アヴァロンの主砲が、二度目の攻撃を放つための僅かな充電に入る。一撃目はかろうじて避けられたけれども、すでに左舷のスラスターがやられている。次は避けられない。総員退避、と命令を下そうとした瞬間、斬月に乗って出ている藤堂の声が斑鳩中に響いた。
『ディートハルト、ゼロを!』
何、と目を瞠るよりも早く、ゼロの身体が宙に浮いた。ディートハルトの肩に担がれたのだ。そのままにブリッジから連れ出される。モニターに向かっていた誰もが、振り返って自分を見送っていた。それぞれに笑顔を浮かべながら。泣きそうに眉を顰めて、それでも彼らは笑いながら。
「今までありがとう、ゼロ」
扇の優しい声が、自動ドアに遮られて消えた。
満ち足りて、光注ぐ
戦艦が揺れている。左右から激しく体当たりされているような衝撃は、黒の騎士団の確かな劣勢を物語っている。早く戻って指示を出さなくてはいけないのに。握り締めた拳で、ゼロは己を担いでいるディートハルトの背を叩いた。
「放せっ! 私を降ろせ、ディートハルト!」
「それは出来ません、ゼロ」
「何だと!? 冗談を言ってる場合か! 早くしないとアヴァロンの第二射が来る!」
「ええ。だからそれまでに、あなたをこの艦から逃がさないといけないのです」
ぴたりと、訴えに殴っていた手が止まった。仮面の中でゼロは目を見開き、告げられた言葉を己の中で繰り返す。理解した瞬間に、かっと頭に血が上った。藤堂の一声といい、ディートハルトの無駄の無い行動といい、扇たちの承知した表情といい、すべてが自分の外で確約されていたものなのだと気づき、その事実に怒りすら湧いてくる。
「ふざっ・・・ふざけるな! 私に逃げろと言うのか!? おまえたちを見捨てて、私だけ!」
「そうです。ゼロ、あなたさえいれば黒の騎士団は何度だって再起できる」
「王自らが真っ先に退いてどうする!」
「王だからこそ退くのですよ。私たちは一兵卒です。いくらだって替えが利きます。けれど、あなたは違う。あなただけは誰にも替えられない存在だ」
「ディートハルト!」
「ゼロ、あなたは生きなくてはならないのです。この世界のために」
何度も拳で叩くけれども、強く足を抑えられて暴れることも叶わない。ディートハルトは揺れる艦内を躊躇うことなく走っており、ゼロはその背で幾人もの団員たちと擦れ違った。けれどその誰もが何も言わず、ただ二人を見送っていく。ナイトメアフレームが積まれているドッグへの角で、玉城とばったり出くわした。彼は目を開くと同時に、ゼロに向かって親指を突きたてた。
「忘れんなよ、ゼロ! 俺たちの存在をよ!」
にかっと、いつものようにお調子者の顔で笑って、踵を返してドッグへと走っていく。その赤いバンダナを、背に担がれた銃を、ゼロは呆然と見つめるしかなかった。玉城が見えなくなっていく。何人もの団員が、ゼロ、ありがとう、ご武運を、と口々にして反対方向へ駆けていく。嘘だ、と小さく呟いてしまった。嘘だと信じたくても、拳にはもう力も入らない。
「・・・・・・待って、くれ」
とん、と背を叩いた手は、弱弱しいものだった。去っていく。皆が背を向けて、笑いながら駆けていく。行く先が死地であることは明白の事実なのに、それなのに。
「嫌、だ。・・・・・・置いていかないでくれ。俺だけ、置いていくなっ!」
ディートハルトが、ふっと笑う。艦内放送が陣を突破されたことを告げ、衝撃に備えるようアラートを鳴らす。身体に響くような揺れを堪えながら、ディートハルトはひたすらに足を進めた。
「置いていきませんよ。私たちは、あなたよりも先に行くだけです。道の先で、あなたが来るのを待っています」
「・・・っ・・・!」
「いくらでも待っています。我々黒の騎士団は、あなたが作った、あなたのための組織なのですから」
抱き上げている身体が小刻みに震え始める。再び握られた拳は、けれどディートハルトの背を叩かない。嫌だ、と子供のように紡がれた泣き言に、ディートハルトは笑ってしまった。
「・・・・・・不思議ですね。ゼロ、あなたはこんなに細かったのだと、今初めて知りました。運動神経に秀でていない私でも持ち上げられるほどに、軽い身体をしている。それなのにあなたは、誰よりも大きな存在だ」
「・・・違う・・・」
「あなたがかけてくださった、言葉のすべてを覚えています。私への猜疑、評価。黒の騎士団への命令、鼓舞。世界中の民への宣言、憎愛。すべてを覚えています。それだけで十分です」
「違うっ! 俺は・・・・・・っ!」
「あなたは神です。我々のメシアであり、世界への反逆者」
「違う!」
「違いません。あなたがどんなにちっぽけな存在であろうと、我々を導いたのは確かなのですから。ゼロ、あなたは世界の希望だ。こんなところで死んでいい存在ではないのです」
辿り着いた貨物用の出入り口には、すでにC.Cがスタンバイしていた。周囲に他の姿はなく、ただ彼女だけが地味なナイトメアフレームのコクピットを開いて立っている。降ろされたゼロは、仮面のままディートハルトを見上げた。違うと、戻ると言いたくて口を開くが、パシュッという音と共に意識が薄くなっていく。麻酔銃です、とディートハルトの声がした。
「次に目覚めたときが、あなたの二度目の復活です。次こそブリタニアの破壊と、新たな世界の創造を」
「・・・ディート、ハルト・・・っ・・・」
「出来るなら最後まであなたの傍で、すべてを見ていたかった」
崩れ落ちた身体を抱きかかえ、ディートハルトはゼロを手渡した。簡易的に複座となっているコクピットに意識のない身体を収め、C.Cはディートハルトを見やる。
「餞別として、最期に見ていくか?」
示された仮面に、ディートハルトは首を横に振った。
「遠慮します。ゼロはすでに、私の中に在りますから」
「・・・そうか。こいつは任せろ。命に代えても生かすと約束する」
「ええ。時間は稼ぎます。急いで」
するりと操縦席に身を滑らせ、C.Cは起動スイッチを押す。戦闘に不向きな補給用のナイトメアフレームに、まさかゼロが乗っているとは思うまい。小さな出入り口から大地へと落ちていく機体を見送り、ディートハルトは目を細めた。金色の髪が風に吹かれて乱れ、彼はそのままに踵を返す。もはやアラートは絶え間なく鳴り響き、次々と仲間の訃報を伝えてきている。扉を出たところにはカレンがおり、彼女は眼差し強くディートハルトを見上げた。
「・・・・・・見直したわ。あなたのことだから、彼には華々しく戦場で散ることを強要するかと思ってた」
「そうしようと思っていましたよ。少なくとも、ゼロをこの腕に抱えるまでは」
しかし、とディートハルトは歩みを速める。カレンも並ぶようにして崩壊間近の艦内をまっすぐ進んだ。
「しかしゼロはあまりにも細く、稚かった。彼は本当にまだ子供だったのですね。それならば必要なのは時間です。敗戦が彼を追い立て、経験が彼を導く。神となるゼロの礎となれるのなら、それが私の役目です」
分かれ道まで来て足を止める。先程玉城と擦れ違った場所で、右に行けばドッグ、左に行けばブリッジだ。ディートハルトはカレンを見下ろし、僅かな苦笑を浮かべて言った。
「あなたも、ゼロのところへ行ってもいいんですよ」
心配なんしょう、という言葉に、カレンは笑った。強がりでも何でもない、誇りすら含んで瞳は輝いていた。
「馬鹿じゃない? 紅蓮弐式はゼロの親衛隊隊長よ? その私が戦場にいないなんて、ゼロもいないって言ってるようなもんじゃない」
それに悔しいけど、C.Cなら任せられるわ。唇を歪ませて、カレンは拳を軽く握って掲げた。
「あなたこそ、ちゃんとゼロらしく指揮を執りなさいよ?」
「任せてください。創造する力はありませんが、ゼロの行動をトレースするくらいなら私にも出来ます」
「上等!」
ディートハルトも拳を掲げ、軽く突き合わせて背を向けあう。カレンはドッグに、ディートハルトはブリッジに。神楽耶の乗ったゼロ専属のナイトメアフレームが出撃したと放送が流れる。駆け出す先に待つのは死地だと、誰もがちゃんと理解していた。それでも、それでも。ディートハルトは走り、心から叫ぶ。
「ゼロ、あなたに感謝と幸運を!」
アヴァロンの主砲が、ゆっくりとその鎌首をもたげようとしていた。
ありがとう、ゼロ。あなたは我々の希望でした。永遠の、希望です。
2008年6月22日