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ゲットーに降り立ったナイトメアは、反ブリタニアを目論む人間にとって仇の象徴とも言えるものだった。騎士に例えられる白い機体が夕陽に染まり紅に輝く。パイロット席から顔を覗かせた男は、近くで震えているゲットーの住人に向かって黄金の鍵を放った。
「ねぇゼロに、あぁ黒の騎士団でもいいや。言付けてくれない? 『あなたの騎士が参りました』ってさ」
笑った男は、これから訪れる夜のような漆黒の服を纏っていた。まるでイレブンにとっての光である、「黒の騎士団」の一員のように。





道化師はずっと騎士だった





白兜―――ランスロットが単機でゲットーに現れたという事実は、黒の騎士団でも察知していた。けれどすぐに反応はレーダーから消え、偵察部隊を出そうとしていたところ、一般人からの通報と共に黄金の鍵が届けられた。それは形は違えど紅蓮弐式の稼働キーに酷似していて、ラクシャータもナイトメアフレームの一部だと認めた。鍵がここにあるということは、ランスロットは動けない。それは命を預ける行為に等しく、ゼロは周囲を無頼で囲ませつつ会うことを決めた。もちろん紅蓮弐式だけはいつでも戦えるように、己の傍に控えさせながら。
向かった先では確かにコクピットを開いたまま、白い機体が沈黙していた。しかもその姿は片膝をつき、どことなく忠誠を誓う騎士のようなポーズにも見える。その頭部に男が一人座っていた。無頼に囲まれながらも動揺した様子はなく、自身に向かって輻射波動を構える赤い機体を物珍しそうに見上げる。
「へぇ、これがラクシャータの作ったナイトメアかぁ。名前は何て言うの?」
『質問はこちらが先だ。名前を名乗れ』
「ロイド・アスブルンド。10分前まではブリタニア軍シュナイゼル・エル・ブリタニア直属部隊特別派遣嚮導技術部の主任だったけど、今はただのブリタニア人」
紅蓮弐式を通してのカレンの質問に、男―――ロイドはあっさりと己の身分を白状する。浮かべられているのはどこか軽薄に見える笑みで、口調すら軽い。それでも警戒させる何かを感じさせ、無頼はそれぞれ武器を構え直す。
『ブリタニア人がゼロに何の用だ。それに、その白兜のパイロットは枢木スザクのはずだ。奴はどうした』
「んー、ランスロットのパイロットは確かに枢木スザクだったけど、作ったのは僕だからね。主が―――ゼロが必要だろうと思ったから持ってきたまでだよ」
『・・・・・・主?』
「そう。ゼロに伝えてくれない? 『ロイド・アスブルンドが馳せ参じました』ってさ」
「―――その必要はない」
生身の声が届き、猫背気味だったロイドの背が弾かれたように伸ばされる。紅蓮弐式の影から現れたのは彼が対面を望んだゼロで、その姿を見るなりロイドはランスロットから飛び降りた。向けられる武器の矛先を浴びながらも軽やかに着地し、立ち上がる。ゼロを守るように生身の藤堂が刀を構えて立ち塞がったけれども、それもロイドから蕩けるような声が発されるまでだった。ついさっきまでどこか冷めた表情だったのが、今は至上の幸福を前にしたかのような喜びに溢れている。アイスブルーの眼には涙さえ浮かんでいて、彼はただ一人だけを見つめていた。
「・・・・・・やっと、会えた」
声は震えてゲットーに反響する。
「ようやく、お会い出来ました。長かった。ほんと、29年もかかっちゃいましたよ。これで僕も生きることが出来る。あなたにお仕えするために僕は産まれてきたんです」
無意識のうちに踏み出された足に、藤堂が警戒して刀を向ける。けれどロイドの眼はゼロだけを見つめている。
「覚えてますか? あなたは七歳でした。チェスの傍らで紅茶を飲んでいました。僕に聞きました。『ロイドさんは誰の騎士になりたいのですか』と。もちろん言葉尻は違いますけど、言えと言うなら一字一句違うことなくお伝え出来ますよ。僕は言いました。『あなたがもう少し大きくなったらお教えします』と言いました。あなたは大きくなりました。僕もいい加減待ちくたびれました。だからお答えさせて下さい」
とうとうと並べられる言葉を止め、ロイドはその場に膝をつく。それは先日テレビで放映されたユーフェミアの騎士叙任式とまったく同じ光景で、違うのはその当人がどちらも漆黒の服をまとっていること。ロイドは深く頭を下げ、心底嬉しそうに語る。
「ロイド・アスブルンドはあなたの騎士になるために今までを生きてきました。この場で真名を綴ることは許されないでしょうから、せめて仮の名を呼ばせて下さい」
恍惚の誓いが捧げられる。
「ゼロ。この身、この頭脳、この命をもってしてあなたにお仕え致します。守り、共に戦います。ですからどうか僕にお与え下さい」

あなたの騎士となる、生死にすら勝る幸福と誇りを。

剣を捧げるにしてはあまりに甘美で貪欲な響きを帯びている宣誓に、誰もがロイドを凝視する。漆黒の服を身にまとい、たった一人に向かって忠誠を誓う様は、どう見ても騎士を名乗る人間だった。ブリタニア人がゼロに請う。己を騎士にしてくれ、と。戸惑いが広がる中、ゼロの声が仮面を通して伝わる。
「ロイド・アスブルンドか」
「―――はい」
名を呼ばれることさえ嬉しいのか、短い返答も喜色で満ちている。
「覚えている。確かに私は七歳だった。盤上ではビショップがゲームを決めていた」
「ええ、その通りです」
「私はそのとき、こうも問うたはずだ。『おまえはすでに主を持っているのだろう』、と」
「はい。そして僕はお答えしました。『あんな性悪は主ではありません』、と」
「ロイド・アスブルンド。伯爵の称号を持つアスブルンド家の嫡男。シュナイゼルの覚えもめでたく、ランスロットを作ったのならブリタニア軍でも相当の地位にあるだろう。それなのに何故、私の騎士を望む」
「そんなの決まってますよぉ。あなたが僕の運命だからです」
顔を上げてロイドは笑ったが、ゼロが警戒したのに気づいたのか苦笑に変わる。藤堂の剣先に鋭く捉えられても、その瞳はいまだゼロを見つめたままで、アイスブルーは至福に染まっている。
「出会いは、あなたが産まれたばかりの頃でした。母君の腕に抱かれている姿を拝見した瞬間、僕は自分の産まれてきた意味を知りました。そして誓いました。必ずあなたの騎士になることを」
無頼の武器が僅かに揺れる。過去をなぞりながら、ロイドは続ける。
「それからは死ぬほど努力しました。性悪に笑われても邪魔をされても、あなたを完璧にお守り出来るように、身体も頭脳も鍛えました。花を取ろうとして木から落ちたのを覚えてます? 僕がキャッチしましたけど、あのときにはもう、僕はあなたの騎士になりたかったんですよ。まだ自信がなくて言えませんでしたけど」
紅蓮弐式の、輻射波動を有する腕が震える。一度握られた指先は、再度ロイドに向かって開かれた。
「そうこうしている間に、僕はあなたを失ってしまった。騎士である僕はそのとき一度死んだんです。だけど実際に後を追うことをあなたは許さないだろうと思ったから、畑違いの分野に足を突っ込んでランスロットとか作っちゃって、ぶらぶら生きてきたら、またこうしてお会いすることが出来ました。騎士である僕は生き返ったんです。ただ一人、あなたのためだけに」
「私はゼロだ。おまえの知っている子供ではない」
「ええ、ご立派に成長なされました。でも全然変わりません。あなたは僕の主です」
「ブリタニア人であるおまえが、ブリタニアと戦えるのか? 昨日まで同僚だった人間たちと」
「もちろん戦えますよぉ。あなたが命じて下されば、直属だった部下だって殺します」
ついていた膝を伸ばし、ロイドは立ち上がる。迎え入れるかのように両腕を開く。
「っていうか、僕はあなたがゼロだろうとブリタニア皇帝だろうと中華連邦の主席だろうとEU首相だろうとそこらへんのバイト君だろうと男装少女だろうと一学生だろうと何でもいいんです。例え肩書きや主義主張が変わろうとも、あなたの魂は変わらない。僕を魅了した美しい本質は、きっと死んでも健在でしょうから」
藤堂が僅かに眉を顰めた。しかしロイドはずっとゼロにしか語りかけていない。世界にはそれしか存在しないかのように、ロイドはゼロを見つめ続けている。
「お傍に置いて頂けるなら何でもします。もちろんランスロットも差し上げますし、僕の知るブリタニアの科学技術も全部提供します。アスブルンドの資産も全部匿名口座に移してきましたし、ええと料理も出来ます。掃除洗濯も出来ますし、お菓子とかお好きですよね? 好物だった苺タルトなんかもう完璧に作れます。ほんと美味しいですから。だから僕をあなたの騎士にして下さい」
「・・・・・・おまえはブリタニア皇室に近すぎる」
「じゃあコーネリア総督を殺してくればいいですか?」
さらりと言った声音は相変わらず蕩けるように甘かった。一瞬遅れて張り詰めた場の中で、ロイドだけが笑っている。
「それともユーフェミア副総督? シュナイゼル殿下? ブリタニア皇帝? ああ、枢木スザクですかぁ? 彼らを殺してくれば、僕をあなたの騎士にしてくれますか?」
純粋な願いだけで構成されているかのように、周囲からロイドは見えていた。

「それとも今この目を抉り出せば、僕が本気だって認めてくれます?」

いくつも息を呑む音がしたが、ロイドは自らの左目に指を添え、「もちろん、あなたが盲目の騎士でも良いと言って下さればですけど」と続ける。藤堂のまなざしが僅かにゼロを振り向いた。仮面の下から答えが返される。
「いいだろう。見事抉り出したら認めてやる。おまえを私の騎士とし、黒の騎士団にも迎え入れよう」
「ありがとうございまぁす! じゃあさっそく」
ぱぁっと顔を輝かせ、ロイドはいそいそと手袋を外す。漆黒のそれを腰に挟むと、彼は周囲が止める間もなく、ためらうことなく自身の左目に指を突き立てた。爪がまぶたを破り、第二間接までが沈んでいく。ごぷりと音を立てて溢れた血が頬を伝い、ゲットーの大地に浸透していく。引き出された指は何か赤黒く丸いものを掴んでいて、糸を引く神経や何かを乱暴に引きちぎり、ロイドはそれを足元に投げ捨てた。傷ついたアイスブルーが少しだけ覗き、誰かの悲鳴が上がる。それでもロイドは、空ろな瞳でゼロだけに微笑む。
「待ってて下さいね。今、こっちも」
血に染まる指が残る右目にも伸ばされる。けれどもそれは、漆黒の手によって遮られた。藤堂の背から出てきたゼロが、ロイドの腕を握っていた。
「右目はいい。おまえの覚悟と忠誠、確かに見せてもらった」
「―――じゃあ」
「ああ。おまえを私の騎士と認めてやる」
隻眼のアイスブルーがこれ以上ないほどに細められる。ゼロの指先が血濡れの頬を辿るのに、ロイドはうっとりとまぶたを伏せた。
「・・・・・・綺麗な色だった」
「あなたは昔から僕の髪と目の色がお好きですねぇ。だからこそ僕も頑張って輝きを維持してきたんですけど」
大丈夫です、分かってます。ロイドは唇だけでそう囁いた。ブリタニア人で、伯爵で、元軍人のロイドをゼロの傍に置くには、これくらいしなければ周囲からの許可と信用は得られない。しかも黒の騎士団の仲間にもなるのだから、並大抵の振る舞いでは無理だった。だからゼロは目を抉れと言い、ロイドはそれに従った。文字通り片目を犠牲にしたのだ。永久に、共にいるために。
ゼロは転がっている左目を拾い上げる。ロイドは再び地面に膝をついた。すでに無頼から武器は向けられていない。ただ紅蓮弐式と藤堂だけが、険しいまなざしをロイドへと向けている。
「ロイド・アスブルンドはここに騎士の制約を立て、あなたの騎士として戦うことを願います」
先のユーフェミアの騎士叙任式の宣誓と僅かに違うそれ。ロイドはこれだけは譲らないらしく、ゼロは肩をすくめる。
「我欲のため、大いなるあなたの為に剣となり、盾となることを望みます」
「いいだろう。私は汝、ロイド・アスブルンドを騎士と認める」
ゼロとして、ルルーシュ・ランペルージとして。

・・・・・・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして。

僅かな沈黙の間に綴られた名に気づいたのはロイドだけだっただろう。彼は差し伸べられた手に、心からの歓喜と共に口付けを送る。そして勢いのまま立ち上がり、ゼロの細い身体を抱きしめた。
「やったぁ! やっとですよぉ! どんなにこの瞬間を待ってたことか! あぁほんと生きてて良かった! 後を追わなかった僕万歳!」
「ばっ・・・・・・放せ、ロイド!」
「ヤですよぉ! ずっとこのために生きてきたんですから! あなたは僕の主ですよ! もう絶対に離しませんから!」
ロイドはゼロの仮面に頬を寄せ、嬉しそうに何度もこすりつける。細くは見えても鍛えている騎士の身体に敵うはずもなく、ゼロは抵抗するけれども抜け出すには至らない。藤堂がおい、と声をかけたけれどもそれすら聞こえていないらしく、ロイドは腕の中の主に呼び掛けた。
「僕はあなたのことを思い切り信じて頼りますからね! だからあなたも僕を信じて頼って下さいよ!?」
「―――あぁ」
仮面の下で、ゼロは笑った。
「本当に覚えていたんだな、おまえ」
「もちろんですよぉ! 主のことですから!」
ロイドは再びゼロを抱きしめたけれども、今度は抵抗もなかった。夕陽は沈み、夜の帳が落ちてくる。ランスロットの白い鋼が星に輝き、二人を照らし出していた。

出会ってから17年。
ようやく、主従の誓いは立てられたのだった。





黒騎士ロイドさんは左目が黒眼帯になったとさ。
2007年2月25日