肋骨を折られていたことを思い出す。あのときのロイドの動きに躊躇いはなく、彼は間違いなくスザクよりも強者だった。床につこうとした手のひらが硝子を踏み、親指の付け根に突き刺さる。ひしゃげたフレームに奥歯をかみしめ、スザクは固めた拳で床を叩いた。どん、という音が虚しく瓦礫の中に響いた。
道化師はずっと騎士だった
ロイド・アスブルンドの逃亡、特派の崩壊。ブリタニア軍にとって何より痛手だったのは、ランスロットを持っていかれたことだった。しかもよりによって今まさに敵対している黒の騎士団に流れてしまった。加えてロイドは軍内でも指折りの科学者だったため、技術の流出も免れない。阻止出来なかったことをスザクは激しく叱責された。ユーフェミアが庇わなかったら、もっと酷い仕打ちを受けただろう。けれどそれも当然だとスザクは思う。処罰が下されなかったのは、特派がコーネリアではなくシュナイゼルの直属部隊であるため。それだけの理由だ。
自室待機を言い渡されたスザクは数日後、本国から来たというシュナイゼルに呼び出された。出向いた先は彼の専属艦であるアヴァロンではなく、政庁の一室だった。初めて相対する第二皇子はテレビで見ていた以上に麗しく、優しげな面立ちをしながらも威圧を持つ人物だった。紫の瞳に学園の友人を思い出し、そういえば随分会っていないとスザクは思う。彼は今どうしているだろう。元気だろうか。
「枢木スザクか。まさかこんな対面になろうとは」
口調もどこか友人に似ている。友人がシュナイゼルに似たのかもしれないが、片親だけとは思えない相似をスザクは感じた。膝をつき頭を垂れていたが、すぐに「立て」と短く命じられる。緩慢な動きにスザクの怪我を思い出したのか、シュナイゼルは感心したように目を細めた。
「どうやら腕は落ちていなかったようだな。ロイド・アスブルンドは科学者になる前は、22歳で大尉まで登りつめた優秀な軍人だ。ナイトメアに乗らせても腕は上々。数々の武術を修め、生身でもあいつに勝てる輩はそうはいないだろう」
枢木スザク、と声は正面からかけられる。
「確認する。ロイドは確かに、ゼロが自分の『主』だと言ったんだな?」
「はい。確かにそう言いました」
「・・・・・・そうか」
気のせいか、一瞬浮かべられた表情は安堵のようにスザクには見えた。もしかしたら歓喜かもしれない。けれどそれはすぐに消え、紫の眼は冷静にスザクを見据える。
「特派は解散とする。おまえは本来の責務につくがいい」
下された命令は想定外のもので、スザクは思わず問い返してしまった。
「お待ち下さい! ロイドさんを・・・・・・軍務規定違反者を追わないのですか!?」
「追ってどうする。あれは自分の意思で軍を抜けた」
「ですがロイドさんは軍人です! ルールを侵した人間は処罰すべきです!」
上官に対し、何より皇族に対し出すぎた言葉だと、皇族批判とされても仕方のないことを言っているとスザク自身分かっている。それでもロイドは罰せられるべきであって、罰せられなくてはいけない。それがルールなのだ。
シュナイゼルは緩やかに足を組みかえる。長いマントの裾がそれすらも美しく揺れた。
「私とロイドが知り合ったのは、互いが七歳の頃だった」
告げられたのは今まで話していたのとは全く違う内容で、けれど口を挟めずスザクは沈黙する。
「奴は私を見て『外面の良い性悪』だと思ったらしい。私も奴を見て思った。『一つに固執したら離れないマッドタイプだな』、と」
白い手袋に包まれている人差し指が、もう片方の手の甲を叩く。
「私は奴が主を決めた瞬間も、その後の奴の馬鹿みたいな努力も、主を失った直後の憔悴も、無為に生きてきたそれからも見てきている。ロイドを軍人にしたのは私だが、奴はそれ以前に騎士だった。主が生きているのならば、その元へ走る。それが騎士という生き物だ」
「ですが・・・・・・っ!」
「枢木スザク、おまえは何がしたい。ロイドを断罪したいのか?」
問いかけにスザクは言葉に詰まったが、唇を噛んで答える。
「・・・・・・ルールを侵した者は罰されるべきです。でなければ同じような輩が続出します」
「では聞くが、もしもロイドが正式に除隊届を提出し、その後ゼロの下へ走ったとしたら、おまえはどうする?」
「っ・・・・・・」
「ロイドを許せないのはおまえ個人の感情であり、それを軍規を盾に正当化しようとするな。判断は私が下す」
「・・・・・・イエス、マイロード」
ブリタニア軍にとって大逆を犯したロイドを裁くべきだというスザクの主張は、おそらく正しいのだろう。けれどロイドがゼロの元へすでに到着していると思われる以上、軍が講じるのは対抗の一手であって、たった一人の犯罪者を追うことではない。感情を無理やり押さえつけるスザクの様を、シュナイゼルは観察するように眺めていた。
「ランスロットを失ったのは痛手だが、ロイドの行動は私に新たな道をもたらした」
「え・・・・・・?」
「本国に戻る。特派は解散だ」
「では、僕は」
「おまえはユーフェミアの騎士だろう。主の元へ駆けるのが騎士という生き物だと言ったはずだが?」
事実を告げる声音は冷ややかで、スザクはロイドが去り際に残した言葉を思い出す。彼は、自分を同じ騎士だと認めたくはないと言った。最低だと。そんなことはないとスザクは拳を握りしめる。ユーフェミアは尊敬に値する主で、彼女を守る任を与えられたことは誇らしく思う。守らなければいけないと思う。
「そういえば枢木スザク、おまえはルルーシュとナナリーの友人だったそうだな」
はっとして顔を上げると、シュナイゼルは笑みを浮かべていた。瞳を柔らかく細め、唇の端を吊り上げるだけなのに、とても美しいその表情が友人に酷似していて、スザクの背筋を冷や汗が流れる。
「二人はすでにないが、兄として礼を言わせてもらう」
「・・・・・・いえ、僕は何も」
「ここではどのように過ごしていた? あれはゲームを好み、外遊びは苦手だったが」
「そう、ですね。でも、一緒に花を摘んだりしました。ナナリー皇女殿下のために冠を作ったり、夏は川辺で水浴びををしたりもしました」
「良き友だったか?」
「はい、とても」
声はちゃんと出ているだろうか。かすれてはいないか、震えてはいまいか。顔はちゃんと笑えているだろうか。逸る心臓を懸命に堪え、スザクはシュナイゼルに言葉を返す。友人の口から第二皇子について聞いたことはなかった。彼はブリタニア皇室について、兄弟姉妹について話すことが殆どなかった。そうか、とシュナイゼルは頷く。
「生きていたら、さぞ美しく成長しているだろうな。マリアンヌ皇妃の穏やかさと激しさを引き継いで、ナナリーは花のように、ルルーシュは華のように」
目許を綻ばせるシュナイゼルは、上官ではなく兄の顔をしていた。立ち上がった彼はスザクよりも背が高く、服に包まれた身体はがっしりとした印象を与える。もしかしたらこの人も武術を嗜むのかもしれない、とスザクは思った。隙のない身のこなしは、そうと気づかせない位のもので、その事実に背筋が粟立つ。しかし次のシュナイゼルの発言に、恐れも畏怖も吹き飛んだ。
「セシル・クルーミーは失踪した。自室にはIDカードと除隊届が残されていたらしい」
「セシルさんが・・・・・・っ!?」
「クルーミーとロイド、それに黒の騎士団の科学者と思われる人物は同窓だ。おまえはクルーミーも裁くべきだと言うか?」
返事には興味がないのだろう。愕然としているスザクの横をすり抜け、シュナイゼルは出口へと足を向ける。
「ランスロットもない今、おまえは私の部下に必要ない」
「・・・・・・はい」
「ユーフェミアの傍で見ているがいい。世界が変わる瞬間を」
扉を開けて振り向いたシュナイゼルは、差し込む光に金色も髪を輝かせる。紫玉の瞳がスザクを笑った。
「おまえはいつかロイドの行いに感謝するときが来るだろう。それまでに学ぶがいい。人は誰もが自分のルールで生きており、そこに他者からの強要は許されないという事実をな」
扉がゆっくりと閉ざされ、スザクは一人残される。握りしめた拳は痛みを訴え、胸は苦しく息が乱れる。何故か急に友人に会いたくなって、スザクはその足でアッシュフォード学園へと向かった。ユーフェミアの元では、なく。
「ルルーシュ!」
クラブハウスの呼鈴を連打して、思い切り名を呼ぶ。出てきた友人は軍服姿のスザクに驚いていたようだが、それよりも額に玉のように浮かんでいる油汗に眉を顰めた。僅かな表情の変化は、最後に会ったときと変わらない。シュナイゼルの言う通り、華のようだとスザクは思う。
「おまえ、怪我してるのか?」
「・・・・・・うん。肋骨を、ちょっと」
「馬鹿! さっさと入って横になれ!」
腕を掴もうとしたらしいが、少しの反動も痛みに繋がると思ったのだろう。ルルーシュは大きくドアを開いて、リビングに行け、と命令する。何だか急に気が抜けてしまって、スザクはぶり返してきた痛みと朦朧とする意識に曖昧な笑みを浮かべる。言われた通りソファーに横になっていると、ルルーシュが水と痛み止めを持ってきた。
「甘い、匂いがする」
スザクの呟きに、ルルーシュはああ、と頷く。
「さっきまで苺タルトを食べてたんだ」
「好物、だったよね?」
「ああ。生地がさくさくしていて、カスタードとアーモンドクリームも絶妙で美味かった。今度はおまえの分も残しておくよ」
「うん」
約束に唇を綻ばせる。まるでここ数日の出来事がなかったかのようにルルーシュの周りは穏やかだ。心なしか彼の表情も和らいでいて、珍しいとスザクは思う。再会してからこちら、スザクはルルーシュがこんなにリラックスしている顔を見たことはなかった。ナナリーと共にいるときはとても優しい笑みを浮かべるけれど、それとはまた違う。そう考えて、スザクはふと思い出す。
「そうだ、この間の事」
ルルーシュは首を傾げる。
「ほら、大切な話があるって」
「あぁ、あれはもういいんだ」
紫玉の瞳でスザクを見つめ、ルルーシュは華のように笑った。美しく穏やかに、はにかむような表情で。
「ユーフェミア殿下の騎士就任おめでとう、スザク」
何度も何度も贈られた祝辞なのに、スザクはたった今、自分は何か大切なものを失ったのだと思った。ルルーシュは笑う。ありがとう、という言葉は喉の奥に張り付いて声にすらならなかった。代わりのように、涙が浮かんだ。
『道化師はずっと騎士だった』はこれにてひとまず終了。お付き合い下さりありがとうございました!
2007年2月27日