【「目覚めてベーゼ」を読むにあたって】
この話は、R2第10話「神虎輝く刻」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方はどうかご遠慮ください。やんわりスザクに厳しいかもしれませんので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
一度見ただけで書いておりますので、細々としたところはスルーしてやってください・・・。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
アールストレイム家は、武人の一族だ。性別に関係なく武術を身につけ、軍をはじめとした多くの場において戦跡を残している。アーニャも例外なくその枠に組み込まれ、彼女は物心付く前からナイフや銃を握ることを教えられていた。おかげで五歳になる今は、大の大人相手でも五人程度ならどうにかすることが出来る。まもなくナイトメアフレームの操縦技術も学ぶことになっており、だからこそ今日、アーニャは母親に連れられてブリタニア宮殿の門をくぐっていた。アーニャの母親は結婚前はブリタニア軍に属しており、その素質を買われてアールストレイム家に嫁入りしていた。その母の敬愛しているかつての上司が、今アーニャの目の前にいる女性だった。
「・・・・・・はじめまして。アーニャ・アールストレイム、です」
たどたどしい挨拶に、アリエスの離宮の主はふわりと微笑んだ。幼いアーニャにも分かる美貌の皇妃は、名をマリアンヌといった。庶民でありながらも戦場において名を挙げ、ナイト・オブ・ラウンズの一席を賜り、皇帝に見初められた女性。血生臭い戦いの臭いは差し出された白い手から感じられず、アーニャは自分の傷だらけの手が恥ずかしくなって握手に応えることが出来なかった。それでもマリアンヌは咎めることなく笑みを深め、離宮に付属している庭園に向かって声をかける。軽い足音と共に現れたのは、アーニャより少し年上の少年だった。黒い髪には艶があって、白い肌は背後の大理石よりも透き通っている。彼はアーニャの目の前まで来ると、まるでお日様のようににこっと笑った。
「はじめまして。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。よろしく、アーニャさん」
流れるような仕草で、ルルーシュと名乗った少年はアーニャの傷だらけの手のひらを握った。そして何ら躊躇うことなく、その甲に唇を落としたのだ。礼儀作法のひとつだったのだとは、後に気づいた。
けれどそのとき彼は確かに、血の薄く滲むアーニャの傷に口付けてくれたのだ。
目覚めてベーゼ
宵を迎えた頃、アーニャたちナイト・オブ・ラウンズも中華連邦の要請を受けて出撃することが決まった。それでも直接戦闘はまだ先らしく、アーニャは愛機モルドレッドの操縦席で、携帯電話を開いていた。何百枚と撮り収めている写真の中から、鍵の付いているフォルダを選び出す。かちかちとパスワードを入力して開けたのは、先日行われたアッシュフォード学園におけるスザクの歓迎会で撮った一枚だ。黒い髪の男子学生が、仮装だか良く分からない格好をした女子学生と並んで歩いている。その男子学生の名を、アーニャは先程スザクによって知ることとなった。
「・・・・・・ルルーシュ」
端整と言うには整いすぎている横顔をじっと見つめ、ボタンを操作して次の写真に移る。今度はいささか画質の悪い一枚で、だけど綺麗な庭園を背景に十歳程度の少年が振り向いて笑っている。白い礼服が良く似合うその少年の名を、アーニャはずっと昔から知っていた。
「これも、ルルーシュ」
操作して、二枚を左右同時に映し出す。共通している艶のある黒髪に、深い色の紫の瞳。白い肌は太陽の下でも輝いていて、バランスの取れた手足の細さはまるで芸術品のようだ。少年が成長したら、男子学生になる。その想像は容易く、アーニャはこの二枚の写真に写っているのが同一人物だと確信した。
「どっちも、ルルーシュ」
ほう、と意図せず吐いた溜息が携帯の画面を曇らせて、アーニャはむっと眉を顰めて手袋で拭った。幼いルルーシュの写っている写真は、アーニャの母親がアリエスの離宮を訪れた際に撮らせてもらい、現像してアルバムに貼ってあったものを、更に携帯電話のカメラで撮影したものである。だから画質は劣化しているけれども、それでもアーニャは携帯を変えるたびに同じ行為を繰り返していた。彼女にとって、ルルーシュの写真は宝物だった。己を記録するブログにも載せたことが無い。常に鍵をかけたフォルダに保管している、堪えきれなくなったときにだけ見る、宝物の一枚だ。
「・・・・・・でも、どうして」
アッシュフォード学園の写真を大きく開き、アーニャは僅かに首を傾げる。この男子学生がルルーシュならば、彼は皇族であり、皇子であるはずだ。その彼がどうして学生なんてやっているのだろう。彼女の妹であるナナリーは七年の行方不明から皇室に戻り、今やエリア11の総督として活躍しているというのに。
疑問に思ったら気になって仕方なく、アーニャはランスロットへの通信を繋いだ。ついでにトリスタンのジノへも繋がってしまったが、特に気にせず声をかける。
「スザク」
『アーニャ? 何かあった?』
「どうしてルルーシュ様は、学生なんてやってるの」
『ルルーシュ?』
小さなモニターの中でジノは首を傾げたが、スザクはすぐに問われた意味を悟ったのか表情を硬くする。心持ち顎を引いて眼差しに力を加えたスザクを、アーニャはじっと見つめた。ルルーシュは妹のナナリーと日本に渡り、しばらくの間、枢木家で世話になっていたはずだ。アーニャはそのことを母親から聞いているし、気になっていたから自分自身でも調べて知っている。ルルーシュとスザクは知り合いのはずだ。それならばスザクはルルーシュがブリタニアの皇子であることを知っているはずなのに、どうして彼を保護しないのだろう。
「スザク」
『・・・・・・彼は今、記憶を失っているんだ。だからアッシュフォード学園に』
「嘘。だって、ナナリー様は覚えてる。それなら教えないはずがない」
『何の話してんだ、二人とも? ルルーシュって誰』
「うるさい。ジノは黙ってて」
睨めば、ジノは「はいはい」とわざとらしく両手を挙げて口を噤む。それでも回線を閉じないのは二人の話に興味があるからだろうし、戦闘が始まらなくて暇を持て余しているからだろう。邪魔をしないならいいとアーニャがスザクに視線を戻せば、彼は苦い顔をしている。その表情からスザクがルルーシュに関して嘘をついているのは明らかで、アーニャは眉を顰めた。
「ナナリー様を保護したのは、スザク、あなた」
『・・・・・・そうだよ』
「じゃあ何で、ルルーシュ様を保護しないの」
『それは』
言葉を捜して、またスザクが黙り込む。瞳が左右に揺れる様を、アーニャは冷静な気持ちで見据えた。知り合いであるルルーシュを、スザクが保護しない理由。ブリタニアの皇子であるルルーシュを、ナイト・オブ・ラウンズであるスザクが保護しない理由。それは一体何だろう。彼が皇室に戻りたくないと言ったのだろうか。そう考えて、アーニャは首を振った。八年前のアリエスの離宮を思い出す。ナナリーを大切にしていた彼が、妹ひとりを皇室に戻すわけがない。だとしたら。
「ナナリー様を、攫ったの」
『違う! 僕はナナリーを守って』
「じゃあどうして、ルルーシュ様を保護しないの」
『それは・・・っ!』
ぎり、とモニターの中のスザクが奥歯を噛み締める。その表情に垣間見えたものに、アーニャは目を瞬いた。スザクは基本的に落ち着いた性格をしていると、彼女は思っている。戦場でも取り乱すことはないし、敵に勧告を与えてから殲滅の任を果たす。そんな彼が感情をあらわにする様子を、アーニャはエリア11に来て初めて目にした。そう、あれは確か、ゼロを前にしたときだった。
「ゼロ」
呟きに、スザクの肩がびくりと震えた。それは動揺であり、はっと上げられた瞳に怯えが走っていることに、アーニャは気づけてしまった。すとんと何かが落ちてくる。アーニャ、とスザクが呼んでいる。膝の上で開いたままの携帯電話を、アーニャは拾い上げた。二枚の画像。アリエスの離宮でのルルーシュ。アッシュフォード学園でのルルーシュ。親しいはずの彼を、憎むかのように思い描いたスザク。母親を殺された。母国に見捨てられた。外されることのない仮面。ナイト・オブ・ラウンズに連なった経歴。アーニャは何故か、唐突に理解してしまった。
「ゼロは、ルルーシュ」
正否など、息を呑む音だけで十分だった。ざわり、肌が震える。操縦桿を握り締める。アーニャは自分がかつてないほどの怒りを感じているのだと、どこか冷ややかに自覚していた。きつく合わせた歯が削るように鳴る。
「・・・・・・スザク、あなた」
あの人を、売ったの。
神虎に無様に捕縛され、動くこともままならない紅蓮弐式のコクピットで、カレンは溜息を吐き出していた。けれど気分はそこまで暗くはない。諦めるなと言ってくれたゼロを、必ず助けると言ってくれたルルーシュを何度も思い返しては、その言葉に強く頷く。彼は変わった。かつてのゼロなら、きっとカレンなど切り捨てただろう。それでも諦めるなと言ってくれたルルーシュの変化が良いものかどうかは分からない。それでも、カレンにとって救いであることは事実だった。だからこそこうして、自爆に到ることなく助けを待つことが出来ている。時間はかかるだろう。その間に休息を取り、有事には生身でも動けるようにしておこう。そう考えていたカレンは、次の瞬間に襲ってきた衝撃に思わず悲鳴をあげてしまった。
真っ暗だったコクピット内が明るさを取り戻す。見回せば捕縛されているはずの戦艦の天井がなかった。そのことに驚くよりも先に、紅蓮弐式に新たなエナジーフィラーを取り付けているナイトメアフレームに気づきぎょっとする。重火器を多く装備しているそれとは、カレンは対峙したこともある。ナイト・オブ・ラウンズのひとりが乗る、モルドレッド。
『・・・・・・連れてって』
強制的に繋がれた回線の向こうに、ピンク色の髪の少女が映った。「はぁ!?」と訳も分からず顔を歪めるカレンに、アーニャははっきりと告げる。
『連れて行って。私の、皇子様のところに。ルルーシュ様のところに』
言い切ってアーニャはモルドレッドの四連ハドロン砲を、何故かカレンではなくブリタニア軍の方へ向けて放った。ランスロットとトリスタンはそれぞれに避けるが、一般兵のナイトメアフレームが瞬く間に撃沈していく。何なの、とカレンは疑問ばかりを抱いていたが、エナジーフィラーも得た今、捕らわれたままでいる理由はない。ゼロのところへ帰らなきゃ、と決意して操縦桿に手を伸ばす。
下手な動きを見せたら殺してやる。カレンはそう考え、ブリタニア軍と中華連邦軍の双方を攻撃しながら後をついてくるモルドレッドに関しては、とりあえず捨て置くことにした。
アーニャの携帯電話の鍵のかけられているフォルダの中に、とっておきの写真がある。誰にも見せたことはない。アーニャ自身、見るのは特別なときのみと決めている。誕生日や戦場において勝利した日、そんなときにだけ、己へのご褒美としてその写真を開くのだ。写っているのは幼き日のルルーシュと、その隣に俯いて立っている自分。古ぼけたそれは、アーニャの何よりの宝物。
白く柔らかかった手は、今は血で染まっているのだろう。もしかしたら傷もついてしまっているかもしれない。それでも今度は、自分がその傷に口付ける番だ。
「・・・・・・ルルーシュ様」
携帯電話を、アーニャは大切にそっと抱き締める。色褪せていた景色が、すべて鮮やかに戻ってくる気がしていた。
私の、皇子様。
とりあえず王道でここへのツッコミは外せないかな、と。
2008年6月15日