【「後悔を、世界が嗤った」を読むにあたって】

この話は、R2第23話「シュナイゼルの仮面」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































シュナイゼルを問い質し、それ故に背後から撃たれたはずなのに、コーネリアの目を覚ました視界に映ったのは見慣れない低い天井だった。はっとして身を起こそうとすれば、背中の傷が引きつるようにして痛みを訴える。しかしそれも丁寧な手当てが施してあり、何故、とコーネリアは呟いてしまった。ここはどこだ。抱いた疑問は、シュッと音を立てて開いた扉から入ってきた人物によって与えられる。
「おまえは、ルルーシュの・・・!」
「はい。ルルーシュ様の剣、と言うのはおこがましいでしょうから、手裏剣程度を自負しております。篠崎咲世子と申します」
先日はどうも、とにこやかに微笑んでみせた女はクラシックなメイド服に身を包んでいた。ナナリーと共に保護され、シュナイゼルの元から逃げ出した日本人。その姿を見てようやく、コーネリアは理解する。
ここはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇帝の座す戦艦―――アヴァロンなのだと。





後悔を、世界が嗤った





受けた銃弾が余りにも多かったため、コーネリアは自身の足で歩くことが出来なかった。咲世子によって車椅子が用意され、手を借りてでないとそれに座ることすら出来ない。敵の施しを受けるなど、という羞恥が募ったけれども、それよりも疑問の方が大きかったため大人しく従う。車椅子はナナリーの乗るような、機能性とデザインに富んだものではなかった。ただの医療用の無骨な車輪で、揺れることも無いアヴァロンの艦内を進む。何度か足を踏み入れたことのある戦艦は、以前とまったく変化していなかった。ただ、艦長席に腰を据えている人物が違うだけで。
「ああ、姉上。起きましたか」
「ルルーシュ、貴様っ!」
座ったまま向けられた顔は涼しく、一瞬にしてコーネリアの中を殺意が駆け巡る。ギアスを行使し、ユーフェミアの名を貶めたゼロ。ギルフォードすら操り、騎士を戦場に散らせたゼロ。地に伏せてやるとずっと思っていた。立ち上がろうと手すりを握る指に力を込めるが、足がついてきてくれない。コーネリアは無様に車椅子から転げ落ち、床へと這い蹲ることになってしまった。それでも、と睨み上げれば、ルルーシュを庇うようにしてひとりの女が立っている。長い黒髪は、超合集国の高評議会議長である皇神楽耶のものだ。各国の代表が人質として囚われているのは知っていたが、何故彼女がルルーシュを庇うのか理解できず、コーネリアは眉を顰める。しかし、その理由はすぐに判明した。
「ゼロ様を、ルルーシュを殺すのは、私です。あなたには殺させません」
目元は大量の涙を零したためか真っ赤に腫れており、その黒い瞳は未だ潤みを湛えている。それでも神楽耶はコーネリアとルルーシュの間に立ち、玉座を背後に庇っている。殺すのは自分だから、他人には殺させないと言い張って。
ルルーシュの視線を受け、咲世子が手を差し出してくるが、コーネリアはそれを振り払った。神楽耶の向こう、未だ冷静な顔を崩さないルルーシュが憎い。殺してやりたい。その髪を掴み、地へと引き摺り下ろしたい。喉の奥から搾り出された憎悪が、声にならずに漏れていく。
「姉上が俺を殺したいのは分かります。ですが今は、神楽耶にしたのと同じ提案を繰り返しましょう。シュナイゼルを討つために、あなたの持つダモクレスに関する情報を頂きたい。シュナイゼルの軍やフレイヤに関する情報も、すべて」
「私がそんな提案に乗ると思うのか!」
「乗らないでしょうね。それでは俺は、俺の命を対価に差し出すしか他に方法を知らない。姉上、ゼロレクイエムが終わったなら俺を好きにしてくださって結構ですよ。ああ、順番はニーナと神楽耶、それとC.Cとスザク、研究対象としてロイドもか? とにかくそこらへんは彼らと話し合って決めてください。俺は逃げも隠れもしませんから」
「ゼロレクイエム・・・?」
「俺とスザクの最終目的です。この世からギアスとブリタニアを消し去り、すべてを在るべき最初の形へと戻す。それが『ゼロレクイエム』。愛も戦いも強さも弱さも、すべてを始まりの状態に戻し、そして世界をリスタートさせる。誰でもない、世界中の人々の手によって」
何を語られているのか理解できず、コーネリアはただ顔を歪める。己の服を握り締める神楽耶の手が僅かに震えており、それだけが意識の端に映った。
「シュナイゼルは仮面を被っている。それを突いたからこそ姉上、あなたは撃たれた。違いますか?」
「っ・・・・・・ああ、そうだ。兄上はペンドラゴンの住民を、兄弟姉妹を殺しておきながら、ナナリーに避難させたと嘘をついた。シュナイゼル兄上の語る平和は、暴力と強制による統治だ。不必要なものをすべて消し去り、従うものだけに新たな躾を施す。そんなものは平和などではない!」
「コーネリア姉上、俺はずっと前から知っていましたよ。シュナイゼルの本質は優しさでも賢さでもないと。あれも我々の父と同じ、シャルル・ジ・ブリタニアの血を受け継いだ子供。シュナイゼルにとって、他者は『己以外』でしかありえない。昔からあの人は、俺以上に嘘をつくのが巧かった」
ルルーシュが席から立ち上がる。神楽耶を下がらせ、自らコーネリアの足元に膝を着いて、その肩に手をかける。振り払おうとしたがその力は存外に強く、けれど丁寧な所作でコーネリアを車椅子へと戻した。咲世子が後ろから押して、艦長席の隣へとつける。ブリッジは広さの割りに人が少なく、いるのはルルーシュと神楽耶、そしてオペレーターのセシルくらいのものだった。あまりの人員の無さにコーネリアが不思議に思っていると、正面のモニターに略式の地図が映し出される。
「現状を報告しましょう。黒の騎士団はすでに数機のナイトメアフレームを残し、母艦は撃沈。ダモクレスから撃たれたフレイヤは、我々のフレイヤによって相殺されました。現在は互いに引き、膠着状態に陥っています。まぁ単なる休憩時間でしょう。俺にとっても、シュナイゼルにとっても」
「フレイヤを撃ったのか? ナナリーが?」
「・・・・・・シュナイゼルは、ナナリーにフレイヤの発射スイッチを持たせたのか」
「違う。ナナリーが自ら持ちたいと」
明らかな嫌悪にルルーシュの眉根が寄った。そのことに何故か慌ててコーネリアは訂正を加えるが、これは言わなくてもいいことだったとすぐに気がつく。ルルーシュとて、最悪の兵器のスイッチを妹が望んで手にしたなどと知りたくはなかっただろう。知らせる必要のないことだった。けれどもルルーシュは、するりと表情から嫌悪を消し去って笑ったのだ。
「ナナリーのことだ。何も出来ないからこそ責任の一端を担いたい。俺の罪を罰するのは自分だと、どうせそのようなことを言ったのでしょう」
「・・・・・・」
「愚かだ。俺の罪は俺の罪。ナナリーには何の落ち度もないというのに」
ふう、と溜息を吐き出して、ルルーシュは椅子に背を預ける。どうしたものかな、と呟く横顔は、先日ナナリーを突き放した冷酷な皇帝のものではなく、ただ妹の我侭に困っている兄のそれに見えた。コーネリアの知っている、幼き日のルルーシュの姿が重なる。
甘く優しく、花のようだったルルーシュ。母を慕い、妹を守り、シュナイゼルやコーネリアら兄姉を敬い、ユーフェミアら弟妹を慈しみ、すべてが光に満ちていた。ルルーシュは皇子だった。それこそ貴いブリタニア皇室に相応しい性質を持つ、紛れもない皇子だったのだ。しかし彼は母親を喪い、父親に捨てられ、遠い地へと落とされた。どんなに苦労しただろう。七年の月日の中に何があったのか、コーネリアには想像もつかない。けれど優しかったルルーシュはゼロとして姿を現し、世界を改変しようとブリタニアに弓を引いた。クロヴィスを、ユーフェミアをその手にかけた。優しかったルルーシュは、兄妹殺しへと変わったのだ。酷い裏切りだと、コーネリアは思った。自分たちがルルーシュをそこまで追い落としたのだと理解しながらも、憎むことで罪悪感を覆い隠した。分かっている。ルルーシュはブリタニアの闇だ。凝縮されたすべての悪意が、その小さな身体へと襲い掛かった。コーネリアがユーフェミアに及ばぬよう、必死に打ち払い続けていた薄汚い部分。ルルーシュはそれに犯されてしまったのだ。現状の罪は等しく存在する。ルルーシュにもシュナイゼルにも、そしてコーネリアにも。
「・・・・・・私は何故、ここにいる。シュナイゼル兄上に撃たれたはずなのに、どうして」
「ああ、それはディートハルトが送ってきたからですよ。まだまだ活用できると踏んだのでしょう」
「あの男が?」
黒の騎士団からついてきて、シュナイゼルの近くに侍るようになった人間を思い出す。マスコミの出らしく、その手腕は確かに優秀だったが、理解しきれない思想を抱いているようにもコーネリアには見受けられた。混沌がどうとか、虚無がどうとか。胡散臭いという思いが顔に出たのだろう。ルルーシュが苦笑いに近い表情を浮かべる。
「あの男は完成された存在に興味を示しません。その点で、俺とシュナイゼルは比べるべくも無い。自らの活かし方を理解しているからこそ、奴は俺ではなくシュナイゼルの元へ行ったのでしょう。俺の創り上げる世界を、よりドラマチックなものにするために」
「ペテン師か」
「優秀だと言ってほしいですね。あれは本当に面白い男ですから」
とん、とん、とルルーシュが右の指先で肘置きをゆっくりと突いている。笑みを向けられ、言葉を交わしていても、その所作だけで彼が何か別のことを考えているのは明らかだった。神楽耶の目が疑心をあらわにその指先を凝視している。コーネリアに見つめられたことで自身の所作に気づいたのだろう。失礼、とルルーシュは謝ってから、その手を静かに己の膝の上へと載せた。肘を突いて、その手のひらに顎を置く。彼が口を噤めばブリッジには沈黙が訪れるしかなく、それはコーネリアにとって酷く居心地の悪いものだった。横顔の瞳が紫なことの気づいて、今更ながらにギアスという能力を思い出す。ぎくりと身を震わせればルルーシュが振り向き、僅かに首を傾げた。けれどその瞳は紅に輝くことなく、また前へと向けられる。力なく瞼が伏せられた。
―――殺せる。今なら、殺せる。殺すことが出来る。立てないコーネリアでも、この距離ならば手を伸ばしてルルーシュの首を握り潰すことが出来る。共に床へと落ちて馬乗りになり、その首骨をへし折ってやることが出来る。自分が咲世子に殺されるまでの僅かな時間でも、それは実現可能だろう。事実、同じことを考えているのか、ルルーシュを挟んだ向こうに立つ神楽耶の服が僅かに揺れた。殺せる。殺せるのだ。今この瞬間に、ルルーシュを。コーネリアは、神楽耶は、殺せたのだ。憎き仇を葬れた。
彼の、伏せられた瞼の端から零れ落ちた、一筋の涙さえ目にしなければ。
『ルルーシュ』
パッとモニターがどこかのコクピットを映し出し、画面の中にC.Cを現せた。ルルーシュが緩慢に瞳を開けば、その様子にC.Cは露骨に顔を歪めて溜息を吐き出す。声はまるで母親のような、姉のような、恋人のようなそれだった。
『また泣いているのか』
「どうも涙脆くなっているらしい。駄目だな、父上に叱られる。母上は指を差して笑いそうだ」
『今は泣くな。そこで泣かれても私の手が届かん。拭ってやることも出来ないじゃないか。・・・セシル』
「はい。失礼致します、ルルーシュ陛下」
今まで黙っいたセシルがオペレーター席から降り、自身のポケットから取り出したハンカチをそっとルルーシュの頬に当てる。危害を加える意思など欠片も感じさせない指先は愛に溢れていて、その事実にコーネリアは愕然とした。セシルはとても優しく、ルルーシュに触れた。先ほど抱いた一瞬の殺意が、途方も無く愚かなものだったのだと、コーネリアは今更ながらに気がついてしまった。ありがとう。微笑んだルルーシュの横顔さえ、初めて見るものにすら感じる。
「大丈夫だ。俺はまだ、立ち止まらない。成すべきことを成すためだけに、俺は皇帝の地位に就いたのだから」
『ピザが食べたいな。クーポン券があと一枚で応募できるんだ。次に貰うチーズ君のぬいぐるみは、ルルーシュ、おまえにやってもいいぞ』
「アヴァロンにまで配達してくれるピザ屋があるかな。どうせ貰うなら、俺はおまえのお古で構わない」
『確かに、あれは私の匂いが染み付いているからな。誰かの気配のする方が、おまえも安心して眠ることが出来るだろう。部屋にあるから持ってきて構わないぞ』
「チーズ君を抱きながら、戦場の指揮を執れと?」
『おまえは強がるくせに寂しがりやだからな』
「言ってくれる」
笑う端から、ルルーシュの頬を再び涙が伝う。あらあら、と慌ててセシルがハンカチを添えた。次から次へと溢れ出てくる雫は止まらず、泣かないでくださいルルーシュ陛下、とセシルの宥める声をコーネリアはどこか遠くに聞いていた。車椅子の後ろから歩み出て、跪いた咲世子がルルーシュの手を握る。二つ目のモニターが開かれ、現れたスザクは眉を顰めると同時にどこか呆れており、そして安堵しているようでもあった。
『また泣いてる』
「・・・うるさい」
『泣けるうちは大丈夫だね。敵前線、紅蓮弐式とトリスタンが動いた』
「カレンとジノか。出来ることなら討ちたくはなかったが」
『ルルーシュ』
「分かっている。そんなことは言ってられない」
艦長席からルルーシュが立ち上がった。セシルが飛ぶようにしてオペレーターの場所へと戻っていく。咲世子は手を放して一歩後ろに控え、バッとルルーシュの腕が翻った。
「全軍前進! 今度こそダモクレスを破壊し、すべてをゼロに戻す! 第99代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名の下に!」
『Yes, Your Majesty!』
ランスロットをはじめ、いくつものナイトメアフレームが動き始める。映っていた二つのモニターも消え、眼前には戦場だけが広がった。遠目に見ても巨大なダモクレス。あんなに大きく恐ろしい要塞なのだと、コーネリアは知らなかった。そう、知らなかったのだ。
指揮を振るうルルーシュの瞳は紅に染まらない。代わりとでも言うかのように、絶えず涙を零し続けている。こうして彼は身を切りながら、己を戦場に置き続けてきたのか。強大な流れに翻弄され、それでも抗い、己の意志を見つけて、世界中を敵に回して。たったひとりで、ずっと、ずっと。
俯いた神楽耶の目元が光ったのを、コーネリアは見逃さなかった。そういう彼女自身、己が泣いていることに気づいたけれども止めることが出来ない。多くのもの見過ごして、自分たちはここまで来てしまった。世界が一面だなんて、そんなことがあるわけないと分かっていたはずなのに。
彼は優しい人なのだと、分かっていたはずなのに。この手は銃を持つ以外に、優しく抱き締めることも出来るのだと分かっていたはずなのに。





もはやこの手を伸ばすには、時が流れすぎてしまった。
2008年9月14日