【「女神の棺」を読むにあたって】
この話は、R2第4話「逆襲の処刑台」のネタバレを含みます。
コーネリア第二皇女絡みのお話で、あまり救いはありません、どんな話でも大丈夫という方のみご覧下さいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
アリエスの離宮はマリアンヌの出自が低いこともあり、ブリタニア宮殿の中でも奥まった場所にある。建物を飾る絢爛な細工は少なく、それよりも咲き誇る花の美しさに目を奪われるような、そんな自然に溢れた離宮が母子三人の宮だった。整然とは程遠く、けれどしっかりと手入れされている芝生では、マリアンヌが小さな花を一輪ずつ摘んで花冠を作っている。その左右からナナリーとユーフェミアが瞳を輝かせて覗き込んでおり、すぐに自分たちも作ってみたいと言い出した。始まった微笑ましい講義を、ルルーシュとコーネリアはテラスから眺めている。
「学校はどうだ、ルルーシュ?」
紅茶を一口含み、コーネリアは10歳年下の義弟を振り返る。妹の危なっかしい手つきに苦笑していたルルーシュは、そのままの笑みを義姉に向けた。
「友達は出来たか?」
「知り合いは、出来ました。みんな好意的に接してくれるけれど、でもまだ友達はいないです」
「私も似たようなものだ。皇族というのは不便で困るな」
「まったくです」
僕はもっと普通に仲良くなりたいのに、と少しだけ眉を顰めるルルーシュは、今年初等学校に入学した。皇族の通う学校は決まっており、当然ながら選び抜かれた家柄の子息子女だけが集っているけれども、それでもやはり隔てられる一線というものは存在する。ルルーシュの場合は母親であるマリアンヌが庶民だったこともあり、その複雑さには輪がかけられていた。
どうぞ、とルルーシュがホストらしくクッキーを勧める。コーネリアは礼を言って一枚貰った。ほのかな甘みが午後の日差しと合わさって心を和らげる。
「早く学校を卒業して軍に入りたいものだ。私が皇女だからといって、戦場は待ってくれない。己の腕のみが己を確立する、実力だけが物を言う世界で私は生きたい」
「羨ましいです。コーネリア姉上は運動神経が良くて」
「おまえはにぶにぶだからな?」
からかうように額を小突けば、むうっと頬を膨らみ返してくる。皇女が軍人になるという非難されるべき行為を、ルルーシュは羨ましいと評した。マリアンヌという至高のナイトメアフレームのパイロットを母に持つからか、ルルーシュは女性が戦場に立つ行為を厭わない。無意識のうちに実力主義を掲げている義弟に、コーネリアは心地よく微笑む。でも、とルルーシュが唇を尖らせた。
「でも、僕には頭脳があります。コーネリア姉上のようにパイロットにはなれなくても、指揮官にはなれるはずです。コーネリア姉上の軍師となって、姉上を勝利に導いてみせます」
「ずいぶんと大きく出たな、ルルーシュ」
「だって、ふふ」
喜びに頬を染めて、ルルーシュが身を寄せてくる。手招きされて耳を貸せば、小さな手が内緒話をするように添えられた。かすかな吐息がくすぐったくて、コーネリアも少しだけ笑う。
「僕この前、初めてチェスでシュナイゼル兄上に勝てたんです」
「―――シュナイゼル兄上に? それはすごい」
「兄上も、『ルルーシュには軍略の才があるね』って言ってくれました。だからきっと僕も、姉上や兄上のお手伝いが出来ると思うんです」
もちろん50戦やって、やっと一勝ですけど、とルルーシュは付け足したけれど、やはりその顔は自信に溢れている。子供らしい自慢が愛らしく、コーネリアもよくやった、と手を伸ばして黒髪を撫ぜた。首を竦めてルルーシュが笑う。
「じゃあルルーシュ、約束しようか。おまえは策を講じ、私はナイトメアフレームで敵を倒す。共に戦い、ユフィとナナリーを守り続けよう」
「はい、コーネリア姉上! 一緒にブリタニアを守りましょうね」
「自分の言葉には責任を持つんだぞ?」
「もちろんです!」
小指を絡めあって、約束だと二人で囁いた。小走りでやってきたナナリーとユーフェミアにそれぞれ花冠を載せられて、そんなお互いにルルーシュとコーネリアは笑い合う。マリアンヌが穏やかな笑みで子供たちを見守っていた。
女神の棺
それは正しく、「ブリタニアの魔女」だった。いや、もはや魔女ですらない、異形の化け物。ジェレミア・ゴットバルトより多くの改造を施された身体はすでに人間のものとは到底思えず、逞しくありながらも女性らしく柔らかだった肢体は、隆々とした得体の知れない物にすりかえられていた。夕焼けのようだった紫に近い赤の髪は、振り乱されて高潔さすら感じさせない。美しかった顔立ちすら般若のように醜く変わり果てている。喉の奥から搾り出されているのは、凛とした命令ではなく獣の呻き声だった。
「ああああああ、ああああああああっ!」
ブラックリベリオンにてゼロに降され、その後行方不明となっていたブリタニア第二皇女コーネリア。与えられた傷の深さから武人として立てなくなった彼女は、祖国において実験体へと引き払われた。その命令は父親であるブリタニア皇帝から下されたものであり、彼女は美も勇も個も尊厳もすべてを奪われ蹂躙された。今この戦場に落とされたのは、化け物と化してしまったかつての英傑のみ。
「姫様・・・っ・・・!」
己の騎士だったギルフォードすら認識できないのだろう。低く哀れに吠え続ける主の姿に、ギルフォードは愕然と地に膝を着いた。ブリタニア軍も、黒の騎士団も、コーネリアを知る誰もが信じられなかった。あの高潔な彼女が、こんなにも惨たらしく扱われたのだ。
「ぜろおおおおおおおおっ! ぜろおおおおおおおおっ!」
植えつけられた希求は本能そのままの欲望であり、限界まで見開かれている瞳はただ敵だけを乞うている。目の前に降り立ったナイトメアフレームを、地に手足を着いて、それこそ獣のように四足で睨み上げる。現れたマントの男に歯を剥いて喜色の色を浮かべた。それすらも奇異であり、彼女の妹であったユーフェミアがこの場にいたのなら、奪われた姉の誇りに泣き伏していただろう。
「ぜろおっ!」
「・・・・・・コーネリア・リ・ブリタニア」
「ぜろおっ! ぜろお!」
「貴女をそこまで貶めたのは、私以外の何者でもない。私が貴女を堕としてしまった」
足音と共に手袋に包まれた指先が伸ばされ、赤い髪をそっと梳く。傍目にも分かる荒れた感触に、それでもゼロは彼女の髪を撫で続けた。目線を同じくするべく膝を着き、腕を伸ばす。抱擁に、また獣のような呻きが上がった。
「ぜろお! ぜろお! ぜろおっ! ぜろお!」
「貴女は私に指針を示してくれた。大切なものはその手で守れと、貴女が私に教えてくれた」
「ぜろお! ぜろ、ぜろおっ! ぜろお!」
「羨ましくもあり、憧れてもいた。凛然と戦場に向かう貴女を見送ることが誇らしく、無事の帰還を出迎えることが嬉しかった」
「ぜろおっ、ぜろお! ああああああああっ!」
「愛していた。貴女の美しさ、気高さ、勇ましさ、優しさ。すべてを愛していた」
背中や腕に突きたてられる爪によって血が滲むのさえ気にせずに、ゼロはきつくコーネリアを抱き締める。その右手がニードルガンを握っていることに気づきブリタニア軍は騒然としたが、未だ己の意志無く狂い続けているコーネリアを前に、何をすることも出来なかった。尊厳と死を量るならば、すでに彼女は亡い。姫様、とギルフォードの目から涙が伝った。
「責任はすべて俺に。ですからどうか、安心してお休みください」
・・・・・・コーネリア姉上、と動いた唇は、仮面によって遮られ、誰の元へも届かなかった。ニードルガンの引き金が引かれ、パシュッと軽い音を立てて心臓を射抜く。引っかき続けていた爪が止まり、糸を失った操り人形のように腕が地へと落ちる。ゆっくりと伏せられていく瞳を、ゼロは抱き締めながら見送った。異形の手が伸ばされ、仮面を撫で、血を吐きながら親愛のキスを与える。
死への刹那、浮かべられたのは姉から弟への、穏やかな女神の微笑みだった。
そして残った俺が強者だと、おまえたちブリタニアは言うのだろう。
2008年4月29日