一面に広がる果樹園は、今のジェレミアの仕事場だ。手に馴染んだ鋏を動かし、音を立ててオレンジの実を樹からもぐ。軍手の中で転がせば、見事な球体が太陽を浴びて光り輝く。四方八方から眺め回し、ジェレミアは満足げに頷いた。
「今年、最高の出来だ」
横の大きな籠とは別に、ジェレミアは腰の小さなポーチにそのオレンジを入れた。目に眩しい円が、ちょうど真上に移動した。





オレンジ畑は世界を回す





収穫したオレンジを納屋に入れ、機具を片付けてから家に入る。土のついた靴を脱ぎ、室内履きに履き替える。麦藁帽子を壁掛けに引っ掛けて、軍手を外しながら洗面所に向かう。爪の間を始め丁寧に手を洗い、首に巻いていたタオルを洗濯機に放り投げる。ジェレミアがこんな風にのんびりとしているのは、今日の昼食当番が彼ではないからだ。キッチンから徐々に漂い始めた匂いは、おそらくスープだろう。味は可も無く不可も無くだろうが、最初の頃と比べれば雲泥の差だ。生卵を電子レンジで加熱して、爆発させられた過去は記憶に新しい。自分のことは自分でやるように育てられたジェレミアとしては、アーニャの家事能力の低さは年齢を差し引いても酷いものにしか映らなかった。
「今日の昼は・・・・・・スープ、か?」
「野菜スープ。・・・・・・文句でも?」
「いや。とりあえず君は、もう少し料理の勉強をするべきだな」
ダイニングに顔を出せば、ピンク色のエプロンを身につけているアーニャが振り向いた。彼女も色褪せたジーンズに白いシャツというジェレミアと同じ作業着をまとっている。机に並べられている料理にジェレミアは首を捻ったが、それも仕方のないことだろう。深めの皿を満たしているそれを、スープと当てる以外に他がなかったのだ。ブロッコリーが見える。大根が見える。ジャガイモが見える。人参が見える。白いのは鶏肉か、それとも豚肉の塊か。しかしトマトや卵、白菜やナスまで入っているのはどうだろう。とりあえず冷蔵庫の中にあったものを端から放り込んだだけのように見える。コンソメなのか透き通っているの液体の色が逆に不気味だ。やはりアーニャの料理の腕はまだまだかもしれない。そんなことを考えながらジェレミアはテーブルにつき、同居者の彼女と共にパンと摩訶不思議なスープの昼食にありついた。最初と最後に手を合わせるのは、かつての主より習った所作だ。今はジェレミアとアーニャ、二人揃って「いただきます」と「ごちそうさま」を必ず言う。
「さて、アーニャ。今日の収穫はどうだった?」
食後のコーヒーをシンプルなマグカップに注ぎ、今日の成果を報告しあう。しかし出されるのはもいだオレンジの数や質ではなく、大切そうに分けておいた選び抜いた一個だ。ごろん、とテーブルの上にふたつのオレンジが転がる。ジェレミアはアーニャの出した球体を手に取り、様々な角度から眺め回した。
「うむ、これならば良いだろう。君もだんだんと見る目が上がってきたな」
「毎日、努力してるから」
「そうだな。この収穫期が終わるまでには、樹の良し悪しも分かるようになるといい」
新しい布巾で、二つのオレンジを優しく磨く。鮮やかな色合いが輝きを増して、ジェレミアとアーニャはそれぞれを手にして立ち上がり、リビングのチェストへの前へと移動する。アーニャの胸ほどの高さのそれには、三つの写真立てが置かれていた。その前にオレンジを並べ、二人は先ほどとは違う意味合いで両手を合わせる。これも、主によって教えられた所作だ。
「ルルーシュ様、お納めください。今年一番のオレンジです」
「・・・多分、甘いから」
「御口に合うと良いのですけれども。来年は、更に磨きぬかれたオレンジを献上してみせます」
並んでいる三枚の写真。中央には、ルルーシュが写っている。白いシャツの上半身は気取らない雰囲気を感じさせ、柔らかに細められている瞳は優しい微笑を象っている。血生臭さも孤独の悲哀も感じさせない、笑顔のルルーシュだ。右の写真は、ルルーシュとスザクが並んで写っている。皇帝服と騎士服の彼らはあたかも相対するために作られたかのごとく、隣り合っている姿があまりに自然だ。声をかけて振り向いた瞬間を撮られたのか、目を見開いて驚いている様子の二人は年相応の幼い表情をしている。そして左の写真には、ルルーシュがロロと咲世子、ジェレミアに囲まれて写っている。全身を入れるように少し遠くから撮られたそれは、彼らの距離感を見事に表していた。ロロはルルーシュの腕に自分の手を絡め、ジェレミアは右にまっすぐ起立し、咲世子は控えるように一歩下がって両手を前で重ねている。記念写真のような一枚だ。
毎日の日課を終え、ジェレミアとアーニャは午後の仕事を始めるべく、新たなタオルを持って納屋へと向かう。午前に収穫したオレンジを選別しつつ、納入するための箱に詰めていくのだ。その中でも比較的形の良いものを、ジェレミアは別の一箱に並べていく。新鮮なうちにガムテープで封をして、貼る伝票の宛先は神聖ブリタニア帝国の皇室、ゼロ宛だ。ジェレミアは毎年二番目の出来のオレンジを、必ずゼロに送っている。アーニャが作業を進める手を少しだけ緩めて、その様子をちらりと見やった。
「・・・・・・軍に、戻ればいいのに。ナナリー陛下も、そう言ってくださったんでしょう?」
「ジェレミア・ゴットバルトは悪逆皇帝ルルーシュ陛下の一の家臣。そんな存在を招いては、調和された世界にいらぬ問題を作るだけだ」
「だからって、畑なんか耕さなくても・・・」
「我が主はルルーシュ様、たったお一人のみ。人々が汚名と呼ぶのなら、喜んで甘受しようではないか。その汚名こそが私の生涯、最大の誉れである」
滑らかな文字を綴ったサインペンの蓋を嵌め、ジェレミアは伝票を軽く撫でた。
「ゼロは我が友人だ。必要ならばいつでも駆けつけよう。しかしそれ以外の時、私は、ルルーシュ様と枢木の作った世界を乱さぬよう、確固とした歯車のひとつでありたい」
再び手に持ったオレンジを見つめて、そう告げるジェレミアの顔は半分が異形に覆われている。けれども浮かべられている誇りは隠せず、アーニャは思わず手を止めてそれに見入った。ジェレミアはまたオレンジの選抜作業に戻る。今度は少し小さめの箱に、三番目の出来のオレンジを詰めていく。
「これは咲世子に送ろう。彼女のことだ、きっと見事なデザートでも作るに違いない」
「・・・・・・また、サヨコ」
「アーニャ? 何か言ったか?」
「別に」
語尾を強く言い捨てて、アーニャは心なしか不機嫌そうに作業の手を再開する。ジェレミアはそんな彼女の様子に首を傾げていたけれども、手の中のオレンジを見つめ、また籠から新たなひとつを取り出した。ナイトメアフレームの操縦桿ではなく、植物を育み活かせる手。このような機会を与えてくれたルルーシュに、スザクに、ジェレミアは心から感謝を寄せる。
明日も彼はアーニャと共に、オレンジばかりの畑に立つ。戦争にすら負けやしない、豊かなる緑の種を蒔くために。





誇りは誰にも穢せないのだと、あなたは教えてくださいました。
2008年10月4日