【「明日また笑って」を読むにあたって】

この話は、カレンとジノに少し厳しいかもしれませんので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧ください。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































その瞬間を、この目で見た。遠く距離はあったけれども、確かに、確かに。白い皇帝服の腹を真っ赤に染めて、高い台座から転がり落ちたルルーシュ。緩やかに閉じられていく瞼を、人垣の中から見つめるしかなかった。それでも見えたのだ。リヴァルには、確かに。
息を引き取る瞬間の、友の、美しい微笑みが。





明日また笑って





避難していた人々が徐々に帰り、アッシュフォード学園も活気を取り戻し始めている。それでも欠けてしまった敷地の一部はどうしようもなく、三割程度の生徒はブリタニア本国へと帰還していった。その中でもリヴァルは、学園に在籍し続けた。彼は戦いの最中も逃げることをしなかったし、そうする意味の無いことも知っていた。けれど今は、やるべきことがあるから残っているに過ぎない。もはやこの場所も意義を失ってしまった。欲しかった未来はやってこない。生徒たちの歓声が小さく聞こえ、来た、とリヴァルは席を立った。奴らはもはや英雄だ。だからこそアッシュフォード学園に戻ってこれた。
「おはよう、カレンさん。ジノ君」
「おはよう」
「おはよう」
いくつものかけられる挨拶に答えながら、二人は並んで廊下を歩いてくる。かつてとは違い赤い髪を跳ねさせ、活発だという印象を与えるカレンは、己をカレン・シュタットフェルトではなく紅月花蓮と名乗っている。彼女が黒の騎士団のエースパイロットだったことは周知の事実になっており、ナイト・オブ・ラウンズでありながらも皇帝に反旗を翻して勝利に一役買ったジノと共に、二人は学園でもヒーロー扱いをされている。圧政から解放してくれた英雄。まったく凄い、と内心で笑ってリヴァルは教室の出入り口まで歩み出た。
「おはよ、カレン、ジノ」
「おはよう、リヴァル」
「おはようございます、リヴァル先輩」
「おいおいジノ、止めてくれよー。敬語なんか使われたら俺が怒られるって」
「はは、だって先輩じゃないですか」
軽口を叩き合って三人して笑う。はてさて、ここからが勝負の始まりだ。準備はいいかい? いつでもオーケー。リヴァルはしっかりと廊下を踏みしめて小首を傾げた。
「あのさ、俺、二人に聞きたいことがあったんだけど、いい?」
カレンとジノが首を傾げる。殊更にはっきりと、聞き漏らすことを許さない声音でリヴァルは尋ねた。もちろん顔には笑顔を浮かべたままで。
「ルルーシュってさ、どこにいるのか教えてくれない?」
ざわざわと朝の喧騒に満ちていた廊下が、教室が、ぴたりと水を打ったように静まり返った。死してすでに一月が経とうというのに、その名はまだ血生臭い威力に満ちている。カレンとジノの強張った顔を眺めて、リヴァルは再度同じ言葉を繰り返した。
「ルルーシュってさ、どこにいんの? 二人なら知ってるだろ?」
「・・・リヴァル先輩、ルルーシュはゼロに殺された。あなたも知ってるでしょう?」
「だからそれってさぁ、ブリタニア帝国第99代皇帝のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだろ? 俺が言ってんのは、ルルーシュ・ランペルージの方。俺たちの友達。生徒会の仲間。ルルーシュ・ランペルージ。まさか忘れたなんて言わないよな?」
ジノの顔が困惑に歪む。何を考えているのかが手に取るように分かり、リヴァルはせせら笑って先を封じた。
「俺さ、ニーナに聞いてるんだ。大体のこと。ルルーシュが仮面を被ってたこと。多分、おまえらが思ってるよりもずっと、おまえたちに起こったことを知ってるよ。その上で聞いてるんだ。ルルーシュはどこかって」
「・・・・・・リヴァル」
「カレンは知ってるよな? 短い間だけだったけど、生徒会で一緒だったし。ルルーシュが皮肉屋で性格悪くて、だけど妹のナナちゃんにだけは優しくて裏切らないこと。知ってるよな? カレンはさぁ、知ってたよな? ルルーシュが優しい奴だって」
「・・・・・・ええ」
「だったら何で信じてやってくれなかったんだよっ!」
拳で叩いた教室のドアが、酷い音を立てて揺れた。周囲の生徒がびくりと肩を震わせて、カレンは瞼を伏せて視線を逸らす。庇うように立ち塞がったジノをリヴァルは睨みあげた。身長差が随分とあるけれども、体格も、能力も、そんなものはもはや関係ない。睨むだけの憎悪が、リヴァルにはあった。
「退けよ、ジノ」
「いいや、退かない。ルルーシュは罪も無い多くの人を殺して、世界を恐怖に陥れた。殺されても仕方なかった」
「はっ! 多くの人を殺してるなら、おまえもカレンも同じだろ? ルルーシュが悪役をやってくれたから、おまえたちは正義面してのうのうと暮らしていられるだけじゃんか!」
「確かに私もカレンも、多くの人を傷つけた。それでも守りたいものがあったから戦った」
「だったらルルーシュにだって守りたいものがあったんだよ! ルルーシュがナナちゃんのために生きてることくらい、生徒会の誰だって知ってたはずだ! なのにカレン、おまえはルルーシュを裏切った! スザクより傍にいたんだろ!? なのにどうして信じてくれなかったんだよ! ルルーシュはいつだってナナちゃんのことを第一に考えていたのに! 優しい奴だって、カレンだって知ってただろ!?」
「リヴァル先輩」
「退けよ、ジノ! おまえと話すことじゃない!」
胸を突けば、ジノの身体は僅かに傾くだけでたたらすら踏まない。けれど隙間を縫ってその後ろを見やれば、カレンがようやく俯いていた顔を上げたところだった。目が合う。カレンがジノの腕を押して退くよう告げ、リヴァルの前へと出てくる。握り締めている己の両手が震えていることに、リヴァルは気づいていた。
「・・・リヴァル」
カレンの声は、低く抑えられていた。それでも哀しみに溢れていて、そのことがリヴァルに嘲笑を浮かべさせる。
「なぁ、どうだよ? ルルーシュにばっかり押し付けてさ、自分たちだけ幸せになってるのって。そんなのずるいよな? 間違ってるよな? ひとりを切り捨てて残りが幸せになるなんて、そんなの駄目だって、おまえたちは主張してきたんだろ?」
「・・・・・・そう、ね。確かに私たちは、ルルーシュに全部を押し付けた。分かってる。今の平和が、彼の犠牲の上にあることくらい」
「だったらさぁ、何で笑えるんだよ。それってすごい不思議だよな?」
「それでも、今の平和は彼が作り、望んでくれたものよ。だから私たちは、彼の望むとおり明日を生きていく」
「そう言っておまえたちはルルーシュを独りで死なせたんだ! あの優しいルルーシュを、たった独りで!」
胸倉を掴みあげれば、カレンの首から下げられている紅い鍵のようなネックレスが揺れる。苦しげに顰められた顔を無視して、リヴァルはその紐を引きちぎった。これが何なのかも大体は想像がつく。ルルーシュを追い詰め、屠ろうとした武器だ。スザクを破壊し、公的に死をもたらした武器の鍵だ。それを首から下げているカレンの傲慢さに、哀憫すら浮かんでくる。
「よくこんなの持っていられるよな。ルルーシュとスザクを殺した、紅蓮とかいうナイトメアの鍵だろ? そんなのわざとらしく首に下げてさ、見せびらかしてんの? 自分は黒の騎士団のエースなんだって。悪虐皇帝を殺した、正義の味方なんだって」
「リヴァル先輩! それ以上カレンを侮辱するのなら、私はあなたを許さない」
「侮辱されてんのはどっちだよ。おまえらじゃなくてルルーシュだろ? 俺の友達のルルーシュを、おまえらはこれ以上ないほど侮辱してる」
ジノを睥睨して、リヴァルは投げつけるようにしてカレンに鍵を返した。受け止められることなく胸で跳ね返り、小さな音を立てて床に落ちる。眉根を顰め、必死に奥歯を噛み締めているらしいカレンを、リヴァルは酷く冷めた目で見ることが出来た。
「ルルーシュの死に顔、おまえたち、見た?」
静かな問いかけに、ジノとカレンが困惑する。
「すげー、さ、満足そうだったよ。ルルーシュは元から格好良かったけどさ、俺でも見たことないくらい、すげー綺麗に笑ってた。初めてだったよ。俺、ルルーシュがあんなに嬉しそうに笑うの見たの。初めてだった。あんなに寂しそうに笑うの見たの」
「っ・・・」
「だから多分、あの死に方はルルーシュの望み通りだったんだ。頭良かったからさ、全部計画してたんだよ。全部全部計画してたんだ。自分が悪役になるのも、それで世界が平和になるのも、ルルーシュは全部分かってたんだよ。分かってたから死んだんだ。ゼロの、手にかかって」
声は確固としているのに、涙が目の端から零れたのをリヴァルは自覚した。瞬きをすれば次々に雫が溢れ出し、頬を流れて落ちていく。胸の奥から熱いものが込み上げてきていて、それが怒りなのか悲しみなのかすらもう分からない。ただ、ルルーシュの死が痛ましかった。友達の死が。
「ルルーシュがさぁ、いつだって本当の意味では優しかったの、知ってただろ? なのに、そんなルルーシュを、おまえたちは独りで死なせたんだよ。傍にいたのに。あんなに、あんなに傍にいたのに。全然気づきもしなくてさ、全部ルルーシュに押し付けて、分かろうともしないで、ルルーシュのこと裏切って憎んでさ。何でだよ。知ってたはずだろ? ルルーシュが優しいのなんて。口では何だかんだ言ってても、最後には優しい行動を取ってくれるって。なぁ、知ってただろ?」
「・・・・・・ごめん」
「傍に行けばよかった。俺、傍に行けばよかった。どんなに役に立てなくて馬鹿にされてもさ、相手にしてもらえなくても、俺、ルルーシュの傍に行けばよかった。だって俺、知ってた。仮面のルルーシュも、皇帝のルルーシュも知らないけどさ、でも、学園にいたルルーシュのことは知ってた。だから傍に行けばよかった。だって、学園のルルーシュだって、絶対にルルーシュの一部だったんだから」
「ごめん、なさい」
「傍にいれば、独りで死なせないで済んだ。あんな風に、綺麗に笑って死なせなくて済んだ。せめてさ、せめてさ、手を握ってやれたよ。後は任せろって、ルルーシュは十分頑張ったって、そう言ってやれたよ。そうすればさ、ルルーシュだって、もっとちゃんと笑って死ねた。そうだろ?」
「ごめん!」
「謝るんだ? 自分が悪かったって、認めるんだよな? じゃあさ、ルルーシュの汚名を雪いでくれよ。ルルーシュは世界のために尽力したんだって、世界中を説得してくれよ。ルルーシュが命を懸けたみたいにさぁ!」
リヴァルに負けないくらい涙を流して、しゃくりあげるようにしてカレンが膝から崩れていく。床に座り込んだ肩をジノが支えるように抱いたけれども、それすらリヴァルの中で悲しみを募らせることにしかならない。ルルーシュはもう誰にも抱き締めてもらえないのに。ひとり、冷たく暗い地の底にいるのに。それを足蹴にして、自分たちは笑っているのに。誰も誰も、ルルーシュの本当の想いを知らないままに。
「・・・・・・カレン」
呟きに、カレンが力なく顔を上げた。リヴァルは笑顔を浮かべようとしたが、どうも不恰好になってしまった。
「カレンが生きててくれてさ、俺、嬉しかったよ。カレンもさ、友達だから」
「・・・リヴァル」
「だけどごめん。俺、ルルーシュの友達でもあるんだ。だから許せない。おまえたちも、世界も、俺自身も。ルルーシュを独りで死なせた、すべてのものを許せない」
誰かが呼びに行ったのか、遠くから教師の駆けて来る姿が見える。どんなに正論を述べても、世界のヒーローとなっているカレンとジノを前にすれば、悪役となるのはリヴァルの方だ。こんなところにすら友達を感じてしまい、リヴァルはまた涙を零した。
「ルルーシュが望んだ世界だからさ、俺も精一杯生きるよ。だけど忘れないでくれ。俺は、こんな世界、壊れてしまえばいいと思ってる。ルルーシュのいない世界なんて、友達のいない世界なんてさ」
バイバイ。せめて親しみを込めて手を振り、リヴァルは遠巻きにしていた他の生徒たちを退かして廊下を駆け出した。教師の静止をかける声が聞こえる。カレンの嗚咽が、ジノの慰める声が聞こえる。振り払うようにしてリヴァルは走り続けた。どこへ行こうか。クラブハウスに行っても、もう友達は出迎えてくれない。
「ひでぇよ、ルルーシュ」
呟いてリヴァルは泣いた。例えどんな存在であろうと、彼はリヴァルにとって大切な友だったのだ。





もっとさ、遊べばよかったよな。みんなでさ、もっと、もっとさ。
2008年9月28日