【「愛しい人が愛した未来へ」を読むにあたって】

この話は、R2第13話「過去からの刺客」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































ルルーシュが銃口を下ろした。膝を着き、ゆっくりと両腕を伸ばして抱き寄せる。ロロの瞳から大粒の涙が溢れ出して、ごめんなさい、という叫びが嗚咽と共に何度も何度も紡がれた。ルルーシュはただ、労わるように弟の髪を撫で続ける。スザクはその様をずっと眺めていた。
ルルーシュは、ロロを赦した。





愛しい人が愛した未来へ





青い空の下、本来の彼のあるべき場所にルルーシュは立っていた。アリエスの離宮は八年の時を経てなお美しさを保っており、その様はルルーシュに母であるマリアンヌを思わせた。緑の庭を、赤い薔薇が咲き誇るように彩っている。もはや知っている。この場所を維持してきたのは、ルルーシュの父であるシャルルだった。こんな形でしか表現できない人だったのかと、今更ながらに理解して苦笑する。
「・・・・・・本当に行くのかい、ルルーシュ」
薔薇の花に手を伸ばす。父が母のために咲かせただろうそれを手折ることに躊躇して、けれど一輪だけ貰うことにした。ありがとうございます、父上。心中で礼を述べてルルーシュは香りを嗅ぐ。
「君の本来いるべき場所は、このブリタニア皇室だろう」
「そうだな。確かにルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは皇室にいるべきだった。だけど、俺はもう違う。ただのルルーシュだよ」
振り向けば難しい顔をしているスザクがいて、ルルーシュは困ったように小首を傾げる。薔薇の花を手の中でくるくると回して、綺麗だ、と純粋に思う。
「父上は、もう亡くなった。・・・・・・俺が殺した。V.VはC.Cが命を懸けて葬った。後は俺たちが表舞台から消えて、そのまま静かに生を終えれば、ギアスはこの世から消えてなくなる」
「だったらこの離宮でもいいじゃないか」
「無理さ。皇室の醜さは、スザク、おまえも分かっているだろう?」
スザクが顔を歪め、ルルーシュは少し笑った。皇帝だったシャルルをはじめ、ブリタニア皇族は今やかなりの数を減らしている。クロヴィス、ユーフェミア。そしてギネヴィアやカリーヌ。ゼロはシュナイゼルさえ討ち、実際に皇族として表舞台に立てているのは、第一皇子であるオデュッセウスと第六皇女であるナナリーだけだ。
「皇族だけに言えることじゃない。人は人と関わることで嘆き、悲しみ、怒りを覚える。その一方で慈しみや優しさを感じ、愛することを知る。俺はそれらを愛しいと思う。人は人と関わることで、生きることを学ぶものだ」
「だったら」
「だけど、俺たちは行かなくてはならない。ギアスをもう誰にも利用されないために、すべてから姿を隠さなくては。それはおまえだって分かるだろう?」
「分かるよ。分かるけど」
「おまえは優しいな、スザク」
微笑んだルルーシュに、スザクは拳を握り締める。礼服のマントが風になびいて、視界の隅でひらひらと思考を遮る。
優しいのはルルーシュだと、スザクは思う。彼はロロを赦したのだ。少なからず愛しさを抱いていただろうシャーリーを殺した彼を、ルルーシュは赦し、抱き締め、そして共にこれからの時を生きようとしている。最後の最後まで、仇を見つけ出し、そして殺してやると息巻いていたのに、ルルーシュは結局ロロを赦したのだ。どうして、とスザクは思わずにはいられない。
「どうして、君は」
ルルーシュが顔を上げる。
「どうして君は、ロロを赦すことが出来るんだ。シャーリーを殺した彼を。どうして」
ルルーシュの、シャーリーへの愛が薄かったとは思わない。ギアス嚮団を前に、共に戦うことになった短い時間の中で、彼は話してくれた。シャーリーに何をしたのかを、シャーリーが何をしてくれたのかを。記憶を取り戻した彼女は、それでも自分を好きだと言ってくれた。そのことが涙が出るほどに嬉しかったのだと、ルルーシュは語った。俺という存在に気づいてくれた、たったひとりの人だった。そう告解する彼の横顔に、スザクはユーフェミアを思い出した。彼女はスザクの存在を救ってくれた。スザクの孤独に気づいてくれた。スザクにとってのユーフェミアが、ルルーシュにとってのシャーリーだったのだ。愛がなかったとは思わない。
「何で君は赦せるんだ! どうして!?」
自分はまだ赦すことが出来ないでいるのに。そう思った声は聞こえなかっただろうに、ルルーシュはただスザクを見つめて、優しく微笑み続けている。赤い薔薇を大切そうに、その手に握って。
「その答えは簡単だ、スザク。俺がロロを受け入れたのは、シャーリーが俺を受け入れてくれたからだ」
「え・・・・・・?」
「シャーリーは俺を赦してくれた。だから俺は、ロロを赦す。俺がロロを殺すことを、きっとシャーリーは望んでいないと思ったから」
だから俺はロロを殺さないし、これからずっと、きっとシャーリーがロロを好きだった分も含めて、彼を弟として愛して生きていく。
薔薇に視線を落として、ルルーシュはそっと唇を寄せる。そのキスは誰に贈られたものなのかスザクには分からなかったけれども、所作が慈しみに満ちていることだけは理解できた。ルルーシュは、ロロを赦した。シャーリーを愛しているからこそ、ロロを赦した。ユーフェミアの最期の顔が浮かぶ。
「・・・・・・僕は、赦せない」
ああ、とルルーシュが頷いた。スザクは拳に力を込めて、彼から視線を外す。
「僕は赦せない。ユフィの未来を、ルルーシュ、君が奪った! その事実を僕は赦せないっ!」
「分かっている。俺とおまえは別の人間だ。おまえが俺を赦す必要はない」
大丈夫だ、とルルーシュはもう一度頷いて、そっとスザクに近づく。薔薇を持つのとは逆の手を伸ばして、騎士服に包まれている肩に乗せる。振り払われずに、動揺もされずに、触れることを受け入れてもらえることで十分なのだと、そう感じていることにスザクは気づいていないだろうと考えながら。
「ナナリーを頼む」
今度は互いの意志で離れることになった。ナナリーは自らブリタニア皇室に残ると言い、少しでも世界の役に立てたらと己の役割を望んでいる。少しずつ強く、逞しくなってきた妹がルルーシュは誇らしかったし、寂しくもあった。
「カレンや藤堂たち、日本を頼む。それと中華連邦のことも」
「・・・・・・分かってるよ。ブリタニアは、もう侵略を行わない。オデュッセウス皇帝陛下とコーネリア宰相の下で、他国との友好関係を模索していく」
「ありがとう。すべて押し付けることになってしまってすまない」
ルルーシュの手がスザクの肩から離れる。すでに彼はゼロの装束でもアッシュフォード学園の制服でもなく、シンプルな私服に身を包んでいた。皇族にしては地味なそれは、一般人に混ざってしまえばきっと分からなくなってしまうだろう。両方赤く染まってしまった瞳は、今は特別なコンタクトレンズで隠している。懐かしいな、とルルーシュは空を見上げた。
「懐かしいな。昔もこうやって、おまえと空を見上げた」
つられるようにスザクも顔を上げ、過去を振り返る。戦いを知るよりももっと前、枢木の屋敷で見た空も今日のように真っ青だった。
「あれから、いろんなことがあった」
「・・・・・・そうだね。僕も君も、多くのものを失った」
「ああ。だけど多くのものを得ることも出来た」
「僕はそうは思えない。失ったものが多すぎて、そのことをまだ引きずっている」
「過去は無理に流すものじゃないさ。ましてや忘れるものでもない。だけど俺たちは、今こうして生きている」
遠くから気配が二つ近づいてくる。視線を下ろしてそちらを見やれば、同じように地味な服装に身を包んでいるロロとジェレミアの姿があった。
ロロはルルーシュと目が合うと、その眼差しを少しだけ伏せる。赦されたとはいえ、赦されたからこそ罪悪感が大きくなってしまっているのだろう。その罪とこれから向き合うことがロロにとって必要であり、それを隣で支え続けるのが自分の役目だと、ルルーシュは語った。
大きなトランクを両手に提げて、ジェレミアが深く一礼する。左目の機器が光を浴びて輝いており、彼が異形のものに身をやつしているのだと示していた。それでもジェレミアは俺の身内だと、ルルーシュは笑った。彼ら三人はギアスを持つ最後の者として、これからギアス嚮団の跡地に行き、そこで世界と関わることなく余生を全うして、誰にも知られることなく死んでいくのだ。そしてようやく世界は通常を取り戻す。
「スザク」
ルルーシュが右手を差し出した。素手のそれを眺め、少し迷った後でスザクも己の右手を差し出す。触れ合った力は強くないけれども、二人は確かに握手を交わした。
「お別れだ。どうか元気で」
「・・・・・・ルルーシュ、君も」
「ありがとう」
ゆるりと微笑んで、ルルーシュは握っていた手を放した。赤い薔薇を一輪、大切そうに握ったままスザクの横を通り過ぎ、ロロとジェレミアの元へと向かう。少しずつ遠ざかっていく足音を聞きながら、スザクは己の手のひらを見下ろしていた。
ユーフェミアと最期、触れ合っていた手を思い出す。だんだんと熱が失われて、冷たくなっていくそれが悲しかった。だけど今触れたルルーシュの手は、温かかった。握り締める、自分の手も温かい。そんな簡単なことを忘れてしまっていたのだと、今更ながらに気づく。
「―――いつか!」
叫びに、ルルーシュが振り向いた。彼の右隣でロロが、左隣でジェレミアが振り返る。それでもスザクは手のひらを握り締めて、ルルーシュだけを見つめた。力を緩めれば泣き出してしまいそうだった。
「いつか・・・っ・・・会いに行ってもいい・・・!? 赦せる日が来たら・・・・・・僕が、僕と君を赦せる日が来たら!」
「・・・・・・ああ」
笑ったルルーシュの顔が少し歪んでいたのは、もしかしたら彼も泣き出すのを堪えていたからかもしれない。小さく頷いて、ルルーシュはスザクの名を呼んでくれた。
「ありがとう。・・・・・・いつまででも、待っているよ」
芝生を踏みしめて、三人は去っていく。その後ろ姿が視界から消えるまで、スザクはずっと見送った。赦せないのではない、赦さないのだと、シャーリーはスザクを指摘した。だとしたらいつか、受け入れることの出来る日が来るのかもしれない。憎しみも、愛しさも、悲しみも、優しさも、そのすべてを心の中に抱き締めて。
スザクは空を見上げた。明るい太陽が、彼らの未来を照らしていた。





第13話、オレンジが一瞬で愛しくなりました。ルルーシュの孤独に気づいたのは、やっぱりシャーリーでしたねぇ。スザクにとってはユフィ殺害>ゼロなのだと分かりました・・・。
2008年7月6日