【「循環トランク」を読むにあたって】

この話には一期第15話「喝采のマオ」のネタバレを含みます。C.Cがコンパクト(マオ風)になってます。
血や肉に対するグロテスクな表現を含みますので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































マオはC.Cをコンパクトにしてしまいました。





循環トランク





ルルーシュの駆けつけた遊園地は、その楽しさを象徴する場所から一転、酷い惨劇の臭いがしていた。メリーゴーランドの前でマオという名の青年が、おそらく現状から分析するに敵と称しても差し支えの無い彼が、地面に座り込んでいる。長い服の裾はすでに色を変えていた。血溜まりが広がり、彼の前には少し大きめのトランクが横たわっている。閉じられた蓋の合間から垂れているライトグリーンの髪の毛に、ルルーシュの身は総毛立った。C.C、と名を叫んで駆け寄ろうとするが、いくら不老不死の彼女とはいえ今回ばかりはもう遅いだろう。人はその形を保ったまま、トランクになど入らない。地面を染めている血の量からしてもそれは明らかで、言い様のない虚無感がルルーシュを襲った。C.Cと出会ってから、決して長い時を共にしてきたわけじゃない。それでも浅い付き合いではなかった。少なくともルルーシュの祖国への反逆は、C.Cという存在がなければ始まらなかった。ギアス。この能力を与えてくれたことを感謝している。ならばせめて仇をとってやることが、彼女への供養になるのかもしれない。手の中の銃を握り締めて、ルルーシュはマオへと近づいた。おびただしい血の臭いに鼻が曲がりそうになる。それでも距離を縮めるにつれ、相手の様子がどこかおかしいことに気がついた。ヘッドフォンが外れ、膝の上に落ちている。横から覗けば腕や頬がマオ自身の指によって掻き毟られており、そこかしこに蚯蚓腫れを作って肉を剥き出しにしている。目は何も映していない。本来なら中華連邦から密航してくるほどに求めていたC.Cを手に入れた歓喜に染まっていても良いはずなのに、それどころか恐怖に近い色を浮かべている。胡乱な表情に眉を顰め、銃口を向け、ルルーシュは声をかけた。
「おい」
反応は無い。足元のスーツケースから目を反らすように、声を荒げて繰り返す。
「おいっ」
今度はびくりと肩が震えた。恐る恐る振り向き、そこに他人がいることを認識したときのマオの表情が、ルルーシュには絶望にしか見えなかった。すでに大分泣いたのだろう。目は赤く腫れ、頬にいくつもの跡を残している。ひくひくと喉を震わせ、次の瞬間、銃を越えてマオの手がルルーシュの腕を掴んだ。遠慮の無い力は引き千切るように強く、ルルーシュが小さく悲鳴をあげる。
「聞こえない! 聞こえないよ聞こえないよ聞こえない聞こえない聞こえない! どうして、ねぇ何でぇええ!? 聞こえない、全然聞こえない、みんな聞こえない! 喋ってよ! 早く、いっぱい考えろよ! ボクにその声を聞かせろよぉ! 早く早く早く早く!」
「・・・っ・・・おい、落ち着け!」
「馬鹿みたいに考えろよ! 得意だろ!? 早く声を聞かせてよ! 嫌だよ、嫌だよこんなの! 訳分かんないよ、ボクを助けてよ! 怖い、嫌だこんなの、聞こえない、嫌だ、怖い、怖いぃ・・・・・・っ!」
意味が分からない。子供のような訴えは、けれど縋りつく手の尋常じゃない強さに理解させられる。何より見上げてくるマオの瞳が、濃い灰色をしていたのが決定的だった。初めて見るそれは、常時発現するタイプのギアスではありえないはずの色だ。紅ではない。そして、マオは「聞こえない」と言った。他人の心の声を読むことの出来る彼が、「聞こえない」と。その二つを合わせれば導かれる結論はひとつ。
「まさか、おまえ・・・・・・ギアスを、失ったのか・・・?」
呟けば、マオがルルーシュの腰に抱きつくようにして泣き出した。わあわあとそれこそ子供のような泣き方だ。けれどそんなことよりも、ルルーシュの思考は原因の追究に費やされていく。
マオがギアスを失った。その原因は一体何か。考えるまでも無い。この状況を見れば「C.Cを殺した」ことが最も有力な可能性だろう。もしくは酷いショックにより喪失したか。どちらにせよマオが何より執着していたC.Cの死が、原因となっていることは間違いない。ならば何故、C.Cが死ぬとマオはギアスを失うことになる? 不可解な点はまだある。C.Cは、その理屈は不明だが不老不死の身であったはずだ。詳しくは聞いていなかったが、普通の人間なら死んでいておかしくない状況に陥っても、彼女は少しの時間を置けば復活した。しかし傍にあるトランクはかすかたりとも動く気配が無い。C.Cは死んだのだ。不老不死の存在が死んだ。それすなわち、C.Cは不老不死ではなくなったということだろう。マオがギアスを失ったように、C.Cは不死を失った。
「―――まさか」
信じられず眼差しを下に向ければ、マオの背中が目に入る。コートの生地に脇から切込みが入り、その下の皮膚を露わにしている。肉も骨もぐちゃぐちゃに砕いているその傷は、おそらくC.Cの後を追おうとして、地面に転がっているチェーンソーでマオ自身がつけたものだろう。しかしそれも今や塞がりつつある。ルルーシュの眼下で、マオの身体は繕われている。細胞が生まれ、血管を作り、体液を巡らせ、骨が形になり、肉がこびり付き、皮膚がすべてを美しく覆い隠していく。人体の創造されていく様を目の当たりにし、そのあまりの常軌を逸した光景に胃の中身がせり上がってきた。それでも吐き出すことは出来ず、ルルーシュは己の口元を強く覆う。マオの泣く声が聞こえる。不死となった、おそらく不老不死となった青年の叫びが。
息をゆっくり、ゆっくり、指の合間から漏れさせるように吐き出す。身動ぎすればマオの拘束する力は余計に強まり、ルルーシュの身体を圧迫する。それでも指先を伸ばして布を掻き分けた背中、右の脇腹に近い位置に、それはあった。飛ぶ鳥のような紅い刻印。ルルーシュの左目に浮かぶ、マオの両目に浮かんでいた、ギアスの証。C.Cの額に鎮座していたそれが、マオの背中に移行している。それは何よりもの真実に見えた。
間違いない。マオは、不老不死になったのだ。C.Cを殺したからこそ、彼はギアスを失う代わりに、彼女の不老不死を受け継いだのだ。
「・・・・・・マオ」
名を呼んだ声は、ルルーシュ自身にも分かるほどに疲弊していた。酷い裏切りにも、諦観にも似ている。おそらくC.Cの言っていた「契約」とは、今この現状のことを指すのだろう。考えてみれば簡単なことだ。永久に近い時を生きてきた存在が、死に焦がれないわけがない。きっとC.Cは、自分が死ぬ瞬間を待っていた。自分を殺してくれる人間を待っていた。そのために可能性を持つ人間を見つけては、ギアスを与えてきたのだろう。マオのように、ルルーシュのように。きっと不老不死者は、ギアス所持者にしか殺せない。そして次の不老不死を、その下手人がギアスの喪失と対価に引き継ぐのだ。悪魔のような、排他的循環。強張った唇で懸命に笑いながら、ルルーシュは泣きじゃくるマオの両耳に、そっと己の手首を添えた。何かに気づいたのか、マオが緩慢に顔を上げる。
「聞こえるか?」
銃などすでに手放していた。チェーンソーの隣、血の中に転がっている。
「俺の身体の中を流れている血液の音だ。俺の、生きている音」
「・・・ルル、の、生きてる音・・・・・・?」
「そうだ。心が聞こえなくても、こうやって存在を確認すればいい。俺は生きている。マオ、おまえの隣で。望むならいくらでもおまえの名前を呼んでやる」
「本当・・・? ひとりにしない? C.Cみたいに、ボクのことひとりにしない? 一緒にいてくれる? ずっと一緒にいてくれる・・・?」
「ああ。約束だ、マオ」
「ルル・・・っ・・・!」
眉を下げて情けない顔で、それでも絶望を僅かに払拭してマオが笑う。同じような笑みを返しつつ、ルルーシュは手のひらでマオの耳を覆ってやった。上から重ねられるようにして、マオの骨張った指が触れる。黒に変色しつつある血がぬるりと伝ったけれども、それでも動じずにいれば、マオはゆっくりと目を閉じた。青白い血管の浮かぶ瞼を、その奥に隠れた灰色の瞳を、すでに消え始めた数多の傷を、気の毒だと思う。可哀想にと思う。抱くのは哀憫であり、同情だ。しかしそれでも見捨てる気になれないのは、同じギアスを持つ者だったからか。
ルルーシュはちらりと地面に転がるトランクに目をやる。イルミネーションの光を浴びて七色に輝くそれを開けようとは思わない。漏れているライトグリーンの髪を伝った先で、きっとC.Cは満足げに笑っているのだろうから。魔女の名を手放すその瞬間、どんな歓喜を抱いただろう。けれど遺される者の気持ちなど、まったくもって考慮されない。忌々しい、心中で吐き捨て、ルルーシュはマオと額を合わせるべく血溜まりの中に膝を着いた。熱が伝われば、きっともっと傍にいることを感じられるだろう。マオが安堵し、心を預けてくれればいい。
不老不死を殺せるのは、ギアス所持者のみ。さすれば次の不老不死を得ることが出来る。秤にかけられる、絶対遵守と死なない身体。選択は最終手段。ルルーシュは優しくマオの頭を抱き寄せた。この先を生きるにあたって実に有効な切り札を、彼はこの瞬間に手に入れたのだ。





「死ぬこと」が望みのC.Cにとって、マオの「コンパクトにしてあげる!」は歓迎こそすれ拒む理由はなかったんじゃないかと。
2008年11月1日