【「絶望に感謝す」を読むにあたって】

この話は、R2第18話「第二次東京決戦」のネタバレを含みます。ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。
そしてルルーシュが枢木を殺害します。結構えぐい、かもしれません。ですので、そういった話が嫌な方もご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































俺のスザクへの愛が、ナナリーを殺した。





絶望に感謝す





ふと瞼を押し上げれば、視界は薄暗く認識するのに時間がかかった。薄暗い土蔵だ。四面を石壁に囲まれており、灯りは高い位置にある小さな窓だけ。年代を感じさせる品々が所狭しと積み上げられており、埃と黴の臭いが鼻について眉を顰める。己の手を見下ろす。小さい。開いてみる。閉じてみる。開いてみる。閉じてみる。指を親指から順に曲げていってみれば、すべてが己の意思通りに動作を行う。夢か。ルルーシュは脳裏の端で現在の状況を理解した。そうか、これは夢か。夢なのか。
足を踏み出せば、古い木の床がみしみしと音を立てる。記憶を掘り起こして赤い紐で縛られている葛籠を退かせば、壁に刻まれているいくつかの数字に出会う。カレンダーだ。何度も書き直されたため、そこだけ壁の色が変わってしまっている。一月、二月、月の数が左側に正の字で表されており、ここに来てから半年のときが流れていることを示している。丸で囲まれている日付は、十一。十二以降の数字に丸がつけられないことを知っている。今日だ。やはり夢か。ルルーシュは葛籠を戻して立ち上がった。
小さな足で歩き回り、土蔵の中を物色する。何か良いものはあるだろうか。着物は使えない。組み紐は貰っておこう。扇子は使えない。簪は貰っておこう。壷は大きすぎる。絵皿は貰っておこう。下駄は使えない。唐傘は貰っておこう。最初から持ち込んだものなどほとんどないし、得て持っていきたいと思うものなどそれこそ皆無だ。すべて置いていこう。何一つ持っていきはしない。すべてをここに置いていく。そう、すべてはここへ置いていく。
「ルルーシュ?」
幼い声に顔を上げる。ここだよ、と声をあげれば、入り口から小さな影が葛籠の合間を縫って近づいてくる。光がどんどんと失われていくけれども、それが誰だかルルーシュは知っていた。この牢獄に等しい土蔵に来て、己の名を呼ぶ人物など一人しかいないのだ。案の定記憶と違わず、現れた幼いスザクに微笑みかけた。
「ルルーシュ、ナナリーはどうしたんだ?」
「トイレだよ。だけど戻ってくるのが遅いから、探しに行こうと思っていたんだ」
「じゃあ俺も行くよ。ルルーシュ一人だと余計に迷いそうで心配だからな」
歯を見せて笑い、スザクが背を向ける。ルルーシュは手にしていた唐傘を振り被り、下ろした。重い。頭蓋骨を砕く手ごたえがあった。埃塗れの床に、スザクが倒れる。その後頭部に向かって、今度は傘の先端を突き落とす。割れた。血が溢れてくる。可笑しな色をしているどろりとしたものは、おそらく脳味噌なのだろう。突き刺す。砕く。汚い。死ね。おまえは今ここで殺しておかなくてはならないのだ。
傘の軸が壊れてばらばらになったところで手を止める。膝を着いて首筋に手を当て、脈があるかどうかを確認する。ない。念のため手首を取ってみたけれども、そこでも感じることは出来なかった。身体を反転させて心臓のある場所に耳をくっつけるけれども、鼓動を刻む音は聞こえない。殺せた。微笑んでルルーシュは立ち上がる。駄目になってしまった唐傘の代わりに、見つけた石製の杖を持って歩き出す。今行くよ、ナナリー。顔さえ判別できない死体を置いて、蔵を出た。
目に入るものは何もかもが記憶と違わず、だからこそ人目につかない道を選んで屋敷の最奥の部屋を目指す。板張りの廊下は、靴を脱いで靴下で歩いた。足音はすべて吸い込まれ、誰も存在に気づかない。辿り着いた部屋には二つの気配があり、細く襖を開いてみれば、気を失わされている妹が目に入る。ああ、生きている。喜びに音を立てて襖を放った。杖を握り、駆け出す。振り向いた男の手には銃があったけれども、それよりもルルーシュの振り被る方が早かった。こんな運動神経がどこにあったのか、飛び上がって、振り下ろす。先端の飾りが枢木玄武の頭に直撃した。恰幅の身体が畳に膝を着き、丁度良い高さに顔が来る。もう一度杖を落とせば、直撃した鼻が顔の中心で凹んだ。撒き散らされる血を構うことなく、杖が折れてしまったため、今度は絵皿で殴り続ける。簪で貫き、組み紐で絞め、ぴくりぴくりと続いていた痙攣がやがて止み、血が黒く乾き始めた頃に手を離して脈を確かめる。ない。殺せた。拳銃は貰っていこう。スーツのポケットを漁って財布も。携帯電話は足が着くため必要ない。顔さえ判別できない死体を置いて、妹を背負って部屋を出た。
裏庭の目立たない木戸を使い、枢木の屋敷を後にする。すでにブリタニアとの戦端は開かれているはずなのに、やはりと言うべきかここは静かだ。いつか丘に登って見た遠くの街は空が戦艦で黒かったというのに、枢木神社の周辺は日常の静けさを失っていない。公衆電話さえ当然の顔をして鎮座していて、しかも小銭を入れれば普通に繋がるものだから思わず笑い出してしまう。アッシュフォードは駄目だ。かの家は自分たちのことを思ってだろうが、存在を死で隠し、エリア11で一般人として生活する道へと誘っていく。それは駄目だ。ならば違う相手だ。軍籍番号は最初に与えられたものから一生変わらないため、七年後と同じものを使用していることだろう。電波を介す通信機能さえ持っていれば、日本の電話からでも繋がるはずだ。長いコール音を経て、警戒に満ちた声が応答を返す。
「ジェレミア・ゴットバルト卿? 僕はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。マリアンヌ皇妃が長子です」
日本に来ていることは知っていた。マリアンヌを守れなかったジェレミアは、その息子娘である自分たちを救うために日本侵攻の最前線を志望したのだと、仲間に引き入れてから聞いたのだ。だからこそ、いると思った。声はすぐに驚きに、そして歓喜に変わる。
『ルルーシュ様!? ご無事で・・・っ!?』
「僕は、どうにか。ナナリーも無事だけれど、薬を飲まされたのか今は意識がないんです。枢木の家にいたら殺されそうだったので、二人で逃げてきました。今は枢木神社の近くの、駄菓子屋の公衆電話からかけてます」
『ただちにお迎えに参ります! どうか今しばらく、その付近にて御身を隠されていてください。このジェレミア・ゴットバルトが必ずやルルーシュ様とナナリー様をお助け申し上げます!』
「ありがとう、ジェレミア卿。待っています」
受話器を置く。財布から小銭と札だけ抜き取って、後は近くの茂みに投げ捨てた。背中の妹を抱えなおして、駄菓子屋の隣の空き地へと足を踏み入れる。背の高い草と多くの土管が捨てられているそこなら、一見しただけでは存在も分からないだろう。枢木家の人間が自分たちの不在に気づくのと、ジェレミアが迎えに来るのと、どちらが先か。ナイトメアフレームの存在からいって後者だろうと考えながら、柔らかな草の上に妹を下ろす。手のひらを口元に近づけてみれば確かな呼吸を感じられ、そこでようやくルルーシュは肩を下ろした。生きている。―――生きている。
酷く、醜い、あの戦いの夜。白い光が当たり一面を埋め尽くした。ランスロットの手によって放たれた武器は、何故かゼロの乗る蜃気楼の方を向いてはいなかった。あれがギアスに対するスザクの反抗だというのなら、些細なものだと笑ってしまう。虐殺を必死で拒んだユーフェミアの方が、心はずっとずっと強かった。そして最悪の女神は政庁を巻き込んで光り輝き、すべてのものを溶かして消した。
ルルーシュはそっと、ナナリーの頬に手を伸ばす。血と脳味噌で指先は汚れていたけれども、関係ない。触れた先からじんわりと温かな体温が伝わり、そのことに涙が浮かんでくる。堪えることなく溢れさせ、ルルーシュはナナリーの頬に押し付けるように手のひらを当てた。
痛かっただろう? 苦しかっただろう? 怖かっただろう? 悲しかっただろう? 最後に声を聞くことすら出来なかったね。結局すべてを語ることも出来ず、約束した優しい世界を見せてやることも出来なかった。あの光はおまえの暗闇さえ染め上げて、すべてを奪っていってしまった。ごめんよ、あれは俺の過ちだ。俺がスザクを愛してしまったから。理解者となり、理解者となってくれるならと願ってしまった。敵として別たれたにも関わらず、縋るような真似をしてしまった。心に居場所を作ってしまった。信じたいと思ってしまった。その思いがナナリー、おまえを死なすに到ってしまった。ごめんよ。どんなに謝っても許されることではない。それでも大丈夫。俺はもう学んだよ。愛は複数に捧げるものじゃない。たったひとつのためだけにあるものなんだ。ナナリー、俺の愛はおまえのものだよ。もう他は望まない。誰も、何も。おまえ以外に心を傾けたりはしないよ。すべてを切り捨てられる。すべてを裏切られる。すべてを信用せずに、すべてを葬って生きていける。俺はそれを学んだ。おまえを喪う未来を経て学んだんだよ。俺はおまえさえいればいい。ナナリー、愛している。愛している、愛している。俺の妹。たった一人の、俺の家族。
肩を抱き寄せ、眠り続ける身体を強く抱き締める。栗色の髪に頬を摺り寄せ、これからの未来を脳裏に描く。スザクは始末した。これで未来に最強のランスロットは存在せず、自分たちが悩まされることもない。スザクさえ始末した今、日本にも意味はない。侵攻されてエリアに変われど、そんなもの好きなようにすればいい。ああだけど、カレンは惜しい。そう考えて唇を歪ませ、失笑する。駄目だ、あれは日本奪還を目指した女。志の異なる輩を傍に置けば、いずれ必ず支障を来たす。これも学んだ事柄だ。確かカレンの自宅はシンジュクだったな。殲滅してもらわないと未来に不安を残すかもしれない。後でさりげなく指揮官に願い出ておこう。咲世子はどうか、あれは有能な戦士だった。黒の騎士団に所属していたが、対ブリタニアの憎悪を聞いたことはなかった。主のために尽くす、そういった人材だ。使える。平定したエリア11にアッシュフォードをやれば、いずれその内に入ってくることだろう。そうしたら貰い受ければいい。ジェレミア、ディートハルト、これらは問題ない。星刻は潰しておくべきだろうが、あれはむしろ天子を抑えておけばいい。上手く使って立ててやれば、いずれ同じ側に属せるだろう。クロヴィスを殺す必要はなくなった。ユーフェミアには幾許かの気を払っておこう。コーネリアに問題はない。シュナイゼルには警戒が必要だ。あれは兄弟姉妹だろうと仕方なければ殺せる輩だ。適度な距離を取って付き合う必要がある。問題はギアスだが、今ならC.Cの孤独だろうと傍観できる。ギアスを継承するということは、ブリタニア皇帝に目をつけられること。魔女など泣きながら死んでいけばいい。ギアスは貰わない。そしてギアスを使われないためにも、対皇帝のために目を失う必要がある。しかし盲目ではナナリーの世話が出来ない。視神経に連絡しない義眼は作れるだろうか。キャンセラーが一番良いだろうが、それでは馬鹿馬鹿しいくらいにあからさま過ぎる。反逆など考えず、ただナナリーだけが守れればいい。さほど突出しない、かといって捨て駒にもされない程度の皇子であろう。死した母の名誉も、もはや回復を望まない。この腕の中の存在さえ守れれば、もうそれでいい。
「う、ん・・・・・・?」
栗色の睫毛が震えて、けれど瞼は開かれない。まろい顎が僅かに持ち上がり、ルルーシュの方に向けられる。お兄様、と語尾を少しだけ上げてナナリーが尋ねてくる。そうだよ、と頷きながらも、ルルーシュは溢れ出る涙を止めることが出来なかった。大粒の雫がナナリーの頬に落ち、首筋を伝ってブラウスの襟を濡らし、もしくはそのまま地面へと吸い込まれていく。兄が泣いていることに気づいたのだろう。それこそ自分も悲しそうに顔を歪ませて、ナナリーは小さな両手を守るように兄の頬に添えてくる。
「どうなさったんですか、ルルーシュお兄様? どうして泣いているのですか? 何か悲しいことがあったのですか?」
「・・・・・・違うよ、ナナリー。嬉しいんだ。嬉しいんだよ」
嬉しいんだ。繰り返して、ルルーシュは妹を抱き締める。夢だろうと何だろうと構わない。今、この腕の中に生きているナナリーが存在している。それだけで十分だった。他を望んだ結果が妹の死なら、そんなもの捨ててしまえ。最も優先すべき存在は、いつだって決まっているのだから。
「俺はおまえのためだけに生きるよ、ナナリー」
額にそっと口付けて、ルルーシュは誓った。己の経験した未来であり過去。喪った絶望さえこの胸に在れば、世界のすべてを見捨てていける。そのことが嬉しくてルルーシュは笑った。ありがとう、そっと彼は囁いた。





おまえが生きてさえいてくれれば、もうそれだけでいいんだ。
2008年8月10日