【「凶弾にキス」を読むにあたって】
この話は、R2第2話「日本独立計画」のネタバレを含みます。
黒いというか重いというか暗いというか哂えるというか、むしろ非常に普通というか。どんな話でも大丈夫という方のみご覧下さいませ。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。少しでもやばいと思われた方は今すぐお戻り下さいませ。むしろレッツリターン!
▼ 大丈夫です、読みます ▼
神根島で捕らえたゼロを、ルルーシュを、彼の父親でありブリタニア帝国の覇者である皇帝の前に引きずり出した。友情の代わりにナイト・オブ・ラウンズの一席を賜り、これで自分は更なる力を得たとスザクは感じた。内から変える。ユーフェミアの死によって忘れかけていた目的を取り戻し、スザクは必死に抵抗するルルーシュの左目を塞いだ。そして、皇帝が紅き目の下に刻み込む。
ルルーシュの記憶の書き換えを―――マリアンヌとナナリーとゼロ、最後にスザクの存在の抹消を。
凶弾にキス
「ジノ、それとアーニャはいるか?」
「ルルーシュ殿下!」
ノックとほぼ同じタイミングで扉が開かれ、現れた線の細い青年に、その場にいた誰もが床に膝を着いた。もちろんスザクとて例外ではなく、視界に映るのは紫の瞳ではなく磨かれた白い靴先だ。一言無くして顔を上げることは許されない。ナイト・オブ・ラウンズとて、その血脈にブリタニアを受け継いでいる皇族の前ではただの下僕だ。そう、下僕。手を伸ばしても関わることなど許されない。盾と矛になることしか許されない。それが、今の立場。
傅いた騎士たちを見回し、ルルーシュは鷹揚に瞳を細める。ジノ、アーニャ、と再度名を呼ばれた二人だけが顔を上げることを許可された。ジノが少しだけ困ったように眉を下げる。
「ルルーシュ殿下。皇子であるあなたがこのようなところに自ら足を運ばれずとも、お呼びくださればいくらでも馳せ参じますのに」
「父上に用があって来たついでだ。アーニャ」
「・・・・・・はい」
「エリア13に視察に行くことが決まった。悪いが付いてきてほしい」
「はい」
常はあまり変わらない表情を綻ばせ、アーニャが幼い面立ちで命令を受け取る。他人にあまり関心を示さない彼女がこうして純朴に従うのは、数いる皇族の中でも第十一皇子であるルルーシュのみだ。皇帝直属の騎士としてブリタニア皇帝に絶対の姿勢を貫けど、嬉しいという感情をあらわにして従うのはルルーシュだけだった。そのことに対し、スザクはマントの内で拳を強く握り締める。先日エリア11で発見され、七年振りに皇位継承権を復権した皇子のくせに。建前だけの皇子のくせに。
「ルルーシュ殿下はアーニャがお気に入りですねぇ。たまには自分や他の騎士も連れて行ってくださいませんか?」
ずるいですよ、と言外に告げるジノに、ルルーシュも端正な美貌を掠めて笑う。他の面々も顔を上げることを許され、スザクも緩慢に頭を上げた。アーニャはすでに立ち上がり、いつも握っている携帯電話をポケットに押し込んでルルーシュの傍に侍っている。それがさも当然のように似合っていて、スザクの嫌悪は更に強くなる。
「俺はアーニャのモルドレッドが気に入っているんだ。生身でも十分戦えるし、それにむさくるしい男よりは美少女と共にいたいという気持ちも分かるだろう?」
「それは男所帯の軍属の身としては嫌ってほど分かりますけれど。たまには自分とかスザクとか連れて行ってみません?」
「・・・・・・クルルギか」
ふわり、朗らかな空気が一転して冷ややかになり、すっと細められる眼は戦場に武人のものではなく、高き場所に立つ支配者のものに変わる。見下ろされる眼差しを、スザクは真正面から受け止めた。ルルーシュの左目は紫だ。これから紡がれる言葉は分かっている。だからこそ準備をして、そのすべてを呑み込むのだ。
「どんなに優秀だろうと、俺はおまえが憎い。ナナリーを殺したゲンブ・クルルギの息子、スザク・クルルギ」
違う、という言葉を何度口にしかけたか。真実は異なり、ルルーシュの語るのは仮初であり偽りだ。スザクの父はナナリーを殺してなどいないし、そうなる以前にスザクが己の父親を刺し殺している。だが、その事実をこの場で語ることは許されなかった。自分が父親殺しだと知られてしまうし、何よりそれではルルーシュの書き換えられた記憶に齟齬が発生してしまう。だからこそスザクは、向けられる言葉をすべて甘受するほかないのだ。
「皇族殺しの息子が」
皇族殺しは自分のくせに。ユフィを、クロヴィスを殺したのは自分のくせに。ブリタニア人や日本人に関係なく多くの命をもぎ取ったのは自分のくせに。腹の底で蠢く憎悪を、スザクは必死に抑える。暴露するわけにはいかない。ルルーシュからゼロは取り上げられたのだ。彼は今、ブリタニア皇帝の元でただの皇子として生きている。もはやゼロではない。そうだ、その無様な生き様に嘲笑を向けろ。
「この度の視察は、一体どのようなご用件で?」
ジノが滑らかに話題を変える。彼は軽い言動に見られがちだが周囲に気の使える人間で、ナンバーズであるスザクにも同等に接してくれる。ルルーシュもその人柄を買っているのか、全身であらわにしていた嫌悪を静かに消した。
「内政がうまくいっていないらしいからな。視察の結果次第では、父上の命によって現総督が更迭されるだろう」
「新たな総督の地位にはルルーシュ様が?」
「ああ。リハビリには丁度いいだろうと、父上が」
皇族に復帰したルルーシュは、ブリタニア皇帝の元でいくばくかの政治を学んでいる。しかしもともと適切な判断に優れている彼に教えられることは少なく、指南役である側近もすでに自らの役目の終わりを認めたという。確かにルルーシュは優秀だった。運動神経は並程度だったけれど、その頭脳はとても優れていた。スザクとてそれは認めよう。だからこそ彼は、ゼロという暴挙に走ったのだから。
「ではせめて、建物の外までお見送りさせてください」
ジノの目配せを受けてスザクも立ち上がる。ルルーシュは眉根を顰めたけれども、特に何を言うこともしなかった。アーニャ、と声をかけられて、護衛を命じられた少女が頬を染めて頷く。白い装いに紅いマントを翻し、歩くルルーシュにスザクは付き従った。
ブリタニア皇帝によって、ルルーシュは多くのものを奪われた。マリアンヌの死に纏わる疑問はテロリストの犯行ということで説明付けられ、ナナリーは七年前に枢木玄武によって殺された。その後七年間はエリア11で隠れながら生活しており、この度ブラックリベリオンの際にブリタニア軍にて保護され、七年振りに皇子として表舞台に戻ってきた。ゼロという存在はルルーシュの中に存在しない。もはや死んだ、姿すら見たことのないテロリストのひとりとして刻まれている。
ブリタニア皇帝はルルーシュの才能を惜しみ、だからこそ彼をただ人ではなく皇子として手元に戻すことを決めたのだ。何よりそれは、ルルーシュの左目に宿っているギアスという能力も多大に関係しているのだろう。手駒として皇帝はルルーシュを飼っている。そしてそれは何よりも自分に対する嘲笑なのだろうと、今のスザクには分かっていた。
「ルルーシュ様の統治は初めてですね。楽しみです」
「おまえたちは戦うのが仕事だからな。俺のエリアに出番は無さそうだ」
「それは残念というべきか、何よりと言うべきか」
ジノと笑いあうルルーシュは、皇子としての権利を手に入れた。それはブリタニアの内政に関わる権利を手に入れたのと同義であり、実際にルルーシュはこうしてエリアへ赴き、政治へと干渉し始めている。彼の意見でまとまった法案もいくつかあると、スザクは耳にしていた。その度に唇を噛んで堪えた。どうして。どうして、と思わずにはいられない。
友であったルルーシュを、ゼロを献上して得たナイト・オブ・ラウンズの一席。そうすればブリタニアを内から変えるという、己の望みに一歩近づけると思っていた。しかし、違った。所詮騎士に与えられるのは戦場での働きのみで、政治の円卓に就くことは許されないのだ。
それとは真逆に、ルルーシュは、ゼロは、皇子として政治家としてブリタニアを築きつつある。スザクの欲しかった権利を彼は手に入れ、そして駆使し始めているのだ。スザクの望んでいたものを、ルルーシュはその汚れた手に抱きつつある。
ゼロを殺したかった。その身に弾丸を埋め込みたかった。けれどその憎悪を堪えて得た結果が、今のこの目の前の現状だ。自分は相変わらず騎士のままで、皇子に戻った彼に傅かなければいけない立場。イレブンだと蔑まされても、父親の件で謂れのない詰問を受けても、何をされてもスザクは黙っているしかない。彼は、ブリタニア皇帝にゼロを差し出してしまったのだから。もはや、ゼロは裁かれてしまったのだから。激情をぶつけることは許されない。
憎む相手がいない。殺意を向ける相手が存在しない。
ならば躍らされている彼を嘲笑してやればいいのに、己の望むものを手にしている姿を見れば浮かぶのは何故おまえが、という衝動だけ。
皇帝の哂っている声が聞こえる。あの男はこうして、ルルーシュだけでなくスザクをも無為に突き落としたのだ。
ああ、この身の内に巣食う感情を、どう昇華すれば良いものか。
「やぁ、ルルーシュ」
宮殿の出口まで来たところで知った声に名を呼ばれ、ルルーシュは足を止め、ジノとアーニャとスザクは略式の礼をとった。以前に特派でスザク上司でもあったシュナイゼルは、にこやかに微笑みながら弟の元へとやってくる。
「父上に聞いてね。エリア13に向かうのだろう?」
「ええ、シュナイゼル兄上」
「間に合ってよかった。素晴らしい人材を見つけたから、君の騎士にどうかと思って」
「俺の騎士に?」
ルルーシュが目を瞬く。不快に空気を換えたアーニャを流し、シュナイゼルは背後に従えていた存在を前に押し出した。記憶よりも僅かに長くなった、紅い髪が揺れる。その凛々しい顔立ち。略式の騎士服に身を包んだ、ぴんと伸ばされた背筋。すべてに見覚えがあり、スザクは息を呑んだ。けれど浮かんでしまった。少女が膝を着いて忠誠を誓う。
「カレン・シュタットフェルトと申します。共に進みます。私は、ルルーシュ様と共に」
浮かんでしまった暗く笑んだ唇は、それすらもブリタニア皇帝の手の上なのか。そんなことどうだっていい。スザクはうっとりと愉悦に酔った。心が徐々に浮き立っていく。カレンは間違いなく黒の騎士団から遣わされた者。きっとこれでルルーシュはゼロに戻るだろう。そうすればまた自分は彼を憎むことが出来、殺意を向けることが出来る。感情の終着と解放に、スザクは喜んで頭を垂れた。
ああ、これで俺はまた、君を憎み殺すことが出来るのだ。
これで皇帝とルル、ルルとシュナ様がそれぞれ繋がっていても面白い。
2008年4月14日