【「心、掻き集めて」を読むにあたって】
この話は、R2第17話「土の味」のネタバレを限りなく僅かに含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
溶けていく姿が、見えるかのようだった。アーカーシャの剣のあるだろう場所から、立ち上る巨大な煙。雲のようなそれは空にまで届き、白い光が燃やすのではなく融かし葬っていく。苦悶に顔を歪める父の姿が、ルルーシュには見えるかのようだった。憤怒によって伸ばされる手。宿る不死の証が塵ひとつ残すことなくこの世から消えていく。
女神は神を、殺したもうた。
心、掻き集めて
ランスロットに設置されていた兵器「フレイヤ」は、デヴァイサーであるスザク自身の手によってではなく、トウキョウ租界に座すシュナイゼルの遠隔操作によって放たれた。向かう先は相対している黒の騎士団ではなく、遠い祖国ブリタニア。何故、と彼らが惑っている間に女神はかの地に辿り着き、そしてブリタニア皇帝の立つ玉座の間に舞い降りた。連なっていたアーカーシャの剣の中で、皇帝が遺憾を表しながら溶けて消えていく。起こる爆煙をモニターで見つめ、誰もが言葉を失っていた。それは、酷い刹那だった。白い光が何もかもを染め上げて、形を失わせ飲み込んでいく。ブリタニア宮殿は一瞬の後に更地に変わった。皇帝をはじめ、多くの犠牲を伴って。
『この世は、人のものであるべきである』
シュナイゼルの声が、広く戦場に轟く。その冷静な声音を、スザクは息をすることすら忘れて耳に受けていた。ランスロットのモニターには、まだ大きな煙が上がっている。あれは何だ。思いはするが、考えには至らない。ブリタニア皇帝は死んだ。あの強大な男が、ひとつの兵器を前に溶けて消えていったのだ。あんな恐ろしい兵器を、自分はルルーシュに放とうとしていた。今更ながらにその事実に気づき、恐怖が身体を震わせる。
『この世は人のものであるべきである。人間が息をし、命を育み、競い合い、生きて死ぬ世界であるべきだ。でなければ世界は平等たりえない。人はアンフェアの波に翻弄され、己の意志に殉ずることすら不可能になる』
シュタットフェルトを名乗ると嘘を誓って牢屋を出て、戦場にて黒の騎士団に帰り着いたカレンは言葉すら失っていた。操縦桿を握る手から力が抜ける。あんな化け物のような兵器を、ブリタニアは所有していた。勝てない。戦意が打ちのめされていく。
『第98代ブリタニア皇帝、我が父、シャルル・ジ・ブリタニアは、人間では決して持ち得ない能力を有していた。その名は、ギアス。人々の記憶を改竄し、思いのままを刻み込むそれは、人が有してよい力ではない。加えて皇帝は、不死の身体を手にしていた』
星刻が、拳を操縦桿に叩き付ける。今戦場を制しているのはシュナイゼルであり、そしてフレイヤという兵器だ。その規模からいって何発も存在するものではないだろうが、放たれれば回避は不可能だ。どうすればいい。策略が星刻の脳裏を駆け巡る。
『しかし例え不死の身といえど、身体がなければ存在を維持することは出来ない。故に私は、フレイヤで皇帝のすべてを滅ぼした。我が母や弟妹ら、多くの民を巻き込み、被害は甚大だっただろう。それでも私は、ブリタニア皇帝を滅ぼさなくてはならなかった。皇帝はもはや人間ではなく、人を翻弄する異形のものであったのだから』
悲鳴をあげた天子を抱き締め、神楽耶はモニターに映るシュナイゼルを睨み付ける。己の身体が震えそうになるのを叱咤して、毅然と顔を上げて相手を見据えた。それでもまだ、自失しているオペレーターたちを励ますことは出来ない。フレイヤを撃たれたら、日本は国を取り戻すどころではなくなってしまう。美しき故郷を灰に変える、あれは女神などというものではない。
『この世は、人のものであるべきである。故に、特殊な能力を持ったものの存在を許しておくことは出来ない。ブリタニア皇帝のように、それらは能力を駆使し、世界を混乱に突き落とすのだから。人智を超えた能力は、それだけで人を蹂躙する。そのような世界を許してはいけないと、私は思う』
『・・・・・・だから殺したと言うのですか・・・っ!?』
『ああ、そうだよ。でないと世界は不公平になってしまうだろう?』
アーニャはすでに、モルドレッドの操縦桿から手を放していた。あのような兵器を前にしては、モルドレッドの重火器など子供の玩具でしかない。戦いに意味はなくなってしまった。そんなことを感じながら、マントのうちを探って携帯電話を取り出す。ぱしゃりと自分に向けてシャッターを切り、初めて己自身を記録に残した。目を閉じてゼロの声に耳を澄ませる。
『シュナイゼル! あなたは皇帝を人智を超えた化物だと言ったが、それはあなたも同じだ! そのような恐ろしい兵器を使用することの出来る存在は、もはや人ではない!』
『いいや、ゼロ、私は人だよ。人でしかありえない。空を飛ぶことも、海で生きることも、他者を塗り替えることも叶わない、いずれは死を迎える存在だ。フレイヤもね、この戦いが終わればデータを含めたすべてを処分するつもりだよ。これは父上を欠片ひとつ残さないためだけに使うべきものだから』
その言葉は、すでにニーナには届いていなかった。己の産み出した兵器は、いずれ己を殺すだろう。そう指摘したロイドの台詞が今になって呼び起こされる。白く溶けていった光の中に、ユーフェミアの愛した宮殿があった。思い出があった。多くの命を一瞬で奪いつくした。その開発者が、自分。膝が笑い出して立っていることも出来ず、ニーナは床に崩れ落ちた。
『人の持つ能力には限界がある。程度の差こそあれ、人に与えられている能力は平等だ。そうでなくてはこの世に切磋は起こらない。分かるね? 絶対的な強者がいては、この世界は成り立たないんだ』
『だから異物を排除すると!? それはマイノリティーの否定でしかない!』
『マイノリティーなどと、そんな可愛らしいものでないことは、ゼロ、君も理解しているだろう? ギアスは人を蹂躙する能力だ。個人の尊厳を奪い、この世を根底から覆す。そういったものを許しておくことは出来ないよ』
『だとしてもやりすぎだ! あなたは・・・・・・っ!』
『確かロロといったね? ゼロ、君の仮初の弟は。ナナリーを取り戻しに来たらしい彼も、申し訳ないけれど処分させてもらったよ。どうやら彼も皇帝と同じく、ギアスの所持者だったようだから』
朝比奈が目を瞠った。本当に短い時間のみで、それも良い印象は決して受けなかった相手だけれども、それでもロロという少年はいたって普通の子供に見えた。柔らかな髪の色をしていて、反対に瞳は冷え切っていた。ゼロに対する愛情と忠誠だけは確かなようで、それだけは朝比奈も認めていたのだ。自分にとっての藤堂が、ロロにとってのゼロだったのだろう。けれどもう、彼は死んだ。
『ジェレミアについては、キャンセラーとしての能力しか有していないようだから見逃してあげてもいい。改造された身体だから、長くは生きられないだろうけれども』
『・・・っ・・・シュナイゼル、あなたは悪魔だ!』
『それは君だろう? もはやこの世に残された唯一のギアス所持者。他者に対して絶対的な命令を下すことの出来る強制の王者。ゼロ。私の弟、ルルーシュ』
そこかしこで息を呑む音がした。フレイヤの威力に茫然としていた面々でさえ、シュナイゼルの言葉に己の意識を取り戻す。秘されてきたゼロの素性が、今初めて公にされた。シュナイゼルの弟。ルルーシュ。それは八年前に亡くなったとされるマリアンヌ皇妃の第一子だと、多くのブリタニア軍人は思い出した。ギアス所持者。絶対的な命令を下すことの出来る存在。だからだったのかと、多くの黒の騎士団員たちは納得していた。ゼロが起こしてきた数々の奇跡は、ギアスという名の能力が可能にしていたことだったのだ。
『残念だよ。弟を、この手で葬らなくてはならないなんて』
『・・・・・・父を殺したあなたに言われても虚言にしか聞こえませんよ、シュナイゼル兄上』
『すまないね、ルルーシュ。だけど私は君の存在を許すことが出来ないんだ。君は人ではなく、化け物なのだから』
ご主人様、と斑鳩のゼロの私室でC.Cが顔を上げた。館内放送を通じて届くのは会話だけだけれども、主であるルルーシュが酷く傷ついているのがC.Cには何故か感じられた。クッションを手放して立ち上がり、スピーカーの方へと近寄る。手を伸ばすけれども届かない。近くの椅子を持ってきてその上に乗り、C.Cはスピーカーに己の頬を押し当てた。ご主人様、泣かないでください。そう囁きながら。
『化け物。いいでしょう、確かにギアス所持者という点において、俺は人智を超えている。しかし兄上、人は能力などでは区別することは出来ないのですよ。何故なら人が人である由縁はその心にあり、心こそが人を人たらしめるのですから』
『心こそが?』
『そうです。例えどんなに能力が勝っていようと、心の貧しい人間は所詮貧しい。己の思惑のために妻を見捨て、時に親友を売り渡し、国が違うからと相手を見下し、数多の死体に気づかず笑顔でその上に立っている。そういった人間が果たして人間と呼べるか。否!』
藤堂がゆっくりと瞼を下ろした。冷静であろうとするゼロの、ルルーシュの悲痛をまざまざと見せ付けられた気がして、深く心が痛みの中に落ちていく。嘘ばかりを吐いて己を偽り、孤独の中を生きてくるのはどんなに空しいことだっただろう。どんなに勝利を手に入れようとも、ルルーシュの心が満たされることなど永久にないのだ。すまない、と藤堂は小さく呟く。
『心に意味などないよ、ルルーシュ』
『能力に意味などありませんよ、兄上』
『人はすべてが同じラインにいるからこそ平等であり、その存在に価値が産まれる』
『人は心の持ちようですべてが決まり、だからこそその存在が確たるものになる』
『他者による蹂躙を許すことは出来ない。世界はすべてにフェアであり、だからこそ人は生きることが出来る』
『他者による介入は防ぐことの出来ない事象。世界は常にアンフェアであり、だからこそ人は己のためだけに生きる』
『世界はフェアだよ』
『世界はアンフェアだ』
『心に価値はない。分かるね、ルルーシュ。君の行動に真理なんて、何一つなかったんだよ。君の想いは、すべてが無意味でしかなかった』
酷く断定的な声音に、ナナリーが顔を覆った。消えていったブリタニア皇室よりも、明かされたゼロの真実よりも、打ちのめされていこうとしている兄に対する悲しみが募った。兄のつく嘘はすべての自分のためのものだと、ナナリーは理解していた。その優しさが今、根底から否定されようとしている。荒げる気配が伝わって、そのことが何より悲しい。自分は結局、兄の枷にしかなれなかった。
『・・・っ・・・俺はただ、ナナリーのために優しい世界を作りたかった! ナナリーが、スザクが、大切な人が笑っていてくれるならそれで良かったんだ! その幸福を奪ったのはおまえたちブリタニアだろうっ!』
『そうだね。すまない。だけど君はギアスを所持した時点で、父上と同じ奪う側に回ってしまった。君は人ではなくなったんだよ』
『この想いに意味は無いというのか! 他者を想う気持ちに・・・愛する者を奪われた痛苦に意味はないと!』
『ああ、意味はない。心に意味はないんだよ。何故なら、心は平等ではないのだから。だから人は、能力でしか人を量ることが出来ない。そして君は、その枠組みを飛び越えた』
『欲しいものがあった! 成すべきことがあった! かつての日本を取り戻し、その地で大切な者と共に暮らしたかった! 俺が望んだのはそれだけだっ!』
『だけど君の選んだ手段は間違っていた。君はギアスを手にした瞬間に、人の世界に生きることは出来なくなってしまった』
コーネリアが立ち上がった。ギルフォードを連れて拘束されていた部屋から抜け出し、斑鳩のコクピットへと向かって駆け出す。兄と弟の会話を、ただ黙って聞いていることなどもはや出来ない。ルルーシュではシュナイゼルに太刀打ちすることなど不可能なのだ。例えギアスという能力を有していようとも、彼はまだ幼いのだから。その心は柔らかなものであり、どんなに凍らせてみせようとも根底にある優しさを塞ぎ込むことは出来ず、それ故に苦しんできたのだから。ユフィ、と愛した妹の名を呼んで、コーネリアは走った。
すべての画面に、新たなモニターが映し出された。両目を赤く輝かせた少年が、時を止めて涙を溢れさせている。ルルーシュ、と何人かが名を呼んだけれども、それももう届かない。ゼロの仮面は砕け散り、少年の心は撃ち払われた。シュナイゼルが眉を下げ、すまないね、と告げる。止めろと叫んだスザクの意志を無視して、二発目のフレイヤが発射された。ランスロットの手を、紅蓮弐式の手を、神虎の手を、斬月の手をすり抜けて、それはただ蜃気楼だけを目指しゆく。少年が息を呑み、そして手袋に包まれた指先をキーボードに走らせる。噛み締められた唇が残像を描き、蜃気楼が高く舞い上がる。陣営を越え、雲を縫い、女神がそれに付随していく。
『・・・・・・して、み・・・よう!』
通信範囲を超えたのか、もはや画像は途切れ、砂嵐の中で声だけが聞こえる。それすらも擦れており、待って、という叫びがいくつもあがった。蜃気楼はすでに見えない。フレイヤさえも。ただ、少年の声だけが届く。
『証明、してみせよう! 人は心であると! 俺が消えても、俺の存在は他者の心に残るだろう! それが生きるということであり、世界であるということだ! 俺は化け物なんかじゃない! 少なくとも、心は、俺の心は―――・・・・・・っ』
一瞬だけ映し出されたモニターの中で、少年が緩やかに微笑んでいた。涙の跡を残しながらも瞳は柔らかに細められ、両腕を大きく広げている。彼が女神を抱き締めた瞬間に画面は白へと変わり、ドォンという激しい音が強く大気を震わせた。どんなに遠くか分からない。それでも確かに大きな爆煙が上がり、存在が潰えたことを皆に知らせる。蜃気楼の欠片さえ、手元に落ちてくることはなかった。
世界から神は去り、人だけが取り残されたのだ。
少なくとも、俺の心は人だった。
2008年8月3日