【「ようこそ美しき君臨者」を読むにあたって】
この話は、R2第20話「皇帝失格」のネタバレを含みます。ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。
相変わらず激しく捏造に走っていますので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
「マリアンヌ、今日も来ているぞ」
笑みを含んだ密やかな声に耳打ちされ、マリアンヌはそうと分からないように庭へと視線をやる。小さなアリエスの離宮の、それに見合った小さなガーデン。咲き乱れる薔薇のアーチの向こうに、柔らかな金髪がふわりと揺れて、また引っ込む。それでも膝丈の位置で藤色のマントの裾が垣間見えていて、くすりとマリアンヌも笑ってしまった。
「可愛らしいものね」
「まったくだな。父親の妻だと分かっていながら横恋慕してくるとは」
「初恋かしら。ふふ、だったら申し訳ないわ」
「そういうことは少しくらい申し訳なさそうな表情で言ったらどうだ?」
心底楽しそうな顔をしているぞ、と指摘され、マリアンヌは堪えきれず指先で口元を覆った。C.Cが呆れたように肩を竦めるが、そんな所作さえ愉快で笑いが込み上げて仕方がない。
「だって私、あの子の母親、大嫌いなんだもの」
いい気味だわ、と吊り上がった唇を隠すために、紅茶のカップを持ち上げる。ミルクも砂糖も入れていないそれはあっさりとしていて、マリアンヌの喉を静かに潤していく。ふふ、と今度はいつものように微笑を浮かべ、その遠くから見つめる相手に対するパフォーマンスに、C.Cは感心しながらクッキーへと手を伸ばした。
「あの女、こともあろうに私に喧嘩を売ったのよ? 公衆の面前で恥をかかせようとして。もちろん返り討ちにしてやったけれど」
「気の毒なことだな。ただの女がおまえに敵うわけなかろうに」
「あら、ギアスは使ってないわよ? 私の若さと美貌と能力に嫉妬した女なら、分かりやすくこの手でねじ伏せてやらなくちゃ」
「それでまた怒りを買うのか? このクッキー、痺れ薬が入っているぞ」
「食べなくてよかった」
くすくすと互いに笑い合って、マリアンヌは椅子の背にもたれる。空いた両手をそっと自身の腹に寄せ、彼女はうっとりと瞳を溶かした。
「聞いて、C.C。私、妊娠したの」
「・・・そうか」
「計画を実行に移すわ。あの男から玉座を簒奪するの。私がこの世界の頂点に立つのよ」
口にするだけで反逆罪と囚われかねない言葉を語り、マリアンヌは立ち上がる。青いスカートの裾が風を含んで膨らみ、C.Cは躍るようなその様をじっと見つめた。マリアンヌはすでにこの宮殿内にある、最も尊い場所を見つめ上げている。己の夫が君臨する、厳かな椅子を。
「あの男とV.Vの馬鹿みたいな計画を利用してやるわ。この子には私の手足になってもらって、次の子には私の器になってもらうの。ふふ、世界が私の思うとおりに回るのよ。これ以上に素敵なことってないわ」
陶器のように透き通った頬を薔薇色に染め、展望を語るマリアンヌは美しい。そのまま彼女はテラスへの扉を開き、外へと一歩を踏み出した。カツン、というヒールの音に、薔薇の向こうの影が震える。愉悦に震えた唇で、マリアンヌはその人物の名を呼んだ。
「シュナイゼル殿下」
その声は酷く毒を含んでC.Cには聞こえたが、呼ばれた少年にとってはこれ以上ないほどの甘さを帯びていたことだろう。凛然と立つマリアンヌは己の美を知っており、それをどう活用すればいいのかを理解している。でなければ庶民でありながら、軍属になり、アッシュフォード家に取り立てられ、騎士候を賜り、ブリタニア人女性の最も高い身分である皇妃まで上り詰めることは出来なかったに違いない。マリアンヌは己を理解している。だからこそ己が世界に君臨する器だと認識している。
少し躊躇うようにして、薔薇のアーチにひとりの少年が姿を現した。白い装束は身分の高さを表し、藤色のマントは彼が第二皇子であることを示している。今年12歳になるシュナイゼルは整った顔立ちをしているけれども、性格はとても大人しく、才能も凡庸で、次期皇帝の器ではないとすでに囁かれ始めていた。だからこそ彼の母親は、他皇妃への牽制に努めているのだ。
「よろしければ、こちらで飲み物でもいかがですか?」
「・・・・・・よろしいのですか? マリアンヌ様」
「もちろんです。ただ皇帝陛下と、殿下のお母様には内緒ですけれども」
唇に指を立てて瞳を閉じる仕草さえ、鮮やかなほど意図的だ。けれど幼いシュナイゼルにマリアンヌの思惑が看破出来るはずもなく、ただ憧れの女性に誘われたことが嬉しくて彼は庭へと足を踏み入れてくる。金髪の下、まろみを残した頬が紅潮に染まっている。まるで蜘蛛がその糸を広げているようだと、感心しながらC.Cは眺めていた。マリアンヌが女郎蜘蛛で、シュナイゼルが獲物の蝶々か。
「シュナイゼル殿下は、よくいらしてくださいますね。このアリエスの離宮を気に入ってくださいましたか?」
恐る恐る室内に入り、椅子へと座したシュナイゼルに、マリアンヌは手ずから紅茶を入れてやる。ほんのりと湯気の立ったカップを渡され、シュナイゼルは「えっと、その」と返答に困って俯いた。だから彼にはマリアンヌの表情が見えず、少し離れたソファーにいるC.Cからは溜息を買う結果に陥ってしまった。可哀想に、と動いた唇にさえシュナイゼルは気づけなかった。マリアンヌは花瓶から薔薇を抜き取り、シュナイゼルの視界に翳す。
「今年は薔薇がとても綺麗に咲いたのです。この赤など、殿下にとてもよくお似合いになりますよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
マントに薔薇を飾られ、礼を言うシュナイゼルの頬は花びらに劣らない紅だ。だからこそマリアンヌは覗き込むようにして微笑み、テーブルの上でそっと手を重ねる。びくりと震えた指先を押さえ込むかのように包み込み、優しく甘く囁いていく。
「シュナイゼル殿下は、アリエスの離宮を気に入ってくださいましたか?」
「あ、あの、マリアンヌ、様」
「それとも、気に入ってくださったのは私かしら?」
くすりと漏らされた笑いは鮮やかだった。シュナイゼルが首元まで肌を赤く染め、紫の瞳を瞠ったところでマリアンヌは上半身を乗り出し、彼の頭を自身の胸に押し付けるようにして抱き締める。マリアンヌ様、と困惑した声はドレスの胸元に消えてしまった。あーあ、とC.Cがクッションを抱き締めてソファーにごろりと横になる。シュナイゼルを抱き留めたまま、マリアンヌは彼の耳元に、吐息を吹きかけるかのように唇を寄せた。
「私のお願いをひとつ、聞いていただけませんか?」
シュナイゼル殿下にしか出来ないことなんです。細い腕の中で泣きそうな顔で見上げてくる少年に、マリアンヌはにこりと微笑んだ。ゆっくりと瞼を開き、逃さぬように頬を両手で包み込む。
「シュナイゼル・エル・ブリタニア。あなたは今から、私の忠実な駒となりなさい」
赤い瞳が輝いて瞬き、少しの間を持ってシュナイゼルがこくりと首を縦に振る。いい子ね、とマリアンヌはその額に唇を寄せた。お見事、とC.Cが気のない拍手を送った。
ようこそ美しき君臨者
「シュナイゼル兄上っ!」
突如として崩れ落ちた兄に、ルルーシュは駆け寄った。傷ひとつなく、血を吐いてもいないというのに、触れた首の脈はすでに止まり、彼が死を迎えたことを物語っている。何故、と目を瞠ったルルーシュに、答えは遺跡の前から返された。ナイト・オブ・ラウンズのひとりであるはずのアーニャ・アールストレイムが、彼女には有り得ない艶やかな表情で微笑んでいる。その姿はもはや、ルルーシュやスザクの知るアーニャではなかった。
「気にすることはないわ、ルルーシュ。シュナイゼルの役目はもう終わったの。だから死んだのよ」
「役目・・・?」
「そう。その子の役目は、ルルーシュ、あなたを育てること。強く、弱く、優しく、甘く、賢く、愚かに、すべてを持ち合わせる存在にルルーシュを導くこと。それがシュナイゼルの役目だったの」
ふふ、と笑う姿はピンク色の髪をしていて、ナイト・オブ・ラウンズの衣服を纏っているはずなのに、何故か縁取りが歪んでアーニャの形を失わせていく。古ぼけた神根島の遺跡を前に、マリアンヌが現れた。背後にはC.Cを従え、その右手は皇帝の襟元を掴んでいる。引きずられているその身体はすでに死に絶え、目を閉じていた。
「まったく、感謝して欲しいものだわ。もともと平凡で何の取得もなかった子供を、私が役目を与えることで優秀な皇子にしてあげたのだもの。あの女も土下座して、私の靴にキスくらいするべきじゃないかしら」
「・・・マリアンヌ様、あなたがシュナイゼル兄上を殺したのですか?」
「そうよ、コーネリア。だって邪魔なだけでしょう? ルルーシュより上の皇位継承者なんて」
ああ、とマリアンヌは瞳を細めた。
「そういえばコーネリア、あなたも皇位継承者ね。オデュッセウスとギネヴィアはいつでも殺せるけれど、あなたは今ここで殺しておくべきかしら」
「っ・・・!」
身を竦めたコーネリアを庇うように、スザクがその前に剣を持って構える。鈍い光に楽しそうに見下ろしてくるマリアンヌが、スザクは恐ろしくて仕方がなかった。まだかけられたままの、「生きろ」というギアスが反応を刹那たりとも黙さずに訴えてくる。これが、マリアンヌ皇妃。ルルーシュとナナリーの母親。聞いていたのとあまりに違うその姿に、スザクの剣を握る手が震える。
マリアンヌが一歩、崩れた石段を降りる。皇帝から手が放され、支えを失った頭が地に落ちて音を立てた。マリアンヌが一歩、ルルーシュに近づく。シュナイゼルの亡骸の傍にしゃがみこんでいる息子に、彼女は歩み寄って手を伸ばした。
「ルルーシュ、これであなたがブリタニア皇帝よ」
限界まで見開かれた瞳に微笑みかけ、左目にかかる前髪を優しく払う。誘うようにして立ち上がらせ、マリアンヌはルルーシュの両手を握り、再度言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。
「ルルーシュ、これであなたがブリタニア皇帝よ。この世界はあなたのもの」
「俺が、皇帝・・・?」
「そうよ。そのために私は死に、そして生きてきた」
びくりと肩を震わせた息子を気にすることなく、マリアンヌは手を引いて先ほど自分の立っていた場所へと戻り始める。息子のために足元の石をどけてやる所作は、紛れもない母親のそれだった。
「シャルルとV.Vの計画に協力する振りをしながら、その一方でずっと機会を待っていたの。この世界はね、あんな男に支配されるために存在するものじゃないのよ。もっと価値のある、賢い人物が玉座に着かなきゃ。だからずっと私は、計画していたの。シュナイゼルを使って、シャルルとV.Vを使って、アーニャを使って、あなたを玉座に座らせるために」
石版の前で、マリアンヌはルルーシュを振り返る。その美しさは記憶の中の母と変わらず、ルルーシュは情けなく眉を下げてしまった。泣かないの、男の子でしょう。そう言って髪を撫でてくる仕草さえ懐かしくて、触れる指先の温かさに頭が下がる。崩壊した足元はひび割れが走っており、ルルーシュは瞼を下ろした。小さく息を吐き出して、吸い込んで、吐き出して。瞼の裏でいくつもの顔を見送り、ゆっくりと顔を上げて、彼は己の母親を見つめる。
「俺を皇帝にするために、母上、あなたは尽くしてくださったのですね」
「そうよ。どんなに貴い身分でも、皇妃は皇帝にはなれないもの。だからあなたを産んだのよ」
「ありがとうございます。では、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「ええ。何かしら?」
額を寄せてくる母親に、ルルーシュはあどけなく笑った。マリアンヌも慈しむように微笑み返してくる。
「母上、あなたは俺を、愛してくださっていますか?」
「もちろん愛しているわ、ルルーシュ。私の大切な皇帝陛下」
紫の、藤よりも深いアメジストの瞳が歪む。手袋に包まれた手が強くマリアンヌの腕を振り払い、ルルーシュは彼女から離れた。
「スザク!」
一瞬で剣先が割り込んできて、マリアンヌの立っていた場所を縦に切り裂く。すばやく身を引いたため切られることはなかったが、マリアンヌは驚いたように目を丸くしてルルーシュと、その隣に並び立つスザクを見つめた。剣はまっすぐにマリアンヌに向けられ、ルルーシュの手が意思を持って宙を凪いだ。毅然と向けられる視線は、これ以上ないほどに哀しみに満ちている。
「俺も愛していました、母上。あなたは俺の誇りであり、平穏の証でした。尊敬していました。あなたのような人になりたいと、幼いながらに思っていました」
「そうでしょう? だったらこっちへ」
「ですが他を駒として扱うあなたは、ブリタニア皇帝と何ら変わらない! 否、利用するためだけに娘を産む行為は、あの男以上に忌むべき行いである! 俺はあなたを・・・っ・・・あなたが俺のためと騙る以上、俺はあなたを放っておくことは出来ない!」
「・・・・・・それは私を殺すということ? ルルーシュ」
すっと感情を失くした声音に、ルルーシュが身を震わせる。その拍子に、彼の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。ルルーシュ、と呼んだのはスザクだったのかもしれないし、コーネリアだったのかもしれない。それでも彼はただ己の母親だけを見つめて、悲痛な叫びを放ち続けた。
「母を殺すというの? 己を産んだ、実の母親を」
「俺の母上は八年前に死んだ! 俺を、ナナリーを、アーニャを愛してくれた母上は、八年前に死んだんだ! あなたはもう・・・俺の母じゃ、ない・・・っ!」
「・・・・・・そう」
緩く眼差しを伏せ、マリアンヌが背を向ける。かつんかつんと足音を鳴らして離れていき、その途中でブリタニア皇帝の亡骸を踏んだ。その瞬間だけ足音が途絶えて、ルルーシュの顔が更に絶望に歪む。C.Cの隣に並び立ち、マリアンヌは一切の色を見せない表情で、ルルーシュとスザクを見据える。
「ルルーシュ、あなたには失望したわ。こんなにも目をかけて育ててやったというのに、恩を仇で返すなんて」
「・・・・・・俺が欲しかったのは平凡な日常です。皇帝の座なんて欲しくはなかった。母上がいて、ナナリーがいて、アーニャがいてくれれば、それで・・・」
「その日常さえ偽りだったことに気づかなかったくせに。愚かな子ね。やっぱり私が玉座に就くしかないみたい」
「そんなことはさせないっ! あなたには俺とここで死んでもらう!」
「出来るかしら?」
ぶん、と空気の揺れる音がして、マリアンヌの姿が消える。代わりに戻ったアーニャの容姿は以前と変わらず、ただ瞳だけが赤く光を帯びていた。挑発するように細い棒のような両腕を広げ、高い声で嘲笑う。
「この子は間違いなく、ルルーシュ、あなたの妹。ナナリーの双子の妹であるアーニャよ。それをあなたに殺すことが出来るかしら? 優しくて愚かで、そのためにナナリーまで殺してしまったルルーシュ、あなたに」
「それでも・・・っ! 分かってください、母上! 俺たちはこれ以上存在するべきではないのです!」
「どうして? 私は玉座に就かなくてはいけないのよ。世界をこの手で回してあげるの。そのために私は生まれ、ギアスを手に入れたんだもの」
ルルーシュがC.Cに視線を移すと、黄金の瞳は申し訳なさげに伏せられた。怯えるようにして一歩下がる彼女に気を止めず、マリアンヌは高らかに笑う。耳から入り込み意識を蕩かすような声に、スザクのギアスが反応し、ルルーシュの左目が紅に染まる。美しい異能者は、絶望の権化のようだった。
「マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが、すべての神よ! 世界は私の駒でしかないわ!」
最後の敵を前にして、ルルーシュの瞳からは涙が止まらなかった。スザクがきつく、親友の手を握った。
20話、もしかしてルルーシュとスザクが互いに向き合うことが出来たんじゃないかなぁと思いました。マリアンヌ様=アーニャは、正直肩透かしでした・・・。
2008年8月24日