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【「愛は君に、想いは明日に」を読むにあたって】
この話は、R2第22話「皇帝ルルーシュ」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
お兄様。これが、ナナリーの結論です。
仮面だらけの世界の中で、それでもナナリーはお兄様を信じます。例えお兄様がゼロであっても、例えお兄様がシュナイゼルお兄様の言うように残虐な皇帝になろうとしていても、この世のどんな存在であっても、それでも、それでも。
お兄様がずっとナナリーのことを想っていてくださったことは真実です。どんな行為ですら、その想いを消すことは出来ません。
だからお兄様、これがナナリーの決意です。愛しています、お兄様。
ナナリーの、ルルーシュお兄様。
愛は君に、想いは明日に
酷い傷を負いながら、それでも命からがら逃げるようにしてブリタニア皇室まで辿り着いた咲世子を保護したのは、ジェレミアだった。ルルーシュの命により皇帝主治医によってすぐに手当てが施されたが、それはフレイヤによる傷というよりも、その上から重ねられるようにして与えられた拷問による痕だった。咲世子の白い肌に刻まれた、目を背けたくなるほど醜い傷。隠されたシュナイゼルの一面を見せ付けられたような気がして顔を歪めたルルーシュの手を握り、咲世子は痛みを堪えながら訴えた。それは自らをルルーシュとスザクの敵と名乗った、生きていた妹、ナナリーからの言葉だった。
「俺に・・・っ・・・俺に、ナナリーを殺せと言うのか!? 生きていたのに! 生きていたのに・・・っ! それなのに殺せと!? 馬鹿なことを言うなっ!」
「です、が・・・・・・それが、ナナリー様の御意志です。自分が手の内にいる限り、シュナイゼル殿下は、ルルーシュ様への切り札を握っていると考え、そこに隙が生まれる、と。だから自らもろとも、シュナイゼル殿下をお討ちください、と」
「ふざけるな! 出来るか、そんなことっ!」
「ルルーシュ、様」
「出来るか・・・っ・・・!」
悲痛な表情に、咲世子が痛ましげに眉を下げる。握られている手が全身の傷以上に痛みを訴えてきていて、それでも離れようとは思わない。嫌だ、嫌だ、とルルーシュは首を横に振り続ける。ジェレミアがそっと咲世子を休ませるように進言し、ようやくルルーシュは手を放すことに気がついたようだった。茫洋とした顔で立ち上がろうとし、その際に足元がふらつく。横から支えたジェレミアの腕を押しやって、部屋から出て行く。壁際に控えていたスザクとロイドは、距離を取ってその後に続いた。
「まぁ確かに、兄に自分を殺させるなんて酷い話だけど、願ってもない展開だよねぇ。あのシュナイゼル殿下を討つなら、スパイくらい仕込んでおかないと無理だろうし」
ふらふらと危なっかしい足取りのルルーシュの耳には捉えられないと考えているのだろう。ロイドが常と同じような声量で話し始める。スザクはその様子を横目で見やりながら、前を行くルルーシュの背を見据える。
「そうですね。すでに僕たちは先手を打たれて、首都にフレイヤを落とされている。シュナイゼル殿下の裏を掻くのなら、ナナリーの申し出は願ってもない機会です」
「だけどルルーシュ皇帝は出来るかなぁ? 愛しの妹を、その手にかけることが」
暗に出来ないだろうと含みを持たせながら、ロイドは楽しげに声を漏らす。ルルーシュは建物を出て、広い庭へと向かい始める。同じように階段を下り、出来ないでしょうね、とスザクは同意を示した。
「出来ないでしょうね、ルルーシュにナナリーを殺すことなんて。ルルーシュはずっとナナリーのためだけに生きてきた。ナナリーのためにゼロになり、ナナリーの望んだ優しい世界を作るために皇帝になった」
「あは、それじゃ駄目じゃない」
「でもご存知ですか、ロイドさん。ルルーシュはそこまで強い人間じゃないんですよ。少なくとも今は違う。幼い頃に持っていた強さは、すでに毒されてきている」
怪訝そうにロイドが振り向くけれども、スザクはそちらを見ることはしなかった。ルルーシュの着ている裾の長い上着が、芝生の草に掠りながら、その軌跡を残していく。華奢な靴が先を行く。足取りは未だ覚束無い。
「ルルーシュはユフィを殺した」
「・・・・・・あー」
「クロヴィス殿下を、シャーリーを、罪のない多くの人々を、直接的に間接的に葬ってきた。そしてアーカーシャの剣で、明日を手に入れるために自らの両親であるシャルル皇帝とマリアンヌ皇妃を消滅させた。分かりますか? ルルーシュは自らの望みのために他者を葬れる、そういった人間なんです」
「それは普通でしょ? 誰だって自分が一番なんだから」
「ええ、そうですね。だけどロイドさん、あなたは知らないでしょう。ルルーシュは殺人という行為に罪悪感を抱いたことがないんですよ。悔やむのはいつだって、そうしなくてはならなくなった過程だ。ルルーシュにとって意味があるのは過程なんです。僕とは違う」
「君は過程が大切と言って、結局は結果を求めたからねぇ。面白いね。君たちは常に真逆を行ってる」
「ルルーシュは自らの行動に後悔はしても、罪悪感は持たない。そこが僕が彼を憎んだ理由です。僕は罪悪感ばかりを抱いてきたから」
ルルーシュが足を止めたため、スザクもロイドも同じように立ち止まる。黒い髪の毛が落ちるように後ろへ傾いて、空を見上げたようだった。青い中に戦闘機はおろか鳥や雲の姿も見られない。ぱさ、と音を立てて大きな帽子が芝生へと落ちた。ルルーシュが再び歩き始め、スザクも同じように進んだ途中で帽子を拾い上げて砂を払った。
「ルルーシュは優しい。そして愚かだ。だからこそ彼はどんな相手でも殺せるし、どんな相手にも涙することが出来る」
「だからナナリー皇女殿下も殺せるって? でもレーゾンテートルに等しい相手でしょ?」
「言ったでしょう、ルルーシュにとって重要なのは過程だと。ルルーシュは今、必死に頭の中を整理している。ナナリーの申し出を理解しようと、必死になって考えている。見ていてください、すぐに結論が出ますから。ルルーシュはナナリーを愛しているから、いつだって優先するのはナナリーの意志です」
「例えそれが、自らを殺してくれっていう願いであっても?」
「願いであっても。ルルーシュはナナリーを殺せますよ。ナナリーのことを愛しているから。だからルルーシュは、いつだってナナリーの願う通りにしか動けない」
「やだやだ。僕、そういうのって理解不能なんだよねぇ」
お手上げ、というように匙を放り投げてロイドが首を横に振る。スザクは両手で帽子を抱えたまま、ルルーシュの背を見据えていた。もうここまで来れば、彼がどこに向かおうとしているのかも理解できる。アリエスの離宮だ。そもそも、このブリタニア宮殿の中でルルーシュの向かう場所など、そこしか考えられない。
「じゃあスザク君、君はどうなの? 一度はフレイヤに巻き込んで殺してしまったと思っていたナナリー皇女殿下を、もう一度殺すことが出来る?」
「ええ、殺せますよ。僕はルルーシュのように苦悩するほど優しくはないんです」
「本当かなぁ。それは責任転嫁じゃないの? 結局のところ、作戦を決めるのはルルーシュ皇帝。だからナナリー皇女殿下の殺害も、スザク君の意志じゃなくてルルーシュ皇帝の意志。そういう感じの逃げじゃない?」
「違います。僕が手にかけるのなら、それは僕自身の意志による殺人です。そこにルルーシュは何ら介入しない。責任はひとりだけが背負うものじゃないんですよ、ロイドさん。誰だって、何に対しても責任を負う義務がある。あなたがニーナのフレイヤの開発を止めなかったことに関しても同じです」
「僕は科学の行く末が見たい。そのためにニーナ君を止めなかったことが罪なら、確かに僕も大量殺人に対する責任があるのかもしれないねぇ」
「人はそうやって、苦しんで連鎖して、その上で明日を築いていく。僕とルルーシュが望んだのは、そういった未来です。だから僕たちは、その未来への責任を負わなくちゃならない」
「それがナナリー皇女殿下の殺害?」
スザクは答えなかった。見えてきたアリエスの離宮は、八年前にマリアンヌが死んでなお、その美しさを維持している。アーニャの中に存在していた期間を生きていたと数えるのなら、マリアンヌのためにシャルルが保ってきたのだろう。大理石の階段を、ルルーシュが上る。鍵は開いていない。引いても開かない扉を確かめた後、ルルーシュは脇へ逸れて庭へと向かい始める。どこまで行くんだろうねぇ、とロイドが呟く。
「ルルーシュは優しかった」
薔薇に囲まれた庭の中央で、ようやくルルーシュは足を止めた。そのまま立ち尽くす後ろ姿は、針のように細い。
「ルルーシュは優しかった。どんな暴力にも理不尽にも屈せずに、時に辛酸を舐めてもナナリーを守っていた。そんな彼に、僕は憧れました。幼心にも思っていたんです。ルルーシュのような人になりたい、と」
彼の身の内に宿る激情も知らないままにそう思っていたんです。語るスザクの眼差しは静か過ぎる感情を乗せていた。
「ルルーシュがゼロかもしれないと疑惑を抱いても、それを必死に否定しました。だけど頭のどこかで理解もしていたんです。ルルーシュは優しいから、何だってやれる。それはユフィが殺されたときに実感しました。だけどユフィは強かった。ゼロがルルーシュだと、最期の最期まで言わなかった。それはシャーリーも同じです。ルルーシュを愛した人はみんな、彼を庇ってから死んでいく。それ程までする価値がルルーシュにあるのかと、僕は何度も考えました」
立ち尽くす姿。薔薇や芝生に埋もれるように、大理石よりも存在感を失い、ただそこにあるだけの置物にすら見える。心はすでに壊れかけていたのだろう。優しさが疲弊を誘い、その精神を削り取っていく。得ては失い、失っては得て、そしてまた今失おうとしている。
「ルルーシュの行く道は残虐だ。どうして自ら望んでその道を行くのか、僕には理解できなかった。だけどアーカーシャの剣で、ようやく分かったんです。ルルーシュは優しいだけだった。力がないから、彼は何も守れず失っていく。それでも明日が欲しいのだと彼が言ったとき、ようやく僕は分かったんです」
風が吹いた。ひゃ、と言ってロイドが身を竦め、庭に立つルルーシュの髪が撫ぜられていく。目を逸らさずに、スザクはその姿を見つめる。
「僕が優しくないのは、ルルーシュが優しいから。ルルーシュが弱いのは、僕が強いから。僕たちは二人で一人だったんです。馬鹿で、愚かで、ひとりでは間違い続ける。だから僕たちは出会い、互いの存在を理解する必要があった。・・・・・・戦って、殺しあうほどに憎しみあったとしても」
ふと、ようやくスザクの唇が固く結ばれていた力を緩めた。表情に柔らかさが生まれ、慈愛すら感じさせる笑みをスザクは浮かべる。
「ルルーシュがナナリーを殺せないと言うのなら、僕が二人を殺すだけです。けれど、そんなことはないでしょう。だからこそ僕は今、ルルーシュに剣を捧げている。信頼というには複雑すぎるかもしれないけれど、僕たちはようやく互いを見ているんです。だからこそルルーシュが背負う十字架は、僕も背負う義務がある」
さく、と音がした。短い芝生を踏みつけたそれは靴の音で、長い洋服が頼りなく揺れながらゆっくりと振り返る。皇帝になってから短いとはいえ、18歳という年齢にそぐわない威を発し続けてきたルルーシュの素顔を、ロイドは今初めて目の当たりにしたような気がしていた。ギアスという異能を携える瞳が、涙を堪えるように紫に染まっている。薄い肩すら丸められ、布の多い服でも隠し切れないほどに肢体の細さを強調している。つい、と右の指先が宙に浮き始めた。手首の間接を動かし、腰ほどに持ち上げられたその向こうで、ルルーシュが笑みに唇を歪めて囁いた。
「―――スザク。力を、貸してほしい。意志が果たされ、ナナリーが微笑んで死ねるような、そんな・・・・・・未来のために」
風に攫われそうな声だったけれども、それはしかとロイドの元まで届いた。隣のスザクが足を踏み出し、芝生の中、アリエスの庭へと入っていく。距離はどんどん短くなり、スザクは先に、持っていた大きな帽子をルルーシュの頭へと被せた。そして伸ばされていた手を取り、その場へと膝を着く。
「Yes, Your Majesty. ナナリーの笑顔のために」
「ナナリーの、笑顔のために」
口付けはなかったけれども、それは騎士であり親友であるスザクからの誓いだった。ルルーシュの瞳から涙が一滴零れ落ち、まるで愛が溶けていくようだと感じながら、ロイドは二人のやり取りを眺めていた。
22話、ナナリーの再登場は確かにクライマックスへの盛り上がりに最も有効な手立てでしょうけれども、ぶっちゃけ「えー」と思いました・・・。
2008年9月7日