【「死は誰のもの」を読むにあたって】
この話にはR2最終回付近のネタバレを含みます。黒の騎士団に対して厳しいかもしれませんので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
すべて己の責だと語る背中は、悲劇のヒーローの役割に酔っている少年のものではなかった。諦観を帯びた、老人にも似たそれ。肩は薄く、骨張っていた。まもなく来る終焉を、否応なしに感じさせて止まない。
死は誰のもの
ルルーシュからゼロレクイエムという計画を聞かされ、ロイドとセシルは言葉を失った。それはあまりに壮大で、そして悲しい謀だ。世界中の憎しみをルルーシュに集め、その彼をゼロが殺すことにより憎悪と悲哀の連鎖を断ち切る。成功すれば、確かに世界は新たな境地へと一歩を踏み出すことになるだろう。しかし、それには犠牲が必要だ。以降の人生を死ぬまでゼロに扮して「正義の味方」を演じることになるスザク。そして「悪逆皇帝」の汚名を負ったまま死ぬことになるルルーシュ。まだ若い少年たちにそんな仕打ちを押し付けて得られる平和など認められない。けれども、そう言葉にしようとしたセシルは、ルルーシュの浮かべた微笑のあまりの綺麗さに言葉を失ってしまった。ソファーに腰掛ける彼の背後に立っているスザクは厳しい顔をしていて、感情すら読めない。二人はもう、心を決めてしまったのだ。何が彼らをそこまで贖罪に走らせるのか、セシルには分からない。泣きそうになって上司を振り返れば、ロイドはアイスブルーの瞳を細めて浅く頷いた。
「分かりましたぁ。僕たちキャメロットは、そのゼロレクイエムが成功するようにお手伝いすればいいんですね?」
「ああ。さっきも言ったように、おまえたちを道連れにすることは決してしないと約束する」
「ロイドさん!」
「無理だよ、セシル君。僕たちじゃ陛下とスザク君の意思は変えられない」
「でも・・・っ」
「俺たちは今までしてきたことのつけを払わなくてはならない。だが、愛しんでくれる気持ちは素直に嬉しい。ありがとう」
ルルーシュが柔らかに笑う。それは美し過ぎて儚く、硬過ぎて逆に触れられない宝石のようだった。セシルは縋るようにしてスザクを見上げるけれども、彼も一度会釈をしただけで、その眼差しをすぐに己の主へと向ける。
「ルルーシュ、顔色が悪い。横になった方がいい」
「いや、大丈夫だ。昨日少し眠れなかったから、そのせいだろう」
「そこのソファーでいいから横になれ。君の身体はもう君のものじゃない。明日の世界のものだ」
「・・・・・・そうだな」
小さく笑んでからルルーシュがセシルたちを見る。「どうぞどうぞ気になさらずに!」とロイドが手を振って勧めれば、やはり彼は礼儀正しく「失礼」と述べてから靴を脱ぎ、五人は座れるであろう豪華なソファーに横になった。最高級のスプリングは音を立てない。肘置きを枕にしたところで漏れた溜息は無意識だったのだろう。瞼の閉ざされた横顔に自覚以上の疲労が見て取れて、無理もない、とセシルは手のひらを握りこんだ。彼は今、世界中の憎悪を一身に引き受けているのだ。己の命を犠牲にし、ただ平和の礎になろうとしている。誰に理解されることも望まないその尊さに、涙が滲む。さり気無い動作を装って目元を拭えば、スザクが自身の羽織っていたマントを脱ぎ、ルルーシュの身体へと被せた。
「それにしても黒の騎士団って散々なところみたいですねぇ。シュナイゼル殿下の言葉を真に受けて、自分たちのリーダーだったゼロを銃殺しようとするなんて。その後も見事にシュナイゼル殿下の手駒にされちゃって。この使われっぷり、超合衆国を作り上げたテロリストとか到底思えないんですけど」
テーブルの上に広げられている資料を手に取り、ロイドが愉快そうにきゃらきゃらと笑う。
「ギアスという疑惑があったにせよ、敵であるシュナイゼル殿下が善意でリークしてくれるわけがないのに、そこらへんは考えないんですかねぇ? っていうか黒の騎士団って本当に最強のテロ集団だったんですかぁ? 僕には相手の言うことを何でも信じちゃう烏合の衆にしか見えないんですけど」
「・・・・・・それは、俺の責任だ」
うっすらとルルーシュが目を開けた。腕を額に乗せて天井を見上げる姿は、ゼロというもう扮することのない正義の味方を思っているのか、それとも共にあった仲間たちを思っているのか、セシルには分からない。顰められている眉が目に焼きつく。
「俺が、黒の騎士団をそう作った。ゼロという存在に従い、自ら考えることなどしない。与えられた命令通りに動く、そんな駒に、俺がした」
「でも彼らだって人間でしょう? 思考能力はあるわけですしぃ」
「人は求める理想に向かって邁進しているとき、他を見る行為を忘れる。自分が誇らしいから、盲目になる。黒の騎士団はゼロの下、自分たちが『正義の味方』として、『日本奪還』のために戦っていると信じていた。そんな自分に陶酔していたと言っても過言じゃない。実際に俺がそのように誘導していたし、でなければ戦闘訓練も積んでいない一介の素人集団が、ブリタニアを相手に戦えたわけがない」
「人は自分の望むものだけを見る?」
「そういうことだ。奴らだってゼロと出会う前は、自分たちの考えを元に行動していた。だが、命令されることに慣れてしまった。自分たちの信じる輝かしい道を示してくれる存在に、盲目になることに慣れてしまった。だからシュナイゼル兄上の言葉を信じ、俺を追放したことを恨むつもりもない。あれは俺のミスだ。奴らの俺への疑心をしっかりとコントロール出来なかった、俺の」
「人は普通、そんなものコントロールしないと思いますけどねぇ」
「それでも俺にとっては義務だった。でなければ俺だって、黒の騎士団を手に入れ、ブリタニアに反逆など企てられない。他人の心を読み、操るのは俺の義務だった」
ソファーの背もたれを挟んで、スザクがルルーシュの腕を掴み、外す。ランスロットの操縦桿や、腰に佩いている剣を握ることが圧倒的に多い指先で額に触れ、手のひらで熱を測る。スザクの体温が低いのか、それとも人肌に安堵したのか、ルルーシュがほっと息を吐いた。
「君は昔から、他人の望みを悟ることに長けていた」
「ふっ・・・誰も信じることの出来ない中で、ナナリーを守って生きてきたんだ。自然とそうなる」
「言い訳をするな」
「分かっている。俺は、俺自身を守るために、他人を利用してきた。その過程で身についた処世術だ。ギアスなどという、絶対的なものではない」
「薬と氷を貰ってきます」
「いえ、そこまでするほどのことでもありません。もともと強くない身体だから、少し発熱しただけでしょう」
立ち上がったセシルを、スザクが大丈夫だと言って遮る。ロイドは黒の騎士団の資料をぱらぱらとめくって、何これぇ、と歓声をあげた。
「今リーダーを名乗ってるのって、元教師なんですかぁ? 聖職にあるべき人間が人殺し? うっわぁ、世も末ですねぇ! みんな普段はアルバイトで生計を立ててて、活動のあるときだけ集まってくる? あはは、サークル感覚! ルルーシュ陛下、よくこんな人たちをまとめられましたねぇ?」
「ゼロがいなければ、早々にコーネリアに討たれていただろうな。そもそも奴らはリーダーを失っていた。そこに現れたゼロというカリスマに頼るしか、奴らに『テロリスト』を貫く手段はなかった」
「前リーダーは・・・・・・ナオト・コーヅキ? あれ? もしかして紅蓮のパイロットの身内ですかぁ?」
「異父兄だ。病気で死んだらしいが、資料を見る限り優秀な人材だったようだな。少なくともナイトメアフレームを数機所持するだけの手腕と人脈があり、クロヴィスが研究していたC.Cという存在を嗅ぎつけていた。不満はあっても立ち上がるまでには至らない扇たちを叱咤し、テロリストを名乗らせた」
「普通の人間じゃこうはいかないですしねぇ」
「会ってみたかった。そうすれば俺は・・・・・・俺たちは、もっと別の関係を築けたかもしれない」
「戻りたいですか? 黒の騎士団に」
「何故? 俺は悪逆皇帝だ。今更正義の味方にはなれないさ」
自嘲を含んで唇を吊り上げ、ルルーシュはロイドに向かって笑ってみせた。その目元をスザクの手のひらが覆う。強く押し付けるようにして、スザクはルルーシュの動きを封じた。
「もう寝た方がいい」
「・・・平気だ」
「夢の中まではブリタニア皇帝もマリアンヌ皇妃もナナリーも、シュナイゼル殿下もコーネリア殿下も追ってこない。ユフィも、クロヴィス殿下もだ。夢の中では誰も君を傷つけない」
「分かって、いる」
「だったら眠れ。君の障害となるものは、すべて僕が排除する。夢の中でもそれは同じだ」
「分かっている。スザク」
「おやすみ、ルルーシュ」
ルルーシュの言い分を遮るように、スザクは彼を突き放した。それでも瞼を覆っている手が離れることはなく、少し経ってから控え目な寝息が零れ始める。やっと寝た、と小さく呟き、スザクが手のひらを退ければ白皙の瞼には青く細い血管が浮かんでいた。かけたままだった己のマントを取り上げ、身につける。そのままソファーの正面に回り、彼はルルーシュの身体を抱き上げた。重さを感じさせない仕草は、スザクの腕力よりもルルーシュの軽さを認識させて、セシルは思わず顔を歪める。
「明日にはジェレミア卿が合流します。今後の詳しい説明は、そのときに」
「うへぇ。僕、彼って苦手なんだよねぇ」
「数少ない共闘者です。ロイドさんの好悪は置いておいて、連絡は密に取ってください」
「分かりました。ロイドさんにもちゃんとさせるから、心配しないで」
「お願いします」
話は終わったとばかりにマントの裾を翻し、颯爽と去っていく姿を見送る。ルルーシュを抱えている腕も、背も、すべて逞しいはずなのに、それでもセシルには少年のそれにしか見えなかった。彼らが強いことは知っている。それでも、だからといって二人だけが身を削る必要はないはずだ。例えどんな過ちを犯していようと、生きている限り償えないことなどないのだから。やっぱり止めなくちゃ。立ち上がったセシルの腕を、ロイドの手が強く抑える。
「あのさ、スザク君?」
常と同じ軽快な呼びかけに、扉のところまで辿り着いていたスザクが振り向いた。彼の腕の中でルルーシュは眠り続けている。その細い眉は顰められており、夢の中でも心を痛めていることが容易く想像できた。動こうとするセシルを、ロイドが力を込めることで制する。
「君たちはさぁ、もうちょっと馬鹿に生まれてくるべきだったねぇ」
「そうですね。出来ることなら次は、猫として生まれてきたいものです」
「あはは、そうしたら僕が飼ってあげるよ!」
「結構です。その頃には首輪をつけられる人生に十分飽きているでしょうから」
うっすらと唇を吊り上げて、スザクは笑っていた。それは四年の間近くにいたセシルが初めて見る笑い方で、そして最後にしたい笑顔だった。
「僕とルルーシュは優秀すぎた。それがこの世界にとって何より幸福なことだったと思わせる、それがゼロレクイエムですよ」
それでは失礼します。静かに告げて、スザクはルルーシュを揺らさず器用にドアを開けようとするが、腕の中の存在が身動ぎしたことで足を止める。ルルーシュの白皙の美貌が、悲しみにも嘆きにも近い表情で苦悶していた。スザクが宥めるように、彼の耳元で低く囁く。
「大丈夫だ、ルルーシュ。すべては計画通りに進み、君はちゃんと死んだ」
「・・・・・・っ!」
「大丈夫、君はちゃんと死ねたよ。すべては君の、思う通りに」
痛苦に染まっていた顔が、スザクの言葉を受けてゆっくりと落ち着いていく。二人の姿が扉の向こうに消える瞬間、セシルの目に映ったのは子供のようにあどけなく微笑むルルーシュの寝顔だった。スザクの翡翠の瞳すら冷酷を忘れ和らいでいて、その様は18歳という年齢さえ忘れさせる幼子のものだった。もはや死だけが、彼らを素顔に戻すことが出来るのだ。
涙を溢れさせるセシルの頭を、ロイドが軽く撫でた。馬鹿だねぇ、と呟きながら。
黒の騎士団のあの愚かさは、ゼロ(ルルーシュ)にも責任があったんじゃないかなぁと思いまして。ロイドさん風に言えば、彼らはゼロに従うことで「進化を止めた」のではないかと。
2008年11月4日