「ルルーシュ! 今度の感謝祭はコンサートにしましょう!」
高い声でそう言いながらアリエスの離宮に駆け込んできたのは、ひとつ年下の異母妹だった。頬を薔薇色に紅潮させているユーフェミアの後ろには、第二皇女コーネリアと第三皇子クロヴィスの姿も見える。ルルーシュは手にしていた本を置いて、今は留守にしているマリアンヌに代わり彼らを歓迎するために立ち上がった。これで午後の予定はパァだと内心で溜息を吐き出しながら。





ディーヴァは密やかに





咲世子が四つのカップを並べて、一礼してから部屋を出て行く。ここはアリエスの離宮なのでホストの位置にルルーシュ、右から順にユーフェミア、コーネリア、そしてクロヴィスが座った。芳しい紅茶で喉を潤した後に、先ほどの勢い冷めやらぬままユーフェミアが再度同じ提案を繰り返す。
「ルルーシュ、感謝祭はコンサートにしましょう! ねぇ、いいでしょう?」
「感謝祭というと、二ヶ月後の皇室定例行事か。収益をすべて慈善団体に寄付するボランティアだろう? 去年は何をやったかな」
「皇族それぞれが品を提供したバザーだ」
「ああ、確か相当の額になりましたね。思い出しました。確か母上の未着用のドレスが、競りで1000万を超えたとか」
「だけどそれじゃ、せっかくの『皇室行事』なのに私たちが市民と交流できないもの。だから、ね! 今年はコンサートにしましょう? 私が歌うから、ルルーシュはピアノを弾いて!」
「クロヴィス兄上がヴァイオリンで? 分かった。他ならぬユフィの頼みだし、引き受けるよ」
「本当!? ありがとう、ルルーシュ!」
ユーフェミアが表情を明るくして、身を乗り出してルルーシュの頬に口付ける。ありがとう、と繰り返す顔はとても嬉しそうで、ルルーシュもそんな義妹に柔らかく笑みを返した。それじゃあ、と考えるように顎に手を当てて小首を傾げる。
「指揮はオデュッセウス兄上に頼めるといいな。感謝祭は11月の日曜日に開催するのが通例だから、兄上の予定が空いていればいいんだが」
「じゃあ私、聞いてくるわ! お兄様は今日は離宮にいらっしゃるはずよね?」
「ああ。返事がもらえたら電話してくれ」
「分かったわ。行ってきます!」
いってらっしゃい、とルルーシュが手を振って見送る。ユーフェミアは弾む足取りでアリエスの離宮を出て行き、室内には三人だけが残された。クロヴィスは苺のふんだんに盛り込まれているロールケーキをフォークで切り分け、満足そうに口に運んでいる。コーネリアはテーブルの対面から、鋭い瞳でルルーシュを見据えていた。穏やかだったルルーシュの瞳がすっと感情を潜めて静かな面持ちに変わる。足を組み替え、トーンすら下げて彼は左隣の義兄に尋ねた。
「それでどうなんですか、クロヴィス兄上。実際のところユフィの歌は」
「そんなに悪いものではないよ。少なくとも素質はあると思うし、一年本気でレッスンを受ければ、国立音大にも受かることが出来るだろうね」
「なるほど。それなら二ヶ月間、死ぬ気で練習してもらいましょう。感謝祭は11月の第4日曜、23日。場所は国立歌劇場といきたいところですが、そうすると『民衆に還元する』という感謝祭の意義に反しますから、セントラルパークの野外ホールが適当でしょうね。あそこなら設備もそこそこ整っていますし、公園内でバザーも開けば一石二鳥になるでしょう」
「どうして23日なんだい?」
「オデュッセウス兄上のスケジュールが、その日以外空いていないからですよ」
「知っているならどうしてわざわざユフィを行かせた」
「ユフィがいたら出来ない話もあるでしょう? 俺なりの気遣いのつもりです」
出すぎた真似を失礼しました、とルルーシュがあっさり謝罪を口にすれば、眉を顰めてばかりいたコーネリアも疲れたように溜息を吐き出した。確かに皇室で育ってきたとは思えないほどに純粋である妹に、こんな打算と計算ばかりの会話は聞かせたくない。その考えを汲んでくれたことは有り難いが、そうしたのがユーフェミアと一歳しか変わらないルルーシュだというのがコーネリアにとって複雑だった。さて、とルルーシュは肘をついた手のひらに顎を載せる。
「皇子皇女でコンサートを開くのなら、やはり第一皇子であるオデュッセウス兄上を立てる必要がある。指揮は兄上に。よろしいですか?」
「ああ、構わない」
「ユフィが歌うというのなら、形としてはオペラですね。編成はどうします?」
「弦楽四重奏、それか五重奏がいい! ルルーシュのピアノも聴きたいけれど、やはりここは弦楽器で揃えるべきだよ! 第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、足すなら難しくなってもコントラバスがいいね!」
「コーネリア姉上、どれなら形になりますか?」
問われて、コーネリアはぎょっとした。話の展開から何について企画しているかは分かっていたけれども、まさか自分に矛先を向けられるとは思っていなかったのだ。コーネリアは自分が文化系に優れていないことを理解している。武人であろうと努力してきたためか、妹のユーフェミアや義弟のクロヴィスと異なり、そういった柔らかな面がどうしても不得手になってしまったのだ。ルルーシュとてそれを知らないはずがないというのに、彼は至極当然のように問うてきて、逆のコーネリアの方が慌てた。
「待て、ルルーシュ! 私は楽器など弾けない! おまえだって知っているだろう!?」
「ええ、知っていますよ、少なくとも素地はあるのだということを。確か姉上は、初等学校を卒業するまで音楽の家庭教師をつけていましたよね? そのとき習っていた楽器は何ですか?」
「ヴァイオリンだよ」
「クロヴィス!」
「それでは、コーネリア姉上は第2ヴァイオリンで。そこそこ形になっていればいいですよ、そこそこね。誰もクロヴィス兄上のように派手に弾きこなせなどとは言いません」
「・・・・・・!」
「いやぁ、ルルーシュ。それは褒めすぎだよ」
常日頃つれなくされている弟からの賛辞が余程嬉しいのか、クロヴィスは華やかな顔を崩れそうなくらいに緩めて照れている。しかしコーネリアといえばルルーシュのあまりの言い方に開いた口が塞がらず、怒鳴ることすら忘れてしまった。ちらりと紫色の瞳が彼女を捕らえて、止めを刺すように小首を傾げる。
「姉上が参加しないとユフィが悲しみますよ?」
「・・・・・・分かった。だがせめて、第1ヴァイオリンはクロヴィスかおまえが弾いてくれ」
「それくらいのフォローはさせてもらいます。コントラバスはシュナイゼル兄上が弾けましたね?」
「ああ、シュナイゼル兄上は何でも出来るね。ユフィと一緒に歌っていただいてもいいなぁ」
「最後は全員で合唱にしましょうか。シュナイゼル兄上は今日はEUとの会談でしたか?」
「そのはずだが」
コーネリアが力なく同意すると、ルルーシュは席を立って飾り棚へと歩み寄る。コードレスの子機を手に取って、押したナンバーはおそらくシュナイゼルの携帯電話のものだろう。しばらく耳に当てていると相手が出たのか、ルルーシュは壁に背を預けて話し始めた。
「こんにちは、シュナイゼル兄上。ルルーシュです。今お時間大丈夫ですか? ・・・そうですか、会談の方は順調で? ・・・・・・それはそれはお気の毒に。ご老体は頭が固くて困りますね。話は変わりますが、兄上。二ヶ月後の感謝祭でコントラバスを弾いていただけますか? ええ、ユフィの提案で、今年は皇子皇女によるコンサートということになりまして。指揮はオデュッセウス兄上、オペラをユフィが歌います。コーネリア姉上とクロヴィス兄上の参加はすでに決定し、あと数人に声をかけるつもりです。・・・そうですか、ありがとうございます。楽曲につきましては決まり次第また連絡させていただきます。お忙しい中お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。それでは失礼致します。・・・・・・・・・そうですね、俺ならとりあえず開発援助の打ち切りをちらつかせますね。手っ取り早く物流を閉ざすという手もありますが、そこまでしてはEUも気の毒でしょう。両の手のひらを広げさせて、民と金、どちらを取るか考えさせるのも宜しいのでは? ・・・・・・いいえ、お役に立てたのなら幸いです。それでは、お帰りをお待ちしております」
ピッと音を立てて通話を切り、子機を充電器に戻す。ルルーシュが席に戻ってくる間にクロヴィスは二切れ目のロールケーキを自ら皿に取り、弟の分も同じようによそっていた。ありがとうございます、という言葉に、アリエスの離宮は何でも美味しくて羨ましいよ、という感嘆の溜息が返される。
「シュナイゼル兄上は引き受けてくださったか?」
「ええ、二つ返事でした。それでクロヴィス兄上、どうします? 残りはヴァイオリンとヴィオラとチェロですが」
「私はヴィオラかチェロがいいな。先日ルルーシュに似合いのヴァイオリンを見つけたから、是非弾いてほしいんだ」
「じゃあ兄上はチェロですね」
「ヴィオラは?」
「ギネヴィア姉上が弾けるでしょう?」
出てきた名は第一皇女のもので、思わずコーネリアもクロヴィスも黙ってしまった。脳裏に描く義姉はお世辞にも良いとは言えない性格をしている。もちろん極悪というわけではないし、弟妹には優しくしてくれるときもあるけれど、基本的には高慢を絵に描いたような人なのだ。美しいけれども毒々しい。そんな印象を周囲に与えるギネヴィアが、果たしてコンサートの参加を了承してくれるだろうか。眉を顰めてしまった二人に、ルルーシュは肩を竦める。
「ギネヴィア姉上はかなりの奏者ですよ。腕前は俺が保証します。それに第一皇子と第二皇子と第三皇子に加えて、第二皇女と第三皇女が出るんです。ここで第一皇女が出なければ、皇室内の不和を噂されかねません」
「それは、そうだが・・・」
「交渉は俺に任せてください。あれでいてギネヴィア姉上も、結構俺に甘いんですよ」
紅茶のカップを傾けて、ふふ、とルルーシュが唇を吊り上げる。その様子にクロヴィスがぴくっと肩を震わせて背を正し、黙々とロールケーキを食べ始めた。この問題に関して触れることを止めたのだろう。第三皇子はこういった点において、自分が年下の第十一皇子に敵わないことを深くしっかりと理解しているのだ。
「ナナリーとカリーヌが騒ぎそうですが、あれらはまだ幼い。加えるだけの実力もありませんし、今回は見送ることにしましょう」
「・・・・・・そうだな」
「会場は俺が手配します。セッティングと衣装に関しては」
「私がやろう!」
「とのことなので、クロヴィス兄上に一任します。選曲もお願いしていいですか?」
「もちろん。最高の曲を選んでみせるよ!」
「三日以内に決定して、楽譜をそれぞれに配ってください。隣接するバザーについては他の皇子皇女に振り分けましょう。そうすればさして不満も出ますまい。この点に関してはコーネリア姉上、お願いして構いませんか?」
「・・・分かった。私とユフィの名で知らせておこう」
「ありがとうございます。さすがに俺の名前では受け入れる輩は少ないでしょうからね」
呆れたように肩を竦めて、ルルーシュは割り振りを終える。本人の能力はともかく、ルルーシュの母親であるマリアンヌは庶民の出だ。だからこそ皇室では忌避されており、加えてルルーシュは有能だからこそ殊更に距離を取られる。コーネリアやクロヴィスが親しくしているのは、ただ単に彼らの人となりを知っているからに過ぎない。遠くに置いておくよりも近くに侍らせておくべきなのだ、ルルーシュという第十一皇子は。
リリリン、とその機械的な外見にそぐわない音を立てて、電話が着信を知らせる。ルルーシュが立ち上がって子機の受信ボタンを押せば、コーネリアやクロヴィスに届くほどの弾んだ声が伝わってきた。
『ルルーシュ、オデュッセウスお兄様も了承してくれたわ! 11月の23日なら大丈夫ですって!』
「そうか。じゃあそれで企画を進めておくから、ユフィも早く戻っておいで。オデュッセウス兄上にもよろしく伝えてくれ」
『分かったわ! お兄様、ルルーシュがありがとうって』
『いいや、私こそこんなに素敵なコンサートに誘ってくれてありがとう、ルルーシュ。さっそく指揮の練習を始めるよ』
「ありがとうございます、オデュッセウス兄上。素晴らしいコンサートになるよう、精一杯努めさせていただきます」
にこりと見事なまでの笑顔を浮かべて、ルルーシュは電話の向こうの第一皇子に向かって喋っている。企画はすでに八割方が成立しているというのに、まったくよくもこういけしゃあしゃあと口が回るものだ。コーネリアは不快に思うどころか呆れると同時に感心すらしてしまい、クロヴィスの寄越したロールケーキにフォークを突き立てた。苺が丁度良い甘さで、さすがはアリエスの離宮だと納得する。
とりあえず向こう二ヶ月間、ブリタニア皇室はクラシック音楽で満たされるに違いなかった。





音楽に関しては一切合財適当です・・・。皇室リサイタル、チケット一枚1000円。CD、DVD、ブルーレイの販売も有り。
2008年11月18日