グリンピースは翡翠のようだと、ルルーシュは思う。色鮮やかな緑はあたかも宝石のようで、手のひらで転がせばその愛らしさに笑みさえ浮かぶ。程よく炒めた玉葱はバターが手伝って黄金色だ。グリンピースを加えてチキンスープを注いで蓋をし、五分待つ間に使った包丁とまな板を洗って拭いておく。プロセッサーにかければうるさく音を立てるけれども、ざるを使って滑らかになるまで裏ごしする。牛乳と生クリームは純粋な白。塩と胡椒で邪魔をしない程度に味付けし、好みで小麦色のクルトンを飾ればそれで完成だ。グリンピースの冷製ポタージュ。
パプリカは炎のようだと、ルルーシュは思う。目に焼きつく赤はあたかも太陽のようで、蛍光灯にかざせばその鮮やかさに感心さえする。味のよく染みるナスと巨大なキュウリにしか見えないズッキーニは、一センチメートルの輪切りにして、大きいものは半月に。脇役の玉葱は根元を押さえて八等分のくし型にして、これまた赤いトマトの皮を湯剥きする。大きな黒い鍋に香り豊かなオリーブオイルを入れ、独特な味を出してくれるにんにくを炒める。野菜を加えて水分が出てきたら、アクセントとしてバジルとタイムを四回振り入れ、爽やかな風味にしてくれるレモンを絞り、後は柔らかくなれば完成だ。パプリカがメインのラタトゥイユ。
ベリーは難解だと、ルルーシュは思う。目に良いらしいアントシアニンを多く含んでいるけれども、使用用途は限られてしまう。メインの料理に使うことは難しく、デザートでしかその存在を発揮できない。すべての味を消すほどの強さがあるのに、酸っぱいものもあれば舌が焼けるほどに甘いものもあって、その勝手の悪さに眉を顰める。鍋を二つ用意し、片方に濃いピンクのラズベリーを、もう片方に深い紫のブルーベリーを洗って入れる。弱火にかけてふつふつと沸騰してきたら、砂糖とレモンと酒を加えて、少しばかり火を強めて煮詰まるのを待つ。ソースのようにさらりとさせるのも良いけれど、今回は二つともどろどろのジャムになるように加減した。胡桃をふんだんに入れたスコーンを焼いて、後日食べることにしよう。冷まして瓶に詰めれば完成だ。ブルーベリーとラズベリーのジャム。
黒胡椒は夜のようだと、ルルーシュは思う。削るとぱらぱらと落ちてくる様はあたかも宵の欠片のようで、詩的な光景に僅かに目元を和らげる。白身魚に振り掛ければ、すぐに全体に覆い被った。オーブンはすでに十分温めてある。切り目を入れた皮を上にして四分、ひっくり返して更に三分。もう一度返した皮目に柚子を数滴、隠し味にぽとりと落とす。香ばしく焼きあがった魚を少し深めの器に乗せれば完成だ。白身魚と胡椒のグリル。
フルーツは楽園のようだと、ルルーシュは思う。色とりどりの山はあたかも宝物のようで、眺めればその華やかさに息を呑まずにはいられない。前もって作っておいたタルト生地に、カスタードクリームを塗りたくる。シロップ漬けの桜桃と一癖あるパイナップル、小粒の巨峰は皮を剥かずにそのままで、メロンも少しだけ切り置いた。上からうっすらと甘い甘い蜂蜜を走らせれば完成だ。フルーツたくさんのカスタードタルト。
アボカドは眩しいと、ルルーシュは思う。蛍光色に似た黄緑はあたかも作り物のようで、包丁を入れればその滑らかさに納得さえする。種に行き着いたところでぐるりと刃を回せば、綺麗に二つに割ることが出来る。方法を知っていなければ失敗するだろう難しい扱いは、食べる人を選ぶかのようだ。スプーンで軽く潰してから、黄金色のレモン汁を加える。玉葱と生クリームを加えて混ぜ、アクセントにタバスコを少し。焼けたパンの横に添えれば完成だ。アボカドのディップ。
オレンジは子供のようだと、ルルーシュは思う。果汁100パーセントももちろん良いけれど、ジンジャーエールの苦味を加えることによってまた違う一面を引き出せる。何にでも合うバニラアイスを上に乗せて、度数の高いウィスキーを一滴垂らしたら完成だ。オレンジスカッシュ。
薄ピンクの器にグリンピースのソースを注ぐ。魚をよそった縁取りの黒い皿に、パプリカのラタトゥイユも盛り付ける。ブルーベリーとラズベリーのジャムには透明な蓋をした。八等分にしたフルーツタルトを純白の皿に一切れ取って、アボガドのディップには真っ黒の小さなスプーンを添え置いた。オレンジスカッシュは輝くガラスのグラスに飾る。
これで準備は終了だ。豪勢なる完璧なディナー。
テロリストの食卓
「ご馳走様でした」
フォークとナイフを揃えて、ルルーシュはテーブルナプキンで口元を拭った。すべて綺麗に平らげられた、彼自身の手による料理。まぁまぁだったな、とルルーシュは小さく呟いた。
人生とは料理であり、食事である。
2008年7月23日