月日は人を変える。愚かにもし、敏くもさせる。結局のところ真に人間を見ていたのは自分ではなくて、大嫌いなあいつだったのではなかろうか。そう考え、ラクシャータはキセルを吹かした。立ち上る煙よ、鎮魂となって消えてゆけ。





VERITAS FILIA TEMPORIS / 真実は時の娘





この車が進むのを止めたとき、ラクシャータの死はやってくる。外の処刑台に張り付けられなかっただけ良しとするべきなのだろうが、到る先が同じなら結局何も変わらない。気を紛らわすためにキセルを手にしたいけれども、拘束されている今、そんな自由もありやしない。男女別の牢屋に押し込められて、壁越しに気に入らない相手と久方ぶりの会話を交わす。いつになく饒舌になっている自分をラクシャータは感じていた。これは死期が迫ってきているからか、それとも同胞たちと再会できたことが嬉しいからか。どっちも認めたくないねぇ、と内心で呟いて、ラクシャータは髪をかき上げた。ここ二ヶ月の間にすっかりと傷んでしまった。ああ嫌だ、と声に出そうとしたときだった。
「―――時間です」
狭い牢屋の中、壁に背を預けて座っていた咲世子が、しめやかにぽつりと囁いた。何、と視線を向けるけれども、彼女は黒の騎士団にいたときから変わらないポーカーフェイスで、己の膝を見つめている。見れば向かいのセシルが痛みを堪えるように眉を顰めていて、その隣ではニーナという少女が姿勢を正して座りなおしている。三人がそっと目を閉じる。壁越し、ロイドの淡々とした、それでいて何かを堪えているような、そんな声が聞こえてくる。
「親愛なる皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア陛下。僕たちはあなたの偉業を決して忘れません」
ラクシャータが眉を顰めると同時に、トレーラーの外が騒がしくなった。反射的に天井を見上げるけれども、外の光景など見えやしない。ちょっと、と訴えようとしたけれども、セシルの開かれた唇に遮られる。
「どうか、陛下の旅路が幸せなものでありますよう」
「ルルーシュ様の遺してくださった明日を、最後まで生きることを誓います。すべては、ルルーシュ様の望みのままに」
咲世子も目を閉じたまま、ただ唇だけを動かす。訳が分からなくて彼らを見回せば、最後にニーナが口を開いた。
「ありがとう、ルルーシュ。・・・・・・さよなら」
静謐な時間が終わるのと、トレーラーのドアが勢いよく開かれたのは同時だった。まだ処刑場につかないはずなのに、と眩しさに目を細めれば、何人もの一般人と思われる人々が駆け寄ってきて牢屋のドアを開けようとする。近くの棚を漁って、鍵を見つけたひとりが「あった!」と歓喜に震える声で叫んだ。状況が理解出来ずに、ラクシャータは声を荒げて問いかける。
「ちょっと・・・! 何これ、何があったの!?」
「助けに来たんです! もう大丈夫ですよ、あなたたちは死ななくていい!」
「何、どういうこと」
格子のドアが開かれ、その向こうで人々が誇らしく笑った。
「ルルーシュが死んだんですよ! ゼロが殺してくれたんです、あの忌まわしい魔王を!」
だから死ななくていい。ゼロが来てくれたんです。あの人は本当に正義だ。ルルーシュを殺してくれた。ゼロがルルーシュを殺してくれたんです。正義の英雄が、あの悪逆皇帝を。殺してくれたんです。ゼロが、ルルーシュを!
人々は口々に、数分前に起きた奇跡を熱っぽく語る。差し出された手を呆然としながら受け取り、ラクシャータは牢屋を出た。ルルーシュが、ゼロに殺された? どうして。だって、ゼロはルルーシュだった。ルルーシュの他にゼロは無い。ゼロは黒の騎士団が放逐し、公的に死を発表したのだ。そのゼロが、何故ルルーシュを殺せる? ゼロはルルーシュだ。ルルーシュはゼロだ。己に己を殺せるはずが無い。誰かが仮面を被り、偽りのゼロとして立たなければ。しかも今この、世界を一瞬にして変革し、構築しあげることの出来る最高の瞬間に現れなければ、伝説は伝説足りえない。億の一つの逆転。そんな奇跡みたいな偉業を画策出来るのは。
脳がひとつの推測を創り上げて、その意味するところにラクシャータは息を呑んで立ち尽くした。隣の牢屋から出てきたロイドが腰を伸ばしながら、あれぇ、と不思議そうな顔で見てくる。
「ラクシャータ、まさか君、忘れてたの? ゼロは稀代の嘘吐きだったんでしょ? だけどルルーシュ陛下はさぁ、それを上回る最高の嘘吐きだったんだよ」
強張り、ぎこちなく振り向くことしか出来なかったラクシャータに、ロイドは常のように飄々と笑った。それでもその眼鏡の奥の瞳が悲哀を湛えていたから、ラクシャータは己の推測が正しいことを知ってしまった。これでアパテ・アレティアも終了、とロイドは人々に誘われるままにトレーラーを出て行く。眼差しを伏せたままのセシルがそれに続き、ニーナも顔を上げて前を見据えたまま牢屋を出て行った。ラクシャータと咲世子だけがトレーラーに残される。まだ動こうとしない咲世子を振り返ったけれども、ラクシャータには何を言えばいいのか分からなかった。自由を得た人々による歓声が、地響きのように伝わってくる。
「・・・・・・ルルーシュ、様」
咲世子の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。真実はラクシャータが見逃している間に、零となって消えていたのだ。





人を思ったあたしの兵器が、人を想ったあんたを殺した。
2008年9月29日