【「星空のキセキ」を読むにあたって】
この話にはオリジナルキャラクターが登場しますので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
空白に込められるのは、ルルーシュしか知ることのなかったC.Cの本当の名前です。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
時間にすれば10分程度のものだっただろう。毎年決まった日にテレビで放映されるものに良く似ていて、けれどエンターテイメント性を省いたそれ。悪政の終わり、調和の始まり。白の皇帝を黒の騎士が貫いた。その瞬間に世界は平和になったのだと、何度も繰り返しては歴史で習う。教材のひとつ。他愛ない学習の義務。決して見たことが無かったわけではないというのに。
ほろり、涙が零れた。カーテンの閉められた薄暗い教室の中、何故か雫が溢れた。胸にせり上がり全身を駆け巡らんそれは、喜びだった、恐怖だった。真実、だった。
星空のキセキ
「 おばあちゃん! おばあちゃんっ!」
色褪せたロッキングチェアーに腰掛け、編み棒を緩やかに動かしていた は、泣き叫ぶような声に顔を上げた。いつもは欠かさないノックを忘れて飛び込んできたのは、同じ村に住んでいる少女だ。まだ十二を迎えたばかりの幼さを残している顔立ちが、今は恐ろしさにか強張り、青い瞳には涙さえ浮かべている。子供の見たことのないその表情に、 は手にしていた編み棒を置いた。
「どうした、スフィル?」
「おばあちゃん・・・っ!」
「どうした? 何かあったのか?」
ううん、と言葉にはせずに子供は首を横に振る。太陽の光で少しぱさついてしまっている茶色の髪が揺れた。頬を伝って唇に張り付いたそれを拭ってやれば、子供は の膝に縋るようにして崩れ落ちる。落ち着け、と優しく囁きながら頭を撫でる。 はもちろんこの子供の実の祖母ではないけれども、それでも可愛がって目をかけているのは事実だ。ほぐすように宥め続ければ、子供が大きく肩を上下させて息を吐き出す。それでも小さな震えが止むことはない。どうした、と再度促せば、子供が途方に暮れたような顔で を見上げてきた。
「・・・・・・怒らない・・・?」
「何故? おまえは何か悪いことをしたのか?」
ふるふると子供は被りを振る。でも、と付け加えられた声は小さい。
「でも、きっと、みんな怒る。・・・・・・お母さんも、お父さんも、きっと怒る」
「じゃあ、私だけはおまえを怒らないと約束しよう。他の誰がおまえを叱ろうと、私だけはおまえの味方になってやる」
「本当? おばあちゃん、わたしのこと嫌わない?」
「嫌わないさ」
髪を撫でて微笑んでやれば、子供は幾分か落ち着いたのかぎこちなく笑みを浮かべた。あのね、と子供が話し出す。その内容に は古傷を抉られるように胸が苦しくなったけれども、それよりも先に「味方になってやる」とあまりにも軽く請け負ったことを後悔した。この子供に対して、こんなにも気安く言うべき言葉ではなかった。あのね、と子供が話す。
「今日ね・・・・・・学校で、社会の時間にビデオを見たの。二百年前の、ゼロレクイエムの。授業でルルーシュ皇帝について習ってて、先生が『これがゼロが悪逆皇帝を倒した瞬間です』ってビデオを見せてくれたの」
撫でる、手が止まった。二世紀という時間が経とうと、まだ の中では色褪せない。ギアスを与えた最後の相手、ルルーシュ。その愛が深く優しすぎたあまりに世界を巻き込み、そして自らを悪とすることで己以外の平和を成し遂げた少年。共犯者だった枢木スザクの扮したゼロに貫かれ、絶命するその瞬間は『平和の始まり』として幾度もテレビで放映されている。毎年迎える「解放記念日」という世界共通の祝日には、必ずと言っていいほど特集番組が組まれて、何度も何度もそのシーンを映し出す。少なくとも二百回、 はルルーシュが殺される瞬間を見てきた。未だ傷は塞がらない。あの美しき悲哀は、 の中に深く根付いている。
「・・・・・・そうか、それで?」
返す声は震えなかっただろうか。ちゃんと笑みは作れただろうか。
「人の殺される瞬間を見て怖かったのか? 大丈夫、あれはもう二百年も前、過去のことさ」
「違うの。違うの、 おばあちゃん」
「スフィル?」
「違うの。わたしね、わたし、そのビデオを見て」
やはり怖くなったのか、子供は が膝にかけていたストールに顔を埋めた。声はくぐもり、よく伝わらない。それでも の耳にはちゃんと届いた。呼吸を忘れ、目を瞠る。
「わたしね、ルルーシュ皇帝は・・・・・・本当は優しい人だったんじゃないかって、そう、思っちゃったの・・・」
思わず膝の上の小さな頭を見下ろす。小刻みに震えているのは、 に怒られるのが嫌なのか、嫌われるのが怖いのか。どちらにせよ にはそんな行動をとることすら考えの中に浮かんでこない。何と言った、この子供は。優しい人と、言わなかったか。ルルーシュのことを、優しい人だと。優しい人だと、今、確かに。
沈黙を叱責の意味に捉えたのだろう。勢いよく顔を上げた子供の瞳からは、すでに涙がいくつも溢れている。
「そんなことないって分かってる! 教科書には悪逆皇帝だって書いてあるもの! お父さんを殺して、皇帝になって、フレイヤで世界中を脅して、いっぱいいっぱい人を殺したって書いてある! お兄さんや妹だってルルーシュ皇帝は殺したんでしょ!? 悪い人だって分かってる! でも、でも・・・っ!」
ストールを握る手を、 は信じられない面持ちで捉えていた。心の奥が、頭の芯が、徐々に目の前の事実を理解し始める。子供はルルーシュを、優しい人だと言った。悪逆皇帝と呼ばれる由縁となった数多の行為を知りつつも、それでも優しい人なのではないかと。幻聴ではない。縋ってくる手の力強さが現実だと教えてくれる。
「でもね、わたし・・・・・・ビデオを見てたら、いつの間にか泣いてたの。分かんない。クラスのみんなはゼロのことばっかりすごいって言ってたけど、でもね、わたし、ルルーシュ皇帝から目が離せなかった。気がついたらね、泣いてたの。ぼろぼろ涙が零れてて、みんなに『怖がり』って言われたけど、違うの。違うって分かってた。わたし、悲しかったの。ルルーシュ皇帝が死んじゃうのが嫌だったの。理由なんて知らない。だけどね、思ったの。悲しいって。このままルルーシュ皇帝が死んじゃうのは寂しいって」
吐き出して、子供は俯く。訳の分からない突然の衝動に、子供自身理解が追いつかないのだろう。だからこそ悪いことをしているのではないかと思う、その心が には察することが出来た。純粋だ。穢れない。だからこそ、きっと。
「だけど言えなかった。だってみんな、ルルーシュ皇帝は悪い人だって言うんだもの。だから言ったら怒られるって、思って・・・言えなかった」
ねぇ、と子供が顔を上げる。青い瞳が真剣に訴えてくる。
「おばあちゃんは、 おばあちゃんはどう思う? ルルーシュ皇帝って、本当に悪い人だったって思う? だって、ゼロがあの人を殺したから平和になったって先生は言うけど、それってあの人がゼロに殺されてあげたから平和になったってことだよね? 皇帝なら、きっともっと警備を厳重に出来たもの。だけどルルーシュ皇帝は、まるで待ってるみたいに大きな車の上に座っていたよ。ルルーシュ皇帝、笑ってたよ。ゼロだって、あの人のこと抱きしめてた。悪い人なら、殺されて笑ったりしないよね? 正義の味方なら、悪い人のことを抱きしめたりはしないよね?」
堪え切れなくて手を重ねるように握れば、その行為が嬉しかったのか子供がくしゃりと泣き笑いの顔になる。幼い、何も知らない子供だ。二百年前の真実なんて何も。ルルーシュという個人も、ギアスという能力も、ゼロレクイエムの実態も、偽者のゼロも、何も知らない。何も知らない、ただの女の子だ。小さな村の片隅で、学校に通い、親を手伝って小麦を作り、友達と笑いながら大きくなって、いずれ愛する者と結婚し、子供を得て、緩やかに年老い、幸福の果てに死んでいく。ただの、普通な人間だ。特別なものなど何もない。ただの、普通の。
「だからわたし、思うの。根拠なんてそんなのないけど、ルルーシュ皇帝は優しい人だったんじゃないかって。思うだけなら自由だよね? みんなはゼロやナナリー皇帝、黒の騎士団がすごいって考えるかもしれないけど、でもわたし、信じる。思うだけなら勝手だもの。ルルーシュ皇帝は、きっと優しい人だよ。だからきっと、ゼロに後のことをお願いしてたんだよ。自分が死んだら世界は平和になるから、それを守ってくれって。約束したからきっと、ゼロもルルーシュ皇帝のことを抱きしめたんだよ。だって、そう考えた方が、ずっとずっと世界は優しくなるもの。わたし、今自分が生きていることをルルーシュ皇帝に感謝できる。ゼロにだって感謝できるけど、それでももっと、ルルーシュ皇帝にありがとうって言える。毎年の解放記念日に、ルルーシュ皇帝のためにお祈りできる。『世界をありがとうございます』って言える。『あなたが好きです』って、ちゃんと言える」
話す声が途切れ、沈黙が訪れる。子供の手がストールを離れ、そっと伸びてきた。色を失いつつあるライトグリーンの髪を撫で、顔を覗きこみ、気遣うように静かに呟く。
「 おばあちゃん、泣いてるの・・・・・・?」
嬉しいからだと、伝える言葉が声にならない。
二百年だ、ルルーシュ。
二百年経って、やっと、やっと、おまえの愛が伝わった。
生まれて初めて、声をあげて赤子のように泣きじゃくった。溢れてくる涙が止まらなくて、子供の小さな身体に縋りつくようにして は泣き続けた。薄い手がずっと肩や背を撫でてくれて、そのことが嬉しくて堪らず、逆に泣き続ける結果に繋がる。そしてようやく赤く腫れ上がってしまった目元を拭えば、すでに窓から見える空は宵を迎えて紫色に染まっていた。もう帰らなきゃ、と子供が立ち上がる。その浅い鎖骨を隠すように、 は編み上げたばかりのマフラーを巻いてやった。
「・・・・・・おばあちゃんとルルーシュ皇帝って、お友達だったの?」
見上げられて、 は隠すことなく頷いた。子供の頬が喜びに染まる。
「どんな人だった?」
「おまえの言うとおり優しい奴だったよ。優しくて、妹思いで、頭はいいのにどこか詰めの甘い奴だった。・・・・・・二百年も前の人間と友達だなんて、嘘だと思うか?」
「ううん、思わない。だって おばあちゃん、すごく嬉しそうな顔をしてるもの」
指摘されて思わず頬に手をやれば、可愛い、なんて言われる始末。大人をからかうんじゃないと窘めても、その声にすら歓喜が滲んでいて二人して笑った。またね、と子供が手を振って扉を開ける。
「今度はおばあちゃんの大好きなピザを焼いてくるから、たくさんお話聞かせてね?」
「ああ。私もおまえに、たくさんルルーシュの話をしてやりたい」
「うん、わたしも聞きたい」
「―――スフィル」
星のきらめき始めた空の下、振り向いた子供に は心から告げた。
「ありがとう。おまえに出会えて良かった」
きょとんと目を瞬いて、子供が照れくさそうに首を竦めて笑う。またね、と駆け出す背中でマフラーのボンボンが軽く揺れていた。見えなくなっていく小さな存在が、幸福の象徴に思えて仕方がない。再び浮かんできた涙を拭って部屋に戻り、ロッキングチェアーに腰掛ける。ゆらりゆらり、前後に揺れる。今この瞬間のために長い時間を生きてきたのだと、 は心の底から理解した。薄くなっていたコードが、ようやく完全に消えていく。魔女は去り、老婆だけが残された。ルルーシュ。微笑んで閉じた瞼の端から、涙が一筋頬を滑り落ちる。
ありがとう。感謝の言葉だけが、誰もいなくなった部屋に温かく響いた。
ありがとう、優しい子。
2008年10月22日