【「第三者はかく語る」を読むにあたって】

この話は、R2第5話「ナイト・オブ・ラウンズ」のネタバレを含みます。
ナナリーとユーフェミアをはじめとしたブリタニア側、及びブリタニア体制への批判を含みますので、そういったものが嫌な方は決してご覧にならないでください。
読む・読まないの選択の自由と責任は皆様にあることを、どうかご理解ください。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!



▼ 大丈夫です、読みます ▼












































罪は無知か、忘却か。





第三者はかく語る





枢木スザクの復学記念パーティーが無事に終了し、生徒会には事後処理という名の後片付けのみが残された。それもどうにか終わりの目処が立ち、一息入れようと会長のミレイ自らが紅茶を入れるため席を立った。手伝いまぁす、とリヴァルが喜び勇んでその後を追っていく。スザクが凝った肩を回しながらテレビをつけると、鮮やかな特別番組が映し出された。ああ、とシャーリーが歓声をあげる。
「そういえば今日だったよね、ナナリー総督の就任式って」
「うん」
「スザク君はいいの? お仕事とかあったんじゃ」
「僕はいいんだ。皇帝陛下の御厚意でエリア11に来てるだけで、直接執政に関わるわけじゃないから」
「そうなんだ」
うん、と頷いて、スザクはそれと分からないようにルルーシュの方へと視線を投げる。仮初の弟であるロロと隣り合って座っている彼は、ペンを転がして肘をつきながらテレビを見ている。画面に映る、絢爛な服を着た少女の姿。ブリタニア皇帝によって記憶を挿げ替えられてはいるが、本来なら実妹であるナナリー。ルルーシュがゼロとして目覚めているのならば、最愛の妹に反応を示さないはずは無い。どんな些細な変化も見逃さぬよう、スザクは心を据えて向かいの席の彼を見る。
「・・・・・・解せないな」
ぽつりとした呟きに、スザクだけでなくロロも顔を上げた。テレビから顔を背け、ルルーシュは振り向く。
「スザク、副総督は誰なんだ?」
「アイザック・ディルトン氏だよ」
「ああ、エリア13で活躍した、あの。それなら納得だな。つまりこのナナリー新総督とやらは、お飾りなわけだ」
酷くあっさりとした否定的な言葉に、スザクもロロもシャーリーも「え?」と目を丸くした。ルルーシュは再びテレビに視線を戻して、多くの民に傅かれている幼い少女を眺めている。
「だってそうだろう? ナナリー・ヴィ・ブリタニアなんて名前は聞いたことがない。つまり彼女は初めて公の場に姿を現し、いきなりエリア総督という要職に就くわけだ」
「それがどうして彼女が『お飾り』な理由になるの?」
「今のエリア11は、ブリタニアへの従属度が低い矯正エリアに認定されている。つまり必要なのはブリタニア人への執政ではなく、イレブンへの教育と矯正だ。酷い言い方になるが、それをぽっと出の、しかも目と足が不自由な皇女に出来るとは思わない。まぁ彼女が武力行使を辞さないタイプの人間なら、話は別だが」
「ナナリー総督はそんな方じゃないよ」
「だろう? それはディルトン副総督の存在で明らかだ。彼は純血派として有名だし、ナンバーズに対して厳しい政策を執ることでも知られている。だからこそこの矯正エリアを、新総督に代わって実質統治するために寄越されたんだろう」
明確な分析に、けれど直接的な皇族批判にシャーリーがスザクを気にして「ルル」と声を潜める。ルルーシュ自身は肩を竦めて話を打ち切ろうとしたが、スザクが逆に続きを促した。これは彼がナナリーのことを思い出していないのか、つまりゼロとして覚醒していないのかを見定めるよい機会だ。ロロは表情に不安を乗せて、隣の兄を見やっている。
「ナナリー総督は、生き別れた兄君を探しにエリア11にいらっしゃったらしいよ」
「兄?」
「うん。生きていらっしゃるかは分からないらしいけど、可能性がある限り諦めたくないんだって」
お優しい方だよね、とスザクが笑えば、ルルーシュもゆっくりと唇を吊り上げた。
「そうだな。だが、エリア11に居住するブリタニア人として言わせて貰えば、失望以外の何物でもない。兄を探したい、その思いは立派だろう。だけどそんな甘い願いだけでエリアの新総督に就任したのなら、それは俺たち国民を馬鹿にしている以外の何物でもないさ。俺たちが望むのは、国民のために働き、国民を守り、国民に奉仕してくれる指導者だ。示して欲しいのは身内への愛情ではなく、執政への才覚」
ああそれとも、とルルーシュは瞳を細めて笑う。
「ナナリー皇女が新総督として日本に来ること自体に、何か意味があるのかもしれないな。だとしたら所詮彼女も、周囲の人間による駒でしかないということか」
スザクがさっと視線を移したが、ロロは小さく首を横に振って否定する。ルルーシュの、ゼロとしての記憶は戻っていない。ブリタニア皇帝によってかけられたギアスは未だ健在のはずだ。それでも見通しているかのような物言いに、僅かにぞっとしてしまう。これがルルーシュの才能か、とスザクは机の下で拳をきつく握り締めた。こうして彼は、あらゆるものを見通し、計画してきたのか。
表情を険しくしたスザクと、視線を逸らしてテレビを眺めるルルーシュ。その間に流れ始めた剣呑な空気にシャーリーが慌てていると、クッキーを片手に給湯室から戻ってきたミレイが朗らかに割って入る。
「ん、もう! ルルちゃんは相変わらず斜めな見方をするわねぇ。可愛い新総督様なんだから、もうちょっと甘く採点してあげたら?」
「そうですね、それじゃあ今後に期待ということで」
「でもルルちゃんの言うことも一理ありよね。エリアは総督が統治するとはいえ、ナンバーズを支配するのは所詮ナンバーズのトップ。ここ、エリア11で言うならNAC? 残る私たちブリタニア人を支配する法は帝国本土のもの。だから総督に与えられる独自の権限はほとんどないし、お飾りでも構わないものね」
「か、会長!」
今度こそシャーリーが顔を蒼白にして立ち上がる。言い過ぎちゃった、ごめんねスザク君、と少しだけ申し訳無さを含んだウィンクを向けられ、スザクはいえ、と軟く首を振った。ミレイが聡明なのは分かっていたことだ。ルルーシュといい、ミレイといい、頭脳に切れを見せる彼らのような人間が、果たして何人いるだろうか。
正しく、ナナリーは『お飾り』なのだ。スザクとてそれを理解しているし、ブリタニア皇帝はそれこそルルーシュを、ひいてはゼロとC.Cを吊り上げるがためだけにナナリーを生かし、活かしている。ルルーシュから記憶は奪ったけれども、ナナリーからは奪っていない。それは枷以外の何物でもなかった。ナナリーは、ルルーシュの動きを鈍らせるための枷。そう分かっていて、スザクも彼女の総督就任を受け入れた。むしろ歓迎すらした。
「エリア総督が持つ最も大きな権利は、武力を行使できることだ。総督は武力という手段をうまく使って、ナンバーズを支配しなくてはならない。殺してはいけない。だが、生かしすぎてもいけない」
リヴァルから回された紅茶を、ルルーシュは隣のロロに先に手渡す。熱いから気をつけろよ、と告げる横顔は紛れもない兄の顔だ。
「その点でクロヴィス総督は有能なお飾りだった。ナンバーズを弾圧することを厭わなかったし、何より俺たちブリタニア人の保護を優先してくれた」
「あー確かに、クロヴィス総督はゲットーはともかく、租界の治安維持なんかを徹底してくれてたよなぁ」
リヴァルが思い返すようにして頷く。ルルーシュは紅茶を一口含み、スザクに向かって穏やかに微笑みかける。
「騎士だったおまえの前で言うのもなんだが、亡きユーフェミア副総督にはそういった意識や覚悟が見られなかったし、何より政治への造詣が深かったとは思えない。あの方はあの方でお飾りだったんだろうが、それは総督だったコーネリア皇女殿下の采配によるものだろうな」
「慈善事業ばっかりやらせてたものねぇ。絵画コンクールの賞状渡す役とか?」
「武力行使やナンバーズの弾圧は、総督だったコーネリア皇女殿下が一手に引き受けていた。ユーフェミア皇女殿下は副総督というポジションだったからこそ許されていただけさ。本来ならあんな政治も知らない少女を副総督なんかにするわけがない」
かっと頭に血が上った。優しかった、花のような笑顔が思い出される。そして最期、ただ行政特区日本の成功だけを願って息を引き取ったその瞬間が。奪ったのは目の前の、ルルーシュだ。それなのに彼はその事実を忘却して、ただユーフェミアを非難している。堪えきれずスザクは拳で机を叩いてしまった。揺れるような大きな音が部屋に響いて、生徒会室を沈黙が支配する。息を呑んだのはシャーリーだけで、リヴァルは僅かに視線を逸らし、ミレイはきょとんと瞳を瞬いている。ロロは気がかりそうに兄を見つめ、ルルーシュは口元に変わらぬ笑みを浮かべていた。
「・・・・・・ユフィは、お飾りなんかじゃなかった」
「そうか」
「彼女は慈悲の心をいつだって民衆に向けていた。行政特区日本だってゼロが邪魔さえしなければ大成功していたはずだ」
「それはどうかな。俺からしてみれば、あの行政特区はイレブンの権利向上ばかりで、ブリタニア人にとっては万に一つの利益もなかった。ゼロが邪魔しなくても、いずれは自ら破綻していただろう」
「ユフィは日本人のことを誰より考えていた」
「それが可笑しいんだよ、スザク。どうしてブリタニアの皇族が、俺たちブリタニア人ではなくナンバーズのことを考えるんだ? 弱者は屠られるだけなんだって、おまえの主であるブリタニア皇帝だって言ってるだろう? ブリタニア人ではなくナンバーズを優先する施政者なんて、俺たちブリタニア人からしてみれば悪以外の何物でもないさ」
そうだろう、と微笑みかけられ、スザクは目を見開くしかなかった。肯定された選民思考。否、強者のみが資格を持つのだという、それはブリタニア皇帝が常に謳っている教訓だ。以前のルルーシュならば嫌悪していたであろうそれを、いとも容易く口にされる、その衝撃は少なからずスザクを揺さぶった。開いた唇が声にならず、乾いたまま閉ざされる。駄目よルルちゃん、とミレイが横からルルーシュを肘でつついた。
「それ以上言ったら皇族批判で逮捕されちゃうわよ? スザク君はナイト・オブ・ラウンズなんだから」
「批判者のいない世界なんて気持ち悪いだけじゃないですか。例えどんな善行だろうと、必ず否定はついて回るものですよ」
「ルルーシュー?」
「はいはい、分かりました。俺はただの学生ですからね。絶対的な権力で上から押さえられちゃぐうの音も出ません」
お手上げ、と両手を挙げる仕草に、ミレイが「よろしい」と満足そうにクッキーの皿を与える。ルルーシュが先にロロに勧めるのを、スザクはぼんやりと見送ってしまった。シャーリーの隣からはリヴァルが手を伸ばして、クッキーを一気に三枚も手に取っている。
「でもさぁ、そこまで言うならルルーシュが政治家になればいいんじゃん? 結構向いてると思うけどなぁ」
「根本的なところで問題が生じるさ。俺は顔も名前も知らない誰かのために奉仕することなんて出来ない。大切な誰かが笑っていてくれるためなら、それこそ何だってするだろうけどな」
ふわりと、ルルーシュはロロに微笑を向ける。口の端についていたクッキーのかすを指の背でそっと拭い、瞳を細める所作は紛れもない愛情に満ちていた。向けられたロロが呆けたように唇を開いて、次いで泣きそうに眦を下げる。
「だからナナリー総督が兄を探しにエリア11に来たというのなら、その兄が見つかればいいとも思ってはいるさ。俺だってロロが俺を探しにきてくれるなら嬉しいし、絶対に会いたいと思う。たった一人の肉親だから、尚更」
言葉を受けてロロが携帯電話を握り締めるのを、スザクは視界の端で捉えていた。ハートのロケットが心細そうに揺れており、それとは逆に強く瞳に意志を乗せてロロはルルーシュに微笑を返している。傍から見れば、彼らは間違いなく兄弟に映るだろう。だけど何かが違う、とスザクは漠然と感じていた。テレビの中、ナナリーがいる。彼女の総督就任を奨励したのは自分なのに、何故かユーフェミアの影が重なった。彼女らを戦場に引きずり出したのは、自分。忘却したルルーシュ。
今このすべてが誤っているのだと、唐突に何故かスザクは理解してしまった。





ルルーシュは別にブリタニア人が優れていると思っているわけではなくて、ただ「ブリタニアを支配する施政者」ならば、植民地の民より自国の民のことを優先するのが当然だと考えているわけです。
2008年5月8日