【「一昨日お会い致しましょう。」を読むにあたって】

この話は、R2第8話「百万のキセキ」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方は、どうかご遠慮ください。ブリタニア側に対してやんわりと否定的ですので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































ゼロである彼が、皇子である彼が、一介のイレブンでしかない自分に膝を着いて乞うたのだ。酷いことだと、彼自身言った。耐え難いだろうと、彼自身言った。それでも頼めるのは自分以外にいないのだと告げられて、咲世子はその願いに応えるべく首を縦に振ったのだ。顔を上げた彼の泣きそうな瞳は初めて見た。
優しい人だと知っている。それは真実を得たことで、更に深まりを増していた。





一昨日お会い致しましょう。





如何に豪華に作られていようと、政庁は政治の場だ。せめてもの憩いとして屋上庭園は美しく、アリエスの離宮に似せて造られているのだと教えられ、なるほどと頷いた覚えがある。確かに庭園はとてもアッシュフォード学園のクラブハウス周辺に似ていた。彼らのためを思っての施設だったのだと、今はまざまざと実感している。
「なぁ、そこのメイドさん」
かけられた声に、咲世子は足を止めてから身体全体で振り向いた。黒いスカートと、その上の白いエプロンが少し遅れてついてくる。ヘッドドレスもついたいささか時代遅れの服装だけれども、一目で職業を理解してもらえるから有り難い。今回もその例に漏れず、咲世子は己を名指しした相手に深く頭を下げて向き合った。ナイト・オブ・ラウンズを示す白に金の礼服。襟足で三つ編みを跳ねさせている男は、ジノ・ヴァインベルグだ。名家出身の立派な貴族だと聞いている。
「お呼びでございましょうか、ヴァインベルグ卿」
「ナナリー総督は? 今日の執務は終わったってスザクが言ってたけど」
「ナナリー様でしたら、今は庭園におられます。これからお茶をお持ちするところです」
「へぇ、それって日本茶?」
「いいえ。ナナリー様は紅茶がお好きですので、本日はアッサムティーを」
向けられた笑みに微笑を返す。感情を悟らせない顔を浮かべるのにも慣れたものだ。昔からポーカーフェイスには自信があったけれども、最近それが少しだけ崩れたりもしてした。同居して仕えていた相手の一人が自らも与するテロリストの親玉だったなんて、気づけなかった自分は鈍感としか言いようがない。
「スザクも一緒だろ? アーニャは?」
「アールストレイム卿は、本日は休暇を取られていらっしゃるとお聞きしておりますが」
「そうだったっけ? じゃあ俺も総督と一緒にお茶でもするかな」
持つよ、と差し出された手をやんわりと無礼にならない程度に拒否する。もとより相手にも大してその気はなかったのだろう。すぐに引っ込められた手は逞しく大きなもので、脳裏に浮かぶ細いそれとはまったくの別物だ。
「サヨコ・シノザキ」
はい、と頷いた。横を歩けば分かる、この身長差。歩調を合わせてくれないのは、女性に対する礼儀がなっていないからか、それとも咲世子がメイドだからか、生まれてこの方イレブンだからか。そういった気遣いすら見せる対象ではないのだと無意識にでも思われているのだとしたら、随分直接的で可愛らしい扱いだ。
「ナナリー総督専属のメイド。25歳の名誉ブリタニア人で、アッシュフォード家に雇われて、皇室に戻る前のナナリー総督の面倒を七年も見てた」
綴られるのは正確な経歴だが、年齢をはっきりと口にしたジノに、咲世子は僅かに唇を吊り上げる。女性に対してなっていない。そう考えて、自分の基準があまりに高いのだと考え直した。何分、咲世子の基準である存在はそういった礼儀作法は完璧だったものだから、自然と他の男を見る目が厳しくなってしまう。
「一年前のブラックリベリオンの際に総督が行方不明になったから、自分も身の危険を感じてゲットーに隠れていた。で、今になって総督が戻ってきたことを知って会いに来たら、また昔のように世話をして欲しいって言われて、これ幸いと総督付きのメイドになった」
「ナナリー様のようなお優しい主を持てて、私は幸せ者です」
「でもさ、それって可笑しいよな? だってナナリー総督がアッシュフォード学園にいたっていう経歴はないんだぜ? 少なくともデータには残ってない。アッシュフォード家当主のルーベン氏もナナリー総督を預かった覚えはないって言うし、何より本国に戻った学園の生徒に聞いても『ナナリー』なんて少女は知らないって口を揃えたように言う。っつーか、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの名前で学校なんて通ってたら、皇女だなんて速攻でばれるだろ? だけどナナリー総督は七年間、誰にも見つからずにエリア11で暮らしてた」
正解と不正解。いくつも照らし合わせて行われる間違い探しに、向けられる視線が徐々に猜疑を深めていく。けれどその向けられる相手が自分でないことが分かっているため、咲世子は変わらぬ歩調でワゴンを押し続けた。マイペースを保ち続けていたからか、ジノの歩調もいつの間にか咲世子のそれと同じになっている。中々、と口の中で小さく呟いた。
「見てりゃ分かる。ナナリー総督のあんたに対する信頼は本物だし、あんたがナナリー総督についていろいろ知ってるってことも一目瞭然。それに何たって、あのスザクが認めてるんだ。あんたは確かに、ナナリー総督の世話をしてたんだろう。だけど証拠がない。いくつも食い違いが生じてるの、あんたも分かってるんだろ? ナナリー総督とスザクの言ってる過去は、実際に証拠として残っていない、ただの証言がほとんどだ。二人が高い立場にいて、ブリタニア皇帝も認めているから誰も何も言わないけれど、裏付ける確証はどれも公的に存在しない」
ジノの足が止まる。三歩先を行ってから、咲世子も同じように足を止めて振り返る。どうか致しましたか、と表情を作って浮かべたのを悟られたのだろう。眼差しが厳しさを増して、追求するジノの圧力はさながら戦場でのそれだ。くすりと咲世子は笑いたかった。
「あんたは、一体何を知っている?」
「私は、何も」
「へぇ。それじゃ、時々人目をはばかって連絡を取ってる相手は誰なんだ? あんたがイレブンだってことを考えれば、思いつく相手なんて一人くらいしかいないぜ?」
優位を感じさせる言葉は、確信ではなく挑発だ。ジノはそれこそ、彼の言う「証拠」を持っていない。確かに咲世子は定期的に連絡を取っているけれども、相手はゼロではなくルルーシュなのだから、何ら恥じることはない。妹の身の回りを危惧して、自分を寄越した彼。その優しさがゼロの根底を作り上げたものなのだと、咲世子は彼が自分に向かって仮面を外してくれた瞬間に理解していた。だからこそ自分は今、ブリタニア人ばかりの政庁に侵入し、数多の侮蔑に晒されながらもナナリーのメイドとして存在している。見下される日常は耐え難いだろうと、彼は言った。それでもどうか、と彼は言った。七年見てきたから知っている。咲世子の主は、優しさで出来ている人なのだ。
「私にお話できることは、何一つございません」
教えられていることはたくさんある。ルルーシュとナナリーの出自、二人の辿った道、ゼロとしての目的、戦った相手、そして敗北、連なる記憶の改竄。もしもブリタニア皇帝と見える機会があったならば、決して瞳だけは見てはいけないときつく言われている。金髪の子供にも気をつけろ。眉根を寄せて、何度もすまないと告げたルルーシュを思い返し、咲世子は今度は明らかに唇を吊り上げて笑った。ジノが顔を顰める。
「・・・・・・大人しそうな外見に似合わず、気丈なんだな」
「仰られたとおり、イレブンですので。押さえつけられることには慣れております」
「ひでぇ。俺、虐めたつもりはないんだけど」
ジノの笑みが苦笑を交えたものに変わった。肯定も否定もしなかった咲世子の態度に、何か感じるものがあったのだろう。しかし与えられる情報をむやみに信じたりせず、疑惑を抱いたのなら仲間にであろうとそれをぶつけるところは信頼に値する。流石はナイト・オブ・ラウンズと言うべきかと考えて、咲世子は被りを振った。それではあまりに一緒にされる六人に対し失礼だ。
「真実はいくつも存在するものではありませんか?」
「だけど隠されりゃ、そこに正解があるって逆に言ってるようなもんだろ? 総督はともかくスザクには隠し事が多すぎる。ただの軍人ならいいけど、政治にまで関わろうとするなら話は別だ」
「ナナリー様は枢木卿ごときの傀儡になるような、そんな甘い方ではございません」
「今のは聞かなかったってことで、不敬罪も無しな」
「ありがとうございます」
今度こそ心から微笑んで、咲世子はジノに礼を述べた。赤いビロードの廊下はいつしか終わりを向かえ、目の前のガラス戸の向こうには色鮮やかな屋上庭園が広がっている。僅かに聞こえてくる二つの話し声は、きっとナナリーとスザクのものだろう。先程の言を取り消して、ジノは見送るべく足を止めた。今のような会話をした後でスザクと笑いあえるほど豪胆な性格はしていないらしい。そんなところが自分とも、自分の主とも違うと咲世子は思った。
「ありがとうございました、ヴァインベルグ卿」
結局荷物は何一つ持ってもらわなかったけれども、礼を述べておいて損はない。ガラス戸を開くと、途端に心地よい風が咲世子の髪を揺らす。はためいたエプロンの裾を手で直した。
「なぁ、メイドさん」
「篠崎咲世子と申します」
「んじゃ、サヨコ」
呼び捨てか、と心中で呟く。
「サヨコさ、年下の男ってどう?」
「素敵ですね。私のお慕いしている方も年下ですから」
七歳も下なんです、と笑ってみせれば、ジノの顔が呆気にとられたような表情で固まった。年相応のそれに感心しながら、ワゴンを押し出して外に出る。今度は是非ヴァインベルグ卿もご一緒に、と告げた言葉が社交辞令だと分かっただろうか。嗜みでルルーシュに勝とうなど百年早い。日本茶をご用意いたしますから、と追い討ちをかけて、ジノを置き去りにして庭園へと進んだ。ナナリーとスザクが振り返る。
今度は中華連邦のお茶を入れましょうか。咲世子はそんなことを考えながら、ティータイムの準備を始めた。





ルルーシュがゼロの正体を明かした理由と、9話以降咲世子さんはどこに行ってるんだろうという疑問を妄想した結果、咲世ジノという摩訶不思議な地点に着陸しました・・・。
2008年6月21日