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【「孤独に逢いに行く」を読むにあたって】
この話は、R2第6話「太平洋奇襲作戦」のネタバレを含みます。
ネタバレが嫌な方は、どうかご遠慮ください。どんな話でも大丈夫という方のみご覧くださいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻りくださいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
緩やかに波打つ、飴色の髪。秘されてしまった藤色の瞳。あどけなさを残す頬に、細すぎるきらいのある首筋から肩へのライン。軽い身体は守るためのものであり、その内で溢れかえる優しさに、いつだって安らぎを感じていた。愛していた。愛していた、愛していた、愛していた。今も愛している。この先、たとえ数千年の時を経ようと。
愛しているよ。俺の、妹。
孤独に逢いに行く
目覚まし時計が起床を知らせる前に、身体を起こしてスイッチを切る。カーテンを開ければ夏を控えて強さを増した光が、きらきらと輝きながら芝生に降り注いでいるのが見える。遠くから聞こえてくる声は、早朝練習に励む馬術部のものだ。ルルーシュはクローゼットに歩み寄り、戸を開いて制服ではなく私服を取り出す。糸くずがついていたので右手の親指と人差し指で摘まみ、そのままゴミ箱へとそっと落とした。淡いブルーのパジャマの上を脱いで、黒のタンクトップを代わりに纏う。鏡に映った己の身体は筋肉よりも骨が目立ち、そのことに失笑しながらVネックのカットソーに腕を通し、パジャマの下を脱ぐ。まとわりついた足元がバランスを崩し、思わずクローゼットに手をついてしまった。慎重に片足ずつ抜き取り、ベージュのパンツを履く。尻の辺りで少し布が余っていることにやはり失笑して、薄手のジャケットは羽織らない。ベッドメイクをし、パジャマを畳んでその上に置いたところで、気が変わって再度手にする。そして鞄とジャケットを持って、ルルーシュは自室を後にした。
荷物をリビングのソファーに置いて、先に洗面所へと向かう。持っていたパジャマを洗濯機に入れ、さてスイッチを入れるかと思ったところで近づいてくる気配に振り向いた。飴色の短い髪の毛が窓から入ってくる光で金色に見える。紫の、アメジストの瞳が己を見上げて僅かに揺れるのに、ルルーシュは今更ながらに微笑んでしまった。手を伸ばし、その前髪をかき上げる。現れた形のよい額に唇を落とせば、ロロの身体が僅かに震えた。兄さん、と発された声に瞳を細める。
「おはよう、ロロ」
声の深さにか、ロロが息を呑んで見つめてきた。掠めるように、それでいてしっかりと輪郭を捉えるように頬をなぞれば、押し付けられるように摺り寄せられる。滲んだアメジストに、ルルーシュは深く頷いた。
「天気がいいから、パジャマを洗おうと思うんだ。持っておいで」
「・・・っ・・・うん・・・!」
「俺は朝食を作るから、洗濯機を回してくれるか?」
うん、と首を縦に振るロロの瞳からついに涙が零れ落ちて、ルルーシュは唇を綻ばせてそれを拭った。兄さん、という呼びかけに、首を僅かに傾げて応えをする。兄さん、兄さん、とロロは涙の数だけルルーシュを呼んだ。
ランペルージ家では、朝食はあまり量を採らない。それでも成長期であるロロを気遣い、ルルーシュはいつだってバランスの取れたメニューを用意する。今朝は食パンと先週末に作って冷凍しておいたミネストローネスープ、それとエリンギのオムレツだ。ズッキーニも添えようと冷蔵庫の野菜室から取り出す。パンをトースターにかけて、卵を二個ボールに割る。塩と胡椒を入れてかき混ぜ、エリンギは適当に割いて、ズッキーニは輪切りでソテー。ミネストローネを温めている頃には洗濯機を回し終えたロロが現れ、ジャムとバターをテーブルにセットしてくれる。紅茶とコーヒー。どちらか迷ったけれど、今日は紅茶の気分だ。ミルクと砂糖をたっぷりと入れて、クッキーを添えるのも悪くない。
食卓はいつだって騒々しくなく、テレビさえつけず二人向き合ってフォークを動かす。先程は制服だったけれども、兄が私服であることに気づいてロロも同じく着替えてきていた。空色のポロシャツはルルーシュが先月買い与えたものだ。似合っている、と告げれば、ロロは頬をはんなりと染めた。
予鈴のチャイムをベランダで聞きながら、洗濯を干して空になった籠を手に室内に戻る。控え目な音を立てて着信を知らせている携帯電話を、近い距離にいたロロが探し出して手に取り、映る名に眉を顰めた。不安げな面持ちで差し出されたそれを、ルルーシュは通話ボタンを押して耳に装着し、空いた手でロロの頭をくしゃりと撫でる。籠を受け取り、ロロが洗面所へと置きに行く。
「おはよう、スザク」
『おはよう、ルルーシュ。もうすぐ授業が始まっちゃうけど、今どこにいるの?』
「ああ、まだクラブハウスなんだ。今日は天気がいいから買い物にでも行こうかと思って」
『駄目だよ、学校をさぼったら』
「堅いこと言うなよ。ロロと二人、兄弟水入らずなんだからたまにはいいだろ?」
『ロロも一緒なの?』
「ああ。夏物を少し見たくて」
『・・・分かった。じゃあ、放課後の生徒会までには帰ってきてね』
「分かったよ。先生への言い訳を頼む、スザク」
朗らかに頼んで、通話を切る。戻ってきたロロに微笑みかけて携帯電話を鞄にしまい、二人してクラブハウスを出る。鍵をしっかりと閉めて、日差しのきつさに目を細めながら、誰にも見つからないように通用口から学園を出た。校舎から向けられている翡翠の視線に、ルルーシュは小さく手を振った。
バイクに乗らず、並んで街を歩くことは余り無い。いつもより速度を落として、ゆっくりと街並みを眺めながら歩を進める。高いビル、整然と走る路線、何台もの車、華やかな店先。崩れ落ちそうな建物、雑然とした道、動きすら止めた人、ドアさえない廃屋。信号のある交差点で老婆が立ち往生しているのを見つけ、足取りは崩さずに近づいた。イレブンだからと信号すら無視して行きかう車も、ルルーシュの存在にようやく停止線でブレーキをかける。老婆に合わせて、のんびりと横断歩道を渡った。少し道を行ってまた別の横断歩道のボタンを押せば、それに気づいたのか老婆が遠くで低く低く頭を下げている。空を見上げて、歩道を渡った。
ギアスをかけて操っている男に会い、真っ黒のトランクケースを受け取る。そのまましばらく歩いて、途中でクレープを買い公園で食べた。生クリームが少し甘いな、と呟けば、ロロが、兄さんの作った方が美味しいね、と答える。鞄を持たせて、と願い出る弟に、ルルーシュはトランクではない小さなそれを手渡した。
並ぶ店先をいくつか冷やかし、揃いの夏用パジャマを買った。虫除けのベープマットが欲しくて陳列されている品を眺めたが、それは流石に次の機会でいいかと思い直す。サボりの代償として生徒会に土産を選んで、結局最近評判の店でマドレーヌを購入した。のんびりと街を歩いて、空を見上げて、時に会話をして、時に沈黙して、風がルルーシュの髪をそっと乱す。ああ、と感嘆した。
中華連邦の総領事館に代わり、新たな黒の騎士団の本拠となった潜水艦で、現れた相手にカレンは息を呑んで立ち上がった。向かい合ってソファーに座っていたC.Cでさえ、目を見開いている。それは、ゼロではなかった。漆黒の礼服もマントも、そして仮面もない。そこにいたのはルルーシュだった。ただの、18歳の少年。彼はロロを連れて、黒の騎士団へと現れた。
「すまない、待たせたな」
浮かべられたその微笑に、カレンもC.Cもはっとする。紫の瞳の、その色の深さ。ああ、と愕然とした衝撃と共に理解してしまう。だからこそカレンは拳を握り締めて、ゼロではないルルーシュを睨み付けた。
「・・・・・・いいの?」
ゆるりと、ルルーシュがカレンを振り向く。
「ここに来たっていうことは、いいのね? 妹と、ナナリーと戦えるの?」
「戦う? いいや、違うさ。そのことにようやく気がついた」
ゆっくりとソファーの後ろを通って机へと歩み寄るルルーシュの、歩調がいつもよりもゆっくりであることにC.Cは気がつく。足音はほとんどせず、それは焦りも余裕も、感情の起伏すらも感じさせない。泰然としている歩みに、C.Cは俯く。
「やっと、気がついた。俺はずっとナナリーを庇護の対象として見てきていた。足と目が不自由な、俺の妹。八年前のあの日、母を喪ってからずっと、ナナリーを守るのは俺の役目だと思っていた。だけど、それは違ったんだ」
トランクと、ロロから受け取った鞄を机の上に置く。けれど椅子には座らず、立ったままルルーシュはカレンの眼差しを受け止める。ロロは一歩離れた場所で、二人のやり取りを見守った。
「足も、目も、妹であることも、そんなもの、本当は関係が無かったんだ。俺はいつの日からか、ナナリーを自分の一部のように感じていた。守らなくてはいけないと、俺だけがナナリーを守れるのだと思っていた。だけど違った。ナナリーは強い。その心は万物にも劣らず、彼女自身を形成していた。俺とナナリーは、違う心と身体を持つ、別々の人間だったんだ」
「・・・・・・だから、道を分かつと?」
「違う。俺たちは最初から、分かたれていたんだ。俺もナナリーも、今ここにいるカレンもC.Cもロロも、スザクだってブリタニア皇帝だって、誰だって別々の道を歩んでいる。時に寄り添い、時に離れ、自分ひとりだけの道を歩んでいる。だからそこに、戦いは無いんだ。正義も悪も、何も無い。あるのはただ、己の道だけ」
語るルルーシュの表情はひどく穏やかで美しく、カレンは見つめるしかなかった。変化を、肌を震わせるかのように感じている。先の太平洋での戦闘から数日、沈黙を経て現れたルルーシュ。何故か涙が浮かんできてしまって、カレンは唇を噛み締める。
「人は、己の道を生きる。それしか許されないし、それだけが許されている。だから俺は俺の、ナナリーはナナリーの道を生きる。いずれ時が来れば、また寄り添える日もあるだろう。その時のために恥じない己でいられるよう、俺は俺の道を生きていく。―――ゼロとして」
ぼろりと、涙が零れた。苦笑したルルーシュが近づいてきて、カレンの頬を指の背で拭う。細い細いと思っていたけれども、やはり骨張っている指だったけれども、それはとても優しくカレンに触れた。
「愛している、カレン」
優しく、ルルーシュは囁いた。
「愛している、C.C。愛している、ロロ」
愛している、とルルーシュは繰り返し告げる。
「ナナリーを、スザクを、母を、父を、兄姉らを、学園のみんなを、黒の騎士団のメンバーを、ブリタニア軍に属する者たちを、ブリタニア人を、日本人を、この世に生きるすべての人を、動物を、空を、雲を、太陽を、自然を、無機物を。すべてを愛している。俺は、すべてが愛しい」
「・・・・・・ルルーシュ、それは孤独だ」
「分かっているさ、C.C。だけど俺は今、この世界のすべてに感謝をせずにはいられない。愛している。だからこそおまえたちに、おまえたちが望むように生きてもらいたい。そこに俺の幸福があり、そして俺の人生がある。愛している。だから俺は、俺の道を行く」
堪えきれず、カレンは膝を着いた。気づけばロロも両膝を床に着いており、涙を流して頭を垂れていた。頬に触れていた手を縋るように握って、カレンはその甲に額を押し付ける。薄い、手。骨と皮だけのような、けれどこんなに愛しい手をカレンは知らない。指先に口付けた。何度も、何度も、今度こそ誓い願うために。
「傍に、居るわ、ルルーシュ。ずっとお傍に、ゼロ。今度こそ逃げ出さない。私はあなたと共に行く」
「カレン」
「あなたが孤独の道を行くなら、私も行くわ。一人でも、それでも、あなたの傍に在るわ。愛してる。あなたを、愛してる」
「・・・・・・ありがとう、カレン」
手を引かれて立ち上がる。向かい合った自分は、きっと目を真っ赤にして不細工な顔をしているだろう。そう分かっていても、カレンは笑みを刻まずにはいられなかった。ルルーシュが笑う。笑っている。そのことが酷くカレンを幸福にした。
トランクを開けて、ルルーシュはゼロの装束を取り出す。マントだけを私服の上から軽く羽織り、仮面を手に抱える。入ってきたのとは別の扉の向こうには、藤堂をはじめとする黒の騎士団の幹部に、合流したばかりのラクシャータやディートハルトたちがいるはずだ。ふと唇を緩めて、ルルーシュは彼らを慈しむかのように微笑む。
「まずは、謝罪を。今まで私利私欲に基づいて戦ってきた懺悔と、そして許されるなら今後の共闘を望みたい。ナナリーの築こうとしている行政特区は、やはりどう考えても破綻するから、それを避ける手立てを考え、そしてあるべき日本を取り戻したい」
「そして、力ばかりのブリタニアに変革を」
「ああ。そのために俺は生きて、死ぬ」
一歩踏み出したルルーシュに、カレンとロロが付き従った。俯くことで隠していた目元を一度拭い、C.Cも立ち上がる。両手に抱くゼロの仮面を見つめ、ルルーシュは愛しげに唇を落とした。まるで聖なる行為のように。
「どうしよう。俺は今、こんなにも寂しくて、そして自由だ」
呟いて彼は、扉を開ける。
それは今まで武威ばかりを示してきたゼロが、万民に敬愛される指導者へとなり始めた瞬間だった。
ルルーシュを見くびっていました。まさかあの状況で、「無理に連れて行けばナナリーの意志を無視することになってしまう」と考えられる子だとは思ってなかった・・・。本当に慈愛で出来ている子なんだなぁ、としみじみ泣きたくなりました。
2008年5月11日