【「たおやかなる侵略」を読むにあたって】
この話は、R2第16話「超合集国決議第壱號」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
血は温かいから、だから冬場は与えられた傷を重宝するのだと。当然のことのようにそう話したC.Cに、ルルーシュは込み上げてくるものを堪えることが出来なかった。悲しみが、おそらくそう呼ぶべきものが心の中を占領していく。気づけば身体が震えていて、C.Cに気遣われるように顔を覗き込まれていた。虐待に慣れたその瞳を温かなもので満たしてやりたい。血などではなく、同じ赤でも暖炉の火のような、スープから上がる湯気のような、編み上げたマフラーのような、そんな優しいものでC.Cを包んでやりたい。
せめてと思い、ルルーシュは血の流れるC.Cの指に唇を寄せた。息を呑む音がしたけれど構いやしない。
「駄目です・・・っ! ご主人様が汚れてしまいます!」
「どうして。おまえの血だろう? 汚くなんてないさ」
皮膚の上で玉となっている雫を舌先で拭い、切り目を唇で吸い上げる。もう一度息を吸い込む音がして、嫌だったか、と顔を上げればC.Cが白い頬をうっすらと桃色に染めていた。かつての傲慢な魔女なら見せなかっただろう表情に愛しさが増して、けれどやはり寂しさが募ってくる。それでも彼女がC.Cであることに変わりはない。
「今、絆創膏を持ってくる」
微笑んで立ち上がる。救急箱を探しながら振り返れば、C.Cが血の拭われた指を大切そうに抱き締めているのが見えた。
たおやかなる侵略
超合集国の成立を宣言し、日本奪還の手配をしてしまえば少しの暇を得ることが出来る。もちろんブリタニア皇帝の帰還とそれによるナナリーへの危惧は何より憂慮すべき事柄だが、その件に関してはすべてをスザクに任せることにした。言われた通りひとりで枢木神社まで出向き、土下座して砂利を口にしてまで乞うたのだ。スザクが約束を反故する可能性も零ではないけれど、それはないだろうと何故かルルーシュは確信している。今になってようやく気づいたが、自分がスザクを疑うということはそうそうないのだ。おそらくこれは、信頼しているということなのだろう。自分を憎んでいる存在に対して皮肉だと感じながらも、そんな己がルルーシュは少しだけ誇らしかった。自分の中で枢木スザクは、やはり友達なのだ。
「それでは星刻、戦場でのナイトメアフレームの指揮はおまえに任せる」
「ああ。ゼロ、おまえは軍の指揮を執れ」
「蜃気楼は出来る限り温存しておきたい。ロロのヴィンセントを基にした新しい機体の量産にも着手した」
「それは急いでもらいたいな。おまえは存外ナイトメアフレームの操縦が下手だから、そんなCEOに戦場をうろうろされると気になって仕方がない」
「言ってくれる」
苦笑しながらも、ルルーシュは中華連邦ではなく黒の騎士団の総司令の地位についてくれた星刻に感謝をしていた。戦場で相対したからこそ分かる、その能力の高さ。自分に匹敵する策略家であり、スザクに相当するパイロットでもある。中華連邦のトップに立った天子のためにという意志の違いはあるけれども、今は限りなく頼れる味方だ。ありがたいと素直に思う。
「それよりも、ゼロ」
「何だ?」
「ちゃんと食事と睡眠は取っているのか? 昨日も食堂に顔を出さなかったと聞いているが」
「この私が食堂で食事をするわけにもいくまい」
「それなら私室に運ばせる。おまえは黒の騎士団のCEOだ。体調を万全に保つことはもはや義務であることを忘れるな」
「ああ、分かったよ。ありがとう」
礼を述べながらも、ルルーシュはそういえばと考えた。以前に食事をしたのはいつだったか。今朝は朝食はとっていない。C.Cも体調が優れないらしくヨーグルトだけを食べ、それを見ていたのは覚えている。昨日の夜は少しだけ寝た。恐縮してばかりのC.Cにベッドを譲ろうとして、それならご主人様も一緒に、と乞われて、結局のところ以前のように共に寝た。二時間経ったところで目が覚めて、ジェレミアからの報告に目を通した。昨日の夕飯は覚えていない。
しかし自覚してみても、己が空腹だという意識はない。星刻との話を打ち切り、ルルーシュは斑鳩の甲板へと足を運んだ。
「・・・・・・そうか、やはりヴィレッタは扇を取ったか」
「はい。崖から落ちた扇事務総長を庇った際に怪我を負ったため捕縛し、今は隔離室にて拘束しております」
「治療は?」
「最低限の程は」
「十分にやってやれ。日本侵攻の前に、一度会いに行く」
見上げる空は青くて、髪を揺らす潮風が少しだけ肌にべたつく。咲世子からの報告を聞きながら、ルルーシュは被りを振った。扇とヴィレッタの件に関しては自分にも問題があると思っている。少なくとも、扇を餌にヴィレッタを寝返らせたのはルルーシュだ。彼女が素直に協力してくれると言うのならいいけれど、そうでない場合は。その際の扇の行動を考えればまた悩みが増えて、思わず溜息を吐き出してしまう。
「俺は時々、自分がとても人使いが下手な人間だと思うよ」
「そのようなことはございません。ルルーシュ様は産まれながらの帝王ですよ」
「ならば生粋の外道ということか」
「それは」
「慰めはいい。最近、自分でも自覚してきている」
「それでは、例えルルーシュ様がどのような方であっても、この篠崎咲世子はあなたの僕であることも自覚なさってくださいませね」
「・・・・・・ありがとう、咲世子さん」
あなたが俺のメイドで良かった。思わずそう零せば、最強の戦士である咲世子はぱちりと目を瞬いて微笑んだ。自分よりもよっぽとポーカーフェイスの上手い彼女に、ルルーシュは感謝を込めて瞳を細める。その瞬間に強い海風が吹いて、足元が浮遊感に攫われた。マントを着ているのが悪いかもしれない。日本の伝統玩具の凧のようにふわりと持ち上げられる体感がして、糸はないのに、とルルーシュは変なことを思う。強く腕を掴まれて引っ張られる。倒れ込もうとしている先がグレーの甲板ではなく白いエプロンで、そのことに気づいたルルーシュは咄嗟に身体を回転させた。どん、と背中に衝撃が走る。
「・・・申し訳、ありません・・・?」
「・・・いや、こちらこそありがとう・・・?」
結局斑鳩から落ちることはなく、ルルーシュは甲板の上に倒れ込んだ。その腹の上で庇われる形となった咲世子が、驚いて目を丸くしている。彼女としては風に吹かれそうになったルルーシュを引っ張り、自らがクッションとなるつもりだったのだろう。しかしルルーシュが彼女を抱き締めて反転したことで、役割は交代してしまった。いたた、と呟いて上半身を起こすルルーシュの隣で、咲世子はまだ瞬きを繰り返している。
「ルルーシュ様、少し反射神経が良くなりました?」
「そうか? それならとても嬉しいんだが」
超人的な運動能力を持つ輩に囲まれて、少しばかり劣等感を覚えているのだ。スザクや星刻ほどとは言わないから、せめて一般兵並みには動けるようになりたい。そういえば現在のC.Cはどうなのだろう。出てくる時に顔色が悪かったので寝ていろと言ったのだが、ちゃんと言いつけを守っているだろうか。そんなことを考えながら咲世子と別れ、ルルーシュは蜃気楼専用のドッグに向かった。
ゼロとラクシャータの部屋からしか行き来することの出来ないドッグには、今は蜃気楼の隣にジェレミアの乗るサザーランドが鎮座している。そのコクピットには、ブリタニアの第二皇女であるコーネリアが、片腕を拘束されて身動きの出来ない状態で座らされていた。
「いい加減に食事をしてください、姉上。でないと衰弱して死んでしまいますよ」
「だったらこの拘束を解くんだな、ルルーシュ」
「無理を仰らないでください。外したが最後、あなたは俺を人質にとって脱出する気でしょう?」
「当然だ」
嘲笑に唇を吊り上げたコーネリアは、やはり自分の姉だ。こんな状態に追いやっているのが自分だと分かっていても、それでも昔から抱いていた敬愛は変えられない。溜息を吐き出し、近くの椅子を引き寄せる。膝の上に乗せた籠からサンドイッチを取って差し出せば、不可解に眉を顰められた。
「俺が作ったものです。姉上の口に合うかは分かりませんが、少なくとも毒は入っていませんよ」
「ルルーシュ・・・・・・おまえ、料理なんて出来たのか?」
「これでも苦労してきましたからね。もう家事全般は趣味のようなものです」
どうぞ、と重ねて勧めれば、しばしの後に拘束されていない方の手がサンドイッチを受け取る。コーネリアは間に挟まれている野菜をふんだんに盛り込んだオムレツをまじまじと見つめていたが、黙ったままパンの端に齧りついた。唇が閉ざされ、咀嚼する横顔を眺めながら、ルルーシュは少しばかり嬉しさを感じていた。今の自分が作ったものを、今の姉が食べてくれている。そこに過去からの関係を垣間見ることが出来た気がして、そのことがルルーシュを喜ばせた。
「苺とバナナを生クリームで挟んだフルーツサンドイッチもありますが」
「飲み物はないのか?」
「スープとコーヒーなら」
「コーヒーをもらおう。ミルクは」
「小さじ一杯、砂糖はひとつ、でしたか?」
「・・・・・・おまえは本当に、昔から変わっていないのだな」
「姉上こそ」
それからは無言が続いた。彼女の実妹であるユーフェミアを殺した自分は罵られても、それこそ殺されても当然だと思っていたが、コーネリアはルルーシュの作った料理を食べてくれている。目頭が熱くなって、ルルーシュはかすかに俯いた。母を奪われ、父に捨てられ、スザクに売られ、カレンに一度拒絶され、ナナリーさえ敵に回し、シャーリーすら喪い、C.Cですら失った。共にいてほしいと願った存在をことごとく奪われて、もはや理解など諦めたはずなのに、それでも心の底で願いが再び現れてしまう。こうして優しくされるとどうしようもない。やはり自分は彼女の前では弟でしかないのだと、ルルーシュは認識を新たにした。
「しばらくは窮屈な思いをさせてしまいますが、姉上の身柄は俺が保証します。あなたには傷ひとつ付けさせはしません」
「ふん、どうだかな。おまえは嘘吐きだから」
「嘘吐きもたまには真実を言いますよ」
苦笑しながら立ち上がり、脇に避けていた仮面を手にする。完全な密室内に光はなく、外に誰もいないのを確認してルルーシュはコクピットのドアを開いた。差し込んでくるのは蛍光灯だけだけれども、時刻はすでに夕方を示している。C.Cは大丈夫だろうかと思いを馳せたルルーシュは、かけられた声に振り向いた。
「ルルーシュ」
「はい?」
「おまえの左目は、そんな色の赤だったか?」
指摘されて仮面に己の瞳を写すけれども、薄暗いコクピットではただの濃い紅にしか見えない。おそらく、と返してからルルーシュはサザーランドを出た。待機していたジェレミアに指示を与え、ルルーシュはゼロの私室へ入った。
部屋では、ベッドで寝ていろと言ったはずのC.Cがソファーで毛布を被っていた。それでもルルーシュに気づくとすぐに起き上がり、「お帰りなさい」と表情を綻ばせる。その頬に指先を伸ばし、ルルーシュは眉を顰めた。
「まだ顔色が悪いな。頭痛は?」
「いいえ、ありません」
「腹痛や吐き気は? どこか違和感のあるところはないか?」
「いいえ、大丈夫です」
「無理はするなよ」
「はい。ありがとうございます、ご主人様」
些細な気遣いを本当に嬉しそうに受け取るから、ルルーシュもそれ以上は何も言えなくなる。相棒としてのC.Cに戻ってもらいたいと思わないでもないが、それは彼女にとって長年の孤独をも取り戻さなくてはいけないことなのだろう。だったら今のままでも構わないとルルーシュは考えていた。C.Cは不死を抱え、孤独の中を生きてきた。そんな寂しさは思い出さなくてもいい。そう思う。
「ご主人様・・・・・・?」
「何だ?」
「あの、背中にお怪我を・・・」
「ああ、さっき甲板で打ち付けてしまったから、それだろう。痣になっているか?」
「はい、うっすらとですが。痛くはありませんか?」
「大丈夫だ。すぐに治るさ」
着替えのために脱いだシャツを籠に放り、新たな一枚をクローゼットから探し出す。毛布を避ける音と、ひたひたという静かな足音が聞こえて、迷ってからそっと背中に添えられた手の平に、ルルーシュは動きを止めた。小さな手は背中越しにもたおやかで、そして体温が低いのか少し冷たい。やはり具合が悪いのかと考え、ルルーシュはC.Cを医療班に診せるべきか悩み始める。それ故に彼は気づけなかった。C.Cの手が、背中の痣をゆっくりとなぞったことに。
その手がかつて彼女の額に宿っていた印を描いたことに、ルルーシュは気づくことが出来なかった。
飲み込んだ一滴の血潮。食事睡眠を受け付けない身体、向上する能力、薄くなった左目の赤。そして刻まれていく背中の紋章。これらの意味に気づけなかった。気がついたとき、すでに神はこの身に宿り、そして彼女は。
2008年7月27日