【「月に吠える」を読むにあたって】
この話は、R2第11話「想いの力」のネタバレを含みます。
とは言っても今回はほとんどない、と、思いますが、それでもネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。
加えてルルーシュが女の子ですので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
純粋な悪ではないと思った。少なくとも、計算を含めてだろうと相手の心を慮る器量はある。なるほど、リーダーに相応しいと認めたからこそ、対等の相手として星刻はゼロを扱った。少なくとも、今後の中華連邦にとって黒の騎士団が最大の共闘者になることは確実なのだ。だからこそ隠し事は無しだと決意し、彼は己の病を語った。
「私は、病魔に侵されている。この命はもって二年だ」
二年の間にどこまで国を建て直し、天子を施政者として導けるか。時間はどう考えても足りない。だからこそ自分が死んだ後、星刻はゼロに頼らざるを得ないと考えていた。ゼロの政治的才覚は認めている。彼なら手段はともかく、天子を導くことが出来るだろう。
決意を込めた眼差しに、ゼロはしばし沈黙していた。しかし彼は無言のうちに手袋に包まれた両手を挙げ、そっと己の仮面にかざしたのだ。星刻ははっとして背後を振り返り、扉がしかと閉じていることを確認する。視界の隅で、黒く短い髪が舞った。
「俺の―――私の名は、ルルーシュ。ルルーシュ・ランペルージ。そしてブリタニア帝国第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
変声機を通さずに発された声は、高い少女のものだった。マントの下の身体は胸を何かで潰しているのか平らだったけれども、瞳を見れば分かる。ゼロは、女。考えもしなかった事実に、星刻はただ目を瞠った。
ゼロは、美しい少女だった。
月に吠える
大宦官が一掃され、中華連邦は新たな政治の建て直しを余儀なくされている。天子はまだ幼いけれども、それでも彼女が頂点に立つことはもはや当然であり、誰もがそうと疑っていない。玉座に座る彼女の両脇を、星刻や洪古、香凛などが固める。再建には時間がかかるだろうが、それでも大宦官が専横していた以前よりも、良い国に出来る自信が星刻にはあった。過去のどの時代よりも素晴らしい、中華連邦の黄金期を築いてみせる。その礎となって、自分は死ぬ。星刻はそう思っている。
「黒の騎士団への協力はしよう。だが、政治への干渉は不要だ」
「分かっている。俺がおまえたちに望むのは、嚮団の場所の特定と、対ブリタニアでの援護のみだ」
何度も行っている確認をすれば、ゼロは変わらぬ言葉で星刻に応えた。武官から官僚へ転身し、忙殺されている中でも星刻は時間を作っては黒の騎士団のアジトである斑鳩を訪れている。それは今後の様々なことに対する微調整を行うためであり、ゼロと話をするためでもあった。正体を晒したからか、ゼロはもはや星刻と会う際は己の私室に彼を通し、仮面を外して応対している。
「紅月花蓮の情報に関しては、ブリタニアに潜入している情報官から明日報告が入る。ナイト・オブ・セブンの監視下にあるらしく、手荒な応対はされていないらしい」
「そうか。神虎はもうすぐ修理が完了する。そうしたら持って帰るといい」
「礼を言う」
「おまえに素直に感謝されると、違和感があって困るな」
くすりとゼロが唇を吊り上げると、彼女を取り巻く雰囲気が、途端に花開いたようなそれに変わる。聞いた年齢は十八らしいが、どこか厭世的な空気を漂わせるゼロは、もはや少女というにはあまりに大人びて星刻の目に映った。天子の無垢とは真逆の、世界の汚い面をすべて知ってしまったかのような、そんな諦観に似た愁いをゼロは全身に帯びている。それでも仮面さえ被れば、彼女は勝利をもたらす最高のテロリストを演じてみせるのだ。そういった面を知る度に、星刻は己の度量の狭さを実感せざるを得ない。
「カレンに関しての報告は、悪いが携帯の方に入れてくれ」
椅子から立ち上がり、ゼロはクローゼットを開く。そのあまりの気安さに眉を顰め、星刻はソファーの上で彼女に対して背を向けた。小さく笑い声が漏らされ、紳士だな、という言葉をかけられる。しゅるりとリボンタイを解く音がして、星刻は決して見ないよう瞼を下ろした。
「そう何度も代役を立てていれば、いずれ黒の騎士団の面々にも不審に思われるのではないか?」
「C.Cがうまくやってくれるさ。それに、おそらく藤堂は気がついている。それでも何も言ってこないということは、少なくとも今のところは信用されているということだ」
「おまえは、もっと仲間を信じるべきだ。私にはそう語ったくせに、自分は隠し事ばかりをしている」
「ゼロの正体が女子学生だなんて知られれば、間違いなく士気に影響が出る。しかもブリタニアの元皇女だなんて、それこそ世界を揺るがすスキャンダルだ」
「才能に、年齢も性別も関係はない」
「そう言ってくれるから俺はおまえが好きだよ、黎星刻」
もういいぞ、と言われて瞼を開けば、ブリタニア風の制服に着替えたゼロが手首に腕時計を嵌めているところだった。クリーム色のジャケットはタイトで、彼女の豊かな胸の形を鮮明に現している。短いスカートから覗く太腿は白く、細いふくらはぎはソックスに覆われている。学生鞄の中身を確認している様はどう見てもただの学生で、だからこそ斑鳩の総指揮官の私室には相応しくない。星刻は立ち上がり、ゼロへと一歩近づく。
「曲がっている」
「え? ああ、すまない」
僅かに弛んでいたネクタイに手を沿え、正しく結びなおす。こうした格好を前にすると、ゼロはやはりブリタニア人なのだと再認識してしまう。どこか紫を含んだ黒髪は日本人にも中華連邦民にもありえなく、深い瞳の色はまるで宝石だ。美しい少女なのだと、星刻は認めている。彼女は携帯電話をチェックして眉を顰めた。
「どうした?」
「いや、ロロからの連絡だ。今度の三連休に、自分も斑鳩に来たいと」
告げられた名前は弟のものであり、そして弟ではない者のそれだと聞いている。複雑な事情が絡み合って、ゼロは今までその柵の中を上手く動き生きてきた。話を聞いたときには愕然としたものだ。幼い頃に天子に命を救われ、官僚から武官へと転身した星刻などとは比べ物にならないほどの、荒波に揉まれるような人生をゼロは生きてきている。
「それとジノからだ。今度の週末に水族館に行かないか、と。学生をやるのも大変だな」
「・・・・・・ナイト・オブ・スリーだろう? 本当に大丈夫なのか?」
「心配いらないさ。スザクはカレンの対処で忙しくて復学はしてないし、おそらく俺がゼロだということをジノとアーニャに話していない。話せば皇帝のギアスやら何やらについてすべて説明しなければならないし、その権利はスザクにはないからな。だから自然と、ロロが機密情報局の人間であることも奴らは知らないだろう」
「そうではない。気を張り巡らさなくてはいけない日常に戻って、何の意味があるのかと聞いている」
「アッシュフォード学園は俺の拠り所だ。いつかすべてを終えて、みんなであそこに帰りたい」
「戦場は仮初めだと言うのか」
「違う。だけど分かるだろう、星刻。想う存在があるからこそ、人は強く在れるのだ」
見上げてくるゼロは、確かな意思をその瞳に乗せている。ブラックリベリオンの際に聞いていた風評と、今目の前にいるゼロと、それらは大きく異なっていた。約一年の間に彼女は何を得て、何を失い、何に傷ついてきたのだろう。歪んだ星刻の顔に気づいたのか、安堵させるようにゼロが笑った。
「心配するな。俺は黒の騎士団を見捨てない。だからおまえは、天子と中華連邦のことだけを考えていろ」
「・・・・・・分かっている」
答えは常に肯定なのに、自分のするべきことは他にあると分かっているのに、それでもゼロに惹かれてしまう自分を、星刻は確かに感じていた。自分なら彼女を理解することが出来るという確信が、何故か星刻の中にあったのだ。
戦場に立つゼロの、その手腕を知っている。悪さえも利用して悪と在る、その思想を知っている。頭脳では劣らないという自負を抱えてはいるけれども、その発想の違いは確かにゼロを自分より一段上の世界に押しやっている。それでも自分ならばゼロと対等になりえると、星刻は確信していた。自分はゼロの力になれる。彼女と共に戦場に立ち、ブリタニアと相対できる。二人揃えば、策は二乗にも三乗にもなるだろう。武人としても自分は彼女を守ることが出来る。ナイト・オブ・ラウンズにも負けはしない。そう、確信している。
黎星刻は、ゼロの、ルルーシュの隣に立つことが出来る。彼女を理解し、支え、時に涙する肩を抱き締め、立ち上がる背を押し、安らぐ眠りを保つことが出来る。何故か星刻は確信していた。
自分が並び立つべき存在は、今目の前にいる少女なのだと。
「迷うな、黎星刻」
強い声音に、星刻はびくりと肩を震わせた。紫電の瞳が厳しく自分を見上げてきており、いつの間にかその首筋に添えてしまっていた手に気づき愕然とする。ブラウスの合間に僅かに指を滑らせているそれは、完全に無意識の産物だった。自分が本当に望んでいるのは何なのかをまざまざと突きつけられた気がして、己自身に呆然とする。それでもゼロは叱責せずに、ただ星刻を見上げ続けた。
「迷うな、黎星刻。おまえは何のために今までを生きてきた。残された僅かな時間、それを使う相手は決まっているだろう? 俺ではなく、天子だ。違うか?」
「・・・っ・・・」
「揺るぐな。おまえは今までどおり、天子のためにあればいい」
ふわりと浮かべられる笑みは、女のそれだ。しかし支配者であり、指揮者でもある。天子から向けられる純粋な思慕とは違う、理解できる者同志に通じる意図を含んだもの。だからこそ星刻は手を放さざるを得なくなり、ぎこちなくゼロから離れた。指先から熱が逃げていく。
「・・・・・・次の戦いには、私も参加する。紅月の穴埋めくらいは出来るつもりだ」
伏せた眼差しと掠れた声に、分かった、とゼロは微笑んで鞄を掴んだ。忘れ物がないかを確認して、私室から直接繋がる蜃気楼のためのドッグに向かう。短い髪とスカートの黒が翻って、星刻はまた視線を逸らした。
「おまえの時間がもっとあったら、と、思わないこともない」
澄んだ声にはっとして顔を上げる。細い身体はエレベーターに入り、ローファーの踵を鳴らしてゼロは振り向いた。綺麗な瞳が星刻を違うことなく見つめており、少しだけ傾げられた首筋の白さが目に焼きつくようだった。
「だけど俺は、戦場に立つ男とは恋をしないと決めたんだ。おまえたちはいつだって、俺を置いていってしまうから」
「ゼロ」
「縋るのには、もう疲れた。だから俺はもう恋なんてしない。愛があれば十分、この世界を生きていける」
シュッと音を立ててドアが閉まり、透明なガラスの向こうでゼロが優しく微笑んだ。
「ありがとう、星刻。おまえの気持ち、嬉しかった」
エレベーターが稼動し、彼女の姿が見えなくなっていく。ひとり残された主のいない私室で、星刻は強く拳を握り締めた。爪が食い込み、手の皮を破く。伝う血の生暖かさに、歯軋りするように奥歯を噛み締める。微笑んだゼロの、ルルーシュの姿が目に焼きついて離れない。
「そうやっておまえは・・・っ・・・ひとり、修羅の道を行くのか・・・!」
酷い切望が、彼を襲った。もっと生きたいと、星刻はかつてないほど強く願った。
この手がおまえだけを選ぶには、あまりに出逢いが遅すぎた。
2008年6月22日