魔法をかけてあげましょう。あなたが辛くないように。弱く優しくありえるように。
魔法をかけてあげましょう。鈍色の塊、紅の液体。ぽとぽと鍋に入れましょう。
魔法をかけてあげましょう。丁寧にじっくり煮込んで寝かせて。時が来れば出来上がり。
誰にも負けない、愛しき復讐者の出来上がり。





魔法の茨に抱かれて





「あなた、誰」
断定の形をとったカレンの声は強く厳しく、場を沈め凍らせるほどの威力を持っていた。敵であるランスロットと対峙するときよりも激しく、彼女はゼロを見据えている。常のカレンからは想像もできない態度に、周囲にいた黒の騎士団幹部らも戸惑いながら二人を見比べる。マントを翻して振り返るゼロは、いつもの彼にしか見えない。けれど違うと、カレンは言う。
「あなた、誰。彼じゃない。何でその格好をしてるの。あの人はどこ」
「・・・・・・」
「答えて。返答次第ではただじゃおかない。その仮面を剥いで、おまえを殺す」
「カレン!」
抜かれたナイフの輝きに、焦った扇が止めに入る。神楽耶は目をぱちりと瞬いてゼロを見つめ、ディートハルトは怪訝そうに眉を顰める。藤堂が僅かに警戒を浮かべて姿勢を正し、朝比奈と千葉がそれに続いた。ラクシャータはキセルを吹かしながら首を傾げており、C.Cは沈黙を貫いている。カレンがナイフを握り締め、身体の前へと持ってきたところでゼロがようやく声を放った。それに誰もがぎょっとした。
「分かってくれたのね。気づいてくれなかったらどうしようかと思っていたの」
言葉遣いだけでなく、それはゼロではない、女のものだった。少女ではなく円熟した女性の艶と深みを覗かせる。仮面から発される声はいつだって変声機を通していたけれども、それでも男のものだったから、誰もが皆、ゼロは男だといつの間にか思っていた。まさかと扇がマントの下の身体に視線をやるけれども、骨張った肢体は常と同じで、胸の膨らみどころか全身の丸みも見えない。身体は男のものだ。だけど、声は女のもの。そう判断してしまったからか、仮面に指先を寄せる所作さえ女性めいたものに見えてしまう。ゼロは静かにマントをつまみ、膝を屈めて一礼をしてみせた。それは紛れもない淑女のものだった。
「お初にお目にかかります。いつも息子がお世話になっております」
「・・・・・・むす、こ?」
「ええ。わたくしは、この子の母親。あなた方がゼロと呼ぶこの子を産んだ女です」
柔らかい言葉尻に、カレンでさえぽかんと口を開いた。ナイフがまるで場にそぐわない玩具のように力を無くす。ゼロでありながら、ゼロではない。少なくとも声は女のものであり、立ち振る舞いも女性のものだ。黒の騎士団幹部ばかりの場の中、ゼロがそんな演技をする必要などなく、だからこその真実なのかと思えば、それも簡単に納得できるはずもない。何が一体、と理解できない面々を遮るかのように、C.Cが深い溜息を吐き出した。
「・・・・・・何故出てきた、マリアンヌ」
藤堂とディートハルト、そしてラクシャータがそれぞれに反応を見せた。叱責を含んだ問いかけに、ゼロは仮面をC.Cへと向けて答える。
「久しぶりね、C.C」
「何故出てきた。あいつはどうした」
「眠っているわ、この中で。だってあなたたち、この子をナイトメアに乗せようとしたでしょう? だからわたくしが出てきたの」
「・・・・・・何、それ」
呟いたカレンをゼロは振り向く。にこりと浮かべられた笑みさえ仮面越しに見えた気がして、そしてそれは美しい女性の顔だと誰もが思った。ゼロの素顔を知っているカレンはより強く、美貌の女性を想像してしまった。きっと髪は長く、彼と同じ紫の瞳をしている。赤い唇が鮮明で、優しげな女性が思い浮かんだ。
「彼は、ゼロは、今までだってナイトメアフレームに乗ってきた」
「そうね。だけどガウェインはC.Cが操縦していた。この子がひとりで乗っているときには、本格的な戦闘に遭遇なかった」
「それは」
「だけど、今度は違うわ。この子がひとりで乗るのは、攻守共に時代の最先端をいくナイトメアフレーム。この機体に乗れば、戦わないわけにはいかない」
「ゼロは私が守る!」
「守れるかしら。敵は少なくともナイト・オブ・ラウンズが三人。彼らの相手が出来るのは、こちらではカレンさん、あなたと藤堂さんくらいでしょう? だとすると自然、この子が狙われる確率が高くなってしまう」
「我ら四聖剣を愚弄する気かっ!」
声を荒げた千葉に、ゼロはゆったりと微笑みかける。違うのよ、と諭す様は自称「母親」を強く感じさせ、暖かい包容力と有無を言わせぬ命令に満ちている。常のゼロとは違う圧力に、千葉が一歩足を引いた。彼女を庇うようにして藤堂が前に出て、部下をゼロの視線から隠す。
「・・・・・・貴女はもう、亡くなったはずだ」
え、とカレンが藤堂を仰ぐ。ゼロは緩く頷いた。
「ゼロが私の知っている彼ならば、ナイトメアフレームには乗れないはずだ。彼にそこまでの技量はない」
「ええ。この子はナイトメアフレームには乗れない。戦場にも立てない。誰かを殴ることも、ましてや銃を向けることも出来ない。そういったものはすべて、わたくしが奪ったのだから」
「奪った?」
「そう。この子に力は似合わない。力ではあの男に敵わない。だからわたくしは命を賭けて、この子から暴力を奪ったのです。目の前で死ぬことによって、この子に力という手段の理不尽さを学ばせた。そしてそれを拒絶する本能を植えつけ、この子の戦いのための能力を封じた」
マリアンヌ、とC.Cが諌めるように名を呼ぶが、返されるのはやはり仮面を超えた微笑みのみ。ディートハルトの表情が輝きはじめ、瞳が爛々と熱を帯びてくる。そんな彼をも愛でるようにゼロは見やり、己の薄い胸に手を当てる。
「力の換わりに、わたくしはこの子に優しさと弱さを与えた。障害を持った妹を抱え、敵ばかりの世界を生きていかなくてはならない中、きっとこの子はあの男をも凌駕する絶対の脆さを手に入れる。そう分かっていたからこそ、わたくしは死してみせたというのに」
それなのに、とゼロは己の仮面に手を当てる。あのランスロット、という小さな呟きを聞き取れたのは、最も近くにいたカレンだけだった。
「それなのに、まさかこの子が親友と妹の両方を敵に回さなくてはいけなくなるなんて。何を害しても守れればいいと、そこまで固執するなんて。完全にわたくしの計算違いでした。一度守ると決めた者に対する、この子の慈愛を甘くて見ていたのです」
「ま、待ってくれ! 計算って、一体何を・・・・・・っ」
「世界を覆す計画です。そのためにわたくしは死に、そしてこの子は生かされた。わたくしの手足となって計画を遂行するために」
当然のように示された答えに、扇は声を失った。母親を名乗るにしては、あまりにも語られる内容が異様だった。己の息子を駒と述べるゼロの姿に、何故か最大の敵であるブリタニア皇帝の姿が重なる。違う、と扇は被りを振った。声や所作だけが原因ではない。目の前の人物はゼロではないと、確信を持って断言できる。
「だけど、この子はあまりに暴力に晒されてしまった。このままでは、この子の中に眠るあの男の血が目覚めてしまう。故にこれ以上戦場を踏ませないため、ナイトメアフレームにはわたくしが乗ります。大丈夫。心配せずとも、それ以外の場ではこの子をあなたたちに返してあげますから」
そう告げて、ゼロは己の隣に立つナイトメアフレームを見上げた。ブラックリベリオンの際に海底へと沈んだガウェインを引き上げ、更に改良を加えて精製された、新たなナイトメアフレーム。攻守のバランスが取れたそれは単座で、ゼロのために作られたものだった。やだ、とラクシャータがキセルを放り出して焦りだす。
「ちょっと待ってよ! 『閃光のマリアンヌ』に乗ってもらうなら、もっと派手なチューニングにするから!」
白衣のポケットから取り出したゴムで長い髪を乱雑にまとめ、機器を片手にナイトメアフレームへと走る。そんなラクシャータを優しく見守り、ゼロはカレンと藤堂を振り向いた。正体を知れど、もはやカレンは完全に「マリアンヌ」を敵と見定めていた。彼の持つ優しさを蝕む行いは、鳥肌が立つほどの禍々しいものだ。暴力で命を踏み躙るブリタニア皇帝と、呪いで心を奪い尽くすマリアンヌと、その間に生まれ、使われ、生かされてしまった息子。妹に向かって微笑む彼の横顔を知っているからこそ、カレンは泣きたくなって仕方がなかった。その分、目の前のゼロを殺したくなって仕方がなかった。
「模擬戦のお相手をしてもらえるかしら。腕がなまってしまっているから、感を取り戻さないといけないわ」
「・・・・・・いいだろう」
「相手してやるわ。あんたなんかにゼロは渡さない。彼は私が絶対に守りぬく」
「ありがとう、カレン。良い子ね」
礼にも顔を歪め、カレンは苛立ちに踵を鳴らして己の紅蓮弐式へと向かった。藤堂はしばしゼロを見据えていたが、それも小首を傾げられる仕草に目を細め、準備のために背を向ける。他の面々も警戒を含んでゼロから距離を取り、ただC.Cだけが顎を引いて小さく俯いていた。プログラミングを打ち直しているラクシャータに近づこうとしたゼロに、神楽耶は後ろから声をかける。
「ゼロ様は、とっても優しい方ですわ」
「ええ。わたくしがそう作ったのですから」
「違います。ゼロ様の優しさは、ゼロ様が生まれつき持っているものです」
高い声音にもゼロは笑みを返し、言葉を返す。耳に心地よく響くそれは、やはり大人の女性のものにしか聞こえない。
「いいえ、それこそ違います。この子は生まれたときから、わたくしとあの男のもの。わたくしたちがそれぞれの目的のために、丹精込めて作り上げた子供なのです。だからこそこの子は美しくて、強く、弱い」
マリアンヌ様、と手招くラクシャータに応えてから、ゼロが優雅に一礼した。芸術品のような振る舞いも、今となっては毒々しいだけ。満ち溢れている愛が何なのか気づいてしまい、神楽耶は唇を噛み締める。
「今後ともこの子を、どうぞよろしくお願いしますね」
マントを最低限の動作で翻していくゼロは、やはりゼロではなかった。起動し始めるナイトメアフレームの滑らかな動きにそれを確信し、その後のカレンと藤堂を凌駕してみせた圧倒的な実力に歯がゆさを覚える。マリアンヌ、ルルーシュ。C.Cが小さく母子の名を呼んだ。
振り返って笑ったゼロは、一体どちらの顔だったのか。呪いをかけられた王子のように、彼は茨に包まれている。





ルルはもともと結構な運動神経を持っていたけど、マリアンヌ様によってそれを封印された(奪われた)という設定。いやでもルルはあのへろへろだからこそ可愛いと思います!
2008年6月15日