【「砂上のキセキ」を読むにあたって】
この話は、R2第8話「百万のキセキ」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方は、どうかご遠慮ください。そして今回はオリジナルキャラクターのみでギアスキャラは登場しませんので、どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
「ゼロのみ、国外追放?」
防水テレビから発せられたブリタニアの公式宣言に、ユリアはぱちりと目を瞬いてしまった。マスカラとアイラインを落としてもなお印象的な青い瞳が、すっと愉快げに細められる。馬鹿じゃないのか、と呟いた彼女の声が、広いとはいえないユニットバスに響き渡った。
「馬鹿じゃないのか。それでは日本人全員を国外追放すると言ったようなものではないか」
ぱしゃり、と嘲りと共に水をかけられ、宣言を読み上げている金髪の女性が二重に歪む。
「大体行政特区日本にゼロを招いておきながら、奴を捕縛しようと考えられるブリタニアの気が知れないな。日本人の権利と引き換えに大人しく捕まるような男ならブラックリベリオンなど起きなかったさ。甘すぎる。総督といいナイト・オブ・ラウンズといい、所詮は子供か」
興味を失い、ユリアはバスタブの栓を抜いた。渦を巻いて排水溝に吸い込まれていく湯から立ち上がり、音を立ててカーテンを開く。曇らない洗面所の鏡に映し出された身体はメリハリのある女性のものであり、それでいて無駄な肉の一切ついていない軍人のものだった。バスタオルでざっと水気を拭い、肩にかけたままバスルームを出る。テレビにはついにゼロが登場していた。
砂上のキセキ
少佐という地位は、EUの軍の中でも高い方に分類される。女であるユリア・マネキンが27歳でその地位に就くことが出来たのは、ひとえに彼女の戦場での働きがすべてであり、その策謀を駆使する頭脳を買われているからでもある。現在の任務地であるエル・アラメイン戦線が膠着状態に陥ったため一時首都へと帰還しているが、それも上層部への報告のためだ。退屈だとユリア自身は考えていたけれども、それもブリタニア帝国領エリア11における行政特区日本成立を生中継で見られるのだから、まだ幸いなのかもしれない。今や世界中のすべてが東の小さな列島へと眼差しを集中させている。まるで一年前のブラックリベリオンのようで、部屋の大きなテレビに映るゼロに、ユリアは薄く笑う。
「ほら見ろ、枢木スザク。おまえなど戦略においてゼロの敵ではありえない」
言葉巧みに誘導され、みすみす百万のゼロを行かせてしまう。その中には確かに「本物」が存在するはずであり、けれどそれを見逃すのだと枢木スザクは言ったのだ。そもそもその判断が甘い、とユリアは冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのキャップを捻る。
「国外追放したところでゼロはゼロだ、信念が変わるわけもない。奴の目的が日本だけでなく、ブリタニアにもあることは明らか。それなのに見逃す約束をするだなんて、そもそも駆け引きとさえ言えないな。もう少しまともに政治を出来る奴がエリア11にはいないのか」
唇の端から漏れた水が、透明な軌跡を描いて豊かな谷間に消えていく。テーブルセットから椅子だけを引っ張り、足を組んで身を収める。続々と接岸する中華連邦の船に乗り込んでいくゼロたちは、それこそ大小様々な容姿をしていたけれども、どれも「偽物」だという確証がない。そもそもゼロという存在は偶像として作られたメシアに等しい。その真偽は行動によってのみ決まり、だからこそゼロは多くの人々を惹きつけるのだろう。仮面は民衆の関心を煽る何よりの材料だとユリアは考えている。
「それにしても枢木スザクも気の毒だな。こんな公共放送で『日本人を守るためにブリタニア軍人になった』と告白する羽目になるとは。今後のブリタニア内での扱われ方を思えば、同じ軍籍に身を置くものとして同情するよ。おまえは命令ひとつで日本人を殺さなくてはならないというのに」
見事な矛盾だな、と肩を竦めれば、まだ水気を帯びている黒髪が束になって揺れる。
「それにしても、ゼロ」
ボトルをテーブルに置いて、ユリアは立ち上がる。バスタオルをベッドに放り投げ、鞄の中から購入したばかりのランジェリーを取り出して歯でタグを噛み切る。赤一色のそれは毒々しくも見えるが、彼女の白い肌に良く映え、僅かなレースが光沢を増して見せていた。ブラジャーとパンティを纏い、バスタオルでもう一度髪を拭う。
「この度の策略は、奴が枢木スザクについて詳しくなければ成立しない賭けだった。まず第一に、過去に自分を捕縛した相手が、何故今回は見逃すことを了承すると思ったのか。第二に、多くのゼロを前に制圧しようとする軍を、何故枢木スザクが止めると思ったのか。第三に、何故ゼロは、枢木スザクが日本のためにブリタニア軍に属したのだと知っているのか」
クリーニングされたばかりのシャツを羽織り、ボタンを一番上から順に留めていく。ストッキングは膝下の丈のものを選び、身につけた上から青を基調としたズボンを履く。シャツを中に納めてベルトを締め、ネクタイを探すが見当たらない。支給ミスか、と舌打ちをひとつして、ユリアはベッドサイドに転がしていた携帯電話を手に取った。今回の報告にも供をしている副官にかければ、スリーコール内に相手が出る。
「私だ」
『詐欺は間に合っております』
「減給されたくなければネクタイを持って来い。衛生局の怠慢も突いておけ」
『了解しました。お迎えに上がる際にお持ちいたします』
「ああ、それとストッキングが伝線した」
『保湿クリームをお持ちしますので、踵にでもお塗りください。もはやお肌の曲がり角は過ぎていらっしゃるのですから』
冷静な声音で言葉遊びをするが、ユリアが切るまで電話の向こうで待機している忠実さもある。生意気だと笑って携帯をベッドに放り、ユリアは線の走ってしまったストッキングを引っ張って脱いだ。宿舎を出るまでにはまだ三十分の時間があるのを確認して、鞄からポーチを取り出した。小さなボトルには化粧水や美容液が入っている。シーツの上に広げながら、ユリアはまだ行政特区を映しているテレビを見やった。さすがに百万人ともなれば、そう数分で船に移動できるものでもない。立ち尽くして見送ることしか出来ないブリタニア軍の、何たる愚かさ。
「ゼロは、枢木スザクを知っている」
化粧水をはたき、美容液を塗る。濃いものは好きではないので、限りなく薄いナチュラルメイクだ。それでも日焼け止めは欠かすことが出来ず、それだけがユリアが軍人だという己の職務に対する不満だった。
「戦場で相対する、そんな知り方ではない。奴は、枢木スザクという人間の根本を知っている。好きなもの嫌いなもの、慈しむもの憎むもの、生い立ち、成り立ち、考え方、行動原理、感情の起伏。枢木スザクのそういったものを、ゼロは知っている。少なくとも情報として得ている。ゼロは、枢木スザクの知人。それも限りなく近しい」
下地とリキッドファンデーション。チークを軽く乗せ、眉を整える。アイシャドウとアイライン、そしてマスカラ。軍人に色気は不要だけれども、最低限の身だしなみは女としての礼儀だとユリアは考えていた。そもそもこの程度の化粧でうるさく言ってくるお偉方こそ老害なのだ。文句を連ねて議場に座していることしか出来ないのなら、軍籍などさっさと返上してしまえ。最前線で敵に討たれて殉職すれば、民衆からの軍の支持も少しは上がろう。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニアはどうだ? ぽっと出の皇女、エリア11の新総督。何かあるからこそあの地を任せられたと考えるのが道理。少なくともゼロ、もしくは枢木スザク、そのどちらかと関係があるのだろう」
鞄の中をがさごそとかき混ぜて、クッキーに似た簡易栄養食品を取り出す。時間は後15分。ばりばりと噛み砕いて飲み込み、ミネラルウォーターで喉を湿らせる。テレビは百万人のゼロの移動にあまりに時間がかかるためか、生中継のウィンドウを小さく隅に移して、式典の模様を最初から繰り返し流し始めた。もはやすべて記憶しているため、ユリアは立ち上がって再びバスルームへと向かう。
「ゼロ、枢木スザク、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。エリア11は子供ばかりだな。まるで砂場で城作りでもしているかのようだ」
歯を磨き、半分乾いていた髪にドライヤーをかける。黒髪は綺麗な艶を取り戻したけれども、ユリアはそれをひとつにまとめてピンできつく留めた。最後に口紅を塗って化粧を終え、鏡に映る己をチェックする。予定の時間五分前に部屋のチャイムが鳴り、断ってから副官のオリヴィエが入ってきた。彼は散らかったままの化粧品に眉を顰め、わざとらしく溜息を吐き出す。
「マネキン少佐、ネクタイとストッキングをお持ちしました」
「ああ、礼を言う」
受け取って椅子に座り、ユリアはズボンの裾を捲し上げてストッキングを身につける。オリヴィエは化粧品を丁寧にポーチに収め始め、ユリアもそれが当然のことのように見送った。靴を履き、ネクタイを締める。手渡されたジャケットを羽織って帽子を被れば、すでに荷物もまとめられて出立する準備が完了していた。テレビを消し、オリヴィエを引き連れて部屋を出る。
「ご機嫌が宜しいようですね」
こつこつという硬い足音が二人分、廊下に響いた。
「ゼロの正体について考えていた」
「行政特区日本はもぬけの殻。投資された費用を思えば、少なからずブリタニアが気の毒になります」
「その分またイレブンから搾取するのだろう。さぁ、彼らを守ると宣言してしまった枢木スザクが、どこまでその責を果たすことが出来るのか。ゼロも百万もの日本人をどうやって養っていってやるのか」
「―――そのゼロに関してですが」
一歩半後ろをつき従うオリヴィエの声が顰められた。擦れ違う下級仕官たちはユリアに道を開け、敬礼でもって接してくる。挨拶には何も返さず、それでも無視する印象は与えずに、ユリアは廊下を突き進む。
「アレクセイから連絡が入りました。どうやら上層部は、少佐に中華連邦との交渉を命じるつもりのようです」
「ようやく重い腰を上げたか。我らEUは中華連邦とブリタニアに挟まれている。どちらかと手を組むならば、今やそれは中華連邦であるべきだ。少なくとも奴らは黒の騎士団との繋がりを有している。ゼロというプロパガンダを使わずにブリタニアを倒す手はない」
喜べ、とユリアは副官を振り返った。その顔には凄惨な笑みを浮かべており、彼女の青い瞳が楽しげに鋭さを帯びる。
「ゼロの正体を推測していたのが役に立ちそうだ。確かエリア13から亡命してきている王子がいたな? 日本皇族ともブリタニア皇室とも交流を持っていた家系のはずだ。対面する手筈を整えておけ」
「シリン王子ですね。了解しました」
「エル・アラメインを途中で放り出すのは本意ではないが、今はシュナイゼルよりもゼロの方に興味がある。ゼロはコーネリアも倒しているからな。是非とも話をしてみたい」
「少佐は『ブリタニアの魔女』のライバルでしたから」
「逆だ。あっちが『EUの戦女神』のライバルだったのさ」
回廊を抜けてエレベーターで上がり、雰囲気すら仰々しくなっていく部屋を前に、ユリアは唇を吊り上げた。この扉の向こうに並んでいる上官たちなど、もはや暇潰しにもならない。意識はすでに、遠い海の上へと飛んでいる。百万のゼロはもう船に乗れただろうか。そんなことを考えながら、ユリアは心底自信を持って囁いた。
「オリヴィエ。私は百万の中から、たった一人のゼロを見つけ出すことが出来るだろうよ」
重々しい扉に手をかけて、背を伸ばして部屋に足を踏み入れる。向けられる数多の視線にユリアは軍人らしく、女らしく鮮やかに微笑んでみせた。戦場の報告をし、与えられる新たな命令を受け入れながら、彼女はただひたすら楽しみで仕方なかった。奇襲など繰り出す暇もないくらいに攻め込んでやる。ゼロがどんな応えを返してくるのか、ユリアは想像に笑った。子供の作る砂の城を壊す楽しさを、大人である彼女は知っているのだ。
今回は特に引っかかることもなくスルーでした。あえて言うならジノの首の太さがやけに気になりました・・・。ゼロと咲世子さんの今後に期待大。
2008年5月25日