【「それでも君を想うということ」を読むにあたって】

この話は、R2第15話「Cの世界」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































父親に絶対的な差を見せ付けられ、C.Cに一方的に契約を破棄され、強制的に戻らされた扉のこちらで、ルルーシュは石段に座り込んでいるV.Vを見つけた。緩慢に近づけば、自分が与えたとはいえ酷い怪我を負っている。覗き込んだ横顔は子供のもので、本当にかすかな呼吸に連れて帰ることを決めた。殺そうと、今は思えなかった。殺してしまえと、彼の中の何さえも囁かなかった。
ただすべてが煩わしく、それでいて終焉に向かわなくてはいけない義務だけを、そのときのルルーシュは感じていた。





それでも君を想うということ





嘘で作られた子供なのだと、皇帝の吐いた言葉は当たっているとルルーシュは思う。所詮自分など、嘘と偽りで構成された人間だ。言い訳をするわけではないが、そうしないと生きてこれなかった事情くらいは考慮してもらいたい。そもそも自分で突き落としたくせに、と考えたところで失笑する。なるほど、この思考回路がいけないのだろう。嘘をつくことを選んだのは自分自身。切り替えて納得し、ルルーシュはひとつ頷く。
「・・・・・・僕を殺さないの?」
「何故?」
「僕は、君から多くのものを奪った。憎むべき敵だ」
「そうだな。だが、おまえはもう不老不死ではないのだろう? あの男にコードを奪われ、もはやいつ死んでも可笑しくはない身体だ。だったら俺が手を下すまでもない」
ギアス嚮団の跡地から撤収し、ルルーシュたちは斑鳩に戻ってきている。C.Cの代わりに瀕死の子供を連れ帰ってきたゼロに多くの猜疑が向けられたが、彼は何も説明せずにV.Vを治療するようにとだけ命令した。怖れるべき存在に顔色を失ったロロの頬を優しく撫で、「大丈夫だ、おまえは俺が守るから」とフォローして指揮官室に戻る。治療を終えて運ばれてきたV.Vをベッドに寝かし、ルルーシュはゼロの仮面を外した。考えるべきことが多すぎて、逆に考えることを放棄してしばし。目を覚ましたV.Vは、力のない瞳でルルーシュを見上げた。
「・・・っ・・・」
「動くと死期が早まるぞ?」
寝返りをうとうとして痛みに顔を歪めたV.Vに、ルルーシュは小さく笑う。けれど彼はすぐに椅子から立ち上がり、ベッドの脇で腰を屈めて、V.Vの小さな肩に手を添えた。力を込めながらも痛みを与えない所作は、ルルーシュがそういった介護に慣れていることをV.Vに教える。そういえばナナリーは足が不自由だったっけ、と今更ながらにV.Vは一年前に攫った少女を思い返した。
結局、寝ているのではなくベッドの上で上半身を起こした。ほつれた背中の髪を直してくれる指先は優しくて、何だろう、とV.Vは思う。差し出されたマグカップの中身はホットミルクで、ふわりと香る蜂蜜に苦笑してしまう。自分はルルーシュの伯父で、すでに年齢は六十を超えているというのに、この見掛けに合った子ども扱い。ふふ、と笑みが漏れてしまった。眉が歪んでしまっているのを、V.V自身自覚している。
「君は優しいね、ルルーシュ。マリアンヌにそっくりだ」
「・・・母上に?」
「うん。マリアンヌも優しかった。不老不死の化け物でしかない僕にも、C.Cにも。そしてシャルルにも」
ふう、と息を吹きかければ、薄く張っているミルクの膜が揺れた。熱いのを覚悟して口をつければ、丁度良い温度と甘さがV.Vの喉を潤していく。やっぱり優しい、とV.Vは瞳を綻ばせてカップの淵を眺めた。
「マリアンヌは、とても美しい女性だったよ。容姿だけじゃない、その本質が美しかった。優しさに溢れ、強さに満たされ、周囲のものを包み込んでくれる、その温かさにシャルルは惹かれた」
「・・・・・・」
「守られたいと、思ったのかもしれないね。シャルルはブリタニアの皇帝であり、誰よりも強い立場にいなくてはならない人間だったから。だからマリアンヌに救いを見い出し、甘えたいと思ったのかもしれない」
「あの男がそんな惰弱なものか」
「男はえてしてそういう生き物だよ。君にも覚えがあるんじゃないの?」
からかいを滲ませてみれば、整った眉が不愉快だと分かりやすく跳ねて伝えてくる。V.Vからすれば、ルルーシュは酷くシャルルに似ている。生まれながらに他を統べる支配者であり、傲慢なカリスマと隠された弱さを備えている。それでいてルルーシュは母であるマリアンヌにも酷似していて、それが悲哀に繋がっているのだとV.Vはここに来てようやく気がついた。どちらかに偏っていれば楽だっただろうに、踏み躙る攻撃者の資質と慈しむ守護者の資格と、ルルーシュは相反する二面を抱いてしまった。
「おそらくマリアンヌもそんなシャルルの望みに気づいて、そして受け入れて妻になった。睦みあう二人は、君は認めたくないかもしれないけれど、本当に仲が良かったんだよ。見ているC.Cと僕が幸せになれるくらいに」
「それでも母は死に、あの男は何もしなかった」
「うん。ごめんよ、ルルーシュ」
「何でおまえが謝る」
「だって僕はシャルルのお兄さんだから」
だからごめんね、ともう一度告げれば、ルルーシュの顔がくしゃりと歪む。手を伸ばして頭を撫でてやりたかったけれども、今は中身の入ったカップを持っているし、短い子供の腕の届く範囲にルルーシュがいなくて、V.Vは諦めなければならなかった。それにおそらく、自分に触れられることをルルーシュは嫌がるだろう。そう考えるとV.Vの胸がちくりと痛む。だからか、余計なことまで口走ってしまった。
「マリアンヌはね、とても綺麗だったよ」
「・・・・・・V.V、おまえ」
「とても美しかった。僕は、マリアンヌより綺麗な人を他に知らない。彼女は本当に優しい女性だったんだよ」
今でも瞼の裏に甦る、優しさ。伸ばされた手に縋ってしまいたかった。それはきっと自分だけでなく、C.Cも。
「だけど僕はお兄ちゃんだからね。シャルルが少しでも幸せになってくれるなら、それで良かったんだ」
ルルーシュが目を瞠った。ホットミルクをゆっくりと全部飲み干すと、底に溜まっていた蜂蜜が後味を残して融けていく。ありがとう、美味しかったよ、とカップを返せば、ルルーシュは何も言わずに受け取った。その黒髪を美しいと思う。その紫の瞳を、紅の瞳を美しいと思う。白皙の横顔を、頼りない手足を、内に隠されている激情と愛情を美しいと思う。ああ、とV.Vは嬉しくなってしまった。ルルーシュは間違いなく、シャルルとマリアンヌから産まれた子供だ。V.Vの愛した二人の子供。
「君は美しいね、ルルーシュ。とても綺麗だ」
「っ・・・俺は綺麗じゃない!」
「そんなことないよ。君はとても美しくて優しい」
「違う! 違う、俺は・・・!」
「強さや弱さが、人を決めるんじゃないんだよ。勝っても負けても未来はあるんだ。得たって失うものはあるし、失ったって得るものはあるんだよ。大丈夫だよ、ルルーシュ。君は間違っていない」
「・・・っ・・・!」
言葉を重ねれば、ルルーシュはただただ否定に被りを振る。椅子に座ったまま俯いてしまった黒髪を見つめ、V.Vはベッドから這い出ようと足を動かした。途端に痛みが全身を貫くように走る。コードを失った背中は宿命から解き放たれて軽いはずなのに、それでも手足が重くて仕方がない。心臓がブリキのように歪で、終わりがそう遠くないことを知る。それでも今やるべきことのために、V.Vは痛みを堪えて立ち上がった。
冷たい床に、爪先を着ける。うまく立てなくてふらついてしまった。一歩前に進む。傷に息が荒げる。それでも手を伸ばして、必死に、V.Vはルルーシュに近づいた。大丈夫だよ、と囁くように願いながら伸ばした手で黒髪を撫で、びくりと震えられたけれども撥ね付けられないことに喜びを覚えて、そっと優しく掻き抱く。
「幸せになってもらいたい。それだけだったんだよね」
ルルーシュが今どんな言葉を欲しているのか、V.Vには手に取るように分かった。それはかつてV.Vが欲していて、そして生涯手に入れることの出来なかった言葉だ。
「笑っていてくれたら、それだけで良かったんだよね。そのためならどんな嘘でもつけた。どんなことでも出来た。それで幸せになってくれるなら何だってする。そう思っただけなんだよね」
「・・・V.V・・・っ」
「大丈夫だよ、ルルーシュ。君は間違っていない。誰が否定したって、僕だけは肯定するよ。君はただ愛しただけ。マリアンヌを、ナナリーを、大切な人を愛しただけ。例えどんな結果が導かれようとも、その想いは決して間違ってなんかいない。尊いよ。君はいい子だ」
嗚咽を堪える黒髪を抱き締めて、いつしかV.Vは自分も泣いていることに気がついた。涙なんて何十年も流していなかったというのに、ここにきてようやく悟ってしまった。この世で最も信頼できるのは兄弟だと思っていた。だけど、そんなことはないのだ。人は誰だって独りよがりだ。弟のためと言い張った自分も、兄を殺して望みを叶える弟も、そのどちらもが間違っていない。ただ、何かを想った結果が今へと繋がっただけ。
ごめんよ、シャルル。ルルーシュを抱き締めながら、V.Vは詫びた。同志だと誓ったのに、同志ではなかった。だけどどうか分かってほしい。ただ、守りたかっただけなのだ。
小さな手を動かし、V.Vはルルーシュの頬に添えて上向かせる。涙で熱を帯びた肌は、血の引き始めているV.Vにとって炎のように熱かった。前髪を払って額を合わせる。願うならより強い力を与えてあげたかったけれど、もうそんな余力も残っていない。だからせめて、V.Vは言葉を連ねた。まだ戦わなくてはいけない甥に、せめてもの励ましとなるように。
「好きな道を選んで、ルルーシュ」
微笑みはうまく作れただろうか。笑顔なんてもう何年も浮かべていないけれど、笑えていたらいいと思う。
「C.Cを取り戻そうと、シャルルを殺そうと、日本を復権させようと、何をしてもいい、君の好きなようにすればいい。否定に意味なんてないんだよ。君の想いは間違っていないのだから、好きなように生きればいいんだ。だって僕たちは願っただけだ。大切な弟妹の、幸せな笑顔を」
「・・・・・・伯父、さん・・・」
「そう呼んでくれるんだね。嬉しいな」
瞳を合わせようとして、視界が掠れていることにV.Vは気がついた。四肢から力が抜け始め、崩れ落ちかけたところをルルーシュが抱き留めてくれる。温かいなぁ、とV.Vはぼんやりと思った。マリアンヌに触れたことは無かった。シャルルと触れ合ったことも、もう何十年とない。思えば隣に立ち合うだけで、互いを見ることなんて忘れていたようにさえ思う。ルルーシュの焦った顔が見える。
「泣かないで、ルルーシュ」
手を伸ばしたいけれど、今度こそ腕は動かない。
「泣かないで、ルルーシュ。・・・・・・笑って。笑顔が見たいよ、君の」
「伯父、さん」
「そう。いい子だね、ルルーシュ。もっと君を愛してあげたかった」
シャルルに似た子供を、マリアンヌに似た子供を、それでいて自分とC.Cの流れを継いでいる子供を、もっと愛して守って慈しんでやれば良かった。後悔ばかりが浮かんできて、悔やんでも悔やみきれない。それでも迎える最期が穏やかなのは、きっとルルーシュの腕の中にいるからだろう。自分と同じ道を歩んでいるこの甥が笑顔であればいい、そう思う。
「・・・・・・何だか、眠いや」
ゆるりゆるりと、眠りの淵が脳の奥からやってくる。瞼を開いているのが億劫になってきて、身体をすべて委ねてしまう。自分を抱き締める腕が強くなって、傷に響くはずなのに痛みすらなく、V.Vは残る力を振り絞ってルルーシュの肩に己の頬を摺り寄せた。
「少し・・・寝ても、いい? 起きたら、また、ルルーシュの入れてくれた、ミルクが飲みたいな」
「っ・・・・・・ああ。いくらでも入れてやる」
「あり、がとう。ごめん、よ、頼りない、伯父さ、んで」
そんなことない、という声が聞こえた気がするけれども、もう耳すら機能していない。ついに瞼を閉じれば、浮かんできたのは懐かしい一面だった。湖まで遠乗りをしたあの日。C.Cもマリアンヌもシャルルも、そして自分も一緒だった。愛していたんだよ、大切なんだよ。だから嘘をついてでも守りたかったんだ。そう請う言葉さえ偽りだと切り捨てられてしまうだろうか。それでもせめてこの甥だけは自分と同じ末路を辿らないよう、V.Vは祈りたくて仕方が無かった。
「・・・・・・ごめん、よ・・・シャルル・・・」
最期まで自分を殺す弟の名を呼び続けたV.Vの亡骸を、ルルーシュは抱き締めて泣いた。
大切な人を守りたいと愛する気持ちに、嘘なんて欠片も無かったのに。





第15話、アーカーシャの剣内での声が反響して聞きづらく、半分くらいスルーでした・・・。
2008年7月20日