クラブハウスは常に明るい。窓から差し込む光が室内を輝かせ、あがる笑い声を殊更に華やかなものへと変えていく。生徒会室に当てられている広い一室に、今はメンバーの全員が揃っていた。書類にペンを走らせているのはルルーシュで、ロロはその隣で資料を集めては差し出している。リヴァルは電卓を片手に唸っており、ニーナは原案をパソコンで清書している。プリントアウトされた書類を束にして留めているのはシャーリーで、ミレイは企画を練るため過去の記録とにらめっこ。スザクとカレンは新しいファイルにラベルを作っては貼っていく作業を繰り返しており、ナナリーは点字で綴られている本に、じっと目を落としている。
「あーもう無理っ! 休憩休憩! リヴァル、紅茶入れて!」
「またですか、会長。今日何度目の休憩だと思ってるんです」
「だって良い考えが浮かばないんだもの。ねぇルルちゃん、きゅーうーけーいっ!」
「はいはい、五度目の休憩ですね。リヴァル、まだ飲み物はあったか?」
「んーと、確か冷蔵庫にこの前貰ったジュースがあったはず。あれ開けてオッケー?」
「オッケーオッケー! 棚の中のクッキーが付いてくれば言うことなし!」
ミレイの突き上げられた手に、それぞれ苦笑しながら作業を止める。ロロが「いいの?」と伺うように兄を見やり、ルルーシュは苦笑しながらその前髪をくしゃりと撫ぜてやった。束を脇に寄せたシャーリーが、下に置いていた鞄の中から何かを取り出す。
「ふふふー! 誉めてください、会長! じゃーんっ! ヴェルダンディーのマカロンです!」
「あ、それって一日五十個の限定品?」
「あ、ニーナも知ってる? 昨日ね、偶然買えたの! この前テレビでやってて、ルルが食べてみたいって言ってたじゃない? だからね」
「へーぇ? それは本当に『偶然』なのかにゃあ?」
「う、ううううるさいです、会長っ! そんなこと言うなら会長にはあげません!」
「嘘嘘、ごめーん! シャーリー様、感謝してます!」
ぷいっと背けられたシャーリーの頬は赤く染まっていて、ミレイだけでなくニーナやナナリーまでくすくすと小さく笑う。リヴァルと手伝いに行っていたスザクが九人分のカップを分けて運び、それぞれに紅茶が振舞われる。机の上に並べられたマカロンは九つ。色はすべて違い、ひとつひとつ指差してシャーリーが説明していく。
「えっと、そのオレンジのはかぼちゃで、そっちの青いのはブルーベリー。白いのがバニラで、緑のが」
「抹茶?」
「ううん、ほうれん草」
「ほうれん草!?」
へぇ、と感心したようにカレンがまじまじとマカロンを見つめると、珍しいですね、とナナリーも首を傾げた。
「黄色は柚子で、茶色はショコラ。ピンクはフランボワーズで、赤は何だと思う?」
「苺?」
「唐辛子!」
「お菓子に唐辛子は・・・ないんじゃない、かな?」
「でもさぁ、意表を突いたのもあるかなーって」
「唐辛子のマカロンって、そんなの嫌だよ。赤はトマト。それで、黒い粒々のが胡椒ね」
「珍しいのが多いんだね」
「お店にはもっと種類があったんだよ。面白そうだったから全部違う種類を買ってきたんだけど・・・どうしようか」
「そりゃやっぱりジャンケンでしょ!」
困り顔になったシャーリーに対し、ミレイがさも当然と言った様子で提案する。ぐるりと全員を見回して、握り拳を盛大に振り被れば、反射的に誰もが手を出す。
「最初はグー! じゃんけんぽいっ!」
「ああああっ負けた! さらば、俺のフランボワーズ・・・!」
「あ、勝った」
「私も」
「勝者はスザク君とニーナとカレンね。じゃあ勝者はそっち、敗者はこっち」
「むーっ! 絶対に負けないんだから! バニラ、すっごくおいしそうだし!」
「あの、私は別にどの味でも」
「僕も別に」
「ナナリー、ロロ、それは言っちゃいけない。こういうのは勝ち取るからこそ面白いんだ」
「そうそう、ルルちゃんの言う通り! それじゃ敗者復活、じゃーんけーんぽいっ!」
二つに分かれて繰り返されたジャンケンの結果、一番の勝者はカレンだった。その後にスザク、ニーナが続き、ミレイ、ロロ、シャーリー、ナナリー、ルルーシュ、リヴァルといった結果に落ち着く。先ほどフランボワーズと叫んでいたのが功を奏したのか、最下位にも関わらず目当てのマカロンを手に入れたリヴァルは至極嬉しそうだ。逆にルルーシュは己の手の中にある胡椒味に見向きもせずに、カレンの持っているかぼちゃ味を睨み付けている。
「何。ルルーシュってば、かぼちゃが良かったの?」
訴えてくる視線の意味を理解したのか、カレンはにやりと笑って業とらしく自分のマカロンの封を開けた。
「あーかぼちゃ味美味しそう! 生地はふわふわだし、クリームは濃厚そうだし、すごくいい匂い!」
「カレンったら意地悪ー!」
「ルルーシュ。駄目だよ、人のを欲しがったら」
「別に俺は欲しがってなんかいない。ただ胡椒よりもかぼちゃの方が俺の好みだと思っているだけだ」
「もう、兄さんったら」
「お兄様は甘いものがお好きですものね」
ロロとナナリーが仕方無さそうに笑う。スザクが窘めてもルルーシュは当然のようにカレンのマカロンを凝視していて、ミレイとリヴァルは楽しげに眺め、シャーリーとニーナは視線を行ったり来たりさせている。カレンがひらりとマカロンを摘まんでみせた。
「数学の宿題でどう?」
「いいだろう。完璧な解答を提供してやるさ」
「商談成立」
カレンが立ち上がり、テーブルを挟むようにして身を乗り出してくる。口元に寄せられたマカロンを、ルルーシュは唇を開いて受け止めた。シャーリーの声にならない悲鳴が挙がったけれども、当の二人は素知らぬ顔でマカロンを食べさせあっている。ルルーシュから差し出されたそれに食いつき、カレンは僅かに目元を朱に染めて笑った。
しばし和やかな時間が流れる。宿題から始まり、まもなくあるテストの話。ロロとナナリーには最強の家庭教師であるルルーシュがついているから心配は無いが、リヴァルとスザクは苦手分野を思い返しては頼りない顔をしている。すがり付いてくる二人をルルーシュがつれなく断り、項垂れる姿にミレイが茶々を入れる。シャーリーはニーナとカレンに教えてもらう約束を取り付け、そして話題はまた日常的なものへと移動していく。
今日の授業の話。化学であった実験、体育でやったサッカー。カフェテリアの新作クロワッサン。先週末に購入したワンピース。夏休みの計画。森林の別荘、ビーチのホテル。天気の移り変わり、置き傘の用意。寮のクローゼットの狭さ、掃除しなくて怒られたこと。切れていたボディソープ。花の香りのフレグランス。男性用化粧品の必要性。肌の手入れ方法。行きつけの美容院。くるり、くるりと話が変わり、誰もが笑って過ごしている。時はとても輝いていた。
「あ、ごめん。私もう逝かなきゃ」
シャーリーが時計を見て立ち上がる。書類はすでに全部ホッチキスで留められており、種類ごとに分けられている。ペンケースを鞄にしまい、忘れ物がないか確認する。
「ロロ、一緒に逝こう?」
「はい。それじゃあ兄さん、僕も逝きます」
「ああ、元気で」
ルルーシュから額にキスを受けて、ロロは嬉しそうにはにかんで笑った。そっと近づいてきたシャーリーにも、ルルーシュは頬に唇を落とす。ロロを頼む、という言葉に、シャーリーは任せて、と胸を張って頷いた。
「それではお兄様。わたくしも活きますね」
「ナナリー、元気で」
「お兄様も」
車椅子の妹のために立ち上がり、ルルーシュは歩み寄って額にキスをする。頬へ同じように返されて、その長い髪の毛を優しく撫でる。
「仕方ない、私も行くかぁ」
両腕を上げて伸びをしてから、ミレイも席を立つ。カレンもラベルの貼り終わったファイルを棚に戻して、自分の座っていた椅子を戻した。
「私も征くわ。ルルーシュ」
「気をつけて、カレン」
「あなたも。無茶はしないでよ」
カレンからルルーシュの頬へキスが贈られる。紅茶のカップと包装のゴミを片付け終えたスザクが、二人分の鞄を持ち上げた。
「ルルーシュ、僕たちも往こう」
「そうだな。ニーナ」
「うん、大丈夫」
ノートパソコンの電源を落として、ニーナも鞄の中身をチェックする。リヴァルだけは席に座ったままで、立ち上がった他の面々に向けてひらひらと手を振った。
「俺はもうちょっとしてから生くわ。先にいってて」
「じゃあリヴァル、鍵閉めお願いね?」
「任せてください!」
八人がそれぞれに用意を終わらせて、一歩踏み出す足音がいくつも起こる。生徒会室の重い扉の向こう、開いたことで差し込んでくる光が眩しい。視界を奪うほどの強い白に、リヴァルは目を細めた。





Dear my friends.





「なぁ」
思わず口に出した言葉に、ルルーシュが、スザクが、カレンが、ナナリーが、ロロが、シャーリーが、ミレイが、ニーナが振り向く。へにゃっと情けない笑みを浮かべて、リヴァルは問うた。
「俺たち、友達だよな?」
きょとんとした表情の後で、八人がそれぞれに笑う。
『―――もちろん』
返された力強い肯定に、嬉しくなってリヴァルはまた手を振る。扉の向こうに皆が消えてゆき、彼だけがその場に残された。いってらっしゃい、という見送りの言葉は聞こえただろうか。
友よ。また、どこかで。





バイバイ。
2008年9月8日