【「君に捧ぐ言葉」を読むにあたって】

この話は、R2第9話「朱禁城の花嫁」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方は、どうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































言葉で人を愛せればいいのに。

ブリタニア帝国第一皇子と中華連邦天子の結婚式を翌日に控えて行われた祝賀会も、ゼロの来訪というアクシデントはあったが、どうにか血も流れることなく終了した。用意された迎賓館の一室で、シュナイゼルはきらびやかな礼服を着替え、今は優雅に椅子に腰掛け、足を組み替えている。その横顔は憂いに満ちており、繰り返して脳裏に描かれるのは、先程交わしたチェスの盤面。挟んで交えた至高のテロリスト、ゼロ。
「・・・・・・あんなに、大きくなって」
呟いて、浮かび上がる涙を、シュナイゼルはそっと拭う。手袋を外しているため指先が湿り気を帯び、緩んだ唇を自らなぞる。白と黒の駒を交わして、ずっと抱いていた疑惑は確信に変わった。今ではもう、ひとつの真実を信じている。
「ルルーシュ」
それは八年前に喪った名だった。けれど弟の生存している可能性を、シュナイゼルは長い間考慮していた。そして彼の実妹のナナリーが存命していたことを知り、それならばあの子も、と希望を胸に抱いていた。だからこそ同時に、疑惑も捨てずに抱えていた。
シュナイゼルが認める相手は少ない。それは彼自身にとって無意識ではあったが、他人に価値以上のものを見出していないということでもあった。兄であるオデュッセウスであろうとそれは変わらず、彼のために良かれと思って中華連邦の天子との結婚を勧めた。悪い話ではないと、純粋に思ったからだ。最善を尽くし、希望を残す。それが最良の手法なのだとシュナイゼルは信じている。だからこそ彼の用いる手札はいつだって最強で、そして最悪だった。彼の無意識のうちに。
そのシュナイゼルの性癖と言ってもいい性格に、最初に気がついたのは十二も年下の弟だった。それがルルーシュだ。父親であるブリタニア皇帝はとっくに知っていただろうが、母親である皇妃でさえ気づけなかったシュナイゼルの善意による悪に、年端もいかなかったルルーシュは気がついたのだ。それでいてあの弟は怖気づくことなく、シュナイゼルを見上げてきた。何度もチェスによる対戦をせがまれ、時に言葉遊びをし、同じだけの回数、シュナイゼルは弟を負かせてきた。十二も年下の子供に大人気ないと、人は言うかもしれない。けれどシュナイゼルはそれだけ、ルルーシュという才能を買っていたのだ。対等だと認めていた。それも、彼にとっては無意識のことでしかなかったけれども。
「元気で良かった」
チェスを進めるうちに分かった。あの戦法、あの駒の動かし方。ナイトを持つときの所作、クィーンを取るときの仕草。すべてが幼い頃のデジャヴを感じさせ、周りの光景を迎賓館からアリエスの離宮へと変えさせた。生きていてくれたんだね、と抱き締めたくて堪らなかった。けれどゼロがキングを動かしたから、思わず唇を閉じてしまった。かつて、弟はキングを動かさなかった。それは守られることの大切さを知っていると同時に、守られるだけの存在であるということを知らなかったからだ。けれどゼロは、キングを動かした。
「傷ついて、しまったんだね」
自ら動いて、傷を作り血を流さなくては、欲しいものを得られないのだと。分かってしまったからこそ弟はゼロになった。クロヴィスを殺し、ユーフェミアを殺し、コーネリアに怪我を負わせた。可哀想に。シュナイゼルはそう、囁く。可哀想だ。死にいった弟も妹も、戦線を離脱せざるを得なかった妹も、そして手を下さざるを得なかった弟も。皆が可哀想で、シュナイゼルは瞼を湿らせる。彼は弟妹の誰もが愛しく、可愛かった。だからこそ可哀想だと、心から思っていた。気の毒だと、無意識に思っていた。
ノックをしてカノンが入室してくると、シュナイゼルに向けて礼を取る。
「ニーナも落ち着きました。『騒がせて申し訳ありません』とシュナイゼル殿下にお伝えください、とのことです」
「私こそ、もっと気をつけてあげればよかったね。まさか神楽耶殿がゼロを供にしてくるとは考えていなかったから」
「誰にも予想できませんよ、あれは」
「そうだね。だけど、明日は駄目だよ。明日は来てはいけないよ、ゼロ」
用意されたワインに礼を告げ、手を振ってカノンを下がらせる。窓から見えるこの中華連邦の空の下、きっと遠くない場所にゼロはいるのだろう。来てはいけないよ。シュナイゼルは願うけれども、きっとゼロは明日の結婚式を邪魔する手筈を整えているに違いない。王自ら動かないと、と主張した姿を思い出す。他者によって奪われることを知った彼は、奪われないために動くことを学んだ。動かないからこそ守れるものもあるのだということを、彼は忘れてしまったのだ。昔は知っていたのに。
「天子の結婚は、中華連邦の武官が止めに来る。クーデターが起こるよ。だからルルーシュ、君は来てはいけない」
いい子だから。願うようにシュナイゼルは瞳を閉じた。育った弟の細い肩と、頼りない肢体を思い描きながら。





君に捧ぐ言葉





「言葉で人を殺せたら、神楽耶様は一体誰を殺すのですか?」
ブリタニア帝国第一皇子と中華連邦天子の結婚式を翌日に控えて行われた祝賀会も、ゼロがニーナという少女にナイフを向けられるというアクシデントはあったが、どうにか血も流れることなく終了した。戻ってきた蓬莱の一室で、神楽耶はきらびやかな礼服のまま椅子に腰掛け、小さな膝を着物の下で揃えている。ぱちりと目を瞬くその横顔は、年齢に見合った幼さに満ちていた。夫と公言して憚らないゼロに、神楽耶は笑顔になって微笑みかける。
「そうですね、誰を殺しましょうか」
「当ててみせましょうか。枢木スザク、違いますか?」
「当たりです! わたしは多分、スザクを殺しちゃうと思います」
窓際に立つゼロに向かい、神楽耶は歓声を上げ、首を縦に振った。中華連邦の夜景はブリタニアの租界よりもネオンが少なく、闇とゼロの装束の境をあいまいにさせる。
「スザクは幼馴染ですし、同じキョウト六家の者です。嫌いじゃないし、好きですけれど、でも嫌いで、憎いんです。おかしいですか、ゼロ様?」
「いいえ。好悪は同時に存在するものです」
「桐原のお爺様たちを処刑したスザクが許せないんです。『仕方ない』ってスザクは言うけれど、何が仕方なかったのか、わたしには分かりません。どうしてスザクが『仕方なく』日本人を殺しているのか、わたしには全然分からないんです」
おかしいですか、ゼロ様。再度問いかければ、ゼロは仮面を小さく左右に振る。良かった、と神楽耶は安堵に肩を下ろした。スザクは大切な幼馴染だけれども、それと同時に許しがたい敵でもある。何故彼が名誉ブリタニア人になったのか神楽耶には理解できないし、内から変えると主張しているらしいけれども、それが実際にどんな変化をもたらしているのか神楽耶に視認することは出来ない。好きだけれど、憎い。そう思うことをゼロは許容してくれた。
「だからわたし、言葉で人を殺せたら、きっとスザクを殺してしまうと思います」
「そうですね。そして貴女は、私をも殺すことでしょう」
「―――ゼロ様?」
「忘れたわけではありませんよ。私は一度、日本を見捨てた。そのことを誰より日本人である貴女が、記憶から消し去るわけがない」
仮面が物言わず、神楽耶を見下ろしてくる。闇がブラックリベリオンを思い出させ、戦場からゼロが離脱した、そう知らされた瞬間を甦らせる。あれから瞬く間に黒の騎士団は崩壊し、多くの者が捕らえられ、神楽耶も命からがら中華連邦に逃げ出さざるを得なかった。見捨てられた。そう感じた瞬間の心細さを、憎悪を、そう、忘れたわけがない。それでも戻ってきたゼロを夫と呼び、彼に付き従い、スザクとの対峙を代わってさえみせたのは。
「ゼロ様は、わたしの愛を疑っているのですね」
「好悪は同時に存在するものですよ、神楽耶様。貴女の愛を疑っているわけではありません。ですが、貴女の中で私よりも日本の方が比率が重いのだと、理解しているだけのことです」
「ゼロ様」
「貴女にとっては枢木スザクも私も同じ、日本人を死なせたもの。それでも貴女が私の傍にいるのは、私がブリタニアに刃を向けているからです。貴女は日本のために、今は私への憎しみに蓋をしている。思えば昔から、貴女はそういう人でした」
言葉の最後にかけて、ゼロの黒い手袋に包まれた手が、彼自身の仮面へと伸ばされる。小さな金属音に気づき、神楽耶は椅子の上で身体ごと彼に背を向けた。細い髪の擦れる音がする。息を吐き出す、少し低い声音。駄目だ、見てはいけない。神楽耶はきつく肘置きを握り締めた。近づいてくる足音がやけに鮮明に聞こえてしまう。肩を超えて伸びてきた腕に、身体がびくりと震えてしまった。抱き締められる。耳にかかる吐息に、心臓が粟立ってしまう。視界の片隅で揺れる黒髪を見たくなくて、神楽耶は目を閉じて被りを振った。
「だめ、です、ゼロ様」
背に感じる体温は血を持った人間のものであり、強く抱き締めてくる腕は神楽耶とは違う男のものだった。心の奥から浮かび上がってくる涙に、喉をしゃくりあげてしまう。
「だめです、ゼロ様・・・っ! お願いですから、わたしに、あなたを、愛させてください! スザクからもあなたを守ってみせますからっ! だから・・・っ!」
「憎めばいい。おまえにはその権利がある、神楽耶」
「嫌です、そんなの・・・っ!」
頬が互いに触れ合ってしまい、その触感にぞくりとする。愛しくて憎い男の腕の中に自分がいるのだと、そのことをまざまざと思い知らされ、神楽耶の目尻からついに涙が零れ落ちてしまった。丁寧な所作で拭われるけれども、その指先は未だ手袋に覆われている。仮面の下にあるものを、神楽耶に知るつもりはなかった。知ったが最後、彼を殺してしまうだろう自分を神楽耶は理解していた。ゼロは救世主だ。そして破壊者だ。信頼するに足る者であり、疑うに値する者でもある。もはや何を求めればよいのか分からず、だからこそ神楽耶は彼を夫と公言して憚らなかった。愛しているのだと言葉にしなければ、彼の立ち位置を己の中に作れなかった。
「・・・ゼロ様の意地悪・・・っ・・・」
抱き締めてくれる存在が愛しいのか憎いのか、もう神楽耶には分からない。喪えないのだということは、分かっているのに。口付けてほしいと欲望さえ抱くのに。

言葉で人を殺せればいいのに。





九話、あまりのロリコン祭りに恐怖を覚えました・・・。
2008年6月8日