【「そして終幕。」を読むにあたって】

この話は、R2第24話「ダモクレスの空」のネタバレを含みます。ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。
流血表現を含みますので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































玉座はすでに無い。先だっての戦いで消し去られた、ブリタニア帝国の首都ペンドラゴン。すべての中心が在ったと思われる抉られた地面の底に、ルルーシュは右足からゆっくりと降り立った。専用機が風を起こし、周囲の砂を巻き上げて空へと消えていく。半球状のそこにはランスロットと紅蓮、半壊しているサザーランドジークにモルドレッド、他にも神虎など複数のナイトメアフレームが立っていた。そのどれもがコクピットは開かれており、空の座席が搭乗者のいないことを示している。緩やかに見回した後、ルルーシュの視線はひとつどころへと集約された。どこにでもありそうなダイニングチェアを地面に下ろし、せめてもというようにジェレミアが赤いビロードをその上へとかける。ふわりと紅が舞った。ルルーシュは一歩を踏み出す。人垣が割れる。
「ロイド、セシル」
進む先、最も近い位置で、ロイドとセシルは跪いていた。ストッキングに包まれただけの膝を地面に着け、セシルは静かに面を伏せている。ロイドはルルーシュの白く長い皇帝服の裾を摘まみ、口付けを落として眼鏡の奥の瞳を和らげた。忠誠だった。
「藤堂」
起立したままの状態で背後に千葉を従え、藤堂はまっすぐにルルーシュを見据える。逸らされることなく過ぎ去っていく横顔を見送り、背へと視線を送る。告解だった。
「コーネリア姉上、ギルフォード」
杖をついて立つコーネリアの肩を、ギルフォードがそっと支えている。ルルーシュが立ち止まって一礼をすれば、泣きそうな顔でコーネリアが手袋に包まれた指先を伸ばし、弟の黒髪を撫ぜた。共感だった。
「ラクシャータ」
手首を返して、ラクシャータはキセルを吹かし続ける。それでもゆるりと瞳を細め、歪めるようにして笑みを浮かべた。賞賛だった。
「星刻」
ゆっくりと差し出された手を、ルルーシュは瞬きして見下ろす。それでも差し出し返せば、握手ではなくその指先を星刻は軽く叩いた。ふと綻んだ唇に、星刻も眉を顰めたまま苦笑する。諦観だった。
「扇、ヴィレッタ」
びくりと肩を震わせて、扇は堪え切れないといったように顔を背けた。庇われるようにして背後に立っていたヴィレッタは、ついにその場へと傅いた。申し訳ありませんでした、と震えた唇。謝罪だった。
「アーニャ、ジノ」
名を呼ばれて顔を上げたが、すぐにアーニャはまた跪く態勢に戻った。睨み付けるようにして立っていたジノも、ルルーシュが前へと来たところで膝を折った。ナイト・オブ・ラウンズが示す最高の礼を取る。尊敬だった。
「ニーナ」
両手を揃えて、ただ静かに立っていたニーナの前で、ルルーシュは足を止めた。互いを見つめる表情に嫌悪や憎悪はなく、ただニーナは泣きそうな顔で笑いかけた。感謝だった。
「シュナイゼル兄上」
唯一瞳を赤く染めたままのシュナイゼルは、穏やかに微笑んでルルーシュを、主であるゼロを見つめている。視線を向けられて得心したように頷いたカノンは、深く頭を垂れて一礼した。安息だった。
「神楽耶」
自身の着物の裾を摘まんで、神楽耶はゆるりと頭を下げた。黒い髪が重力に従って肩を流れ、何もない大地へと落ちていく。ルルーシュが通り過ぎ、その服の端が完全に視界から消えるまで、彼女はそうしていた。義務だった。
「カレン」
立ち止まることなく過ぎようとする腕を、カレンは後ろから引いてしまった。振り向いたルルーシュを見上げるけれども、唇はただ動くだけで言葉を紡がない。行き場がなくなって離れた指先に、カレンは唇を噛み締めて俯いた。未練だった。
人垣が途絶え、いくばくかの距離が開く。視線を上に移しても、広がるのはただ抉られた大地の壁だけ。首ごと空へと向けて、ルルーシュはゆっくりと歩を進めた。
「シャーリー、ロロ、ユフィ、クロヴィス兄上」
応えは返らない。太陽の輝きに目を細めて、ルルーシュは静かに歩く。
「父上、母上」
爪先が布を踏んで、そこでようやくルルーシュは立ち止まる。くるりと反転して、そのまま腰を椅子へと下ろした。
「ジェレミア」
布を調節していたジェレミアが、悲しみを堪えるように眉を顰め、それでも笑おうと努力しながらルルーシュの脇へと跪いた。そのまま両手を靴に添え、その爪先に唇を落としてみせる。尊厳だった。
「咲世子」
反対側にあるテーブルの上で作業をしていた咲世子が、向けられた微笑に同じようにして表情を返す。持っていた脱脂綿を置き、その手のひらを受け取って指先に口付けた。歓喜だった。
「ゼロ」
多くの者に見つめられている中で、ルルーシュはその瞼を下ろす。暗くなる視界の中で、紡がれる声に応える者はいない。納得させるかのように自身のもうひとつの名を呼び、ルルーシュは瞼の上から眼球を撫でる。激動だった。
「スザク」
座るルルーシュの前にスザクが立ち、逸らすことなく互いの目を見つめ合う。緊張も、殺意も、友情も、馴れ合いも、そこには何もない。スザクは伸ばした手でルルーシュの頬に触れ、前髪を指で払った。仕草は丁寧だった。愛情だった。
「僕の腕を掴んでいるといい」
「大丈夫だ。これは、俺がひとりで耐えるべきこと」
「本当にいいんだね?」
「ああ、やってくれ」
何十にも消毒された短剣を受け取り、スザクは静かにそれを持ち上げる。柄の装飾が光を浴びて輝き、鋼がきらりと紫に染まった。鋭い切っ先が、ルルーシュの瞳へ向けてゆっくりと近づけられる。瞼は伏せられない。先端が、眼球の縁へと埋まった。
「―――っ!」
ごぽりと溢れ出した血に、多くの者が息を呑んだ。セシルとヴィレッタが顔を背け、神楽耶が手のひらをきつく握り締めた。カレンの瞳から涙が零れ、ニーナは蒼白になってふらついた。それでも大半の者は、ルルーシュの左目が抉り出される様をじっと見守っていた。スザクが短剣を動かし、糸を引く神経を切り落とす。咲世子の差し出した銀皿の上に乗せられた眼球は、血に塗れていて紫なのか赤なのか、それすらも分からない。左顔面はすでに肌すら見えないほど濡れていて、ルルーシュは膝の上で拳を震わせて堪えている。
「大丈夫?」
「へい、きだ・・・っ」
「そう」
新たな短剣を受け取り、スザクは今度は右目へと切っ先を沿える。ぴくりと、ルルーシュの腕が跳ねた。短剣は瞼を避けて下から差し込まれ、円を描くようにして縁取り、そして奥から掻くようにして眼球を転がし出す。出てきたそれは、やはり神経によって繋がったまま頬の上に落ち、スザクが手のひらに載せることによって切断した。右の頬も血に染まる。額から流れる玉のような汗が混ざるけれども、それもすぐに紅に染まった。はぁ、はぁ、と荒げられる唇はルルーシュがショック死していないことを示していて、そのことにスザクは安堵して肩を落としたけれども、それすらもうルルーシュには視認できない。水の張ったボールに銀皿を落とし、素手のまま咲世子が洗い落とす。別の綺麗な皿に載せられた眼球は、どちらも赤い色をしていた。紫ではない、鳥を飛ばした、ギアスの瞳だった。
ルルーシュが立ち上がる。二つの目を抉ったことで出来た空洞から血が溢れ、彼の皇帝服を襟首から徐々に染めていく。バランスを失ったが椅子の背もたれを掴むことで堪え、ルルーシュは差し出されたジェレミアの手を拒んだ。自らの足で大地に立つ。茶色い砂が、血を含んで鈍色へと変わっていく。それすら彼にはもう見えない。けれど、ルルーシュは二本の足で世界に立ち、そしてはっきりと宣言した。
「神聖ブリタニア帝国第99代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、今ここに、神聖ブリタニア帝国の解体と、合集国ブリタニアの建国を宣言する! 皇帝はもういない! 人々は、己自身で明日を築いていけ! 誰でもない己の明日を、己自身の手で!」
スザクによって渡された己の眼球を、ルルーシュは握り潰した。赤い鳥が無残にも散り、大地へと還っていく。血に染まり、両目を失ってもなお、ルルーシュは笑っていた。満足だった。





そして終幕。





血を拭われ、確かな手当てを施され、綺麗な包帯を眼に巻かれたルルーシュは、己の手のひらに触れる指先に気がつき、笑った。
「ナナリー?」
視力を失っているのに何故分かるのか驚いたのだろう。妹のいると思われる方向に顔を向ければ、指先が雄弁にナナリーの感情を伝えてくる。目が見えなくなることで知れることも、ギアスを失うことで得られる安堵もあるのだと、ルルーシュは確かに感じていた。
「お兄様」
「C.Cを探しに行きたいんだ。笑顔で死なせてやると約束した。ついてきてくれるかい、ナナリー?」
「はい。これからはナナリーがお兄様の目になります。お兄様を守ります。今度は、私が」
「―――ありがとう」
酷く多くのものを失った。けれどそれでも、明日がある。その喜びを眼球の代わりに埋め込んで、これからの人生を生きていこう。色鮮やかな世界を、ルルーシュのすべては感じていた。明日がある。それだけがただ、幸福だった。





ついに来週、最終回ですね! どんなオチか楽しみです。
2008年9月21日