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運命は一度きりだと思っていた。それを失い、自分は歩むことを辞めた。畑違いの分野に突っ込み、そこでも名を知らしめ始めた頃、運命は一度きりでないのだと知った。消えたはずの存在を目にし、運命は一度ではないのだと知った。
運命は「ひとつ」なのだと、知った。





道化師はずっと騎士だった





式典や手続きをこなし、騎士たる者の心構えなどをとくとくと説かれ、スザクがようやく特派のトレーラーに戻ることが出来た頃には、すでに彼が藤堂を逃がしてから数日が経っていた。ランスロットを壊してしまったことを怒られるだろうと、戦々恐々としながら小さな声で「失礼します」と挨拶してドアを開く。けれどスザクの目に入ったのは眉を顰めているロイドでも、穏やかに微笑むセシルでもなかった。人影はなく、常に文字を浮かばせている機器の画面も暗い。沈黙しているランスロットの他に気配はなく、スザクは眉を顰める。しかし奥の休憩室となっている扉が開き、人が現れた。彼はスザクに驚いたように目を丸くしていたが、スザクも彼を見て目を瞬いた。まさかと思っていると、聞き慣れてしまったハイテンションな声がスザクに向かって放たれる。
「枢木准尉! 久しぶりだねぇ」
「・・・・・・ロイド、さん?」
「僕以外の何に見える?」
「え、でも・・・・・・それ、礼服・・・・・・じゃない」
上から下までロイドの格好を見回し、スザクは呟く。
「騎士服、ですか?」
「そうだよぉ、よく出来ましたぁ」
まるで子供を褒めるかのように笑い、ロイドはまだ嵌めていなかった手袋を装着する。スザクが彼を見間違えたのは、その服装にあった。常に白衣らしきものを纏っていたロイドが、今は漆黒に身を包んでいる。しかも伯爵という位からくる礼服ではなく、先日スザクが騎士候授与式で着るのを義務付けられたような、すらりとしたパンツに勲章のいくつもついた丈の短いジャケット。しかもロイドは中のシャツまで黒で合わせており、素材の違いによる煌めきが白よりも眩しく見せていた。
「ロイドさん、伯爵ですよね?」
「んー、そうだよぉ?」
「なのに騎士服なんか着て、どうしたんですか?」
「主の元に馳せ参じようと思ってさぁ」
「シュナイゼル殿下ですか?」
「何で僕があんな性悪に仕えなきゃならないの?」
ロイドはあからさまに不愉快そうに顔を歪めた。違うんですか、とスザクが問えば、あんな性悪は僕の主なんかじゃないよ、と皇族に対しあるまじき言葉が返ってくる。しかしそれ以外に思い当たる人物がなかった。ロイドが主任を勤めている特派は第二皇子シュナイゼルの管轄であり、おそらく彼の部下だろうと思っていたのだけれど、それもどうやら違ったらしい。
「ロイドさんが、騎士ですか」
スザクが無意識の内に漏らすと、ロイドは鏡を覗き込んで髪をいじりながら聞き返す。
「なぁに、その不満そうな声」
「あ・・・すみません。ロイドさんは科学者だと思っていたので」
「そんなの主がいなかったから適当に選んだだけの職だよ。まぁ予想外に楽しめたからいいけど」
適当に選んだだけの職で、彼はランスロットという唯一の第七世代ナイトメアフレームを開発してしまったのだろうか。ドレスタイを直しているロイドは、スザクの疑問が手に取るように判るのか、彼を見ずに笑った。
「僕と主の出会いはねぇ、運命だったんだよ。出逢った瞬間、すぐに判った。僕は彼の騎士になるため産まれてきた。君とは違うんだよ、枢木准尉」
ひやりとした声だった。一瞬何を言われたのか理解できなくて、遅れて眉を顰める。
「・・・・・・どういう意味ですか」
「そのままの意味だよ? 君は別に副総督の騎士になりたかったわけじゃない。身分的に逆らえないから、騎士になれば少しは認めてもらえるかもしれないから、そんな気持ちで騎士になったんだろう? だったら僕とは違うよ」
ふふふ、と唇が笑みを漏らすが、ロイドは相変わらず鏡に向き合ったままスザクの方を見ようとしない。まるでランスロットを前にしているかのように瞳を輝かせており、心からの喜悦を彼は浮かべている。
「僕の主は、一人だけだ」
だから彼が死んだときに、騎士を望んだ僕も死んだ。だけど彼は生きていた。僕の主、僕の唯一の主。囁いて、ロイドは笑う。
「だから枢木准尉、君とはもうお別れだ。僕は行くよ」
ロイドが振り向く。ここでようやくスザクは、何故セシルがこの場にいないのかを考えた。このトレーラーは特派にとって唯一の作業場であって、大学に間借りはしているけれども、よほどのことがない限り彼女はいつもトレーラーにいた。それはランスロットに執着しているロイドがいつだってここにいたからであって、そんな彼の助手であったからセシルもいた。それなのに彼女がいないことが急に恐ろしくなって、スザクは問いかける。声は警戒に震え、それを押さえつけようとすると低くなる。
「セシルさんは、どこですか」
肩を竦めるロイドはすでに目の前のものに対する興味を失っていた。それはスザクに関しても、セシルに関しても。
「殺してないよ? 彼女には今まで頑張ってもらったし、奥で眠ってもらってるだけ」
「軍を、抜ける気ですか」
「うん、抜けるよ。っていうか今更軍にいる意味もないしねぇ。さっきも言ったけど、僕は彼の騎士になるために生まれてきたし、努力もしてきたんだよ。主が死んだからその道も諦めてたけど、生きてるなら話は別だ。僕は、彼の騎士なんだから」
ロイドの身体が正面を向く。スザクは右足を引き、身を屈めた。その所作に唇を吊り上げ、ロイドは片方の肩にかけているマントを揺らす。それすらも漆黒。それを纏う人物を、それを纏った騎士たちを引き連れている主を、スザクは一人しか知らない。
「どうしてですか、ロイドさん」
混ざった懇願は僅かなもので、それよりも怒りを感じ取り、ロイドは笑う。これだから君は嫌いじゃなかったよ、と嘲るように告げて、彼は諸手を開いた。それは完全な、愛に満ち溢れる忠誠だった。

「どうしても何も、当然のことだよぉ? 僕は騎士なんだから。この世界にたった一人の僕の主―――ゼロのね!」

重心をかけて踏み切った左足が回転を帯びてロイドに直撃する。けれども彼は漆黒の両腕を持ってしてそれに堪え、僅かに身を引いただけで威力をすべて殺してみせた。スザクが目を見開いた瞬間に腕が伸びてきて、彼を掴み、叩き落す。腹の上に落とされようとした足から転がって逃げ、スザクが身を起こそうとしたところへ漆黒の蹴りが眼前に迫る。激しい痛みに吹っ飛ばされ、スザクは背中から機器の山へと突っ込んだ。バランスを崩して落ちてくる機械の角が額にぶつかり、皮膚が切れて血が溢れる。絡まるコードを乱暴に剥がし、スザクは半分赤く染まる視界で相手を睨み付けた。体術に自信のあるスザクとも対等に渡り合う能力。隠していたそれを示し、ロイドは悠然と立っている。
「ロイドさん、どうして・・・・・・っ!」
未だ信じたくないという気持ちで叫べば、彼は今度こそ面倒くさそうに吐き捨てた。
「僕が騎士で、ゼロを主だと思うことの何がいけないのかなぁ」
「彼は犯罪者です! ブリタニアを害するテロリストなのにっ!」
「そんなの後付だよ。僕にとっては主がたまたまゼロになっちゃっただけ」
「主の過ちを正すのが騎士でしょう!?」
「主の道に従うのが騎士でしょう? 駄目だね、枢木准尉。僕と君は分かりあえない」
だからこそあの御方も苦悩してるんだろうなぁ、と小さな声で呟き、ロイドはつかつかと踵を鳴らしてスザクに近寄る。構えを取ろうとしたけれど機械と出血に気を取られたスザクの鳩尾を今度こそ足蹴にし、限りなく体重をかける。上がった悲鳴にロイドは不思議そうに眉を跳ねた。
「あは、もしかして肋骨折っちゃった? ごめんごめん、久しぶりだから手加減出来なくてさぁ」
声は軽く笑いながらも、手は乱暴に胸倉を掴み、その内から目当てのものを取り出す。ロイドの手に握られた金色の鍵に、スザクははっと目を瞠った。
「これは貰ってくよぉ。元々僕が作ったものだし、主がお望みだからねぇ」
「待て・・・・・・!」
「無理無理。騎士の意義も判らない君に僕は倒せないよ。本当は殺した方がいいと思うんだけど、でもねぇ」
とりあえず今はこのくらいで、とまるで止めのようにロイドは足に力を込めた。鈍い音がして今度こそはっきりと骨が折れ、スザクの叫びにロイドは笑う。鍵を握り込んだまま眼鏡を外した彼の目は、恐ろしいほどに澄んだアイスブルーだった。氷のように冷たく、火のように熱く、無感動に見下ろしてくる。初めて見る彼の酷薄な微笑に、スザクの全身が震えた。漆黒の手袋に包まれた指先から、眼鏡が滑り落ちる。割れる。硝子が、スザクの眼前で踏みつけられる。
「君はせいぜいお姫様でも守ればいいよ。僕とランスロットは、黒の皇子様を守るからさ」
見下ろしてくるロイドは、すでに科学者などではなかった。
「ばいばい、枢木准尉。君は優秀なパーツだったけど、騎士としては最低だ」
同じ騎士を名乗るものとしては認めたくないね。笑みをひとつ残して、ロイドはあっさりと踵を返す。動けないスザクなどすでに彼の眼中にはなく、手馴れた動作でランスロットを起動し、スラッシュハーケンを放って天井を突き破る。夜を迎えた漆黒の空に、白い機体が消えていく。いくつもの埃や瓦礫が降って来る中、スザクはそれを沈黙のまま見送った。血に染まる視界の中、ロイドの踏みつけた眼鏡のレンズが光った。ひしゃげたフレームがまるで嘲っているようで、スザクは空の手を握り締める。あれほどの執着が必要だというのなら、自分は騎士になどなれない。騎士になど、なれやしない。

漆黒の服を纏い、アイスブルーの瞳を露にし、誰かのために在ると言えるロイドが恨めしかった。羨ましいとは言えなかった。
ランスロットを失った今、自分は剣さえ取上げられたのだと、スザクは思った。





だって僕は誰かのために死ぬことは出来ても、誰かの後を追おうとは思えない。
2007年2月20日