神聖ブリタニア帝国第十一皇子、十七位皇位継承者であるルルーシュの結婚が決まった。彼の年齢が18であり、妻となる相手の年齢が15であることを考えれば、それは明らかな政略結婚だ。もちろん法律に引っかかるため、正式な入籍は妻が16を迎える一年後のこととなる。それでもその結婚が公表されることの意味合いは大きかった。つまりルルーシュは、妻のバックグラウンドを己が勢力として得たのである。
妻となる少女の名は、皇神楽耶。齢15で嫁ぐ彼女は、現日本国天皇の紛れもない第一子だった。
Color is fast.
「『色を愛でる皇子』の早すぎる結婚に、皇室は上を下への大騒ぎだよ」
肘置きに腕を置いて、ゆったりと楽しそうに微笑んだシュナイゼルに、ルルーシュは笑うべきか嫌がるべきか微妙な表情を浮かべてしまった。紅茶を運んできた咲世子が、音を立てずにテーブルの上へとセットしていく。ありがとう、とシュナイゼルが声をかけると、彼女は第二皇子からの言葉にも動じることなく眼差しだけで微笑み、一礼してから去っていった。その態度に感心したようにシュナイゼルは瞳を細める。
「政略結婚です。早いも遅いもないでしょう」
「まさか兄弟姉妹の中で二番目に結婚するのが君だとは思っていなかったよ。私も先を越されてしまったね」
「妻帯されているのはオデュッセウス兄上だけですからね。皇位争いを考えれば跡継ぎを作っておくのは有効な手段ですから、それも当然でしょうけれど」
「第一皇女は皇位を返上するのが嫌だから、結婚はされないようだし」
「コーネリア姉上は色恋よりも戦場。クロヴィス兄上は押しが足りない」
「ああ、知っているのかい? あの子ももう少し強気に出ればいいのに、いつも同じ失敗を繰り返してしまうのだから」
くすりとシュナイゼルが笑うと、今度はルルーシュも眉間の皺を解いた。話題に上がっている第三皇子のクロヴィスは、容姿も良いし性格だって悪くはないのに、それでも押しの強さが足りないため、いつも女性に対して「いい人」で終わってしまう。その気弱さが近しい兄弟姉妹たちに対する僅かな劣等感から来ていることを知っているため、そんなこと気にしなくてもいいのにと思うシュナイゼルとルルーシュとしては、ついつい眼差しを和らげてクロヴィスを見つめてしまう。君臨者ではないけれども、男としての魅力は十分にある人なのだ。
「コーネリアもね。あの子ももう28になるよ」
「年齢の話をすると怒られますよ」
「怒られたのかい?」
「黙秘権を行使します」
「そういえば、コーネリアが羨む君の白い頬が僅かに腫れている気がするね」
ちゃんと冷やさなくては駄目だよ、と窘めてくるシュナイゼルに、ルルーシュは溜息を吐き出した。
「三時間ほど前に、おみえになりました」
「ユフィのことかな」
「分かっていらっしゃるなら話は早い」
応接間ではなく、プライベートの時間を多く過ごすリビングにシュナイゼルを通しているのは、ルルーシュにとって彼が応接すべき人間ではないからだ。シュナイゼル本人もそれを快く了承しており、二人に間には暗黙の同盟が組まれている。ルルーシュはシュナイゼルに牙を剥かない。シュナイゼルはルルーシュを保護する。次代皇帝の地位を狙って争う敵ばかりの皇室にあって、彼らは互いの敵にはならないという誓いを立てあっていた。それはルルーシュが玉座よりも身内の幸福に重きを置いていることと、シュナイゼルがそんな弟をこよなく慈しんでいるという理由から来ている。
「ナナリーはどうだい?」
二人の視線が大きな窓を経て、隣接する小さな庭園へと向けられる。アリエスの離宮は他と比べて小ぢんまりとしているけれども、自然の美しさはどこよりも勝っている。咲いている花の芳香を車椅子に腰掛けたナナリーが楽しんでおり、そんな姿がリビングからも見て取れた。浮かべられている笑顔に憂いは見られない。
「ナナリーはもともと神楽耶と面識がありましたからね。年も同じですし、問題はありません」
「大切な兄を取られてしまって悲しいんじゃないかな」
「取るも取られるも無いでしょう。ナナリーが俺にとって最愛の妹であることに変わりはないのですから」
確たる愛情を言い放つルルーシュの気配に気がついたのか、ナナリーの傍に寄り添っていたカレンが眼差しを上げてこちらを向く。主であるルルーシュと客人であるシュナイゼルを見止め、彼女は騎士らしく毅然と、隙のない身のこなしで礼を取った。カレンに教えられてナナリーも振り返り、目は開けないけれどもにこりと微笑む。シュナイゼルが手を振って応え、ルルーシュも唇を綻ばせた。
「カレン・紅月・シュタットフェルト。彼女はとても優秀だね。先だってはナイト・オブ・ラウンズに土をつかせたと聞いたよ」
「残念ながら、それはデマですね。ラウンズの面子を潰すと後が厄介なので、勝負のつく寸前に止めました」
「それでも人の口に戸は立てられない。さすがルルーシュ、君の認めた君の騎士だね」
「ええ。カレンは俺の自慢の騎士です」
「彼女は君の奥方とうまくやれるのかな?」
その問いかけに、ルルーシュは僅かに沈黙する。
「・・・・・・性格は違いすぎますが、相性は悪くないと思っています。互いの果たせない役割を、それぞれうまく補い合ってくれるかと」
「それはとても良いね。だとすると問題なのは、やはりユフィかな。あの子はずっと君のことが好きだったから」
「半分とはいえ、俺たちは血が繋がっています。兄妹である限り結婚は出来ない」
「そうだね。だけどずっと傍にある未来を想像することは、ユフィにとって幸福だったはずだよ」
「―――シュナイゼル兄上」
押し殺された声は掠れていて、シュナイゼルは視線を庭園から向かいへと戻す。秀麗な顔を歪めていしまっている弟に、ごめんよ、と囁いて頬を撫ぜれば、僅かな吐息が漏らされた。ルルーシュの結婚が正式に発表されて以降、第三皇女であるユーフェミアは公の場に姿を現していない。自身の離宮に篭り、誰にも会いたくないと泣いているのだという。彼女付きの騎士であるスザクから、シュナイゼルはその話を聞いていた。そうして泣き続けていれば、いつかルルーシュが来てくれる。もしかしたらそう考えているのかもしれない。ユーフェミアにとって、ルルーシュは確かに王子だったのだ。皇子ではなく、自身を姫にしてくれる、紛れもない王子だったのだ。
「・・・・・・ミレイにも、悪いことをしました」
手のひらを額に添え、表情を隠すようにしてルルーシュは呟く。その名はルルーシュとナナリーの後見を勤める筆頭貴族アッシュフォード大公爵家の長女のものであり、シュナイゼルも彼女を知っていた。幼い頃から二人に仕え、理知的であり、場を読む空気に優れ、淑女としての振る舞いを持ちながらも、家臣として一歩引いた忠節を見せる。ナナリーを姉のように導き、そしてルルーシュを影ながら支えてきた彼女は、間違いなくルルーシュの妻となるべく教育されてきた存在だった。ミレイ自身にもその自負があったのだろう。美しく聡明な彼女は驕らずに努力を続け、ブリタニア皇室に入るに相応しい女性に育った。
「アッシュフォードも理解してくれたんだろう? 神楽耶嬢を迎えるということは、日本という一国が君のバックに就くのだということ。それは君とナナリーの皇室での立場を格段に飛躍させ、何より身を守ることに繋がる」
「ええ、理解してくれました。だからこそ彼らは身を引いてくれた。それなのに以前と変わらず、俺に尽くしてくれている。それが苦しいのです」
「好きだったんだね、ミレイ嬢のことが」
「嫌いなわけないでしょう。母上亡き後、俺を立ち上がらせてくれたのは、間違いなく彼女でした」
だからこそ期待に応えられなかった、そのことが悔しくて堪らないのだろう。アッシュフォード家はブリタニアでも最高位にある貴族だが、それでも日本の皇族と比べれば見劣りせざるを得ない。特に日本はサクラダイトの有数な産出国であり、その重要性はブリタニアでも高いものとされている。今後を見据えればルルーシュの妻に相応しいのはミレイではなく神楽耶であり、それが分かっているからこそアッシュフォードも、そしてミレイ自身も身を引いた。どうかお気になさらず。きっと彼女は微笑んでルルーシュにそう告げたのだろう。出来た女性だという印象は、今もシュナイゼルの中で変わらない。
「皇帝、もしくは宰相になれば、妻は幾人でも抱えられるようになるよ」
「ミレイを妾にしろと? それに皇帝の座はシュナイゼル兄上にお譲りする約束でしょう」
はぁ、と溜息を吐き出してルルーシュは手を放した。あらわになった顔は少しばかりの憂いを含んでいたけれども、すでに感情は整理したのだと冷静な瞳が告げている。うん、とシュナイゼルは微笑んで、ルルーシュの頭を撫でた。子ども扱いのそれにルルーシュは少しだけ眉根を顰める。
「それで」
「はい?」
「神楽耶嬢は、どんな方なのかな?」
「ああ、それは・・・・・・」
答えようとして口を開き、けれど言葉を捜しているうちにまた閉じられてしまう。ぱくぱくと何度か繰り返されるその癖は、ルルーシュが適切な言葉を選べないときのものだとシュナイゼルは知っている。だからこそ少しばかり意外で、紫の瞳を彷徨わせている顔をまじまじと見つめてしまった。言葉に出来ないような少女なのだろうか、と。
「・・・・・・会えば、分かります」
三分近く悩んだ末に発されたのはそんな答えで、シュナイゼルは声を上げて笑ってしまった。
「なるほど。素敵な女性のようだね、神楽耶嬢は」
「日本人という民族性故か幼く見えますが、中身は大したものですよ。皇室育ちでありながらも、この世の醜さや後ろ暗い部分を理解し、対処法も身につけています。ブリタニア皇室でもうまくやっていけるかと」
「そう、それは良かった」
「度量の広い女です。このアリエスに属する女性はそのうち、神楽耶を中心にまとまることとなるでしょうね」
「妻として愛することは出来そうかい?」
「・・・・・・ええ、きっと」
問いかけにルルーシュは一度口を噤み、けれどゆっくりと微笑んだ。偽りでない肯定と、そして僅かながらの相手への期待を見て取り、シュナイゼルはそれこそ自分のことのように幸福に思う。早すぎる結婚で、しかも政治的な思惑ばかりが先行しているけれども、ルルーシュ自身が納得しているのならそれでいい。幸いにも妻となる少女も悪く無さそうで、安堵にシュナイゼルは唇を綻ばせ、そのままにこにこと用事を告げる。
「そういえば、今回私が君に会いに来たのは、伝言があったからなんだよ」
「伝言?」
「中華連邦の星刻武官から連絡があってね。チャン家のC.C嬢が、ブリタニアに向かった、と」
ルルーシュの顔が時を止めて引きつった。中華連邦の始祖の血を引く少女の姿が思い浮かんでしまったのだろう。緑色の髪と独特な性格を併せ持つ彼女は、ルルーシュに分かりやすく、時に分かりづらく好意を寄せていた。付き合いは国を挟んでのものが多かったけれども、彼女もまたルルーシュの妻候補として名前が挙がっていた。
「嫁入り道具を後で送ってくるよう指示を出していったらしいから、結婚後すぐ側室を持つことになってしまいそうだね」
「最悪、だ・・・・・・っ!」
「さすがは『色を愛でる皇子』だと、また噂になるかな」
「好きで女性ばかり集めているわけじゃありません!」
「分かっているよ。女性たちの方から自主的に集まってきているのだから、ルルーシュ、君に罪はない」
あえて言うなら君が魅力的なことくらいかな、とシュナイゼルが笑えば、ルルーシュは途方に暮れたような顔になる。しかしそんな彼が「色を愛でる皇子」と揶揄されてしまうくらいに、ルルーシュの周囲は女性で固められているのだ。筆頭は妹のナナリー、騎士のカレン。ユーフェミアやコーネリアとも交流が深く、後見のミレイに、メイドの咲世子。研究者としてはラクシャータの名が挙がり、日本の神楽耶、中華連邦のC.C。彼女たちに共通するのは、皆がルルーシュのために役立ちたいと、それぞれの得意分野で彼に尽くしていることだ。ルルーシュが何をどうしろと言ったわけではない彼女たちの自発的な行いは、けれど彼を女性に傅かれていると見せてしまう。真相を知っているシュナイゼルとしては微笑ましい以外の何物でもなく、またそんな光景を見るのが好きだったので常に彼らを見守ってきた。
コンコン、とノックの音がし、了承を得た後で咲世子が顔を出す。シュナイゼルに対して一礼してから、彼女はルルーシュに来客を告げた。
「アーニャ・アールストレイム様とシャーリー・フェネット様がおみえです」
おや、とシュナイゼルは首を傾げ、対してルルーシュは白い首筋をあらわにして項垂れた。
「アーニャというと、ナイト・オブ・ラウンズのかな? フェネット嬢とは?」
「ルルーシュ様の学園の御友人です。生徒会を一緒にされている女性とお聞きしております」
咲世子が説明し、シュナイゼルはその答えに礼を言って満足そうに頷く。ルルーシュはすでに頭を抱え込んでおり、そんな弟の姿はやはりシュナイゼルにとって愛しく可愛らしいものでしかなかった。ぽんぽんと薄い肩を叩いて慰める。
「大丈夫。私が皇帝になったら、君が宰相だからね。妻を何人持とうが、それこそ父上のように100人以上持とうが、私は一向に構わないよ」
「だから俺はっ!」
「いっそのこと、私も君の愛人にしてもらおうかな。尽くしてあげるよ、ルルーシュ」
朗らかにシュナイゼルが笑えば、咲世子も「まぁ」と口元に手を当てて楽しげに目を細める。廊下からは二人分の足音が近づいてきており、窓から見える庭園では相変わらずナナリーとカレンが花を楽しんでいる。ユーフェミアはまだ泣き臥しているかもしれないし、コーネリアはそんな妹をあやしていることだろう。ミレイは寂しげに眼差しを伏しているかもしれない。神楽耶は嫁入り支度をしていそうだし、C.Cはきっと飛行機で空の上。
優秀すぎる女性たちに愛されると大変だね、というシュナイゼルの言葉に、ルルーシュは結婚を控えた花婿とは思えない程どんよりとした暗い空気を纏って応えるしかなかった。
セシルさんは特派、ヴィレッタさんには扇さん、千葉さんには藤堂さんがいるので除外しました。ルルは女の子に尽くされるといいさ!
2008年6月1日